第 4 話
足枷の影

「私たち御使いが追われていたのには、理由があります。それが、これですの」
 庭に集まった面々に対してリビエルが示したのは、ひとつの大きなウロコ。手の平サイズのそれには、強い魔力が込められているのがわかる。
 ――先代守護竜の遺産、ということだった。
 竜の子供たちの素性を知る、ある意味竜の子供たちの身内ともいうべき『御使い』の一人・リビエルに出会った翌日。彼女は自ら、が彼女に対して指摘したことを皆に語った。
 即ち、竜の子供たちの故郷である『ラウスブルグ』で戦いが起き、親である守護竜が亡くなっていることを。
 敵が存在し故郷にも簡単には帰れない状態の彼女たちをここで匿い、他の御使いたちを待つと決めたのはいいが、それ故に、この場所から動けない不利さが指摘された。
 その解決策としてリビエルが示したのが、遺産の継承だったのだ。
 遺産に込められた先代の力と知識をそのまま受け継げば、生まれたばかりの竜の子供たちも自分で身を守れるようになる、と。
「さあ、御子さま。先代から託された力をお渡しいたします!」
 リビエルの手の中で、ウロコが七色の光を放つ。その光は竜の子供たちの身体を包み込み、より一層強く発光した。そして――
「人間に……なっちゃった……」
 光がおさまったあとそこにいたのは、10歳ぐらいの人間の子供たちだった。
 しかし、その身から溢れる魔力は人のそれとは桁が違う。僅か一部分でこれなのだから、全て継承すればもう人間の手を借りる必要はなくなる、と。リビエルが断言するほどの力。
 とはいえ、力と身体がそれなりになったとしても、心はまだまだ子供のものであることは確かで。
「まあ、これで心配事がひとつ減ったのは間違いないか」
「うん、そうだね」
「よかったね、リューム、ミルリーフ、コーラル?」
 ライ、フェア、が、竜の子供たちに笑いかけた。
 竜の子たちはじっと、己の保護者たちを見つめていて――三人が訝しげに首を傾げた時。
「なに見てんだよ、バーカ!」
 青い髪と服の腕白そうな少年・リュームが開口一番に悪態をつき、保護者含め全員が絶句。
「ちんたらしやがって。おかげで、こっちは大迷惑だぜ……保護者なら保護者らしく、ちったあしゃんとしやがれ」
「ぶ……っ、ぶん殴ってやるっ!!」
「わぁーっ!? ダメだってばぁ!?」
 更に続く悪態で頭に血が昇ったライを、ルシアンが必死に止める。
 自分に手が出せない保護者を見て、リュームは鼻を鳴らして笑った。――と、その頭を可愛らしい手がライに代わって叩いた。
「もぉーっ、ママたちの悪口言っちゃ、ダメなんだからね!!」
 可愛らしく、どこかお姉さんっぽくそう言った、桃色の髪と服の少女・ミルリーフ。
 彼女の口から出た言葉にもまた、衝撃が走る。
「は……? ママって……?」
「……私――なワケないよね……ってことは、フェア?」
 がフェアと顔を見合わせて、そしてミルリーフへと問い掛けた。ミルリーフは嬉しそうな笑顔を見せて、ぎゅっ、と。フェアに抱きついた。
「うん、ママっ♪」
「う~ん、これは完全にフェアをお母さんだと思ってるみたいね……」
「ウソでしょぉっ!?」
 ミルリーフの呼び方、そしてリシェルの分析に、フェアが声をあげた。
 誰か冗談だと言ってと言わんばかりの声音に、けれどミントはにこやかに告げた。
 それは充分にありえる話だ――と。
 『刷り込み現象』――即ち、卵から孵って初めて目にした動くものを親だと思い込むのは、動物にはよくある話だから。
 納得いかないとおろおろするフェアに抱きついたままのミルリーフと、目が合った。そのままじっと見つめられて――嫌な予感がする……
 その予感は、的中した。
 するりとフェアの側から離れたミルリーフは、の前まで小走りでやってきた。そして――
「パパ♪」
 瞳を輝かせ、溢れるほどの笑顔を見せて、フェアにしたのと同じように抱きついてきたのだ。
「ちょっと待て。おまえ見つけたのオレじゃないだろ。父親代わりならライのほうじゃないのか?」
 そう示すと、ミルリーフはきょとんとしてライを見た。矛先を向けられ引きつった表情で固まっているライをじっと見つめたあと、抱きついたままのこちらを見上げて、またじっと見つめる。――結果。
「パパ♪」
 やはりをそう呼んだ。
 見つけたライではなく、己を親と思う理由……心当たりは――誓約者であるがため、か。
 先代の知識とやらを継いでいるのなら、そうとわかって懐いてきているだろうし、知らなくてもその魔力故に親のように感じているのだろう。
 誓約者の力は至源の力。リィンバウムとそれを取り巻く四つの世界の全てはエルゴから生まれた。即ち、エルゴの力とは全ての源たる力――それが、至源の力。
 だから、懐かしく感じる。安らぎを、覚える。
 それは、魂に刻まれた記憶だから。
 仕方のないこと――とは、思うけれど……
「まあ、さんなら仕方のないことだと思いますし、おかしくもないと思いますよ?」
 同じことを考えたのだろうミントの言葉には、頷きたくなかった。
「……やっぱり、おまえ嫌いだ」
「私はさんのこと好きですよ?」
「オレは嫌いだ」
 じとっと睨み上げても、ミントにはどこ吹く風。それが、余計に気に食わない。
 一方的な睨み合いは、無垢な問いによって終止符が打たれた。
「パパ、ミルリーフは? ミルリーフのこともキライ?」
 潤んだ瞳の上目遣いというのは、女子供が持つ最大の凶器だと、は痛感した。
 片手で顔を覆って項垂れつつ。
「……嫌いじゃない……から、好きに呼べ……」
「わーいっ♪ パパ、だぁーいすき♪」
 承諾するより他はなかった。
 深く溜息をついた時、視界の隅に近付く足。視線を上へとずらすまでもなく、肩からこぼれた淡い山吹色の髪が見えて。
「ね、ね、ミルリーフ? じゃあ、私のことは、お姉ちゃんって呼んで! ねっ?」
 ミルリーフの顔を覗き込み、期待に満ちた笑顔で言った
 その、姿が……言葉が……また、重なる……

 ――じゃあね、のことは、おねーちゃんって呼んで?――
 ――おねーちゃんだよ。ここにずっといるから、いろんなこと知ってるもん――
 ――タイクツを減らす方法、教えてあげるよ!――

 自分と同じように入院していた子供を見つけては、よくそう言って面倒を見ていた妹と。
 『妹』であるが故に、『姉』になりたがっていたに……やはり、似ている……
 似ている、ところを……見つける度に、苦しくなる……
「……パパ?」
 不思議そうに見上げてくるミルリーフの無垢な瞳を見るのすらつらくなって……目を、逸らした。
 その先に映ったのは、青い色。犬が臭いをかぐように、顔を近付け鼻をひくつかせているリュームの姿。――二度目の嫌な予感。
「ふーん……コイツに関しちゃ、オマエの感覚に賛成だな。あっちの保護者よかずっと保護者らしいニオイしてるぜ」
「保護者らしいニオイって……」
 勝気に笑って言ったリュームの言葉に、が呆れたような怪訝な顔で呟いた。
 リュームはからへと視線をずらして。
「魔力のことだって。何たって、コイツの魔力は――」
「余計なことは言わんで良し」
 予感的中な答えを返そうとしたリュームの頭を、ぐわしっと片手で鷲掴みにすることで阻止した。
 急な出来事に呆気に取られたのも束の間、リュームがすぐに不服そうな声をあげる。
「なんだよ!? 本当のことじゃんか!!」
「本当のことってのは、言っていい時と悪い時があって、おまえが言おうとしていることは今言うべきことじゃないんだよ」
「なんでだよ!?」
「理由はあとでリビエルにでも聞け。わかったら、返事」
「オーボーだー!!」
「へ・ん・じ」
 全然納得しないリュームも、頭を掴む手に力を入れて威圧をかけるとようやく降参した。
「いでででで! わかったっ、わかったよ!!」
「ほら、リビエル」
 パス――と。掴んでいた頭を、リビエルのほうへ抛(ほう)るようにして放す。それから、リュームとの遣り取りの間に少しだけ身体を離していたミルリーフの脇に手を入れて持ち上げ、一番近くにいたへと渡した。
「……?」
「疲れた。部屋に戻る」
 端的に伝えて、踵を返す。――と、何やら物言いたげにこちらを凝視している、緑色の服にと同じ淡い山吹色の髪の子供・コーラルが立っていて。
 無言で見つめ合うこと、しばし。
 特に何かを言ってくる素振りもないので、ぽんぽんと軽く頭を撫でてからは横を通りすぎで建物の中へと入った。

 自室へ戻るや、はベッドへと身体を投げ出した。
 うつ伏せに転がったまま、ぼんやりと窓へと目を向ける。
「……あの子は、じゃない……」
 何度目になるかわからない呟きを、唇に乗せた。
 わかっていることなのに、似ているところを見つける度に苦しさに押しつぶされそうになる。
 が死んでから、ずっとこうだった。自分のことだけで手一杯で、他のものを背負える余裕などどこにもなかった。
 だから、力なんていらなかったのに……
 関わることを決めたのは自分だけれど、背負わされた重荷が加重を増した気がしてならない。
「親、か……」
 竜の子供たちが己を親だと思う理由に、もうひとつ心当たりがあった。リュームの言葉で、確信に変わった。
 それは――先代守護竜の魂と触れ合ったから。
 その時の魔力を感じ取ったのだろう。
 親代わりをするかどうかは別として、彼らが巣立ちを迎えるまでは関わるつもりでいる。……けれど。
「……まずいな……」
 身体が、ひどく重い。
 アプセットとの戦いの最中、その兆候が現れて以降、急速に悪化していた。
 自分で選んで背負った、負荷が――
「何か手を打たないと……本格的に、動けなく、な……る……」
 呟きも最後は夢現。襲い来る睡魔に囚われてしまった。

 ……どれくらい眠っていたのか。窓の外は、まだ明るい。
 明らかな睡眠妨害に遭い、意識を現実へと呼び覚まされてしまった。
 それは、よく知る魔力。いつもは鏡のように静かな水面を思わせる魔力が、小さくいくつもの波を起こしているような、感覚。
 まるで己を誘う風なそれに導かれるまま目を覚まし、真っ先に思ったのは疑問だ。――何故この場所でこの魔力を感じるのか、と。
 まあ、ここで考えていても仕方がない。答えは当人から聞けばいい、と。早々に結論付けて起き上がり、荷物を漁ってこの間の野盗退治の戦利品を取り出した。――取り出した、はいいが、わかっていたこととはいえ溜息が出るのを抑えられない。
 そのまま持ち歩くわけにもいかないので、何か包めるものを探す。――と、サイドテーブルから何かが落ちた。……犬のぬいぐるみだ。
 ……時は、満ちている。仕込みは充分だ。突っ走り傾向もあるようだし、早いほうがいいだろう。
 凝視したまま巡らせていた思考に結論を出し、丁度目に付いたサイドテーブルの棚にあった袋の中へ戦利品と共に入れて、は部屋を出た。
 重い身体を引きずるようにして進んでいくと、話し声が聞こえてきた。吹き抜け近くまで来れば、大体内容も聞き取れる。――あまり穏やかな雰囲気ではない。
 覗き見た階下の食堂には、全員が集まっていた。また何かあったらしい。
 聞こえる、涙を内に秘めた訴えは、竜の子供たちのもの。繋がれていた、人間の支配下にあった同郷の者たちの救いを求める声を聞き、それを叶えたのだ――と。
 その行いを窘めるのは、この世界の人間たちの声。それは仕方のないことだ。召喚獣は召喚者に従い、使役されるものだから――と。
 その考えはおかしいと言う竜の子供たちを支持する、リビエルの声は……人間たちは、正しい考えを決して認めることはない。今までずっとそうだったのだ――と。
 人間たちの反論を防ぎ言葉を奪ったその言葉によって訪れた沈黙の時。それは、それまで黙って聞いていた二人の店主の声によって終わった。
「言いたいことはよくわかったよ……」
 静かなフェアの声……しかし、怒りを内に秘めていることも、踊り場まで降りれば簡単に察せる。
 そして……
「けどな……そういうのは、自分で責任を取れるようになってから言え!!」
 ライの、怒声。それが皮切りとなり、二人の内に溜まっていたと思われるものが溢れ出た。
 窘める周囲の言葉も今は逆効果で、自分と竜の子供たちは本当の親子じゃないんだから、気に入らないなら今ここでやめるとまで言い放ち、そして店から飛び出して行ってしまった。
 客観性を見失い、感情を抑えることができなかった、ということか。
「流石15歳……やっぱり、子育てにはまだ少し早かったか……」
 ある意味若気の至りだな、と。そんなことを呟きながら食堂に顔を出せば、真っ先にリシェルが食って掛かってくる。
「なに暢気に言ってんのよ! ってか、あんた今まで何してたの!?」
「寝てたんだよ」
「寝てたって……こんな時にあんたは――っ!!」
「パパぁ――っ!!」
 何を言っても怒りを煽るだけなのはわかりきっていたのでリシェルは気にしていなかったのだが、直後のミルリーフのタックルは予想外だった。
 リシェルにとっても同じだったようで、ぶつける先を失った怒りを持て余している。
「パパ、パパぁ! ミルリーフ、ママに嫌われちゃったよぉっ!!」
 リシェルの八つ当たりに付き合う気はないので放置するにしても、問題は腹部にしっかりと抱きついて泣きじゃくっているミルリーフだ。
 とりあえず、空いているほうの手で頭を撫で、あやす。――と。
「……あ……さん……」
 何かに気付いたようなルシアンの声が耳につき、横目でそちらを窺う。
 ルシアンが呟いた名の主は、呆然と立ち尽くしていた。その顔は……彼女にしては珍しく、若干無表情気味だ。強い、衝撃を受けているように見える。
 ライとフェアがぶち切れたりはしていたが、特にどうということもない会話に思えた。けれど……何か、にとって禁句となるものでも含まれていたのだろうか。
「なぁ、オマエも聞いてたんだろ?」
「あなたも、ボクの考えは間違っているって思うの……?」
 が気にならなかったわけではない。けれど、本人が望んでいない以上、首を突っ込むつもりもにはなかった。何よりも、声を掛けてきたリュームとコーラル、そして抱きついたままのミルリーフをどうにかするのが先で。
 不安に揺れる無垢な瞳から目を逸らすように、溜息をついて。
「オレ個人としては間違ってないと思うし、おまえたちの意見には賛成だよ。方法の是非はあるだろうがな」
 人間の傲慢さを浮き彫りにし、あまつさえ、それが当然のことのように容認されているこの世界の『常識』は、にとって嫌いなもののひとつだ。
 だから、竜の子供たちの考えのほうが、グラッドたちの考え方よりも、自分の考えに近い。――けれど。
「……けど、悪いな」
 今の自分には、それに手放しで賛同することができない理由がある。
「あの時、こうあることを望んだのはオレたちだから」
 完全にその『常識』を覆せる機会があったのにそうしなかったのは、他ならぬ自分だ。
 人間の傲慢さを容認したのは、自分も同じ――だから。
「今のオレには、おまえたちの行動をどうこう言える資格はないんだよ」
 この、答えに。三人の竜の子供は、きょとんと――そして怪訝な表情を浮かべている。
 どうやら、先代の記憶とやらは今回の遺産ではなかったらしい。が何を背負わされ、何をしてきたのか……全く見当もついていなさそうだ。リビエルも、具体的な説明は避けたと見える。
 ……恐らく、が言わんとしていることがわかったのは、ミントとリビエルだけだろう。
 それで、いい。
「……パパ?」
 未だ涙で瞳は濡れているけれど泣き止むことはできたミルリーフを、自分の身体からやんわり引き剥がす。そしてその場に片膝をついて、目線を合わせた。
「ミルリーフ。フェアとライに本当に嫌われてしまったとして、おまえはどうしたい?」
「――え?」
「嫌われたまま、それで終わりにするのか?」
「やだよぉっ!! 嫌われたままなんて、絶対にやだよぉっ!!」
 再び溢れ出した涙を拭ってやってから、小さく笑いかけて。
「なら、どうすればいいのかわかるな?」
「どう、すれば……?」
「ライとフェアが何に対して怒ったのか、おまえはちゃんと理解できているはずだ。だったら、仲直りするために何をすべきなのかも、わかるだろう?」
 決して直接答えを教えず、問いの形を繰り返す。それは、自分で考えさせるため。理解力を深めるため。
 生まれたばかりの子供だけれど、遺産の継承によって成長した今、そのくらいの思考力はあるはずだから。
 色々なことを考える力は、心を成長させていく。――自立に、繋がる。
 の思惑通り、しばらく黙った後ミルリーフはひとつ頷いてみせた。
 立ち上がって彼女の頭を撫で、それから他の二人にも目を向けて。
「コーラルとリュームも、わかるな?」
 ほとんど確認でしかない問いに、二人もしっかりと頷く。
「なら、ちゃんとここで待ってな。行き違いになったら大変だろ?」
 三人の様子を満足げに眺めてそう言い、出入り口に向かって歩き出した。その背を、ミルリーフの声が追ってくる。
「パパが、ママたちを探してきてくれるの?」
「いや。わざわざ迎えに行かなくたって、あいつらは自分で帰ってくるだろうさ」
「じゃあ、こんな時にあんたはどこ行く気なのよ?」
「オレを呼んでるヤツのところ」
「……誰が、どうやって、あんたを呼んだっての?」
 やり場のない怒りはまだあったのか、ミルリーフの次はリシェルが不機嫌さも露に訊いてきて。それも不審な眼差しに変化した。
 当然の変化だろう。さっきまで寝てたと言ったのだし、この町にいる知り合いは全員この場にいるのだから。
 ついてこられても困るので、とりあえずの答えは返すことにする。
 丁度すぐ近くにいたリュームとコーラルへと手を伸ばし、けれど触れることなく何か――紐のようなものをすくう仕草をして、目を細めた。
「リュームたちにこれだけ魔力まといつかせてくるなんて、どう考えてもオレ宛の道標にしか思えないからな。会ったんだろ? 長い耳に丸眼鏡かけて赤い服着てる、ふたつに結った団子髪の間からひょっこり角生やしたシルターンの龍姫に」
 後半の問いは竜の子供たちへ。
 三人はそれぞれに肯定を示してきて――溜息が出る。
 本当にこの町にいるのか、と。半信半疑だった思いに確信を得たのは――理由は違えどリシェルも同じだったようで、それ以上は突っかかってこなかった。
 これ以上足止めを食らう前にと、再び進めた足は。
さま!」
 呼ばれたくない敬称をつけて名を呼ぶ者の声で止められてしまった。
 気は進まないのだが、呼ばれてしまった以上、無視するわけにもいかない。
 扉に手をかけたまま顔だけ振り返り、目だけで先を促す。
「何故、あなたは……あなた様方は、その選択をなされたのですか?」
 一瞬、怯んだように言葉を失ったリビエルは、しかし意を決したようにそれを口にした。先程の、リュームたちへ返した答えに対する質問。
 非難――とまではいかずとも、理由を求める瞳から目を逸らして扉を開ける。すると、明るい光が店内に射し込んできた。
 人間の傲慢と知りつつ、それを容認した理由――それは……
「……可能性に、賭けてみたかったんだよ……」
 ただ、それだけだった。
 その選択が正しかったのかどうかということは、数年たった今も判断しきれてはいない。
 だから、その一言だけを残して、は店を後にしたのだった。