2月 5日 (日)

 雪に振り回されている間に、もう2月ですか……
 多分、今月もそんな感じで過ぎそうな気がする。
 とりあえず、肩、腰、肘、背中など、あちこち痛いです。

招詞まねきのことば
 船に乗って海に出る者 大海で商いをする者
 彼らは見た。主のみわざを 深い海で そのくすしいみわざを。
 主が命じて 激しい暴風を起こされると 風が波を高くした。
 彼らは天に上り 深みに下り そのたましいは みじめにも溶け去った。
 彼らは酔った人のようによろめき 知恵はことごとく呑み込まれた。
 この苦しいときに 彼らが主に向かって叫ぶと 主は彼らを苦悩から導き出された。
 主が嵐を鎮められると 波は穏やかになった。
 波が凪いだので彼らは喜んだ。主は彼らをその望む港に導かれた。
 主に感謝せよ。その恵みのゆえに。人の子らへの奇しいみわざのゆえに。
 民の集会で主をあがめ 長老たちの座で主を賛美せよ。(旧約聖書 詩篇107:23~32)


《今週のみことば》
 あなたの道は 海の中。その通り道は大水の中。あなたの足跡を見た者はいませんでした。(詩篇77:19)
 ある日のことであった。イエスは弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われたので、弟子たちは舟を出した。
 ・・・ところが突風が湖に吹きおろして来たので、彼らは水をかぶって危険になった。
 そこで弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、私たちは死んでしまいます」と言った。・・・
 イエスは彼らに対して「あなたがたの信仰はどこにあるのですか」と言われた。・・・(新約聖書 ルカ8:22~25)

▲TOP

2月12日 (日)

 お疲れモードMAXで、微妙に体調不良気味です。
 顔は火照ってるのに、手足はひゃっこい。そして、ギリ平熱な状況。

【 苦しみが与える幸い 】

テレホンメッセージより

 苦しみは、私たちが必要なことを学び、その真意をしっかり理解するまではくり返しやってきます。ある人が「失敗の最たるものは、何ひとつそれを自覚しないことである」と言いました。
 失敗のおもな原因を自覚し、その原因を適切に処置できれば、過ちというものは自分を生かす手段となり、成功の元にさえなるでしょう。
『苦しみにあう前には 私は迷い出ていました。しかし今は、あなた(神様)のみことばを守ります。
 苦しみにあったことは 私にとって幸せでした。それにより 私はあなた(神様)のおきてを学びました。(旧約聖書 詩篇119:67、71)』

 「痛みの伴わない意識の目覚めは」ありません。痛みがあるからこそ、私たちは手のほどこしようのない最悪の状態に陥ることから守られるのです。
 同じような過ちや煩わしい状況が繰り返される原因は、他ならぬ私たち自身にあると言ってよいでしょう。それは神様の教えを理解せず、自分自身をわきまえていないからです。
 私たちはだれひとり自分を完璧なものと言える人はいません。ですから、神様の御前に謙虚になり、自分自身を正直に見つめることが必要です。
 自分の苦しみを境遇や他者のせいにしている間は、問題は手を替え品を替えてあなたを悩ませるでしょう。また、同じ失敗を繰り返すパターンが心に刻まれ、それに馴染んでしまっているために、そのパターンをなかなか変えようとしないでしょう。
 しかし、もしあなたが苦しみから解放されたいと願うならかないます。それはあなたを悩ます原因を把握し、またあなたを悩ませる心のパターンを断ち切ろうとするようになるからです。
 あなたは次のことを知るようになります。それは自分の苦しみは神様のみことばを学び、そのおきてを守り、幸せを手にするためであるということを。
『ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。
 だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、叩く者には開かれます。
 ・・・天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。(新約聖書 ルカ11:9~10、13)』

《今週のみことば》
 わが子よ、注意して私のことばを聞け。私の言うことに耳を傾けよ。
 それらを見失うな。自分の心のただ中に保て。
 それらは、見出す者にとっていのちとなり、全身の癒しとなるからだ。
 何を見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。
 曲がったことを言う口をあなたから取り除き、ゆがんだことを言う唇をあなたから遠ざけよ。(旧約聖書 箴言4:20~24)

▲TOP

2月19日 (日)

 体調不良気味は水曜日には回復しました。
 でも、精神的にはお疲れモードのままです。むしろ、悪化してます。

招詞まねきのことば
 何をもって、私は主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のささげ物、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。
 主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の背きのために、私の長子を、私のたましいの罪のために、胎の実を献げるべきだろうか。
 主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。(旧約聖書 ミカ6:6~8)


《今週のみことば》
 いと高くあられ、永遠の住まいに住み、その名が聖であられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、砕かれた人、へりくだった人とともに住む。へりくだった人たちの霊を生かし、砕かれた人たちの心を生かすためである」(旧約聖書 イザヤ57:15)

▲TOP

2月26日 (日)

 雪はね出勤からは解放されつつありますが、やはり精神的疲労は蓄積したままです。

【 目標をかなえるために 】

テレホンメッセージより

 何かを始めるときに、大切なことがあります。それは単に勢いに任せて行動しないということです。なぜなら、私たちの人生は運や偶然が支配するものではないからです。
 運や偶然が支配しているように見えることがあるかもしれません。しかし、あなたには考える頭脳があり、また感じるハートがあり、また願いを実現したいと腹を据える覚悟があります。
 それは天の神さまが、あなたを人間として、すなわち「目的を持ち、それを実現する者」として造られたからです。『神様はすべてのものを目的があってお造りになりました。(旧約聖書 箴言16:4/LB訳)』
 ですから、ただ頑張り通すだけでは実現することはできません。反対に、手をこまねく(何もしないでただ見ているだけ)ならなおさらです。
 私たちが何かを始めようとするとき、特に意識すべき大切なことがあります。それは目標を定め、目標を目ざして行動し続け、途中で投げ出さないことです。
 否定的な思いに捕らわれている人は、どんな理屈をつけて尻込みするのでしょうか。「計画を立ててもしょうがない。どうせ三日坊主だから」「なるようにしかならない」「失敗はもうごめんだ」などと、もっともらしいものです。
 「失敗」とは、目標を達成できないことではありません。それは神様が与えてくださっている、あなたの能力をさらに引き出すものです。失敗を肯定的に考えないことこそ、大きな損失リスクです。
 消極的、否定的な思いにどんなにエネルギーを費やしても、決して良い成果は得られません。あなたの可能性までも委縮させてしまうでしょう。
『何を見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。
 曲がったことを言う口をあなたから取り除き、ゆがんだことを言う唇をあなたから遠ざけよ。(箴言4:23~24)』

 希望に満ちた積極的な心構えを身につけましょう。そうすれば、あなたが抱き、周りに知らせた目標はかなえられるでしょう。

《今週のみことば》
 また、祈るとき偽善者たちのようであってはいけません。彼らは人々に見えるように、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きだからです。・・・
 また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らはことば数が多いことで聞かれると思っているのです。
 ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。
 ですから、あなたがたはこう祈りなさい。・・・(新約聖書 マタイ6:5、7~9)

▲TOP