書 き 殴 り ・ 1

 白み始めた空の下、未だ眠りの中にある町を巡回するのが、駐在軍人であるグラッドの日課だ。
 何事もないとは思ってるので、何事もないことの確認のためと言っても過言ではないだろう。
 今日もまた、人のいない町を歩き回って――いつもと違うことに出くわした。
 ため池のほとりに佇むひとつの人影だ。
 年の頃は15・6といったところか。この町でよく騒ぎを起こしている悪ガキ三人組と近いように見える少年。見覚えはないから、旅人だろう。
 ただ、じっと水面を見つめている。
 特に悪いことではない。だが、このまま去るには――少年の横顔は、あまりに切な過ぎた。
「……っ!?」
 声を、掛けようと。一歩踏み出して、息を呑んだ。
 それは一瞬の出来事。
 微かな光が見えたと思った次の瞬間には、頭部に翼を持つ獣が立っていたのだ。まるで少年を守るかのように、少年とグラッドとの間に立ちこちらを見つめてきている。
「……フィル? どうしたんだ――あ……」
 獣の眼光で動けずにいると、その存在に気付いたらしい少年が振り返って――グラッドの存在にも気付いた。
「おはようございます」
 獣が少年へと目を向けたことに息をこぼして、少年に声を掛けた。
 少年は軽く会釈して。
「おはようございます。見回りですか?」
「ええ。どうかされたんですか?」
 普通に返答があったことに内心安堵しつつ、問いかけてみる。すると少年はきょとんとして小首を傾げた。
「え?」
「先程からずっとため池を覗き込んでいましたけど」
「ああ、自分の顔を見ていたんですよ」
 今度はグラッドがきょとんとする番だった。
 意外すぎる答え。というか、理解できないというか……
「……顔を、ですか?」
「はい。一卵性でもないのに、酷く似ていた双子の妹がいたもので。このくらいの年齢になれば、流石にもう似ていることはなかったんだろうな、と」
 少年の言葉と、先程の横顔。
 引っ掛かりを覚えた理由は……過去形。
「……妹さんは、亡くなられたんですか?」
 確認のために問えば、少年は淋しげに笑ってフィルと呼んだ獣の頭を撫でる。
「ええ、病気で……10歳を待たずに」
「そうですか……」
 予想していたとはいえ、掛ける言葉が見つからず沈黙が支配する。
 安い慰めの言葉ぐらいならいくらでもいえるが、それは意味のないことだと思ったから。
 少年が、それを望んでいない。そう見えたのだ。
 若くは見えるが、随分と苦労してそうだ。フェアといい勝負かもしれない。
 そんなことを考えていると、少年は顔を上げて町へと目を向けた。
「ここは、いい町ですね。穏やかで、活気もあって」
「ええ、自分の自慢ですから」
 少年を倣い、グラッドも自分が守る町を見渡す。
 小さな騒動はあっても、特筆すべき事件はない。平和で、活気があって、人の温もりを感じることの出来る町。それがここ、宿場町トレイユだ。
 守りたい、と。心から思える場所。
「今まで見てきた中では、一番かもしれない」
「そう言っていただけると、嬉しい限りですね。……若く見えますけど、冒険者ですか?」
「いいえ。ああ、でも、やってることは同じかもしれませんね」
 路銀を稼ぐには荒事が一番ですから。
 そう言って笑う顔は、見た目よりずっとたくましく見える。
「では、何を求めて旅を?」
「探しているものが、あるんですよ。もうずっと長いこと」
「そうですか……見つかるといいですね」
「ありがとうございます。それでは……」
 一礼して去っていく背を、グラッドはじっと見送る。
 その目は少年よりも、その後をついていく獣へと向いていた。
 獣は恐らく召喚獣。となれば少年は召喚師ということになる。
 それは別にいいのだ。
 問題なのは、その召喚方法。
「さっきのは、どう見ても召喚したというよりは、勝手に出てきた感じだったよなあ……」
 そんなことがありえるのか――? 答えは、否。
 けれど。
「一応リシェルにでも聞いてみるか……」
 丁度やって来た子供たちに目を向け、一人呟いた。


 ――カラン、カラン。

 店の扉に付けられたベルの音は、その場の空気を確かに止めた。
 それまでの剣呑な雰囲気が、一瞬で削がれる。
「……何事?」
 それでも尋常ではないことを悟ったのか、扉を開けた少年は訝しげに呟いた。
 その声に我に返り、フェアは笑顔を作る。
「おかえりなさい、さん」
「ただいま。え~っと……朝食って頼めるのかな?」
「あ、はい。今用意をしますから、少し待っていてください」
 ぱたぱたと調理場へとフェアが姿を消して、少年・は残った四人へと目を向けた。
「それで、あなたたちは何者? 客には見えないけど」
「そういうおまえこそ何者だ」
「客ですよ。ここの泊り客です」
「……この宿のオーナーだ」
「へえ……そう。ひとつお節介をするなら、内輪の揉め事は外に届かないように、客がいない時にしたほうがいいですよ。悪印象を与えて客を逃がさせ潰す気だというなら止めはしませんけど」
「なっ……!? ――……ふんっ、言われるまでもないわ。帰るぞ、リシェル、ルシアン」
 言い捨てるように男は扉をくぐったが、名を呼ばれた二人の子供とメイドと思しき女性は動かずにいて。
 僅かな後、子供二人が口を開いた。
「あのっ……ここ、どうですか?」
「あんたも、悪印象を受けてさっさと引き上げる気?」
 素直さと、ひねくれさと。全く正反対の、けれどここを――フェアを想ってのものだろう問いに、は笑った。
「今のところ不満はないよ。それと、引き上げる気ならあんな嫌味言ったりしないさ」
 一瞬で安堵を浮かべる二人。根はどちらも素直なようで。
「オレは。まだしばらくはこの町にいる気だから、暇があったらオススメの場所とか案内してくれると嬉しいんだけどな」
「う、うん! 僕はルシアンです」
「あたしはリシェルよ」
「よろしくな」
 嬉しげに名乗ってから、男の後を二人は追って。更にその後を、メイドの女性が一礼してからついていった。
 来客が去り静寂に包まれた食堂。は席に腰を下ろして――間をおかずにトレイを持ったフェアが戻ってきた。
「お待たせしました」
「ありがとう。ん~……いい匂いだ」
「ごゆっくりどうぞ」
「……フェーア」
「はい?」
「フェアはもう済ませたのか?」
「いえ、これからですけど」
「なら一緒に食べよう」
 至極当然のように誘えば、フェアはきょとんとして。
「ですが……」
「どんなに美味しい料理でもな、一人きりで食べると味気なく感じてしまうものだよ。オレのワガママに、よければ付き合ってもらえないかな?」
 フェアは大きく目を瞠ってしばらく凝視した後、ふっと相好を崩して。
「はい、お付き合いします」
 自分の食事を持って席に着いたフェアと、二人揃って「いただきます」と食べ始める。
「ん。美味しい」
「そうですか、よかった」
「ところでさ、フェア」
「はい?」
「それ、やめないか?」
「それって……」
「敬語と『さん』付け」
「え……でも……」
「オレ、年上に見えるか?」
「……見えません」
「うん。年下や同年代に敬語って使いづらいだろ? 確かに客と店主ではあるけどさ、オレがいいって言ってるんだし。体裁が気になるなら、他に人がいない時だけでもさ」
「どうして、ですか?」
「しばらく世話になるんだし、やっぱり『帰ってきた』って思えたほうが安心できるじゃないか」
 ……何故だか、何か言うたびにフェアを固まらせている気がする――と。
 固まってしまったフェアを、何ともいえない顔では見つめて答えを待つ。
 ――と、不意にフェアは笑みを浮かべて。

「わかったよ。これからしばらくだけど、よろしくね。
「ああ、よろしく。フェア」