2月 6日 (日)

 降るものははねないわけにはいかず、一週間まるッと雪はね出勤でした。
 でも、ようやっと除雪車が押しつけてった堅い雪の山はなくすことができたので、新たに降りさえしなけりゃ、今週からは多少ゆっくりできるはず。

【 より良い人生のために 】

テレホンメッセージより

 ものごとがうまく行かず、思うようにならない境遇を「逆境」と言い、すべてがトントン拍子に運ぶ境遇を「順境」と言います。より良い人生のための教訓を知っていますか。
 それは「逆境に陥っても失望するな。順境だからといって得意になるな」というものです。なぜ逆境の時に失望してはならないのでしょうか。それは苦難の中にあってこそ確かな希望の根拠を見出すからです。
 なぜ順境の時に得意になってはならないのでしょうか。それは得意になっている時に、しばしば失意の悲しみを招く芽が生じるようになるからです。
 逆境や順境というものは、目に見える一時的な現象です。現象とは、皮の表面に浮かぶあぶくのようなもので、それは現れては消えていく、頼りにならないものです。
 もしあなたがそのような頼りなく、当てにならない世の有様や人々の態度に心を奪われるなら、あなたは一喜一憂するだけです。ですから悪いときも、良いときも、それらの一時的な現象に心を捕らわれてはなりません。
 川の流れには、川底の流れもあります。その流れは深く、非常に安定しています。そのように、決して変化することのない確かなものに、あなたの心をしっかりと留めることです。そうすれば、あなたの心は揺るがされることなく、あなたの将来は希望に満ちたものとなるでしょう!
 人が、その心の奥底で求めている不動のものとは主イエス・キリストです。キリストは苦難に耐え、死を打ち破ってよみがえり、すべてのものの主、王の王となられました。すべてのことにおいて第一の者となられたからです。 →コロサイ1:18

 ですから、あなたが自分の存在の根拠である造り主なる神さまに対する背きを改め、キリストを主と信じるとき、あなたの心の奥底に不動のキリストが住まわれます。そして現象の中に潜む不安と動揺を克服し、平和と確信に満ちた人生を手にするでしょう。
『私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。(新約聖書 Ⅱコリント4:18)』
『イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。(新約聖書 ヘブル13:8)』

《今週のみことば》
 イスラエルの聖なる方、これを形造った方、主はこう言われる。「これから起こることを、わたしに尋ねよ。わたしの子たちについて、またわたしの手のわざについて、あなたはわたしに命じるのか。
 このわたしが地を造り、その上に人間を創造した。このわたしが手で天を延べ広げ、その万象に命じたのだ。
 このわたしが義をもって彼を奮い立たせ、彼の道をことごとく平らにする。彼がわたしの都を立て直し、わたしの捕囚の民を解放する。代価を払ってでもなく、賄賂によってでもない。――万軍の主は言われる」(旧約聖書 イザヤ45:11~13)

▲TOP

2月13日 (日)

 多少はゆっくりできました。そして、久々の連休でした。やっとのんびりできた気がする。

【 自分の殻から出て 】

テレホンメッセージより

 「自分の殻」とは何でしょうか。それは自分自身を守るための防御壁のようなものです。その殻に閉じこもっていれば安心、大丈夫だと思う反面、自分の可能性を生かし、伸び伸びした人生を生きることを妨げてしまいます。
 かごの中の鳥のようでいたいと思ったら、大空を駆け巡るという壮快な気分、すなわち元気にあふれた、のびのびとした人生は期待できません。しかし、どんな人にでも大空を駆け巡るための翼は与えられています。
 良い人間関係の第一歩とは何でしょうか。それは「自分の心を開く」ということです。しかし多くの人は、「でしゃばってはけない、控えめに」という思いが強く、引っ込み思案になりがちです。
 実は、美徳であるこの思いが、過剰に働くとマイナスになります。例えば「でしゃばると嫌われるのではないか」「笑われはしないか」「無視されるのではないか」などと余計なことをあれこれと考えてしまうからです。
 これでは、幸いな人間関係を得ることはむずかしいでしょう。なぜなら、自分を守ろうとする思いが強く働くと、警戒心も出てきて、素直に心を開くことができなくなるからです。
 だれにも悪く思われたくない、良く思われたいという気持ちはだれにでもあります。しかし、このことだけに捕らわれると、自分の気持ちを萎縮させてしまいます。
 もしあなたが何かを得たい、良いものを得たいと願っているなら、今あなたの手に握りしめているものをいったん手放すことです。なぜならあれもこれも得ようとすることは、結局何も得ず、むなしい思いをすることになるからです。
 人々の反応を気遣う受け身という殻から出て、あなたの心の重荷を「柔和でへりくだっておられる主イエスさま」にお任せしましょう。
 そうしてイエスさまから学ぶことによって、あなたのたましいに安らぎが与えられるようになります。それだけでなく、生きているという実感を味わうようになるでしょう。
『すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
 わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。(新約聖書 マタイ11:28~29)』

《今週のみことば》
 なぜ、あなたがたは、食糧にもならないもののために金を払い、腹を満たさないもののために労するのか。わたしによく聞き従い、良いものを食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく。
 耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたと永遠の契約を結ぶ。それは、ダビデへの確かで真実な約束である。(旧約聖書 イザヤ55:2~3)

▲TOP

2月20日 (日)

 とうとう身近にも新型コロナウイルスの陽性者が出まして。
 なんか、いろいろと気を遣って疲れ果てた一週間でしたな。
 まあ、全員検査しない国なんで、無症状の感染者なんてごろごろいるでしょうし、自分もその一人かもしれないわけですけど。
 ホント、改めてメンドーな時代になったなぁと思った次第であります。

【 憂いではなく平安を 】

テレホンメッセージより

 「憂い」とは、「心配」または「心の悩み」です。現代は、かつてないほどに心に悩みを抱え、ふさぎ込み、元気がなく、希望を持てない人々がたくさんいます。
 どうして人は悩むのでしょうか。「ある学生が、大きな屋敷の庭の手入れをするアルバイトをしていた時のことです。非常に珍しい大事な花を切り落としてしまいました。あわてた学生は、その花を土にさして何もなかったかのようにふるまいました」
 しばらくして、その花はしおれてしまいました。どうしてしおれたのでしょうか。それは根から切り離されて、土地から水分や養分を吸収することができなくなったからです。
 人間である私たちの憂い、心配や悩みの根本的な原因はどこにあるのでしょうか。それは切り取られて、根から切り離され、しおれてしまった花のように、私たちをお造りになり、今も生かしてくださっている、天の神さまとのつながりが断たれてしまっているからです。
 ですから、もしあなたが、あなたの存在の始まり、あなたの造り主なる天の神さまに立ち返るなら、あなたを愛して、十字架に身代わりとなられた御子イエスさまによって、あなたの背きの罪は赦され、永遠のいのちが与えられます。
 そのことによって、あなたの心に永遠のいのちが通い始め、やすらぎが与えられるようになります。イエスさまは言われました。『わたしが与える平安は、この世が与える、はかない平安とは比べものにはなりません。だから、どんなときにも、おろおろしたり、恐れてはなりません。(新約聖書 ヨハネ14:27/リビングバイブル)』
 また、次のように言われました。『父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。(ヨハネ15:9)』
 天の父なる神さまの愛を知り、その愛の中にとどまる時、どんな時にも揺るがされない平安を得るようになるでしょう。あなたも主イエスさまに現わされた、天の父なる神さまの愛を知り、神さまと和解して、憂いではなく、人の思いをはるかに超えた神さまからの平安を受け取りませんか。

《今週のみことば》
 心を尽くして 私はあなたに感謝をささげます。御使いたちの前で あなたをほめ歌います。
 私は あなたの聖なる宮に向かってひれ伏し 恵みとまことのゆえに 御名に感謝します。あなたがご自分のすべての御名のゆえに あなたのみことばを高く上げられたからです。
 私が呼んだその日に あなたは私に答え 私のたましいに力を与えて強くされました。(旧約聖書 詩篇138:1~3)

▲TOP

2月27日 (日)

 プラス気温が続いて雪解けモードになるなら、新たに雪降らなきゃいいものを、また結構な量が降るもんだから、除雪しないわけにはいかないという。
 好きなはずの雪はねも、新型コロナウイルスのせいで楽しみ切れない有様。何せ、会社の感覚が世間とずれすぎてておかしすぎて、こっちが気を遣いまくらなあかんのが疲れる。
 さっさとインフルエンザ並みにならんかな……もうやだ、こんな気ぃ遣うの。

《今週のみことば》
 主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。
 主の御声が都に向かって叫ぶ。――あなたの御名を恐れることは英知だ――・・・(旧約聖書 ミカ6:8~9)

▲TOP