書 き 殴 り ・ 4

 コーラルの親探しを開始するにあたって、まず卵を見つけた場所――星見の丘へ行くことにした。
「ここで、わたしたちはタマゴを見つけたの。ほら、落っこちた跡がまだ残ってるでしょ?」
「けど、こんな勢いで落下した、よく砕けなかったもんだなあ」
「ピギィッ♪」
「多分、親竜が魔力でタマゴを守ったんだろ。二日たっても、かなりの魔力が残留してるし」
 言うと、は静かに目を閉じた。
 するとの周囲に、淡い虹色の光が集まってきて。
? 何を――」
「しっ! 恐らく残留する魔力から何か情報を読み取ろうとなさっているんです」
「そんなこと可能なの?」
さんだからこそ、できることよ」
 ミントの言葉で、皆が口を噤みを見つめる。
「……追っ手……子供たち……流星……祈り……託した力、知識、想い……星の巡り……冒険者……御使い……」
 ぽつりぽつりと、よくわからない単語を呟いていたは、不意に目を開けた。――と、途端に虹色の光は、の中に吸い込まれるようにして消える。
「御使い――って……天使か?」
「ピギッ!?」
 急に険しい顔で鳴いたコーラル。
「ど、どうしたのよ、コーラル?」
「ピギッ! ピギィ!!」
 まるで自分たちを呼ぶように鳴いた後、どこかへと飛んでいく。
「待ってよ!? ひとりになったら危ないってば!!」
 そのあとを、慌てて追っていった――その先で。

「きゃあああぁぁっ!!」

「ピイイィッ!?」
 鋼でできたものに攻撃されている少女と、少女を呼ぶようなコーラルの声。
「な……っ? なんなのよ、これは」
「機械兵器だな」
「機械兵器?」
「あたしが召喚術で呼ぶのと同じヤツよ。こんなにたくさん召喚されてるなんて驚きだわ」
 の答えのあとをリシェルが続けた。
 その間に機械兵器を率いていた少女がこちらへと目を向けて――しばし後。

 ――ドルルルルルッ!!

「のわわわっ!? アイツら、いきなり撃ってきたぞっ!?」
「えううぅぅっ!?」
「なっ、なにがなんだかわかんないけど……あんな子供をよってたかっていたぶるなんて、断然許せない!」
「ピギィッ!」
「ぶっとはしたげるから覚悟しなさい!!」
 獲物を抜いて向かっていくフェア。
 その後ろ姿を見て、はポツリと呟く。
「フェアって、意外と血の気多いのな」
さん……」
「コーラル、あんまりあいつ煽るなよ? 今回は仕方ないにしてもさ」
 ふぅ、と溜息をついた後、もまた己の獲物を手にして。
「行くか、ルシアン」
「あ、うん!」
 前線に向かう彼の後を、ルシアンも追った。

 そうして、多少手はかかったものの、何とか機械兵器とそれを率いていた少女――機械人形を退けて、襲われていた少女を保護したのだが。
「うう……っ」
「光ってる……それに、羽根が……もしかして、この子は?」
「うん。多分、天使じゃないかな」
「天使!? なんで、天使が機械兵器なんかに襲われてたの?」
「詮索はあとです! とにかく、このこの手当てをしましょう」
 ポムニットに促され天使の少女を連れ町へと戻り始める一行の中、バサッという羽音が聞こえて、ルシアンは振り返った。
さん?」
「ルシアン、オレ少し寄り道して帰るわ」
「寄り道って……」
「天使にとって薬になるモノがあるところ、エルが知ってるみたいだからさ。それとってくるよ」
「わかった、伝えておくよ」
 その言葉を聞き、エルエルの翼を借りたは空へと舞い上がり、町とは逆方向へと飛んでいった。


「……何? また一悶着あったのか?」
 宿へ帰り着くなり、その場の微妙な空気に、は開口一番そう言った。
「あ、おかえり!」
「探し物はあったの?」
「ただいま。あったよ」
 フェアとリシェルにそれぞれ答えていると、例の天使の少女が大きく目を瞠って。
「あ、あなたは……どうして……」
「エル!」
「了解」
 呼べば、すべてを承知したエルエルが憑依を解いて、少女に向かって飛んだ。そしてそのまま少女を連れて食堂の隅へと行って何事かを耳打ちし始める。
「な、何なの?」
「気にするな」
「気になるよ……まぁ、いいケド。それより、それが『天使の薬』?」
 の手にあるものを指してフェアが問う。
 はそれを皆にも見えるように持ち替えて。
「そうだよ。元々はサプレスにあった植物が、この世界に適応して残ったものらしい」
「サプレスの植物が何でリィンバウムにあるのよ?」
「ある意味、戦争の名残だろ」
 水晶でできているような花を見つめて呟く。
 本来ならあるはずのないもの――なくても支障のないもの。けれど残った、戦争の歴史。
「この世界に結界が張られる前、異世界の者たちから侵略されていた頃にサプレスの者たちが持ってきたのか、それとも体についてきたのかしたものだって、さんは言いたいんだと思うわ」
 律儀にミントがそう説明して、疑問符を浮かべていた面々を納得させた。
「で、話は聞けたのか?」
「あ、それが……まだ……」
「話す以前にもめてたのか」
「だって……」
「あー、いいよ。大体分かるから」
「わかるって……」
「状況を見れば、アレが人間を敵視していることぐらいわかるさ」

 溜息と共に言ったは、名を呼ばれそちらへと目を向けた。そこにはエルエルが少女を伴って立っていて。
 一歩、少女へと近づき、は口を開く。
「オレの名前は。君の名前を教えてもらえるかな?」
「あ……リビエルと申します」
「敬語は必要ないんだが……まあ、いい。それよりも、これを」
「それは――」
「魔力が回復すれば、気分も落ち着くだろ」
 が差し出した水晶の花を、リビエルは遠慮がちに受け取った。
 リビエルの手におさまった花に、は手をかざす。その横からエルエルも同じように手をかざして。

 ――シャアンッ。

 氷が砕けるように花は散って、細かくなった破片がすべてリビエルの中へと淡い光を放って吸い込まれていく。
 そして、弱々しかった光が力強く輝いた、リビエルの翼。
 ――魔力が回復した証。
「ありがとうございます」
 安堵の表情を見せ、深々と頭を下げるリビエル。
 はそれを制して、本題を口にした。
「落ち着いたなら、とりあえずお互いに事情説明といきたいんだが、いいかな?」
「は、はい」

 こちらの事情も一応信じてもらえ、リビエル側の事情も聞くことができた。すなわち、召喚獣たちの集落『ラウスブルグ』を守護する竜の後継者がコーラルで、リビエルはその守護竜と御子に仕える『御使い』であるということを。
 それを聞き大人組みは、これでこの騒動の終着点が見えたかのように言っていたが、その間リビエルの表情は優れぬままで。
 今日のところは解散し、明日にでも二人を送っていこう――と、なった。
 楽観的な面々を眺めつつ、はリビエルにあてがわれた部屋へと向かった。
「リビエル、だけど少しいいか?」
 ノックと共に声を掛ければ、すぐに扉は開かれ、中へと招き入れられた。
 そして、進められるままベッドに腰を下ろす。
さま、何か御用ですか?」
「様付け、やめてくれないか? オレは君の主じゃないんだ」
「いえ、そういうわけには……」
「まあ、誓約者って呼ばなきゃそれでいいけど……」
「……結局、誓約者も人間にとっては自らの欲望をかなえるための道具に過ぎないのですね……」
「オレのことはいい。今のところ自由でいられるしな。今、考えるべきは自分のことだろ?」
「――え?」
「守護竜はもういなくて、ラウスブルグも戦火に呑まれた――違うか?」
「……何故、それを……」
「我が子の身を案じてずっと側についていた親竜の魂と、直接話したからな」
「それでは、守護竜さまの魂は……」
「オレが輪廻に送った。いつかまた、どこかの世界に生まれるだろうさ」
「そう、ですか……よかっ……」
 ぽろり、と。リビエルの目から雫が落ちる。
「あ、あれ……」
 必死に目を拭って止めようとしても、涙はとめどなく溢れ出て。
「つらいなら、泣いてもいいだろ」
「で、ですが……」
「泣きたい時に泣けることも、強さのひとつだと思うぞ」
「……ふっ……」
 の言葉にか、リビエルはその場に座り込んで本格的に泣き出した。
「ピイィ……」
「コーラル」
 心配そうに、けれどどうしていいのかわからないといった体のコーラルを呼ぶ。
 近づいてきたコーラルの頭を撫でてから、リビエルを指す。すると、理解できたのかコーラルはリビエルの側で浮いて彼女の頭を前足で一生懸命撫でた。
「ひっく……っ、さま……わたくし……私は、どうすればよいのでしょう……」
「それは、リビエルが自分で決めるしかないことだ。他人の言う通りに生きるのは楽だし責任を押し付けることもできるけれど、結局は後悔しか残らないからな」
「私には、分かりません……ひとりっきりで、帰るところもなくなって……御子さまを守って、どこへ行けばいいのか……」

 ――ガチャッ。

 唐突に開かれた扉に、リビエルは息を呑む。
 入り口にはフェアが一人立っていて。
「ねえ、今のってどういうこと? ひとりっきりって、帰るところがないってどういうことよ!?」
「あ……う……っ、あぁ……っ!!」
 詰問のように問うフェアに、追い詰められたように後退ったリビエルは、とうとう耐えかねたように、窓から外へと飛び出していってしまった。
「ちょっと待ってよ! どこへ行くの!?」
 フェアの言葉を振り切るように、リビエルの姿はあっという間に見えなくなって。
! どういうこと!? は初めから知ってたの!?」
「知ってたというより、予測できる範囲内だっただけだ」
「予測って――」
「親が子を側に置いておけず、子にも使いにも追っ手がかかった状態で、何事も起きていないはずがないからな」
「だったら何で言ってくれなかったの!?」
「……オレが言うべきことじゃないからだよ。真実は、当人たちから直接聞くものだ。だから、本当のことを知りたいならリビエルに聞くんだな」
「――ッ、わかったわよ!」
 吐き捨てるように言ってリビエルを探しに行く背を、はただ見送る。
 そうして、誰もいなくなった部屋で、一人俯いて。
「……自分の生き方は、自分で決めるしかないんだ……必要なものも、自分の手で探し出すしかない……与えられたものじゃ、意味がないんだよ……」
 自分自身に言い聞かせるように、呟いた。



「今日はもう退かないか?」
 目の前に立つ少年は、そう言った。
 たった一人、機械人形である己をいとも簡単に倒して。
「おまえがただの機械じゃなく、感情を持っているからあえて言ってるんだ。愛されて――必要とされて在るのなら、生きてそれに答えるべきだろう?」
「……教授ノゴ命令ハ絶対ナノ――ッ!!」

 ――ザシュッ。

 少年の言葉を無視して攻撃体勢に移ったアプセットは、すぐにそれが叶わないことを知る。
 鈍い音は己の中から。いくつかの配線が切れた音だ。
 原因は――ドリルとなっている腕の、その付け根に深々と刺さった一本の剣。
「わからないのか?」
 剣の持ち主の声が、頭上から降る。
「これ以上は手加減できないっつってんだよ」
 ――人間で言うところの、血の気が引くとか背筋が凍るという感覚を、アプセットは知ることとなった。
 全神経が――思考回路が『危険』だといっている。
 勝てないのではない。勝率がどうという問題ではないのだ。
 逆らえば、完全に破壊される――それしか、答えは出ていないのだ。
 得体の知れぬそれに、身動きができなくなっていたアプセットの前で、少年は何かに気付いたように、後方を振り返った。
「フェア――ッ!?」
 そのまま駆け出した少年は、バランスを崩してその場に膝をつく。
 急変した少年。
 心拍の上昇、呼吸過多。己の主がよくなる症状に近い状態になっている。
「くっ……こんなに、早く……ッ!?」
 心臓部を掴み痛みに耐えるような少年に、アプセットはようやく動く。
 少年に攻撃するためではない。少年が焦ったその理由に、アプセットもまた気付いたからだ。
 高確率で訪れるであろう出来事の処置をするため、教授の下へと走り出した。
「――エルッ!!」
 少年の切羽詰った叫びにも似た呼び声と、大きな羽音をセンサーに捕らえながら。


 急速に集められた、明らかな悪意のこもった魔力に、フェアは対応できなかった。
 仲間たちの声にも反応できなかった体を、力強く引かれたのは、魔力が形になる寸前のこと。
 ここ数日で馴染んだ鳶色の髪と光る翼が視界を満たして。
 そして――魔力は、霧散した。
「げほ……っ!? げほっ! げほげほぉっ!!」
「――は?」
 淡い光の向こう側で、自分を攻撃しようとしていた召喚師が苦しげに咳き込んでいる。
 あまりに急な変化に、呆気に取られる。
 魔力はすごくても老体であることが全力を出すことを妨げたようだ。二人の機械人形に応急処置を受けて、召喚師・ゲックはフェアへと向き直る。
「今日のところはこれで退いておこう」
「あ、うん」
 ゲックの言葉に、思わずそう返した。
 そして、光も消える。――と、ゲックは目を細めてを見て。
「どうやら随分と優秀な護衛獣がついておるようじゃしの」
「――――――――――はい?」
 目が点になるとは、こういうことを言うのだろうか。
 エルエルを憑依させた状態のを天使だと思ったのか、ゲックは思い切り勘違いをしてくれた。
「ちょ、ちょっと……それ、違――ッ」
 訂正しようとしたフェアの口を、が塞ぐ。
「じゃが、ワシらは絶対諦めぬぞ。あの方の……『姫さま』の願いをかなえるためにも、絶対にな!!」
 こちらの言葉など一切聞かず、そう言い捨ててゲックたちは去っていった。
 完全に姿が見えなくなって、ようやくの手がフェアから離れる。
「ぷはっ……、何で本当のこと言わなかったの?」
「召喚師として認識されるよりは、オレにとって都合がよかったからな」
 しれっと、そう言い放ったの側に、リビエルがやってきた。
さま、私は御使いです。御使いとして御子さまを守り抜きます。例えどんなことになったとしても」
 真っ直ぐ時を見上げて決意を新たにしたリビエル。
 は、彼女に微笑んで。
「それが、おまえが自分で決めた後悔しない生き方だってんなら、それでいいさ」
「――はい!」
「……ねえ、とリビエルってどういう関係なの?」
 あまりに親しげな雰囲気に、そう問いかけたのはリシェル。とリビエルは互いに顔を見合わせて。
「どうって言われてもな……」
「なんでしょうか……」
 二人して首を傾げた。
「主従関係でないのでしたら、友人関係で宜しいのではないですか?」
「やっぱそうなるか……」
さまがよろしいのでしたら、私に異存はございませんわ」
「……友達同士なのに『様』付けなの?」
 ミントの助け舟は果たして功を奏したのか。今度はルシアンが疑問を投げ掛けて。
「それな~、オレもやめてくれって言ったんだけどな……」
「こればかりは了承いたしかねます」
「……だってさ」
「なんでよ?」
「なんででもです」
 頑固一徹。
 リビエルのこの態度では、確かにこちらが折れるしかなさそうだ。
「とりあえず、帰ろっか?」
 少し疲れたように言ったフェアに、皆似たり寄ったりに頷いた。