それは、とある朝の出来事――……
「なあ、リプレ。この大量のミルク、どうしたんだよ?」
「あ、本当だ」
「全員分、ちゃんとありますね」
「ミルク、高ぇから滅多に買わねえし、買っても料理用だろうが」
食卓にきちんと並べられた全員分のカップ。その中にたっぷり注がれた白い液体を見て、ガゼルが真っ先に疑問を発した。
彼の言葉で全員が事実に気付き、答えを求めてフラットの『母』――家事全般を担う少女・リプレへと視線を注ぐ。
リプレは楽しげに小さく笑って、言った。
「出所はに聞いて」
「?」
今度は先に食卓についていた小さな少年・へと注目が集まった。
は自分の分のミルクを飲んでいる。一気に飲み干し満足げにカップを置くと、椅子から降りて全員を見てちょいちょいと手招きした。
誰ともなく顔を見合わせると、一人、また一人と彼の後について歩き出す。
が向かった先は台所にある勝手口の先の、庭だ。結構な広さがあり、洗濯物を干したり薪を割ったりする他、子供たちの遊び場としても重宝している。
全員が庭へ出たのを見計らい、はその一角を指差した。その指先を一様に目で追うと、見慣れた庭先に見慣れぬ影が。それは――
「「 牛ぃっ!? 」」
「あ、本当です。立派な乳牛ですね」
「ああ、そうだね」
庭の草をのんびり食(は)んでいる白黒ぶちの大きな生物に反応を示したのは、異界組の4人。ハヤトとナツミは叫ぶように驚き、アヤとトウヤは冷静に、且つのほほんと状況を把握したようだ。
それに対して、怪訝な顔をしている現地民組を代表し、ガゼルが疑問を形にする。
「は? あれ牛か?」
「え? リィンバウムの牛は、あれとは違うのか?」
「違ぇよ。もっと毛が長かったはずだ」
「バイソンみたいな感じでしょうか?」
「僕たちが知る乳牛は、あのホルスタイン種が一般的なんだけど……ということは」
異界組にとって馴染み深くても、現地住民にとっては初めて目にする生物。それはリィンバウムにはいない種であることの証であり、その方法はひとつしかない。
視線は再びに集中し、は何でもないことのようにその手に無色透明な石を乗せて見せることでその答えとした。
「、俺たちの世界からあの牛、召喚したのかっ!?」
それでも信じられないのか、叫ぶハヤトに対しては静かに頷き、肯定を返す。
驚いていいのか呆れていいのかわからない微妙な空気に染まりつつあった時、それまでただ成り行きを見守っていただけの新参者の召喚師組からキールが呟いた。
「信じられない……名も無き世界から望むものを、それも生物を召喚できたなんて……一体どうやったんだ?」
「……イメージ……」
「は? それが何だと……」
「ああ、確かに召喚術には呼びたいものを細かくイメージするのが大切で、成功の鍵だってキールたちは言っていたね。僕たちにとっては良く知るものであり、いる世界も良く知っているから呼べたってことになるのかな?」
たった一言しか返さないに、全く理解できないキール。助け舟を出したのはトウヤだ。
トウヤの言葉はわかりやすくて納得もできるのだが、のあの一言からよくこれだけ彼の言いたいことを正確に理解できるものだと、誰もが感心すると同時に謎だとも思っていた。……間違っていないのは、の首肯で示されているし、本当に謎だ。
「なるほど。可能性としては、無くはないが……いや、しかし、名も無き世界への路自体が不安定だというのに……」
トウヤとの不思議な関係よりも、キールには名も無き世界からの召喚についてのほうが謎らしく、ぶつぶつと呟きながら思考の中に沈んだ模様。同じ召喚師である弟妹からの半ば呆れた視線にも気付いていないようだった。
まあ、そちらは召喚師故の探究心として片付けられるからいいとして。
問題なのは、が召喚術を使って牛を呼んだ理由だ。確か彼は召喚術に対してあまりよく思っていないようだったはずだ。キールたちが暴走防止のために基本を教えると言った時も、聞きたくないと言ったのを無理矢理説得して教えたのだし。
そのが、何故今回に限って自ら召喚術を使ったのか……
先程の食卓でのの姿を思い出した者の脳裏に、まさかという思いが過(よぎ)る。そして同時にそれを否定する考えも出た――その時。
「ところで、。そんなに牛乳が飲みたかったのかい?」
皆がまさかと思い、否定しようとした考えを。
トウヤは笑顔であっさりと問い掛け、もまた何の躊躇いもなく頷いて見せて。
「「 マジですか…… 」」
一気に脱力感に見舞われたハヤトとナツミが揃ってその場に両手をついて項垂れた。
他の者は二人ほどのリアクションはないものの、心の中はみな同じだった。
年齢以上に深く物事を考えていると思っていた少年が、案外自分の欲望には忠実であると判明したこの日。
フラットの食卓に、少しの潤いが増えたのだった。
END