11月 6日 (日)

 【闇(ざっくり)】20下書き、じりじり進んでおります。なんか、また長くなり過ぎそうな気配がしてきました。ひとまず、思いつくまま全部書き出してみるつもりではいますですはい。

【 あなたを幸せにする心構え 】

テレホンメッセージより

 人はだれであっても「尊敬されたい」「感謝されたい」「大切にされたい」と願っています。その願いが叶って、満足している人は実際どれだけいるでしょうか。
 人が願っていることは、「尊敬/感謝/大切」どれも「されたい」という受け身の心構えです。このような心構えでは、人にしてあげたことに対する相手の反応が気に掛かることは避けられないでしょう。
 そのために相手の反応が自分に期待に適わないと思うと、これだけのことをしてあげたのだから、もっと感謝されてもいいはずなのに。感謝の足りない人だなあ、と不満が頭をもたげてきます。
 親切にしてあげた相手の反応次第で、あなたの心の状態が左右されてしまいます。実際は、感謝されるほどのことをしていないのかもしれません。そうでないとしても、恩着せがましい親切に対して心から感謝したいと思う人がいるでしょうか?
 十人十色と言われるように、好みや考えが一人一人違います。ですから、相手に自分が願うような反応を期待することは、もともと無理な注文(要求)ではないでしょうか。
 そんなわけで、「されたい(受け身)」という相手に対する過度の期待からではなく、むしろ自分から「そうしたい/そうしてあげたい」という思いから行いましょう。その際には、押し付けにならないようにしましょう。
 そうすることで、あなたが人にしてあげたこと、いいえさせてもらったことに喜びや感謝ができるようになるでしょう。それだけでなく生きる張り合いも伴います。
 そういうわけで、受け身の自分を軸とするよりも、自立(ひとり立ち)の自分を軸としましょう。そのようにして、生きることの幸せを味わいましょう。
『・・・主イエスご自身が『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを、覚えているべきだということを、私はあらゆることを通して、あなたがたに示してきたのです。(新約聖書 使徒20:35)』

《今週のみことば》
 エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった。
 「地を造った主、それを形造って堅く立てた主、その名が主である方が言われる。
 『わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、・・・あなたに告げよう』
 見よ。わたしはこの都に回復と癒やしを与え、彼らを癒やす。そして彼らに平安と真実を豊かに示す。(旧約聖書 エレミヤ33:1~3、6)

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11月13日 (日)

 【闇(ざっくり)】20下書き、ペースダウンしたのは、赤い呪いのせいだと思いたい。

【 信頼に値する真実なお方 】

テレホンメッセージより

 私たちはだれであっても何かに頼らずには生きていくことはできません。その場合、大切なことがあります。それは何を頼みとするかということです。
 この選択を誤ると、生きる望みと意欲を失うことにもなりかねません。ですから、あなたが頼みとしているものが「本当に信頼に値するのかどうか」を見分けなければなりません。
『わたしの民は二つの悪をおこなった。湧き水の泉であるわたしを捨てて、多くの水ためを、水をためることのできない、こわれた水ためを、自分たちのために掘ったのだ。(旧約聖書 エレミヤ2:13)』
 二つの悪とは何でしょうか。一つは「湧き水の泉であるわたしを捨てた」こと。もう一つは「水をためることのできない、こわれた水ためをたくさん掘った」ことです。
 「湧き水の泉であるわたし」とは、この世界と私たち人間を造られた創造主である神さまのことです。実は、私たちが生きるためのすべてのものは万物の創造主である神さまから与えられています。
 人々は、すべてのものの根源である神さまを捨てて何をしたのでしょう。それは「水をためることのできない、こわれた水ためをたくさん掘った」ことです。
 それは自分の能力と可能性に対する過信を意味します。この自己過信(こわれた水ため)は、あなたを盲目にし、人生をむなしく、また本当にみじめなものにしてしまいます。
 人生において、だれひとり問題や困難を避けることはできません。その問題や困難によって自己過信が砕かれるとき、あなたは自分の能力や可能性の限界に直面させられるでしょう。そのとき、失望、落胆して、生きる意欲を失うかもしれません。

 あなたにふりかかる問題や困難は、実は「湧き水の泉であるわたし」と言われた、あなたの信頼を裏切らないお方、あなたの造り主なる神様に立ち返らせるためです。実は、問題や困難はあなたを滅ぼすためでなく、祝福を与える手段なのです。
『神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。
 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。(新約聖書 Ⅰテモテ2:4~5)』

《今週のみことば》
 私のたましいよ 黙って ただ神を待ち望め。私の望みは神から来るからだ。
 神こそ わが岩 わが救い わがやぐら。私は揺るがされることがない。
 私の救いと栄光は ただ神にある。私の力の岩と避け所は 神のうちにある。
 民よ どんなときにも神に信頼せよ。あなたがたの心を 神の御前に注ぎ出せ。神はわれらの避け所である。(旧約聖書 詩篇62:5~8)

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11月20日 (日)

 一文字も進まなかった一週間。仕事のせいということにしておきましょうか。事実、土曜出勤が二週連続だし、23日も今週の土曜日も下手すりゃ仕事になりそうな状況だし。

招詞まねきのことば
 ヤコブよ、なぜ言うのか。イスラエルよ、なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の訴えは私の神に見過ごされている」と。
 あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。主は永遠の神、地の果てまで想像した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。
 疲れた者には力を与え、精力のない者には勢いを与えられる。
 若者も疲れて力尽き、若い男たちも、つまずき倒れる。
 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。(旧約聖書 イザヤ40:27~31)


《今週のみことば》
 あなたがたが、『この地は荒れ果てて、人も家畜もいなくなり、カルデヤ人の手に渡される』と言っているこの地で、再び畑が買われる。
 ベニヤミンの地でも、エルサレムの近郊でも、ユダの町々でも、・・・人々は金で畑を買い、証書に署名して封印し、証人を立てるようになる。わたしが彼らを元どおりにするからである――主のことば。(旧約聖書 エレミヤ32:43~44)

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11月27日 (日)

 ちょっとだけよ~。
 って感じの【闇(ざっくり)】20の進み具合です。
 運動不足の影響か、それとも歳のせいか。肩こり腰痛が大分きてます。久々に休みになった昨日一日、洗濯機周りの大掃除をちょこっとしただけで、朝も起きれないほど爆睡したり……やはり年ですかね。

【 自分を向上させる知恵 】

テレホンメッセージより

 多くの人は、「自分を向上させたい」と願っています。あなたはどうですか? 自分を向上させようと努力しているでしょうか。もしそうであるなら、向上していますか。それとも期待したほどでもなくやる気を失っていますか?
 実は「自分を向上させる知恵」と言われるものがあります。それは「素直な聞き手になる」ことです。多くの人は自分のことは自分が一番良く知っていると内心強く思っています。そのため人の話に耳を傾けることが得意ではありません。
 そのために、自分を向上させるための有益な助言アドバイスを聞き損なっています。ですから、何事においても自分のことは自分が・・・と自分にこだわる人は向上を期待できません。これは知恵のないことだからです。
 「素直な聞き手になる」ためには、まず自分に対するこだわりを脇において、相手を許容し、相手は自分を向上させる神様からの助言者アドバイザーとして受け止めることです。

 そうして相手の言葉や態度から、自分に都合の良いことだけでなく、不都合と思えることからでも、自分を向上させる有益な手がかりヒントを受け取るのです。これが自分を向上させる知恵であり、賢さです。
 そのような「素直な聞き手」になることによって、あなたは自分を向上させることができます。しかし自分に都合の良い、耳ざわりの良いことしか聞こうとしないなら、願いは叶わないでしょう。
 あなたが素直になって、相手の言葉に耳を傾けるようになるとき、有益な助言アドバイスを聞き分けるようになるでしょう。
 このように祈りましょう。「主なる神様。私の耳を開いてください。そして私の身近にいる人々の助言に耳を傾けることのできる素直な聞き手としてください」
『・・・このことをわきまえていなさい。人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。
 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたのたましいを救うことができます。(新約聖書 ヤコブ1:19、21)』

《今週のみことば》
 ・・・「・・・ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。・・・」
 ザカリヤは御使いに言った。「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています」
 御使いは答えた。「・・・
 見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです」(新約聖書 ルカ1:13、18~20)

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