「ピギ、ピギィッ!」
「――……は?」
目を開けてみると、そこは青と白で彩られた生物のどアップで埋め尽くされていて。
寝起きで反応の鈍い思考回路は、動く間もなく見事に停止したのだった。
小さな呟きを発したまま、何の動きも見せない。そして、その身体をよじ登り始めたリュームを見て、ライは溜息をひとつ。
「起きたかよ、?」
「あー………………ライ……と、リューム……か……おはよう?」
「もう昼だって。いつまで寝てんだよ」
もそもそとようやく動き出したは、自分の上にいるリュームを転げさせないようにして、器用に上体を起こした。
そして、大きな欠伸をひとつ。
「……まだ、どっか具合悪いのか?」
「いや~? 単に消耗した魔力を回復するのにかかった時間というかなんというか~……寝る子は育つ?」
「オマエ……寝惚けてるだろ。普通、それが通じるのは、せいぜい10歳までってとこだろ。オレたちの年じゃあ、無理じゃねえのか?」
「いや、まだ伸びる。むしろ伸びてくれ。こんなところで止まったんじゃあ、男として悲しすぎるだろ、オレ~!」
やっぱ、寝惚けてやがるな――と。
上体を折って大げさに嘆く姿に、呆れ気味にそう思った。
もう一度溜息をこぼした時、がばっと顔を上げたが妙に真剣な目でこちらを見てきて。
「なあ、ライ。背が伸びやすくなるような料理ってないか?」
「――は?」
いきなり何を言い出すのか。
料理はエネルギーを補給するものであって、薬とは違うだろうに――と。そう考えたライの心を知ってか知らずか、は独白のようにぶつぶつ言い始めた。
「牛乳は飲んでるんだが、それだけじゃ足りないみたいなんだよな……一応背も骨に関係あるとすればカルシウムは必須だろうし、とするとビタミン摂取も同時にしたほうが吸収率は上がるんだったよな、確か……魚とレモンの組み合わせはいいんだったか……でも、こっちじゃレモンはないんだよな。アレに相当する果物なんか知らんし……」
「おーい、本当に起きてるか?」
「起きてるよ。とどのつまり、栄養バランスがよく、尚且つ美味しい料理を作ってほしいってことだ」
「それは……肉と野菜のバランスってことか?」
「シルターン式でいうなら『一汁三菜』。主食の他に汁物一品とおかず三品っていうのが、最もバランスがいいらしい」
「ふーん……変わったこと知ってるな、おまえ」
「伊達に丸一年本漬けの生活はしてないってことだな」
「……してたのか」
「してたんだ」
何故か、知れば知るほどという人物がわからなくなっていく気がする。
大きな溜息と共にそんな想いを吐き出して、ライは当初の目的を口にした。
「まあ、それはあとで調べてみるよ。それよりも、早く支度して下りて来いよな。昼飯食ったら出掛けるんだから」
「……あ?」
「チビすけの親探し、一緒に行くって言ってたろ」
だから起こしに来たんだよ。
「あー……うん、行くよ」
やっと思い出したという様子で、リュームの喉をくすぐる。その姿は微笑ましい反面、寝惚けていたと確信させるもので。
ライは嘆息した。
「昼飯用意して待ってるからな。なるべく早く来いよ」
「らじゃー」
最後まで寝惚けモードの彼に、本当に大丈夫だろうか、と。
不安を抱きつつ食堂に戻ったライは、今まで通りの落ち着き払った風体で下りてきたの姿を見て、杞憂だったことを知ると同時に意外な一面に何故か脱力を覚えたのだった。
昨日決めた、竜の子供たちの親を探して送り届けるという試み。まずは、タマゴを見つけた場所――星見の丘へと赴いてみたのだが、そこでは親竜の代わりに、機械兵器に襲われていた天使の少女を見つけてしまった。
機械兵器とそれを率いていた機械人形の少女を退けて、意識を失っている天使の少女を保護した一行は、少女の手当てのために一度宿へと戻ることにした。
その流れから、は一人抜け出す。
ルシアンに言伝を頼んで、エルの翼で空高く舞い上がっていた。
目指すは町と逆方向にある山脈の麓。そこに生えている、とある植物を採るために。
あの天使の少女、外傷自体は打ち身や擦り傷と深刻なものはなかった。おそらくは、捕獲を目的として襲われていたため。
その代わりに、魔力の消耗が著しかった。エルの治癒能力では、却って逆効果になりかねないほどに。
あれだけの消費量を自然回復させるには、かなりの時間を要する。精神生命体であるサプレスの住人にとって、魔力の減少は生命に関わってしまう。
襲われていた、イコール敵がいる状態の彼女にとっては、早急な魔力の回復が求められるだろうから。
そのために必要な、その植物を。エルの案内のもと無事に採取して、は宿の扉を開けた――が。
「……何? また一悶着あったのか?」
前にも出くわした覚えのある、非常に微妙な雰囲気に開口一番そう言った。
「……あ、、おかえりー……」
「探しものはあったの?」
焦っているような引きつっているような表情のと、どこか怒っていそうな不機嫌らしいリシェル。
とりあえずその理由は考えないことにして、それぞれに返答をし、席につき直している風体のライがいるテーブルへと足を進める。
その間中感じたひとつの視線。その主は――件の天使の少女。
「あ、あなたは……どうして……」
目を瞠り、信じられないとはっきり顔に書いて少女は呟いた。
何となくあるかもしれないと思っていた、嫌な予感的中。
余計なことを口走られる前に、先手を打つ。
「エル」
「了解」
呼べば、全てを承知したエルが憑依を解いて、少女に向かって素早く飛んだ。そしてそのまま少女を連れて食堂の隅へと移動し、何事かを耳打ちし始める。
急な展開についていけずに呆気に取られている面々を代表し、フェアが疑問を投げてくる。
「な、何なの?」
「気にするな」
「気になるよ……まぁ、いいケド。それより、それが『天使の薬』?」
説明する気など毛頭ないは、あっさりはぐらかした。気にしつつも諦めてくれたのか、フェアのほうから話題を変えてくれて、単独行動の理由であったそれを皆にも見えるように持ち上げる。
「そうだよ。元々はサプレスにあった植物が、この世界に適応して残ったものらしい」
「サプレスの植物が何でリィンバウムにあるのよ?」
「ある意味、戦争の名残だろ」
当然の疑問を投げ掛けてきたリシェルへと返した端的な言葉は、けれどほとんどの者が理解できなかった。
だが、その事実には気付いていない。
己の手の内にある、水晶でできているような花に目を向けていたから。
「この世界に結界が張られるより以前、異世界のものたちから侵略されていた頃に、サプレスのものたちが持ってきたのか、それとも付着してきたのかしたものだって、さんは言いたいんだと思うわ」
本来なら、あるはずのないもの――なくても支障のないもの。けれど残った、戦争の歴史。
不足を説明したミントの言葉で意識を戻し、本題を口にした。
「で、話は聞けたのか?」
「あ、それが……まだ……」
「話す以前にもめてたのか」
「だって……」
「あー、いいよ。大体分かるから」
言い訳的に事情を説明しようとしたフェアを、呆れ気味に遮った。
フェアは不服そうに、そして訝しげに見てきて――は溜息をひとつつく。
「状況を見れば、あれが人間を敵視していることぐらいわかるさ」
「」
タイミングよくエルが声を掛けてきた。
神妙な面持ちでエルの隣へ立つ少女へと、は一歩近付き正面から向き合う。
「オレの名前は。君の名前を教えてもらえるかな?」
「あ……リビエルと申します」
「敬語は必要ないんだが……まあ、いい。それよりも、これを」
少女・リビエルの喋り方に軽く眉をひそめたが、その問題は後回し。採ってきた花を彼女へと差し出した。
まさかあるとは思わなかったのだろう。リビエルは吃驚をその顔に刻んで、花ととを交互に見る。
「魔力が回復すれば、気分も落ち着くだろ」
軽く笑って言うと、リビエルは遠慮がちに手を伸ばして花を受け取った。
リビエルの手におさまった花に、は手をかざす。その横からエルも同じように手をかざして、目配せ。同時に魔力を少量加えた。
――シャアンッ。
まるで氷が砕けたかのように花は散り、細かな破片が全部リビエルの中へと淡い光を放って吸い込まれていく。
破片が全て消え、代わりにリビエルの翼が力強く輝いた。
それは――魔力が回復した証。
「ありがとうございます」
安堵の表情を見せ、深々と頭を下げるリビエル。
それを制して、は本題へと話を戻す。
「落ち着いたなら、とりあえずお互いに事情説明といきたいんだが……いいかな?」
「は、はい」
ようやく互いの事情を説明しあうことができた、その結果わかったこと。
召喚獣たちの集落『ラウスブルグ』を守護する竜の後継者が、フェアたちが拾ってきた三匹の竜の子供たち。リビエルはその守護竜と御子に仕える『御使い』であるということ。
それを聞いた大人組はこの騒動の終着点が見えたとばかりに喜んだが、その間リビエルの表情は優れぬままで。
リビエルの様子に気付いていたのは――どうやら、の他はルシアンだけのようだった。
他は全くそれに気付かぬまま、今日のところは解散して、機械兵器対策に明日にでもリビエルたちを送っていくことにしていた。
楽観的な面々を眺めつつ、はリビエルにあてがわれた部屋へと向かった。
「リビエル。だけど、少しいいか?」
ノックと共に声を掛けると、すぐに扉は開かれて中へと招き入れられた。そして、勧められるままベッドに腰を下ろした。
「さま、私に何か御用ですか?」
立ったまま控えめに訊いてきた言葉に、は目を眇めて改めて言った。
「様付け、やめてくれないか? オレは君の主じゃないんだ」
天使の性質として、元々敬語喋りに敬称付け呼びなら放っておくつもりだったのだが、微妙に異なるようなので注意した。
だが、案の定、彼女からは控えめながら否が返ってきて。
は嘆息する。
「まあ、誓約者って呼ばなきゃそれでいいけど……」
最悪、その呼称だけは使わないでいてくれれば、いくらでも誤魔化しは利く。
高位召喚師とは思われても、伝説となっているエルゴの王に二代目が現れたなどとは、普通は考え付くことはないから。
正体を隠すことに対し、何を思ったのかリビエルは表情を曇らせて。
「……結局、誓約者も人間にとっては、自らの欲望を叶えるための道具にすぎないのですね……」
「オレのことはいい。今のところ自由でいられるしな。今、考えるべきは自分のことだろ?」
「――え?」
「守護竜はもういなくて、ラウスブルグも戦火に呑まれた――違うか?」
事実を言い当てると、驚愕に目を瞠ったリビエル。
「……何故、それを……」
やっとといった体で出た声は、何よりも彼女の心を表わしているように思えた。
は目を伏せ、告げる。
「我が子の身を案じてずっと側についていた親竜の魂と、直接話したからな」
「それでは、守護竜さまの魂は……」
「オレが輪廻に送った。いつかまた、どこかの世界に生まれるだろうさ」
「そう、ですか……よかっ……」
ぽろり、と。リビエルの目から雫が落ちた。
「あ、あれ……」
悲しみと安堵が混ざり合っていた表情は、戸惑いの下に隠れてしまった。
必死に目元を拭っても涙はとめどなく溢れてきて。泣くつもりはなかったのだということは、その表情と声とが物語っていた。
恐らく、一人で抱え込むつもりだったのだろう。けれど、無理だった。
「つらいなら、泣いてもいいだろ」
「で、ですが……っ」
「泣きたい時に泣けることも、強さのひとつだと思うぞ」
役目も立場も脇に置き、ただ一人の少女として泣けばいい。抱えきれない想いは、今だけ下ろしてしまえばいい。
そうすることで自分を保てるのならば、そうすべきだ。
のその想いは伝わったのか、それとも単に限界だったのか。リビエルはその場に座り込んで、本格的に泣き出した。
「ピイィ……」
「ピ? ピィ?」
「リューム、ミルリーフ、コーラル」
心配そうに、けれどどうしていいのかわからないといった体の三匹を呼ぶ。
近づいてきた三匹の頭を順番に撫でてから、リビエルを指した。すると理解できたのか、三匹はリビエルの側で浮いて彼女の頭を前足で一生懸命に撫でた。
しばらくは嗚咽が室内を満たしていたが、ややあってリビエルが言葉を発した。
「ひっく……っ、さま……わたくし……私は、どうすればよいのでしょう……」
「それは、リビエルが自分で決めるしかないことだ。他人の言う通りに生きるのは楽だし責任を押し付けることもできるけれど、結局は後悔しか残らないからな」
冷たいかもしれないけれど、これは事実だから。
は神ではない。未来も過去も――真実も、わかりはしないのだ。何が正しく、一番良いのかも。
だから、道を示すことはできない。道は……自分自身で決めるしか、ないのだ。
「私には、わかりません……ひとりっきりで、帰るところもなくなって……御子さまを守って、どこへ行けばいいのか……」
――ガチャッ。
唐突に開かれた扉に、リビエルは息を呑む。も少しばかり驚いて目を向けた。
そこにはを先頭に、ライとフェアも立っていた。
「……リビエル……今の話……」
が、そう言った。それは、今の話を聞いていたということに他ならない。
ただ、言うべき言葉が見つからないのか、後に続く言葉はなかった。
「あ……う……っ、あぁ……っ!!」
秘密を知られたことがショックだったのか、感情が不安定になっていたリビエルは蒼ざめた顔で三人を見つめた後、突然その場から走り出した。
「待って、リビエル!!」
の制止も聞かず、窓から翼を広げて逃げるように飛び去ってしまった。
「――っ!」
「お、おい、!?」
すぐにも――恐らく玄関へ向けてだろう――ライとフェアの間をすり抜けて走り去ってしまった。
は独断行動が多いよな、と。
走り去る姿を眺めてそんなことを思ったへ、残っていた二人の視線が注がれる。
「、どういうことだ?」
「は初めから知ってたの!?」
静かに問い掛けてきたライと、明らかに怒っているフェア。
はただ溜息をつく。
「知ってたというより、予測できる範囲内だっただけだ」
「予測って何!?」
「親が子を側に置いておけず、子にも使いにも追っ手がかかった状態で、何事も起きていないはずがないからな」
事実だけど真実ではないことを、さらっと口にした。
言われたことを考えられなかった己に一瞬言葉を失ったが、素直に認めたくないのかフェアは八つ当たりのように怒鳴る。
「だったら何で言ってくれなかったの!?」
「フェア、落ち着けよ!」
「だって……っ」
「いいから!」
ライに宥められ、何とか静かになったのを見計らって、質問に答えた。
「……オレが言うべきことじゃないから、言わなかったんだ。真実は当事者の口から直接聞くものであって、傍観者が語るべきことじゃない」
「でも、傍観者のほうが全体がよく見えるって言うよな?」
「オレは直接見たわけじゃない。予測って言っただろ。そして、当事者が隠したいと思っていることを暴露する趣味もない。隠したいと思っているってことは、首を突っ込んでほしくないってことだからな」
そこまでのお節介をする気は、にはなかった。
リビエルの許を訪れたのは、単なる口止めのためだったのだし。そのついでに、主の魂のことを知らせておこうと思っただけだ。
「それでも本当のことを知りたいと思うのなら、リビエルに聞くことだ。ただの通りすがり以上に関わることを認めてくれるのなら、話してくれるだろうさ」
「――ッ、わかったわよ!」
「ピイッ!」
吐き捨てるように言って、フェアはの後を追っていった。ついでに竜の子供たちもついていく。
ライは……何か言いたげにこちらを見つめていたが、やがて溜息をついて同じくその場を去った。
彼らをただ見送り、一人きりになった室内。
は俯き、虚空を見つめて。
「……自分の生き方は、自分で決めるしかないんだ……必要なものも、自分の手で探し出すしかない……与えられたものじゃ、意味がないんだよ……」
自分自身に言い聞かせるように、呟いた。
「今日はもう退かないか?」
目の前に立つ少年は、そう言った。
御使い・リビエルの捕獲のために出直した折、竜の子供たち諸共見つけた一団。再び妨害してきた者たちの中の一人である少年は、単身向かってきた。
そして、たった一人で機械人形である己を、いとも簡単に倒して。
「おまえがただの機械じゃなく感情を持っているから、あえて言ってるんだ。愛されて――必要とされて在るのなら、生きてそれに応えるべきだろう?」
普通の人間なら決して言わない言葉を投げ掛けてきた。
少年が言ったことは、理解できる。アプセット自身、その想いは確かにある。
――けれど、従うべきはこの少年ではなく、『教授』の言葉のみ。
「教授ノゴ命令ハ絶対ナ――ッ!?」
――ザシュッ。
少年の言葉を切捨て攻撃体勢を取ろうとしたアプセットは、すぐにそれが叶わないことを知る。
鈍い音は己の中から。それは、いくつかの配線が切れた音だ。
原因は――ドリルとなっている腕の、その付け根。そこに深々と刺さった一本の剣。
「わからないのか?」
剣の持ち主の声が、頭上から降る。
顔を上げた先には、酷く冷えた瞳が己を見下ろしていて。
「これ以上は手加減できないって言ってるんだよ」
――人間で言うところの、血の気が引くとか背筋が凍るという感覚を、アプセットは知った。
全神経が――思考回路が、『危険』だと言っている。
勝てないのではない。勝率がどうという問題ではないのだ。
逆らえば、完全に破壊される――それしか、答えは出ないのだ。
得体の知れぬそれに身動きができなくなっていたアプセットの前で、少年は何かに気付いたように後方を振り返った。
「フェア――ッ!?」
そのまま駆け出した少年は、バランスを崩してその場に膝をつく。
急変した少年。
心拍の上昇、呼吸過多。己の主がよくなる症状に近い状態になっていた。
「くっ……こんなに、早く……ッ!?」
心臓部を掴んで痛みに耐えるような少年に、アプセットはようやく動く。
少年に攻撃するためではない。少年が焦ったその理由に、アプセットもまた気付いたからだ。
この後、高確率で訪れるであろう出来事の処置のため、教授の許へと走り出した。
「――エルッ!!」
少年の切羽詰った叫びにも似た呼び声と、大きな羽音をセンサーに捉えながら。
急速に集められた明らかな悪意のこもった魔力に、フェアは対応できなかった。
仲間たちの声にも反応できなかった身体を力強く引かれたのは、魔力が形になる寸前のこと。
ここ数日で馴染んだ鳶色の髪と光る翼が視界を満たして。
そして――魔力は、霧散した。
「げほ……っ!? げほっ! げほげほぉっ!!」
「――は?」
淡い光の向こう側で、自分を攻撃しようとしていた召喚師が苦しげに咳き込んでいる。
何が起きたのか理解できずに呆気に取られるフェアとそれを庇うように立つの前で、二人の機械人形が召喚師の許へ駆け寄り応急処置を始めていた。
どうやら、老体であることが全力を出すことを妨げたようだ。
魔力は肉体や生命力と密接な繋がりを持っている。あまりに大きな魔力は、肉体や生命力に多大な負荷を与えるもの。衰えていくだけの老体なら、その比率は大きい――ということ。
それをようやくフェアが理解した頃、何とか体調を整えた召喚師・ゲックがこちらへ向き直って。
「今日のところは、これで退いておこう」
「あ、うん」
撤退宣言に、思わずそう返した。急展開に対し、まだ呆気が抜けきってなかったから。
そんなフェアを置いて、状況は変わっていく。
が現われた直後からあった淡い光がスーッと消えていき、ゲックや機械人形たちの姿がはっきり見えるようになった。
そう、目を細めて興味深げにを見るゲックの顔も、はっきりと見えて。
「どうやら、随分と優秀な護衛獣がついておるようじゃしの」
「――――――――――はい?」
目が点になるとは、こういうことを言うのだろうか。
エルエルを憑依させた状態のを天使だと思ったのか、ゲックは思い切り勘違いをしてくれた。
「ちょ、ちょっと……それ、違――っ」
誤解を解こうとして言いかけた言葉を、フェアは飲み込んだ。
フェアの姿をゲックの目線から隠すように動いた半透明な光翼の向こうで、がこちらを見ていたから。何も言うな――と。その瞳が言っている気がしたから。
「じゃが、ワシらは絶対諦めぬぞ。あの方の……『姫さま』の願いを叶えるためにも、絶対にな!!」
自分の意志というよりはによって口を噤まされたフェアになど気づくこともなく、、ゲックはそう言い捨てて去っていってしまった。
彼らの姿が完全に見えなくなって、ようやくホッと胸を撫で下ろす。――と、目の前のの背から光翼が消え去った。
憑依自体はそのままのようだが、必要がないと判断した結果なのだろう。
つまり、本当に今日の騒動はこれで終了だ――と。
「……、なんで本当のこと言わなかったの?」
危機が去ってできた余裕。フェアは先程の疑問を素直に口にした。
予測済みだったのか、は振り返りもせずにしれっと答えてくる。
「召喚師として認識されるよりは、オレにとって都合がよかったからな」
聞きたい答えは、その理由なのに……多分、わかっていて彼ははぐらかしているのだろう。
それは、拒絶されているようだった。
そう思った時不意に脳裏に過ったのは、リビエルが逃げた後にが言っていた言葉。
隠したいという思いは、即ち首を突っ込んでほしくないという気持ち。ただの通りすがり以上に関わってもいいと認めたならば、それを話してくれるだろう、と。
この言葉がの経験に基づくものだとするのなら、つまり今はまだそこまで関わることを認められていないということになる。
なんだかそれは、物凄くずるい気がする。彼はこちらの問題に関わっているのに、こっちには彼自身に関わらせてくれないなんて……
まあ、がこの問題に関わっているのは、半ば強制的に巻き込んでしまったような形でもあるのだけれど……
「さま」
それでもまだ釈然としなくて、少し不貞腐れ気味になっていたフェアは、近場で聞こえた声に顔を上げた。
いつの間にかやってきたらしいリビエルがの前に立っていて、真っ直ぐに彼を見つめている。
「私は御使いです。御使いとして御子さまを守り抜きます。例え、どんなことになったとしても」
真摯な眼差し、迷いのない言葉。
部屋で泣きじゃくり、逃げ出した少女とは思えないほどにしっかりと地に足をつけて、その決意を表わしていた。
言われた当人・はリビエルをじっと見つめた後、目元を緩めて微笑みを返して。
「それが、おまえが自分で決めた後悔しない生き方だってんなら、それでいいさ」
「――はい!」
リビエルもまた、笑みをもって返した。
こっちのゴタゴタも終了かな、と思われたが――疑問は、まだあった。
「……ねえ、とリビエルってどういう関係なの?」
リシェルの素朴な疑問は、おそらく当人たち以外の全員の心を代弁したもの。
初対面であるはずなのに、お互いに何かを知っている風でもあった。普通には考えられない不思議な間柄。それを具体的に表現するならば、何と言うのか……
その答えを知るはずの二人は顔を見合わせて。
「どうって言われてもな……」
「なんでしょうか……」
ほぼ同時に首を傾げた。
何だそりゃ、と。言いたかったのは、多分フェアだけではないはず。
呆れた空気が満ちる中、あまりそれに染まっていなさそうなミントが苦笑しながら口を開いた。
「主従関係でないのでしたら、友人関係で宜しいのではないですか?」
「やっぱそうなるか……」
「さまがよろしいのでしたら、私に異存はございませんわ」
「……友達同士なのに『様』付けなの?」
助け舟のつもり、だったのだろうけれど、功を奏したのかは甚だ疑問だ。むしろ、沈没したような気がする。それもまた、新たな疑問を呼んだだけだったから。
ルシアンのその質問には、も諦めたように首と肩を落として。
「それな~、オレもやめてくれって言ったんだけどな……」
「こればかりは了承いたしかねます」
「……だってさ」
苦笑で締め括った。
「なんでよ?」
「なんででもです」
更なるリシェルの問いにも、リビエルは頑としてその姿勢を貫いた。理由は一切告げずに。
「……確かにあれじゃあ、こっちが折れるしかないよな」
「そ、そうだね……」
兄が言った言葉で、余計に疲れた気がしてきた。
そんなフェアとは対照的に、は小首を傾げて考えていたかと思うと、不意に口を開いて。
「どっちにしても、味方であって、仲間ってことなんじゃないの?」
新たな見解。
確かに、どう考えても見えない友人関係と言われるよりは、そっちのほうが余程説得力はある。――にも拘らず、当人たちがきょとんと……物凄く意外そうな顔でを見ているのは何故だろう。
とりあえず、自身は全く気にせずに二人に笑いかけた。
「まあ、正しい答えともかく、今は、帰る場所は同じなわけだし。――そろそろ帰ろ!」
彼女の提案を拒む理由などどこにもなく、皆それぞれに同意を示して帰路についた。