その人物の言動は、初っ端から理解できなかった。
「プリティベイビィはっけぇ――んっ!!!」
部屋に入ってくるなり目を輝かせたその人物は、満面の笑顔で飛びついてきた。
――そう、文字通り『跳んだ』のである。
室内にいるのは、子供が四人。来訪者は――大人、に近い年齢と思われる。……少なくとも、自分たちよりは。
その人間が、自分たちのほうへと身体を投げ出してきている。
こちらは四人とはいえ、まだまだ力のない子供。相手は体重に加えて重力等々増えた状態。
自分たちより大きな人間を支えられる自信などあるはずもなく、防衛本能から四人全員その場から飛び退いた――結果。
――ズベシャ。
跳んだ姿勢のまま床に激突したのは……まあ、予測通りだったのである。
別にその人に恨みがあったりするわけではないし、避けたのは条件反射のようなものだ。とはいえ、悪いと思う気持ちは湧かなくて……見事な床ダイブに、多少憐れと感じただけ。
何の反応も返せずにいる室内組と、扉のところに立つ教師二人、プラス自分たちの友人である四匹の召喚獣。
それらに代わって声を掛けたのは、もう一人の来訪者――小さな、妖精。
「だ、大丈夫ですか? フワフワさん?」
「……ふえ~、戻れないの忘れてたよ~……浮遊体勢むしろすり抜けばっちこーいっ! だったから受け身も取ってなかったぁ……」
相当痛かったようで、上がった顔は赤くなっており、涙目だった。
けれど泣き顔はすぐに鳴りを潜め、起き上がった彼女は床に座り込んで手を握ったり開いたりし始める。
「前はこっちのほうが自然だったのに、慣れって怖いねえ……早いとこ感覚戻さないと――キュウマ師匠にぼっこぼこにされる、かな?」
ふっ、と。口許に笑みをはいた彼女の目は、どこか別の場所を見ている。
それは全くもって楽しそうな笑いではなく、むしろ……恐怖、に近いだろうか。
彼女の顔が見えない位置にいる教師二人は、彼女の台詞でようやく動くことを思い出したようで、室内に入り扉を閉めて。
「そういえば、キュウマさんのお弟子さん――でしたね?」
「そんなに厳しいの?」
「いえす、ざっつらいと! スパルタもいいとこですとよ! 魔力使い果たして漂ったこと数知れず!! 余力残して終われた日なんかないに等しき!!」
「そ、そう……」
握り拳を作っての力説には、教師たちも呆気に取られた様子。出てきた言葉は短く、力もない。
と、思いきや、今度は溜息が彼女の口からこぼれ出て。
「せめて、師匠が本気で相手してくれるぐらいには強くなりたいんだけど……やっぱ難しいねえ」
強さを求めていても、思うように手が届かないもどかしさ。
彼女の言葉が、表情が、それを如実に語っている気がして――そして、その思いは。どこか自分たちと似ている気もした。
ほんの少しだけ湧いた、彼女への興味。
それが、それまで閉ざしていたウィルの口を開かせた。
「……貴方は、誰なんですか?」
「はいはーい! フルネームは、名前はで愛称はでーす! 好きに呼んでちょ! んで、君たちのほうは?」
「僕は、ウィル・マルティーニ」
「私はベルフラウですわ」
「あの……アリーゼといいます」
「……ナップだよ」
問い掛けると、待ってましたと言わんばかりに名乗った来訪者・。
その急激な変わり身に一瞬たじろいだが、礼儀としてきちんと名乗ったウィルに倣ったのか、他の兄姉も口を開いた。
は聞いた名を復唱し、顔を名前を一致させようとしている。
「ん! よし! 覚えた!! んで、見事にカラフルだけど、兄弟なの?」
「そうですけど……貴方は、この島の住人なんですか?」
「そだよ~。新しい住人が増えたって聞いたから、お誘いに来たの~♪」
「お誘い、ですか?」
「あやや、そうですよ~。マルルゥもそのために来たんでしたよー」
「「 え? 」」
の言葉で己の目的を思い出したらしい妖精・マルルゥは、宙に浮いたままその小さな手を叩き鳴らして呟いた。
教師二人が声を揃えて妖精を見上げ、同時に全ての注目が集まる。
マルルゥは全員が見える位置まで移動して、詳細を口にした。
「先生さんたちに集落に来てもらおうって、護人さんたちに頼まれて、マルルゥ、迎えに来たですよ。先生さんたちのこと、みなさんもすごく気になってるです。だから、遊びに来てくれれば、きっとなかよしになれるですよ」
「それ、いいな!」
「ええ。私も、みんなともっとなかよしになりたいし……連れてってくれますか、マルルゥちゃん?」
「よろこんでー♪」
「みんなも一緒に行こうよ?」
マルルゥの誘いに、ふたつ返事で乗った二人の教師。まるで子供のようにはしゃいだまま、こちらへと誘いを又投げしてきた。
ついで、とも感じるその様。ついて行った先のことが予測できてしまい――それを、認めたくなくて。
「興味ないね……」
「オレもパス」
「私も行きませんわ」
「あの……私も、ちょっと……」
誘いを蹴ったのは、ウィルだけではなかった。
全員が否定を返して――ちらっと盗み見た兄姉と目が合い、同じ気持ちだということがわかった。
「あやや、それは残念です……」
「じゃあ、あたしと遊びに行こう!!」
「――え?」
マルルゥはあっさり諦めた。というのに、代わりとばかりにが大きく挙手して誘ってきた。
今の言葉を聞いていなかったのか、と。訝しげな視線を送ったのは、ウィルたちだけではなくて。
「フワフワさんは、マルルゥとは違うですか?」
「違うですよ~、個人的な目的だもん。ってか師匠に止められちゃったしねえ。だから、集いの泉に行ってる隙に抜け出してきたのさ!」
「だ、だいじょうぶなんですか?」
「ミスミさまには出かけることは言ってきたし、それに……」
マルルゥと、身内にだけわかるような会話をしていたは、すいっと教師のほうへと顔を向けた。
そのまま凝視すること、しばし。
流石にただ見つめられるというのは居心地が悪いようで、二人は揃って軽く引く。――と。
「あ、あの……?」
「結果オーライ! 事後承諾もぎ取っちゃえ――!!」
「……取れるですか?」
「バレなきゃその必要もなし!! ってことで、大蓮の池まで遊びに来ない!?」
いきなりハイテンション。どうにも、この人物の行動は読めない。
その意図を少しでも探ろうとしたのか、はたまた興味が湧いたのか。否ではなく質問を返したのは、ナップ。
「遊びって、何するんだよ?」
「ハッスル蓮ジャンプ!! 池に生えてるおっきな葉っぱの上を跳び移って、対岸に着くまでのタイムを競うのだ!!」
「……『目的』とか言ったよな、あんた……何だよ、その目的って」
「人数いたほうが盛り上がるじゃない! そして目指すは最速タイム保持者! 打倒スバル!!」
ビシィ!! ――と。親指立てて言った彼女の目は、真剣そのもの。
そんな理由で、師の言いつけに背いたのか。
ますますという人物がわからなくなった。
「でも、フワフワさん。普通にやったら一番早いって、マルルゥは思いますです」
「普通にやらせてくれないもん、絶対!」
「どういうことですか?」
「修行の一環とかって、必ず師匠が岸から大量のクナイを投げてくるんだもん! お陰であたし、まだ一度も岸に辿り着けたことないし!!」
「それは、また……何というか……」
「本当に厳しいんですね、キュウマさん……」
教師二人が、呆れた様子でそれぞれあらぬ方へと視線を投げた。
それは、ウィルたちも大差はなく……ナップなど、少し口許を引きつらせてさえいて。
「なあ、あんた……まさか、それに巻き込める相手がほしいだけなんじゃ……」
「まさか! 師匠はそんなことしないし、あたしはクナイ付きでスバルのタイムを超えたいの!! でも、目標がスバルとパナシェだけじゃ、こう……ねえ? 盛り上がりに欠けるのよん。……ってことで、どうどう? 行かない?」
「――行かねえ……」
個人的な目的と言ったその言葉は、確かに真実だった。
自分のためだけに、水没の危険がある遊びに誘いに来た。当然のように、その誘いに乗る者はいない。
それがわかると、見るからに不満そうに唇を尖らせて。
「ケチぃ……いけずぅ……」
「何言ったって、行かねーったら行かねーよ」
「ちぇ、つまんな~いのぉ~」
「え~と……それじゃ、私たちは集落巡りのほうに行ってきますね」
話の区切りを見極めたアティが断りを入れ、来訪者は皆出て行った。
残ったのは、元からの人数。部屋の住人である四兄妹。
身内だけになって、溜息が誰の口からともなくこぼれる。
「一体、何だったんだ、あいつ……」
「私たちより年上ですのに、まるで年下の子供のようでしたわ」
「よくわからない言葉を、たくさん言ってましたね……」
「……どうでもいいよ。どうせ、もう来ないだろうし……」
「まぁな。でも……蓮ジャンプかぁ……ちょっと、やってみたかったかもな……」
全員が呆れ全開で感想を呟く中、ナップだけが僅かに好意的とも取れる言葉を言った。
どうやら、本当に興味が湧いたらしい。――が、そんなことを思う間もなく……
「聞ーぃちゃーったぁー♪」
降って湧いた声に、全員の身体がビクゥッと見事に跳ね上がった。
見れば、帰ったはずのが薄く開いた扉の間から、顔半分だけ覗かせているではないか。
にんまりと笑みを刻んだ、その様は――普通に怖い。
驚愕と恐怖とで金縛りになっているのをいいことに、はナップの肩に両手を置いて。
「やりたいと思った時に動かずに、いつ動くというのだ、少年よ!?」
「やっ、へっ、いっ」
「チャンスはいつでもあるとは限らないぞぉ? ふ~わふ~わぽ~んぽ~ん♪ 不思議浮遊体験へいざゆかん!!」
「え、えーっと……」
「それとも、見かけに反してチキンハート? やってみたい気持ちより、失敗するのが怖いとか?」
「なっ、だっ、誰が!!」
「ちょっとくらい危険があるほうがスリル満点! 緊張感が楽しさをより一層盛り上げるのに、ナップ少年はちょっとの危険がメッチャ怖いってタイプか~……ざ~んね~ん」
「誰がだよ!! 怖くねえって、そんなもん!! ただ跳べばいいだけだろ!?」
「そ~だよ~♪ ぴょんぴょん跳んで、目指すは30秒以内なのだ♪」
「んだよ、そのくらい! 簡単だよ!! 見てろよ、オレがそのスバルってヤツの記録抜いてやる!!」
「お~、そうこなくっちゃね♪ んじゃま、風雷の郷までレッツゴー♪」
あれよあれよという間に、ナップの頭に血が昇ってしまった模様。息巻く兄が先に扉の向こうへと姿を消し、そのあとをがついていった。
出て行く前、彼女は残る三人へと軽く手を振って――悪戯が成功した子供がする笑みと同じものを残してから。
二人が出て行ってから、どれだけの時間が過ぎただろう。ようやく動悸もおさまり、冷静になった頃のこと。
「ナップ……完全に乗せられましたわね……」
「そ、そうですよね。あれって、やっぱり……」
「負けず嫌いな性格を利用された――ってこと、だよな……あれは……」
目の前で起きたことを言葉で表すことで、更に冷静さを取り戻す。
初対面――それも、ほんの少し会話しただけで性格を見抜き、言質となる会話をするまでこっそり待っていたなんて……
全くわからなかったという少女の人物像が、少しだけ見えてきた。
「……どう思う?」
「えっと……よく、わかりません……」
「そうですわね……確かシルターンの諺に『君子危うきに近寄らず』というものがありましたわよね?」
「あったね……僕もそれに同感だ」
結論――は関わるととんでもないことに巻き込まれかねない要注意人物。だから、なるべく関わりを避けるべし。
三人の想いは、そう一致したのだった。
……ちなみに、数時間後にナップが全身ずぶ濡れで帰ってきたのは――まあ、予想の範囲内の出来事だったのである。