書 き 殴 り ・ 2

「あ、そうだ! さんも誘わない?」
 リシェルの提案で、町の外にある星見の丘へ行くことになった夕方近く。出掛けに、ルシアンが思い出したように言った。
「オススメの場所案内してほしいって言ってたしさ」
「あ~、そういやそんなこと言ってたわね」
「二人とも、と話したことあったの?」
「うん。フェアさんがさんの朝食作りにいってる間に」
「ああ……なるほどね」
 初耳の事実に納得したフェア。けれど、その後小首を傾げて。
「でも、今いないはずだよ」
「え?」
「朝食の後、今日は町の外に行くからってお弁当作ってあげて、それ持って行ったっきり。まだ帰って来てないよ」
「なーんだ、残念……」
「つーかさ、それ、食い逃げならぬ泊り逃げだったりして」
「それはないよ。夕食までには帰ってくるって言ってたし、荷物部屋に置きっぱなしだったもん」
「あら、そう」
「……何、その残念そうな声は? リシェルにはがそういう人に見えてたワケ?」
「可能性の話よ、可能性の! 人は見かけじゃわかんないじゃない? メチャクチャ人当たりがいい悪人だっているかもしれないじゃないの」
「あのねえ……」
「ねえさん、フェアさんが心配なら素直にそういえばいいのに……」
「うるさい!」
「あたっ!」
 照れ隠しに弟を叩くリシェルに、フェアは少しだけ笑って。
はそんなことする人じゃないから大丈夫だよ」
 確信を持って言い切った。
 実際にはリシェルが言ったような人もいるのかもしれないけど、は違うと思ったから。
 本当のところ、確証は何もない。ただの直感だけど。
 ふっと、笑みを浮かべて。
「ほら、行くなら早く行こ。もしかしたら、外で会えるかもしれないしさ」
「――うん!」
「そうね」
 外へと促した。


 期待を持って行った星見の丘では、に会うことはなかった。
 まあ、そんなに世の中都合よくはできていないということだろう。
 変わりに、流れ星になって落ちてきた卵と、それから生まれた竜の子を拾ってしまった。
 なにやら悪者に狙われているらしい竜の子を、そのまま放置することは――できるはずもなくて。
 お持ち帰りになった夜。
「おかえり、フェア」
 思いがけずが迎えてくれた。
 予想してなかっただけに、固まってしまう。
「……フェア? どうしたんだ?」
「あ、ううん! た、ただいま」
 言ってはみたものの、やはり違和感は拭えなくて。
 気付いたのかは怪訝顔。
「あ、あはは……なんか、言い慣れないと変な感じがするよ」
「ああ、フェアは大抵『おかえり』を言うほうだもんな」
「そう、だね……あ、ゴメン! 留守にしてて」
「別にいいよ。オレも少し前に帰って来て夕食済ませたとこだし。夕食も上手かったよ。冷めても美味しい料理を作れるっていうのは、かなりの腕だよな」
「そ、そうかな? えへへ……」
「ところでさ、その腕に抱えてるモノだけど……」
「あ、こ、これはっ!」
「随分と珍しいもの拾ってきたもんだなぁ~。至竜の幼生体なん、て――ッ」
 興味深げに竜の子を覗き込んだは、急に目を見開き息を呑んだ。
……?」
「くっ……」
!?」
 いきなり頭を抱えてその場に膝をついてしまった時に、フェアは慌てる。何が起きているのかさっぱり分からなくて、どうすることもできないまま見ているしかできなくて。
 はぎりっと歯を食いしばった後。
「うる、さい……ッ、同時に喋るなッ!!」
「きゃあっ!?」
 叫ぶと同時、パアンッと何かが弾けたような音と衝撃がフェアを襲った。
 そんなに強いものではなかったので、二・三歩後へ下がっただけだったが、は……座り込んだまま、荒い呼吸を繰り返している。
「……だ、大丈夫? 
「悪い……オレのほうこそ……大丈夫か?」
「う、うん……でも、一体どうしたの?」
 はぁ、と。呼吸を何とか整えて、少しよろめきながらは立ち上がった。壁に手を付いたまま――あまり大丈夫そうには見えない。
「悪いな。話は、明日でいいか?」
「あ、うん!」
「ピィ……」
「おまえのせいじゃないから、そんな顔するなって」
 竜の子を一撫でしてふらつきながら自室へ向かうを、フェアはただ見送って。
「……一体、なんだったのかな?」
 今日はよくわからないことが多い。
 竜の子を拾ったことは、まあいいとしても。のことは……少し、心配だった。
 でも。
 なんだか触れてほしくないといっているように見えて。
 結局、その日はそのまま眠りについた。



「悪かったな、夕べは……」
 翌日、竜の子の様子を見に来たルシアンは、フェアの部屋の前で立ち止まった。中から声が聞こえたからだ。
「けど、想いは確かに受け取ったよ」
 声は、のもの。
 誰かと話しているようだけど、相手の声は聞こえない。
「オレは、あなたが期待しているような人間じゃない。でも、残された者の気持ちは知っている」
 薄く開いた扉の隙間から中を窺えば、ベッドに腰掛けて、眠る竜の子をそっと撫でているの姿。
 他に人影は、ない。
「だから、こいつは守るよ。こいつが、自分の道を自分で決められるようになるまでは、な」
 でも、は話す。見えない誰かに、話しかけている。
 それは、本当に姿なきモノなのかもしれない。
 の体と竜の子とが、淡い光に包まれていて。
「あなたに、エルゴの祝福を……」
 何かを差し出すように軽く片手をあげた。それを合図にするように、光は徐々に薄れていって……最後の、輝きが。上へと、昇っていった。
 光を見送ったは、再び竜の子に目を落とす。
 その顔は、どこか苦しさを含んだような笑み。
「残された者は、いつも苦労するな。けど……残して逝く者も、同じくらい辛いのかもしれない」
 独白。
 今度のは、話しかけるというより、独り言に聞こえた。
 事実そうなのだろうけど。
 はまた天を仰いで。
「おまえも、そうだったのか? なあ…………」
 泣き出しそうな顔で、呟いた。
 あまりにも切ない、その姿。
 見てはいけないものを見てしまった気分になり、入るには入れなくて。
 少し、その辺を一周して時間を潰して来ようかと。思った矢先。

 ――ギイィ……

「わっ!?」
 扉に触れてしまって開いてしまい、中のとばっちり目が合った。
「ルシアン……このコの様子を見に来たのか?」
「う、うん……」
「じゃ、バトンタッチ」
「え?」
「オレ、もう一眠りしたいから。交代」
「あ、うん。わかった……」
「それと、オレがここにいたこと、フェアには内緒にしてくれな」
「え? どうして……」
「黙って入ったなんて知れたら怒られるだろ?」
「って、無断だったの!?」
「だって、オレが来たとき既にフェアいなかったし。じゃあな、オヤスミ」
「お、おやすみ……?」
 なんだか体よく逃げられた気がするルシアンだった。


 何か呼ばれた気がして、は目が覚めた。
 感覚の示すまま、窓辺に寄ってみる。――と、窓の外では、フェアが丁度出かけて行くところで。
 ――ザワッ、と。
 魔力が、乱れる感覚。これは――……
「だ、ダメだ……今は、まだ……ッ」
 いくらかの魔力が引きずり出されて消え、そして――至竜の能力を使ってフェアの後を追う竜の子の姿が……暗闇に消えた。


? ここに竜の子、来てない?」
 ノックと共に声を掛けてみるけど、返事はなくて。一応扉を開けて覗いてみた――が。
!?」
 中にあったのは、窓辺に倒れ伏しているの姿。
 フェアは駆け寄り、助け起こす。
! しっかりして、!」
「う……フェア?」
「うん、わたし! 何があったの?」
「あいつ……早く、追ってくれ……」
「あいつって……」
「あの、至竜の子供……フェアの後を、追っていった……あのままじゃ、長くもたな……」
「どういうこと? !?」
 問いかけてみても、の目が開くことはなくて。
「フェア、どこにも見あたらないわよ――って、どうしたの、そいつ」
「わからないよ。でも、あのコは外に出たって」
「早く探さなきゃ」
「うん……」
 深い眠りに落ちてしまったの体をベッドに横たえて、町へ探しに行った。

 オヤカタの協力を得て探しに向かった先は、何故かスタート地点のフェアの家で。
 そこにいたのはグラッドと、小さな子供。その子は、今朝自分のベッドにいたはずの子で。
 光に包まれたその子供は、探していた竜の子へと姿を変えた。
「ど、どういうこと?」
「――フェア!」
 驚きに包まれている中、頭上からの声。
 見上げれば丁度窓から身を乗り出した彼が、外へと飛び出してくるところで。
、危な――ッ!?」
 一同の目に映ったのは、腰辺りから光る翼を生やして舞い降りてくるの姿。
 更に驚愕に支配されている者たちに構うことなく、は竜の子に手をかざして。
「やっぱりダメだ……」
「ダメって、、どういうこと!?」
「ミントのところへ連れて行け!」
「え?」
「今のオレよりは適切な処置ができるはずだ!」
「う、うん!」
「エル、おまえもついていってくれ」
 声に応えての体が光ったかと思うと、体から出てきたように一人の天使が現れる。
「いいけど、は一人で平気?」
「ヤバかったらフィルを呼ぶよ。頼む」
「わかったわ」
 天使は竜の子の元へ飛ぶと、また姿を消した。代わりに竜の子は光る球体に包まれる。
「わあ……」
「エルが消耗を防いでくれてる間に、早く!」
「う、うん! ありがと、!」


 いきなり竜の子を連れて駆け込んできたフェアたちに、ミントは驚いた。けれど、もっと驚いたのは、竜の子を守るためにいたのが、サプレスの高位召喚獣、エルエルだったことだ。
「ところで、このエルエルは誰が呼んだの?」
 一通りの手当てと説明を終えた後、そう聞いたのは、確かめたかったから。
「誰って……だけど……」
「本当に? 本当にこの町にいらっしゃるの?」
「い、今、わたしの宿に泊まってる、けど……ミントお姉ちゃん?」
「本当なのね……」
 湧き上がる喜びのまま笑みを浮かべる。と、周囲は一様に疑問符が浮かんで。
「あの、ミントさんと彼は、どういった関係なのでありますか?」
「あっちは呼び捨てで、こっちは敬語って……普通逆よね?」
さんは、私の憧れの人なの」
「――は?」
「直接お会いしたのは、聖王国にある蒼の派閥の本部で、たった一度きりだけど、先輩から偶然話を聞くことができて……ずっとお会いしたいと思っていたのよ」
「ミ、ミントお姉ちゃんにそこまで言わせるなんて……」
「そんなにすごい人なの? さんって……」
「あら? 彼女、エルエルは、光の賢者と呼ばれているサプレスの高位召喚獣よ。相当な魔力の持ち主じゃなければ誓約なんてできないわよ?」
 ふふっと笑って説明すれば、皆信じられないような面持ちでエルエルへと目を向けた。
 当人はしれっとしたまま目を逸らし、話に加わろうとはしない。
 寡黙なところは主に似ている、と。ミントは一人納得顔。
「と、とりあえず、わたしたちは帰るね」
「ええ。また何かあったらすぐに連れていらっしゃい。それとさんによろしく伝えておいて」
「うん、わかった……ありがとう、ミントお姉ちゃん」
 子供たち三人が去って、中にはミントとグラッド、そしてエルエルが残る。
「……信じられません。フェアたちと年の変わらない少年が、そんなにすごい召喚師だったなんて……」
 ぽつり、と。グラッドが素直な感想をこぼす。
「あら。見た目と実力は別物じゃないかしら。それにあの方は――」
「信じる信じないはおまえの自由。誰がどう思おうとの価値は変わらない。を想うのなら余計なことは言うな」
 ミントの言葉を遮り、エルエルが言った。その、どこかトゲのある言葉に驚く。
「おまえが憧れを抱くのも自由だが、それによっての望まぬ事態を導くのは許さない」
「……あの方の、望まれない事態って……?」
「言ったはずだ。余計なことは喋るなと」
 ただ、そう言い残して、エルエルはその場を去った。
「え~……っと……なん、だったんでしょう?」
「さあ……私にも分かりません。でも、あの方については喋らないほうが良さそうですね」
 静かに笑みを刻んで、ミントはエルエルの去ったほうを見つめていた。


 またしても現れてくれた竜の子を狙う一団。今度の奴らは昨日の者たちとは違って、訓練をきちんと受けたような戦い方だ。
 しかも、数が多い。三人で戦うにはきつかった。
「フェアさんッ!!」
 出来てしまった一瞬の隙に、振り下ろされる剣。
 受け止めるには体勢的に間に合わない――と。迫る凶器を見つめていた目に、違う色が映って。

 ――ガキィンッ。

!?」
「……フィル、無理はするなよ。おまえ戦闘向きじゃないんだから」
「キュアッ」
 鳴き声を発したのは、を乗せてきたと思われる頭部に翼を持つ獣。その獣はフェアとルシアンの傷を癒した後……
「きゃあっ!?」
 リシェルの首根っこを銜えて、己の背に乗せた。そして切りかかってくる兵士をすいすいと避ける。
「リシェルは大丈夫みたいね」
!」
「エル、頼む」
「ええ!」
 羽音と共に現れた天使は真っ直ぐの元へ下降して――初めて見たときとは逆にの中に消えるように姿を消し、ただの腰辺りに光る翼が生える。
「うおおーっ!!」
 今度は二人同時に攻撃してきた兵士を、は一薙ぎで払った。
「すごい…………って、きゃっ!?」
 の剣捌きに見とれていたら、今度はに抱えられて空を飛ぶ。その視界には、今まで自分がいたところに振り下ろした剣を再び構えなおす兵士の姿が。
「……戦闘中に余所見するのは命取りだぞ」
「ごめん……」
 ぼそりと聞こえた叱責に素直に謝る。――と。眼下にグラッドとミントの姿。
 駆けつけてくれた二人とのおかげで、敵の一団を何とか追い払えた。
 でも、またしてもダメ親父の関わりだという事実が突きつけられて。
 フェアは、理不尽な怒りをありったけの叫び声に変えた。