6月 4日 (日)

 割とひんやりした日が多かった一週間だったかと。でも、明日を過ぎれば暑くなる予報。雨だけど。
 【闇(ざっくり)】20、ペースダウンしてますが、一応は進んでいます。

【 聞く耳と見る目 】

テレホンメッセージより

 『聞く耳と見る目は、二つとも主が造られた。(旧約聖書 箴言20:12)』 耳は聞くために神が備えてくださいました。話したがる人は多くいても、話を聞く人はわずかだと言われます。
 神様に全幅の信頼を寄せながら、神様の御声を聞き取れなかった人の話があります。彼は毎日祈りをささげ、万一自分の身に何かが起こっても、必ず神様が助けてくれると信じ切っていました。
 ある日、雨が降り出し、洪水に見舞われ、皆は急いで避難しました。しかし、彼だけは「神様は自分を救ってくれる」と言って、逃げようとせず家にとどまりました。
 雨は降り続け、水かさは増し、彼は二階に上がらなければならなくなりました。そこへボートが来て、早く舟に乗り移るように声をかけると「神様が自分を救ってくれる」と言って断わりました。
 水かさはさらに増えて、彼は屋根に上らなければならなくなりました。今度はヘリコプターが飛んで来て、操縦士が「ロープにぶら下がりなさい」と叫びました。
 にもかかわらず、彼は「神様は自分を救ってくれる。今にきっと救ってくれる」と答えました。しかし、彼は流され、ついに溺れて死にました。
 そして天国に行くと、神様は彼を見て「お前が来るのはまだ早い。いったいどうしたのだ」と言われました。彼は「神様は私をきっとお救いくださると信じ切っていました。待って、待ち続けたのに、あなたは来てくださいませんでした」と言いました。
 すると、神様は「わたしはお前に車を、ボートを、ヘリコプターを遣わしたではないか。いったい、これ以上何を求めるのか」と言われました。
 彼の神様への全面的な信頼はいったい何だったのでしょう。それは彼の一方的で、自分勝手な思い込みでしかありませんでした。彼は見ていながら見えず、聞いていながら聞こえなかったのです。
 神様への信頼とは、自分勝手な思い込みでも、単なる自己暗示でもありません。神様は、私たちが神様からの御声を正しくキャッチできるために、聖書を与えてくださっています。
『聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
 神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです。(新約聖書 Ⅱテモテ3:16~17)』
『イエスはまた彼らに言われた。「・・・
 聞く耳があるなら、聞きなさい」
 また彼らに言われた。「聞いていることに注意しなさい。・・・」(新約聖書 マルコ4:21、23~24』

《今週のみことば》
 何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。
 私たちが願うことは何でも神が聞いてくださると分かるなら、私たちは、神に願い求めたことをすでに手にしていると分かります。(新約聖書 Ⅰヨハネ5:14~15)
 神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。(Ⅱテモテ1:7)

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6月11日 (日)

 微妙な暑さは湿度のせいやろか?
 【闇(ざっくり)】20、ペースダウンし、じりじりと前進中。

 またサーバーへのつながりが悪くなった……なんでじゃ?

招詞まねきのことば
 イスラエルの聖なる方、神である主はこう言われた。「立ち返って落ち着いていれば、あなたがたは救われ、静かにして信頼すれば、あなたがたは力を得る」 しかし、あなたがたはこれを望まなかった。
 あなたがたは言った。「いや、私たちは馬で逃げよう」と。そう言うなら、あなたがたは逃げてみよ。また、「私たちは早馬で」と言った。そう言うなら、あなたがたの追っ手はなお早い。
 一人の脅しによって千人が逃げ、五人の脅しによってあなたがたは逃げる。ついには、残る者が山の頂の旗ざお、丘の上の旗のようになる。
 それゆえ主は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。主が義の神であるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。
 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫ぶ声に応え、主は必ず恵みを与え、それを聞くとき、あなたに答えてくださる。
 たとえ主があなたに苦しみのパンと虐げの水を与えても、あなたを教える方はもう隠れることはなく、あなたの目はあなたを教える方を見続ける。(旧約聖書 イザヤ30:15~20)


《今週のみことば》
 「あなたがたに言いますが、神は彼らのため、速やかにさばきを行ってくださいます。だが、人の子が来るとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか」
 自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たちに、イエスは・・・
 「あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人(取税人)です。・・・(新約聖書 ルカ18:8~9、14)

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6月18日 (日)

 暑さに体が慣れていないからか、だるい感じがしているというのに、まだ夏本番でもないのに朝からクーラーガンガンに入れてキンキンに室内冷やされて、クーラー疲れで余計にだるい一週間だったかと。
 そのくせ、今日は最高気温20℃に満たないという……体がついて行けない。
 そんなわけで? 【闇(ざっくり)】20、ペースダウンで、じわじわな進行状況ですた。

【 警戒心をゆるめて 】

テレホンメッセージより

 わしという鳥は、その巣を険しい高い山の崖に作り、そこに卵を産んで、ひなをかえします。ひなにとって、巣は心地好く、安全で、下に見える世界は厳しく、危険がいっぱいです。
 ところで、翼は何のために与えられているのでしょう。それは大空を羽ばたくためです。それなのに、いつまでも「巣にしがみつこう」とするとしたら、どうしてでしょうか。
 それは「こわいから」です。自分のいのちの危険を感じて、自分を守ろうとするためでしょう。すなわち「警戒心が強すぎる」のです。
 鷲のひなにとって、自分の本当の居場所は巣ではありません。どこでしょうか。「大空!」です。ひなが必死にしがみついている巣は、ひなが大空に羽ばたくための仮の住まいです。
 警戒心が強すぎると、あれこれともっともらしい言い訳を考えるようになり、巣(安全圏)に留まろうとします。気にしすぎたり、警戒心が強い人は、チャンスを目の前にしながら手をこまねいて(何もしないで)見ているだけです。
 あなたは、自分の居心地の良い巣から出て、大きく羽ばたくために生まれてきたのです。ですから、自分の感覚や判断を当てにし過ぎることを止めましょう。
 大空を駆け巡るための翼をくださった造り主なる神様に全面的に信頼して、巣を出て、大空を駆け巡りましょう! そのとき、あなたが恐れていたことは単なる思い過ごしにすぎなかったことに気づくでしょう。
『風向きを気にすれば種を蒔けない。雲行きを気にすれば刈り入れはできない。(旧約聖書 伝道者11:4)』
 「種を蒔く」ということは、持っているものを手放すことです。そのことによって分かることは失うことよりも、さらに多くの実を手にするということです。
『条件が良くなるまで待っていたら、何一つ仕上げることはできない。
 神様のなさることは風の通り道と同様に神秘的です。それはまた、母親の胎内の赤ん坊にたましいが吹き込まれるのと同じように、不可思議なものです。
 手を休めずに種を蒔きなさい。どの種が芽を出すか、わからないからです。ひょっとしたら、ぜんぶ芽を出すかもしれません。(伝道者11:4~6/リビングバイブル訳)』

《今週のみことば》
 父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。(新約聖書 エペソ6:4)
 父たちよ、子どもたちを苛立たせてはいけません。その子たちが意欲を失わないようにするためです。(新約聖書 コロサイ3:21)

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6月25日 (日)

 

【 一 】

テレホンメッセージより

 
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《今週のみことば》
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