店を出たは、竜の子供たちの身体から巻き取った魔力を手繰りながら歩き続けた。
結果、辿りついた場所は水道橋公園。そこには目的の人物の代わりに、が竜の子供たちと話している間に姿を消していたがいた。
思わぬ落とし穴。
竜の子供たちが単独で外出するわけがなく、とするならあの三人が会った相手には宿屋の三兄妹も会っていると考えられる。つまり、道標は宿屋の三兄妹にもついているということだ。
まあ、これはこれで丁度いい機会だ、と。は、こちらに背を向けて佇む少女へと近付いた。
特別気配を消していたわけでも、足音を忍ばせていたわけでもない。それなのに、いくら背後から近付いたとはいえ、反応がなさ過ぎではなかろうか。
彼女の戦闘力から見ても、ある程度気配を察知する力はあるはずなのだが……
考えていても仕方がないので、声を掛ける。
「――?」
「…………?」
呼び掛けでようやく気付いたのか、条件反射のように振り返ったは、声を掛けた相手を見てからいつもの表情になった。――違和感……なった、というより、作っている風に見える。
「…………なんでここに……?」
問いを形作った彼女の声に、いつもの張りはなかった。
一人で佇んでいたことといい、気配を察知できていないことといい、何があったのかは知らないが無理をしていることは明らかだ。――けれど。
「偶然といえば偶然。用があったのは事実だが」
気付かぬ振りで答えた。本人が言わないことを無理に聞く気はないから。
小さな間。こちらの答えが理解できなくて、きょとんとした表情を『作って』いる。わからない意図を解こうとしたのか、それとも他に考え付くものがなかったのか。
「さっき、宿屋でのあれ……見てたよね? ライたちの……」
出てきた言葉は、先程の上の兄姉と竜の子供たちとの言い争いについての確認。
「まあな」
「そっか」
短く答え、短いな了承が返る。
その確認自体に、大した意味はなかった模様。再び、間が空いた。
「……ねえ、……」
然程長くはなかった沈黙が過ぎ、口を開いたは――笑っていた。
薄い、口許だけの笑い。彼女らしくない、それ。
「……本当の親子になるには、やっぱり、血の繋がりが必要なのかな?」
そして、その唇に乗せられた問い――それが、彼女が己を保てなくなった原因……彼女にとっての禁句だったらしい。
理由までは、わからない。いくつかの推測は立てられるけれど、正否を自ら確認することはしない。自分が――されたくないから……
話す気があるのなら……話して楽になれるのなら、聞くことぐらいはできるけれど。拒絶するようであれば、用件だけ済ませて立ち去るつもりだ。
の反応を待って佇んでいると、彼女はから目を逸らして――口を、開いた。
「私……竜の子たちの世話をするって決めた時、あの子たちと、親子に……家族になりたいって思ったの。血の繋がりじゃない。毎日一緒にいて、時間や気持ちを共有出来るような家族に」
ぽつり、ぽつりと。こぼれるように出てきた言葉は、多分彼女の本心。
猪突猛進というか、全力疾走というか。何事に対しても一生懸命な彼女の性質が、竜の子供たちに対してが最も顕著に表れていた。その理由がこれなのだろう。――けれど。
「……でも、やっぱり……血の繋がりがないと、家族にはなれないのかな?」
ここまで落ち込んでいる理由には――繋がらない。
竜の子供たちは、保護者としての関係を否定していたわけではない。人間たちに使役されている同胞たちの現状に対して、否を唱えていただけだ。
とするならば、理由は……ライとフェアが、否定した――というところか。
「私は、あの子たちと、本当の家族になりたかった。……そして……ライとフェアとも……」
こちらに背を向けたが、推測は正解だと告げた。
俯き、沈んだ声音。だが、不意に振り返り自分の目を指で示してきたの顔は、悪戯を思いついた子供のようで。
「私の目の色……ね、ライとフェアとは違うって、気付いてた?」
問い掛けているようで、相手の返答は求めていない言葉。
答えることなく待っていると、少しの間を空けてから彼女は言った。
血が繋がっていないからだ――と。
「……血が、繋がってないの。私だけ、血縁関係はないの」
作られていた子供の顔は消え、渇いた笑みが残った。それが、彼女が感じているつらさの度合いを表している。
普段は気にしなくても、こういう場合は突きつけてくるのだろう。己を見るたびに、その違いが変えようのない事実を。
事情を知らなかったにとっては、大して気に留めるようなことでもなかった。色の違いには気付いていたが、父方と母方とで分かれた典型的な例だな、と。そう思っていたぐらいで、血縁関係の有無など考えもしなかったのだから。
けれど、そうではないことを知っているにとっては、その事実が何よりも重いのかもしれない。
「実はね、ライとフェアには、もう一人、妹がいるの。エリカって言って、本当は三つ子なんだ。だから、私にとっては、エリカもお姉ちゃんになるんだけど……」
は知らなかったもう一人の存在が、が持っていた認識を否定する材料。そしてにとっては――ひとつの、重荷。
「――エリカの瞳の色は、オレンジ。ガラスで造られたみたいな、ライとフェアに似た、半透明で澄んだような、淡い色」
藤色と橙色。寒色系と暖色系の差はあれど、どちらも淡い色素だ。三つ子ということは、間違いなく同じ血を引いている。両親の特長を、各々受け継いだと判断していいのだろう。
対するは……
「……私だけ、そうじゃないの」
濃い、翡翠の瞳。
確かに、同系列の色素ではない。けれど、色素だけなら隔世遺伝の可能性も考えられるが……
とん、と。胸元に手を当てたは、服の中から何かを引っ張り出した。それは、ライとフェアがつけている腕輪と同じ色の、石のペンダント。
穏やかな表情でペンダントを見つめる姿が、それが彼女の心の支えだと示していた。
「パパ……ライとフェアとエリカの実のパパが、私を拾ってくれたの。――捨て子だった、私を」
ペンダントを見つめたままの彼女の口から出た真実……隔世遺伝の可能性すら否定する、その事実。
色素の問題がどうということよりも、もっと確実な答えは、既に彼女の中にあったのだ。
そう、初めから知っていたのだ。誰かに言われて知ったのではなく、覚えていたのだ。本当の両親のことを。捨てられ、拾われたことを。
語るのに、支えを必要とするような――真実。
……そう、初めから知っていた。わかっていた。その違いを……違うが故に、拒絶し、離別した。
の中には、の影が見え隠れしている。けれど今は、それ以上に自分と似ていると思った。似たような真実を抱えて生きている、と。
「パパがこの町の宿屋まで連れ帰ってくれて、それからずっと、家族として育ててもらってた。今は、パパは、エリカの病気を治す方法を見つけるために、エリカを連れて旅に出てて、いないんだけど……」
与えられた優しさを、ぬくもりを信じて、支えとして生きてきた。
そして、今もそれを信じて――信じようとしている。
「……だから、私は……ライとフェアとも、もう家族になれたって思ってたの。本当の家族になりたかった。……なれていた、つもりだった……もちろん、竜の子たちとも、それは同じだったよ」
ずっと笑みを浮かべていたの顔に、影が差す。
「……なのに、ライとフェアにとっては、違ってたのかな?」
笑うこともつらくなったのか、眺めていたペンダントを握り締め、顔を隠すように俯いてしまった。
「……やっぱり、本当の家族には……なれないのかなあ……?」
声も小さく弱々しくなって……それでも呟かれたその言葉には、どこかすがるような想いが含まれている気がした。
すがるような、救いを求めて伸ばされた手――それに応えることは、にはできなかった。
前髪で隠された彼女の顔で、から見えるのは口許だけ。その口は、歪んだ笑みを刻んでいる。もよくする、癖――自嘲。
彼女と自分は似ているけれど、でも選んだ道は全く違うから。
だから。
「もしオレが、そうだって言ったら……おまえはどうするんだ? あいつらとは、他人として接するのか?」
問いを、返した。
冷たくも聞こえるだろうその言葉に、ははっとした表情で顔を上げたあと、悩むように視線を傾けた。少しの沈黙の後に、悲しげに微笑んで。
「……もし、そうだとしたら……悲しい……。つらい、かもね……でも――」
ふと、手の中のペンダントに目を向けた彼女の顔は、決意を表したものに変わった。もう一度ペンダントを握り締め、その顔を上げる。
「私が、ライたちと家族になりたいって、ずっと一緒にいたいって気持ちは、きっと変わらない……!」
真っ直ぐに見つめてくる、強い瞳。――いつもの、だ。
眩しく見えるそれに目を細めたは、誤魔化すように微笑を返して。
「それが、おまえの答えなら、その通りにすればいいさ。自分で選んで決めた道を歩くなら、どんな結果が待っていても後悔はないはずだからな」
これが、今の自分に言える精一杯の答え。安易な慰めや励ましの言葉を掛けたとしても、己の言葉に責任が持てないことを、よく知っているから。
他人に行く道を示すことなどできない。だから、己の中にある答えを見つけさせるだけ。
完全な責任逃れだったそれに、けれどは満面の笑みを向けてきて。
「うん! ありがとう! !!」
礼を、告げた。
は反射的に眉根を寄せた。
「……礼を言われるようなことは言ってないと思うが……」
「そんなことないよ! ありがとう!!」
こちらの否定もどこ吹く風。崩さない笑顔と、再度の礼。
……似ている、けれど……やはり、全く違う。曇りのない素直さは、今のには眩しすぎるものだ。
彼女と自分との間を隔てるように、片手で顔を覆い溜息をつく。
「礼はいらない。何もしちゃいないんだから」
一度の迷いで立ち止まってはいたが、多分自分がいなくても彼女は一人で立ち上がれたと思うから。再び歩き始めるだけの強さは、持っているだろうから。
お節介をやくつもりなど毛頭なかった、ただの偶然による成り行きに礼を言われても困るというもの。
だから拒否を返したのだが……
「何もしてなくないよ。話、聞いてくれたもん」
「話せと言った覚えはない」
「でも聞いてくれたよね」
「成り行きだ」
「ぐるぐる悩んでた私に、答え教えてくれたじゃない」
「おまえの心がオレにわかるわけないだろ。元々おまえが持ってた答えだ」
「でも、それに気付かせてくれたのはだよ?」
「オレがいなくても辿り着けていたはずだ」
「そんなのわかんないよ。が居たから、私は今、立ち直れてるんだもん!」
堂々巡り発生。
一向に引いてくれる気配のないに溜息をつきたくなったがやめて、代わりに顔を隠していた手をどけてニヤリと意地の悪い笑みを向けてやった。
「ほぅ? 一人では立ち直れなかった自信でもあると?」
「う……そ、それは……」
「夜になってもここにいたと? 誰かが迎えに来てくれるのを待っていたと?」
「うぅ~……」
彼女の性格から見て有り得なさそうなことを並べると、やはりそれは事実のようで口ごもった。
これで引いてくれるかと思いきや、そうはいかないのがという人物らしく。
「でも、私はお礼を言いたいの!」
己の主張は変えなかった。
一度は気が変わったはずの溜息は、どうやっても出る運命にあったようだ。は深く溜息をつき、この無駄な遣り取りに終止符を打つべく口を開いた。
「オレは受け取らないが、おまえは一応言った。それで納得しろ」
「う~、なんか納得いかないよ、それ!」
「いいから納得しとけ。これ以上は時間の無駄だ」
きっぱりと断言すると、納得はしていないものの口を閉ざしてはくれた。
けれど、それも束の間。不満げだった顔が一変、何か思いついたように見上げてきて。今度はのほうが、悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、今度は私がの話を聞く! それでお相子だよ!」
うん、我ながら名案! とばかりに一人納得顔の。
この少女は一筋縄では攻略できないということが今更ながらにわかって、は額に手を当て落としかけた首を支える。もう溜息すら出てこない。
「いつから勝負事になったんだ」
「がお礼受け取ってくれないのが悪いんだもん! だから、お礼受け取ってくれないなら、別の形で、にお返ししようかなって」
「いらないって言ってるだろ」
「気が変わるかもしれないじゃない。そりゃ、私もみんなもまだ会ったばかりだし、言えないこととかあるかもしれないけど……でも、そばにいることくらいはできるもん」
側にいることが力になる――と。そう最初に言ってきたのは、トウヤだった。
それが事実であるのは、よく知っている。近くで多くの例を見てきたし、自身も確かにそうだったから。
けれど、逆にそれが重荷になることも――あるのだ。己の弱さ故に、誰かが側にいることが、誰かの側にいることが、重荷に感じてしまうことが……
だから。
「が嫌だって言っても、そばにいる」
断る、と。そう言ってしまいたいけれど、そうも言ってられないのが実状。そう……
「それに、竜の子たちに関しては、だって、運命共同体だしね」
あの至竜の子供たちに関わると決めたのは、他ならぬ自分自身だから。自ら負った役目を終えるまでは、離れるわけにはいかないのだ。
例えどんなにつらくとも……自分で決めた進むべき道の、その結末を知らなければならない。逃げるわけには、いかないから。
役目のことも心内も悟らせるつもりのないは、呆れを滲ませた表情にしてから手を下ろした。
「……いつから、そんなことになってるんだ」
「だって、遺産の継承のあと、人間の姿になった竜の子たちに懐かれてたじゃない」
「あれはオレにじゃない。オレが抱える魔力に、だ」
「そうなの? そういえば、リュームがなんか言ってたね」
上向き加減に視線を投げて記憶を探っていたの瞳が、再びを捉える。
「それに、それがなくたって――家族になりたいと思ってるのは、だって同じなんだからね?」
真っ直ぐ向けられる、迷いのない瞳。
一度、目を閉ざした後、は空へと視線を投げた。
「家族、か……」
血の繋がった本当の家族には、二度と会うことはできない。この世界で身内と呼べる――そう思えた者たちの許へは、戻るつもりはない。少なくとも今のままでは……同じことの繰り返しにしか、ならないから。
血の繋がらない家族の存在を否定しているわけでも、ほしいと思わないわけでもない。
ただ……己の弱さ故に、一度それを捨てた自分に、もう一度手にする資格などあるのだろうか――と。
「……?」
の想いに応える術のないは、誤魔化すために当初の目的を果たそうと動いた。
持ってきた袋の中からぬいぐるみを取り出し、の頭に乗せる。
「……な、何?」
驚き困惑した様子で、己の頭にあるものを手に取り確認している彼女へ向けて、は一言。
「やる」
「……どうしたの? このぬいぐるみ」
「髪紐切れたんで買いに行ったんだが、店員がオレを女だと勘違しやがってな。サービス品だとか言って寄越してきたんだ。オレが持ってても仕方ないから――やる」
当然の疑問に対して、伝えたのは端的な事実だけ。真実は……その『時』が来れば、誰かが教えるだろうから。
「私が貰ってもいいの?」
「だから渡した。フェアよりはおまえのほうが似合うだろ」
「……それって、私が子供っぽいってこと?」
心持ち不機嫌になりかけているような声音が返ってきた。
彼女にとっての地雷を掠める言い方だったとわかり、付け足す。
「違う。イメージの問題だ。姉より妹ってこと。オレが知る姉妹がそうだったせいだよ」
「ふ~ん……。そっか……」
一応は納得してくれたのか、はぬいぐるみの顔をじっと見つめていたかと思うと、徐々に頬を緩めて。
「えへへ……、ありがとうっ、!」
笑顔で受け取ってくれた。
目的のひとつを無事に果たせたことに胸を撫で下ろし、次の目的へと頭を切り替えたは、ふとあることをひらめいた。
「ああ、そうだ」
「……何? どうかしたの、?」
「さっきの話。どうしても礼がしたいなら、龍姫のところまで案内を頼みたいんだが」
ここに辿り着いた過程から考えると、この先、宿を飛び出していった二人のところへ行ってしまう可能性が高かったから。
あちこち歩き回って探すより、案内してもらったほうが早いし確実だ。それに、歩き回る気力というか体力もあまりない。
先程の堂々巡りの問題も解決できるし丁度いいと思ってのことだったのだが……はきょとんと小首を傾げて。
「りゅうひめ、って?」
「シルターンの龍――神? 人? まあ、頭に鹿みたいな角生やした女占い師だよ。リュームたちと一緒に会っただろう?」
「……あ! シャオメイのこと?」
対象人物がわからなかったらしく、簡単な外見と出会っている事実を告げると思い出してれた。けれど、彼女の確認には、のほうが今度はわからなくなり眉根を寄せる。
「…………多分、な」
名前が、違う。けれど、響きは似ているし、何よりこの魔力は確かに彼の龍姫のものだから。
嫌な――というか、妙な予感がしてきたが、行ってみないことには始まらない。
「うん、わかった! いいよ、案内するね!」
深く追求されずに礼についても解決できたことに内心安堵しつつ、歩き出したの後を追った。――けれど。
「ほらぁ、私が言った通り、気が変わったじゃない!」
「おまえがしつこいから仕方なくだ」
「って頑固だよね」
「おまえほどじゃない」
「私、別にそんなに頑固じゃないもん! のほうが上だよ」
目的地まで、勝ち誇ったようなと、それをあしらうとの言葉の応酬が止むことはなかったのである。
「……なんつーカッコウしてんだ、メイメイ」
その待ち人は、店に入ってくるなり開口一番呆れ全開でそう呟いた。
言われた店主は、以前とは逆に彼を見上げ、「にゃはは」と笑って軽く手を上げる。
「いらっしゃ~い、二代目ぇ。ちなみにこの姿の時は『シャオメイ』ちゃんって呼んでね♪」
「『小妹(シャオメイ)』って妹って意味だろ? それとも小さいメイメイだからシャオメイか?」
「にゃはははっ♪ 流石、二代目。シルターンの言葉をよくご存知で♪」
「そんなに知ってるわけじゃねえよ。オレよりトウヤのほうが詳しいだろ」
淀みなく返る言葉、一目で感情のわかる表情。以前は見ることの叶わなかったそれらを目の当たりにし、穏やかな喜びが湧いてくる。
例えるなら、息子の成長を喜ぶ母親の心境。
自分は少々問題があって子供の姿に逆戻りしてしまっているが、気持ちとしてはそのような感じなのだ。
時間と共に確実に成長を遂げた愛しい人……本来の年齢には到底足りはしないのだが、それでもその変化は本当に嬉しいもので。
「――で? 何でおまえがここにいるんだ?」
けれどそんな心情はおくびにも出さず、いつも通りの軽い調子で求められた答えを返す。――少々屈折させて。
「別に貴方を追ってきたわけじゃないわよ~。偶然よ、ぐ~ぜんっ♪ でーもー、いるってわかったから呼んだんだけどね」
「理由は、乙女の秘密とかって誤魔化す気だろ」
「にゃはははっ♪ ――呼んだ理由は、必要だと思ったからよ」
普段なら彼の言う通り誤魔化すことのほうが多いけれど、今日――というより、彼に対してはそうするつもりはない。
直球勝負でいかなければ、には通用しないということが、前回のことでよくわかったから。
……真実をどこまで語るかということについては、また別の問題なのだけれど。
「相変わらず――というか、それ以上にとんでもない無茶してるみたいじゃなぁーいー?」
指摘に対して返ってきたのは沈黙。それは肯定の証。
そして、ただ静かに真っ直ぐに見つめてくる瞳が、その意志の強さを表していて――案の定。やめさせることも、別の方法に変えさせることも不可能だとわかり、思わず溜息がこぼれた。
「だから、これを渡そうと思ったのよ」
用意したものが、やはりというか必要となる事態。彼といい初代といい、どうしてエルゴが選ぶ者たちはこうも無茶が好きなのか。
考えたところで、どうなるものでもない。ただ助けとなるものを用意するしかない己に歯がゆさを感じながら、そのモノを彼の前へと差し出す。
「……首飾り……」
嫌そうな声で呟いた。その言葉の示すまま、シャオメイの手にあるのは白く――光の加減によって虹色にも見える石のついた首飾りだ。
「急ごしらえだからぁ、ちょ~っと使い勝手は悪いかもしれないけどぉ、ないよりはマシでしょ♪」
己の魔力を結晶化させて作り出した石に、太めの紐をつけただけのシンプルな形。常に身につけておける形として最適だろうと選んだのだが。
の顔は嫌そうに歪んでいる。その理由は――
「マシはマシだが……余計、女に見られそうだな……」
自分の容姿に対する他人の反応を思ってのようだ。
シャオメイは、にぱっと笑う。
「にゃはははっ♪ だぁ~いじょうぶよ~♪ 首飾りがあったってなくたって、充分女の子に見え――」
――ガゴォンッ、ガララララ……
言葉を切り飛び退ったシャオメイの目に、巨大なタライが音を響かせて回っているのが映る。そして、耳に入ってきた舌打ち。
わざと言ったことだから予測はしていたことだけれど、冷や汗が出るのは止められない。
「あっぶないわね~……短気なところは変わってないのね」
「やかましい」
「怒らな~い、怒らない。普段は服の中に入れておけばいいだけでしょ♪」
不貞腐れたようにそっぽを向いた彼を宥め、解決案を提示する。すると、ようやく受け取ってくれて、その場で身につけた。
「……ある意味、とお揃いってことか……」
不満なのかそうでないのか判断できない顔だったのが、安堵へと変わる。
短く息をこぼした彼は持ってきていた袋の中から、ひとつの包みを取り出してきて。
「正直、助かったよ。『龍殺し』でいいか?」
「にゃはっ♪ うんうん、もちろん!」
包みの中から姿を現した瓶。久々に目にする好物の存在に、満面の笑みをたたえて酒瓶に飛びつき頬ずりをする。
そんなシャオメイの姿に、呆れた声音が向けられて。
「……って、その姿でも酒なのか?」
「ん~ん。フェアおねえさまたちからはアメ玉もらうことにしてるわ~。お酒の次に甘いモノが好きだから♪ でも、二代目からはお酒をもらいたいわね♪」
「――太るぞ?」
「にゃはははは。だ~れ~に向かって言ってるのか~し~ら~?」
早速開けて口をつけたコップを持ったまま、張り付いた笑顔で問い掛ければ。
「初代の親友である龍姫殿に」
冷たい眼差しでしっれっと返された。
――既視感。
屈託なく、子供のように笑った男性の姿が思い出されて、の姿に重なった。懐かしさに目を細めて笑う。
「……そういう切り返し、王にそっくりよ」
はその眼差しを避けるように、再びそっぽを向いてしまった。
「オレの中に初代の影を求めるな」
「にゃははは♪」
そんなつもりは微塵もない。代わりを求めることほど無意味なことはないと、よくわかっているから。
確かには二代目のエルゴの王ではあるけれど、それだけの理由で初代と同じように接しているわけではないのだ。
それでも、時折見つけてしまう共通点に、初代を思い出してしまうのは事実。
だから、あえて否定はせずにただ笑って――必要な情報を告げた。
「ああ、そうそう。さっきも言ったけど、ソレ、急ごしらえだから。二・三日に一度はここに来て、魔力の補充してってね~♪」
コップの中身を飲み干して、新たに酒を注ぎ入れる。
鼻歌混じりのその姿にか、不審な目をが向けてきた。
「…………おまえ、酒欲しさにやってんじゃあねえだろうな?」
「まっさかぁ~♪ メイメイさんにだって力に限りってものがあるもの。シャオメイちゃんなら特にね」
子供の姿でいるのは、大人の姿を保てない程に魔力を消耗してしまったためだ。しかも、がこの町にいると知ったのが、フェアたちがここに来た時のこと。
時間をかければもう少しまともなものが作れたかもしれないが、何分そんな暇も魔力もなかったから。
端的な言葉でそれを伝えると、納得の溜息が彼の口から出る。
「わかったよ……じゃあ、また近いうちにな」
「はぁ~い、待ってるわ♪ おにいさ・ま♪」
踵を返し、店を出ようとする彼へシャオメイ仕様で声を掛けると、ゴン、と。近くの柱には頭をぶつけて。
「……ソレ、やめろ……」
疲れきった声で、最後にそう言ったのだった。
店を出た後、はどこということなく歩いていた。
目的は、もらった首飾りの効果を測るため。
あれは、今の状態のの負担を軽減させるものであって、回復を促すものではない。だから、それまでに失われた魔力や体力はそのままなのだが、身につけてからの消耗速度は抑えてくれてる。
身体にまとわりついていた重みが首飾りをした途端に消えたことからも効果の高さは窺えるのだが、その抑制量はどのくらいなのか――と。
効果は上々。散歩を普通に楽しめるくらいには抑えてくれているので、日常生活に支障はなさそうだ。
安堵を覚えつつ商店街へと差し掛かった、その時。
なにやら、普段とは違う喧騒が聞こえてきて、は眉根を寄せてそちらへと向かった。
遠巻きに建物の陰から様子を眺めている幾人かの野次馬の先。見慣れた者たちが派手な戦闘を繰り広げている。
どうやら、また竜の子供たちを狙う刺客が来たようだが……手助けの必要はなさそうなので、傍観することにした。――が、何故だか、随分との機嫌が悪いように見える。見覚えのない赤い髪の龍人族の青年と、言い争っているような……八つ当たりで敵をのしている風に見えた。
位置的に何を言っているのかは聞き取れないけれど、とりあえず敵が逃げていったので近づいてみた。
「童よ。以後しばらくは我もおぬしの所に厄介になるのでな。光栄に思うがいいぞ。はっはっはっは!」
聞こえてきたのは、例の、龍人族の青年の実に尊大な言葉。
ただもう呆れるしかないといった風体のフェアへと、は背後から声を掛ける。
「フェア。なんか、物凄い性格のヤツがいるけど、新しい御使いか?」
「あ、……うん、セイロンっていうらしいよ」
振り返ったフェアがげんなりした様子で答えた。
セイロンというらしい御使いは、の頭に手をのせ目線を合わせるように屈んで挨拶していて。対するは、物凄い目つきで彼を睨んでいた。
「あー……のコンプレックスを、思いっきり刺激したな……」
隣から聞こえてきたのは、ライの呟き。
そういえば、背の低さを気にしているとか、以前フェアが言っていたか。だが、この場合は身長の問題というよりも――
「子供扱いされるのが嫌なのか、は?」
「うん、そうだよ」
「一応オレたちの妹ってことになってるけど、ホントは年変わんねえ……からな……」
ぬいぐるみを渡した時のことを思い出して問えば、二人から肯定が返ってきた。ライの言葉に妙な間が空いたのは、例の血の繋がり云々があるから――か。
がから聞いたことは知らないようだ。まあ、必要があれば本人が告げるだろうから、それまで知らぬ振りをしておくことにする。
――と。身を起こしたセイロンがこちらを向き……その双眸を細めて。
「んん? そこにおられるのは、もしかしてリン゛」
――ドゴッ。
無神経にも堂々と『誓約者』と口走りかけたセイロンの、口を封じることに成功。が投げたモノは見事彼の顔面を直撃し、セイロンはその場に倒れて動かなくなった。
そして投げたモノは……跳ね返りで上空へと跳んだ後、くるくると回転しながら落下。しかし、地面に転がることなく着地を決めてみせた、それは――
「オヤカタ!?」
ミントの護衛獣であるモグラもどきの獣精。
「え!? な、なんで!?」
「ひょっとして、、今、オヤカタ投げたのか!?」
「投げた」
「って、いきなり何するのよ、あんたは!?」
突然の出来事にプチパニックになってるフェアとライ。その問いにあっさり答えれば、リシェルからの盛大な非難が飛んできた。
けれど、それに付き合っている暇はないので、さっさと倒れているセイロンの元へと行く。
途中、ルシアンとミントに安否を気遣われているオヤカタが、帽子の上から頭をさすりつつかなり鋭く睨んできたけれど。
「悪かったな。手近に丁度いい大きさでいたから、ついよ」
しれっと言って、セイロンの足首を掴む。そして。
「オレ、こいつ連れて先に戻ってるから、おまえらはここの後始末でもして、ゆっくり戻ってきてくれ。じゃあな」
そう言い残し、そのまま引きずりながら宿への道を戻り始めた。
……サプレスの住人は元々魔力に対して敏感だし、竜もまた高い魔力を有する存在。そして両者共に長寿の故に、知識も深い。だから、バレてしまうのは仕方がないのだけれど。
「もう少し、考えてから言葉を発しろってんだ」
口止めをする身としては、迷惑な話なのだ。
せめて、残りの御使いは、魔力にも知識にも疎い者であってほしい、と。
僅かばかりの身勝手な希望を抱きつつ、は深く溜息をついた。