「能力継承による負荷――か……」
先ほどの光景を思い出し、は呟く。
セイロンが託されていた遺産を継承したコーラルは、元の竜の姿へと戻ってしまった。
それは新たに継承した能力が、竜としての身体能力を司るものということ以上に、魂にかかる負荷の現れだということだったのだ。
「やっぱ、しばらくは無理だな……」
溜息をついてベッドに転がった。
シャオメイから渡された首飾りのおかげで、体が重いということはない。だが、気分的には沈み込んでしまいたかった。
「また、無色の派閥かよ……」
今回の騒動を引き起こしている元凶は、『魔獣調教師』という異名で呼ばれる無色の派閥に属するクラストフ家の者らしい。
その青年が、『剣の軍団』と『鋼の軍団』、そして『獣の軍団』を率いてラウスブルグを陥落させたのだという。
目的は――『姫』の願いをかなえるため。
「『姫』、ね……オルドレイクみたいな狂気に歪んだ女じゃないことを願いたいものだ」
自分たちを、この世界へ呼び込むきっかけを作った男――無色の派閥の最大勢力だったセルボルト家当主オルドレイク。
魔王を召喚し一度世界を壊してから、自分たちに都合のいい世界に作り変えようと考え――実行した召喚師。
己の歪んだ欲望のために、多くのモノを踏みにじったような――……
あの男ほどではない、と思いたい。
先代の守護竜の魔力に残った記憶では、クラストフの青年は問答無用で攻め入ったわけではなかった。まず、交渉の場を設け、礼儀を尽くしていた。
それに、なによりも――『鋼の軍団』を率いていた召喚師・ゲッグと、機械人形たちとの間には、確かに信頼関係が成り立っていたから。
――だから。
「あの時みたいな想いは二度も味わいたくないし、味あわせたくないよな……」
願わくば、傷痕となるような悲しみにはならないように。
そう思いながら目を閉じかけていた耳に、ノックの音が入り込んだ。
誰何に答えて顔を出したのは、宿の主・フェア。
「どうした?」
「他の御使いの人たちが近くに来ていないか、町の周辺を見てこようってことになったんだけど、はどうするかなって……」
「ああ、行くよ。少し待ってくれ」
言いながらベッドから下りて、剣を手に取る。――と、ベッド脇に立てかけてあった杖に目が留まった。
滅多に使うことはないので、ほとんど置きっぱなしのそれ。
予感――というものだろうか。
何故か気になって、は杖も持っていくことにした。
「やっぱりも、杖使うことってあるの?」
杖を手に取ったことが意外だったのか、フェアはそう訊ねてきて。は外へと促しながら答える。
「ある時はあるけど、ほとんど剣だな」
「ふーん……でも、武術と召喚術が両立してる人って珍しいよね」
「それはフェアもだろ」
「わたしはダメ親父に有無を言わさずに仕込まれたせいだもん」
「オレは後天的な召喚師だから。元々は武術派なんだよ」
「え……後天的って?」
最後の一段を下りきって、は階段上のフェアを振り返る。
「言っただろ? 望んで手にした力じゃないってさ」
笑って言えば、フェアは驚いたように目を瞠った。
そのままはまた歩き出して。
「まあ、手にした以上は、有効に活用する――それだけの話だよ」
最後にそう言って、この話題を締めくくった。
コーラルが気になる方向へと進んでいった先。シリカの森の中で、魔獣に囲まれた有翼亜人の女性を見つけた。
「む……あれはアロエリか?」
その女性を見て、セイロンが呟く。
どうやら、また一人、御使いと合流できたようだ。
弓を得意とする女戦士らしいが、状況はひたすらに不利だった。
「冷静に分析してる場合じゃないよ!」
「仲間なら、真っ先に助けにいきなさい!」
ルシアンとリシェルに言われ、セイロンは頷き。
「うむ、もっともだ。いくぞ、店主よ!!」
「うん、わかった!」
女性――アロエリの元へ駆けていく彼の後にフェアも続いた。
とにかく、数が多い。アロエリの護衛は同じ御使いに任せて、フェアたちは、順々に数を減らしていくことにする。
しかし、相手はメイトルパの亜人と魔獣。セイロンが言っていた『獣の軍団』という名の通り、ほとんどが凶暴さを露にしている獣ばかりだ。人間は――おそらく、これらを統率する役割であろう召喚師が二人のみ。
新たに魔獣を呼ばれるのも厄介だが、召喚師の元へ行くには、やはり魔獣や亜人を倒さなければならず――結局は手近なところから確実に数を減らすしか道はなかった。
そんな中――
「さん!?」
「何やってんのよ、!?」
ルシアンとリシェルの緊迫した声に、安全を確保してからフェアはの姿を探した。――と、一人離れた位置にいる姿を発見。
のすぐ前には、大きな斧を持った亜人。は――剣を手にしてはいるものの、構えてはいなかった。
遠目でもわかるほどの、無防備さ。
亜人が斧を振るえば、簡単に傷付けられてしまうような状態。
――けれど。
「待って、様子が変よ?」
亜人もまた武器を構えてはいなかった。
それどころか、と目線を合わせるかのように頭(こうべ)を垂れてさえいる。
何か――そう、話をしている。そんな風に見えて。
そして。
――ウォオオオオオォォーンッ!!
の前にいた亜人が、咆哮した。
それに合わせるように、他の魔獣や亜人も高く天を仰ぎ、遠吠えのように声をあげ始めて。
森中に、それは轟いた。
「うる、さぁい! 何なのよ一体!?」
あまりの声に、誰もが両耳を塞いでいた中。
「フェア! そこにいる召喚師、何とかできるか!?」
の声が、不思議とはっきり聞こえた。
「魔獣が邪魔で近づけないよ!!」
こちらの声が果たして届くのか。出来る限りの大声で答えを返せば、から更に声が返って来て。
「魔獣たちは放っておいていい! そいつらにはもう戦意はない! だから、これ以上召喚術を使わせないようにしてくれ!!」
何故、そう断言できるのかがわからなかった。でも、確かに魔獣たちの注意は今、一切自分たちに向いてはいない。
顔をあげた先、セイロンと目が合った。
彼はひとつ頷いて見せて。
「わかった! やってみる!!」
そう言うと同時、フェアとセイロンは共に――正反対へと駆け出した。
突然の魔獣や亜人たちの異変に戸惑っている召喚師の元へ、それぞれに走る。一応警戒はしていたものの、の言った通り魔獣も亜人も横を通り抜けるフェアに見向きもしなくて。
楽に辿り着いた目的地。接近戦に弱い上に状況把握で手一杯になっている召喚師を気絶させるのは実に簡単だった。
己と同じ役目を買って出たセイロンも、既に召喚師を地に沈めていて。
役目を終え、へと目を向けようとした、刹那。
若草色の光が、その場に満ちた。
眩しさに目を細めている中、真っ先に気付いた変化は、少しずつ消えていく魔獣たちの咆哮。
その理由は、フェアのすぐ前で起こっていた。
目の前にいた亜人が、若草色の光に包まれて消えたのだ。
何とか周囲を見渡せば一体、また一体と光になっていく。
魔獣たちだけではない。いつの間にやってきたのか、恐らくははぐれであろうメイトルパの者たちも同様に消えていっていて。
咆哮がすべて消え、光が収まりゆく中見えたのは、杖を高く掲げたの姿。
「これって……」
「まさか、送還術!?」
仲間の元へ戻りながら呟いた疑問は、リシェルが答えてくれた。
けれど、彼女もまた信じられないようで。
「使える者がいるなんて……」
呆然とした呟き。それもまたすぐに消えて。
「さん!?」
ミントの焦ったような叫びにも似た声が、その場に緊張感を与えた。
彼女の声に、は答えない。――否、答えられないようだ。
いつの間に召喚したのか、フィルの背でぐったりとしたままは全く動くことはなくて。
完全に、意識を失っていた。
「クァッ」
「フィル……」
鳴き声の主を見れば、の手を離れた杖を器用に銜えてそれを差し出してくる。
少し躊躇いつつ手を出すと、その上に杖は乗せられた。
「クァッ、クルルル」
何か話をするように鳴いた後、を乗せたフィルは翼をはためかせて高く飛び上がり、あっという間にその姿は木々の向こうへと消えていった。
「先に帰るって言ったのかな」
「杖を頼む、かもよ」
ブロンクス姉弟の言葉を聞きながら、フェアは杖を握り締めた。
「ミントお姉ちゃん、どうしちゃったのかわかる?」
「多分、魔力の使いすぎだと思うわ。送還術は今はもう失われてしまった技術。召喚術のようにサモナイト石という術を安定させる媒体がない分、大量の魔力が必要になったんじゃないかしら」
「しかも、一体や二体ではなく、あのように大勢の者を一度に還したのだから、その消費量は半端ではなかったのだろうな」
セイロンがミントの後を続けて、そちらを向いた。そこには御使いが三名揃っていて。
のことは心配だったけど、今は新たな御使いを迎えるのが先決、と。
頭を切り替えてフェアはアロエリに向き直った。
どこか怒ったような不機嫌そうな表情をしているアロエリ。その理由が人間嫌いのためであること、そして原因となっている事柄を、この後帰路にてリビエルから聞くこととなった。
まずいな、と思った時には遅かった。
こちらの事情を全く信じる気のないアロエリの瞳に、剣呑な光が宿ったのを見た次の瞬間には、既に彼女は行動に出ていたから。
「きゃっ!?」
勢いよくフェアと向かったアロエリは、フェアの首に手をかけるとその勢いのまま彼女を床へと押し倒した。
そのまま馬乗りになってフェアを絞め殺そうとするアロエリ。
――ドンッ!
誰が動くよりも先に、アロエリをフェアの上から突き飛ばした影――それは。
「フィル……」
先に帰ってきていたフィルはフェアを守るようにして立ち、グラッドやセイロンに押さえられているアロエリを睨むように見ていて。
「放せ! 放せぇっ!! 殺してやる……っ! 殺してやるうっ!!」
狂ったような殺意の叫びがその場に満ちる。
「なぜですの!? どうして、そこまでこの人を憎むの!?」
「仇だからだ……ッ」
「え?」
「オレはこの目で見た! 先代さまの首をはねたその張本人は……コイツの父親だッ!!」
フェアを見たまま、叫ぶように答えたアロエリ。
その言葉は、事実を知る者以外に衝撃を与えるには充分すぎるほどで。
「ウソ……っ、そんな、だって……」
「事実だ、リビエル。だが、あれにはやむを得ぬ事情が……」
「聞きたくないッ!!」
事実を知る一人、セイロンの言葉を遮り、アロエリは叫ぶ。
「どんな理由であろうとコイツの父親が先代を殺したんだぞ!? 先代さえご存命なら『ラウスブルグ』も守れたはずだ……なにもかも、みんな貴様の父親によって壊されたんだ!!」
ありったけの怒りと憎悪を向けられて、フェアは息を呑む。そんな彼女を庇うようにフィルはアロエリの目からフェアを隠すために移動した。
アロエリの怒りの矛先が、フィルへと――その先の召喚主へと移った。
「ヤツにしてもだ!! ヤツが二代目だというなら、何故オレたちの苦難は続いている!? 何故ヤツは変えなかったんだ!! 全てを白紙に戻していたなら……そもそも『ラウスブルグ』が襲われることすらなかったはずだ!!」
――何を、言っているのか……ルシアンたちにはわからなかった。
ただ、フィルは一切声を出すこともなく静かに彼女を見つめていて。
「何故ニンゲンに都合のいいままにしておくんだ!? 所詮はヤツもニンゲンだからか!! オレたちの苦しみがわからないほど愚鈍だということか!!」
――パァンッ!
乾いた音が、アロエリの叫びを打ち消した。
それは彼女の頬をセイロンが平手で打った音だった。
「いい加減にせよ、アロエリ。殿を責めるのはお門違いだと、そなたもわかっているだろう」
「あの方は、二代目として初代の遺志を継いだに過ぎませんわ」
「その選択を責める理が我らにあろうものか」
同じ御使いである二人に窘められ、アロエリは唇を噛んだ。
「彼の冒険者のこととて同じこと。先代の選択を、そなたは責めるというのか?」
セイロンの、静かな問い。
俯いたまま答えないアロエリの手は、強く握り締められて震えていた。
「……信じない……ッ」
やがて、ポツリとこぼれたのは、拒絶の言葉。
「オレは信じない!! そんなこと……ヤツもソイツも、オレは信じないッ!!」
叫ぶように言い捨てるとグラッドの手を振り払って、アロエリは飛び出していってしまった。
その後をリビエルとコーラルが追っていって。
「やれやれ、これはしばらく頭を冷やしてもらわねばいかんな。あいつにも……そして、おぬしにもな」
呆れたようなセイロンはフェアを見て告げる。
「落ち着いたら、声を掛けてくれ。何があったのかは、その時にきちんと説明してやろう」
「……ねえ、あんたたちにとってって何?」
とりあえず、時間を空けようと提案した彼に、リシェルが問いかけた。セイロンのみならず、その場の全員が注目する。
「それには答えられぬよ」
「何でよ? 別にが何者かって聞いてるわけじゃないでしょ」
「我らにとっての殿は、殿が何者であるかという解と同義なのだよ」
しばしの睨み合いとも取れる視線の交錯。
先に視線を逸らしたのは、リシェルのほうだった。
「……つまり、その程度のことなのね」
「ねえさん?」
「勝手に期待して、勝手に失望して、八つ当たりして終わりにできるようなモノだってことなんでしょ」
「リシェルちゃん……」
「は、あんたたちに対して何か悪いことをしたの?」
「いや……殿の行動に、悪意あるものなどありはせぬ」
「だったらなんなのよ! フェアもも何も悪いことしてないじゃない!! なのにどうして自分がしたことじゃないことでこんな扱いされなきゃいけないのよ!!」
俯き叫んでいたリシェルは、顔を上げるとセイロンを鋭く睨みつけて。
「いい加減にしてよ!! あいつ、何とかしなさいよね!!」
吐き捨てるように言って、その場を走り去った。
「待って、ねえさん!」
姉の後をルシアンは追う。
然して進まぬ林の中でリシェルは立ち止まって、ルシアンも足を止めた。
「ねえさん……さんのこと……」
「別に男としてなんか見てないわよ!!」
高ぶった気持ちのまま、ルシアンの言葉を遮ってリシェルが叫ぶ。
「そんなんじゃない! そんなことじゃなくて……あたしたちは、聞いたでしょ? の気持ちを……知ってるのに、何もできないなんて……悔しいじゃない」
ルシアンからは背中しか見えないけれど、微かに震えている両肩が、泣いているように見えて。
「うん、そうだね……さんとフェアさんって、どこか似ているもんね」
アロエリがフェアに襲い掛かった時、自分は何もできなかった。その悔しさと、多分同じ。
「僕たちはさ、ちゃんと対等でいればいいんじゃないかな? そうして、二人の心を守っていけるようになろうよ」
リシェルが振り返る。
「あったりまえでしょ!!」
勝気な瞳で、笑みさえ浮かべて。
いつもの姉の姿に安堵し、ルシアンも決意を胸に笑みを浮かべた。
「アロエリがに対して怒ってた理由って、送還術が使えることと関係あるのかな?」
落ち着くために散歩に出たフェア。冷静になった頃、ため池で会ったグラッドとミントとの会話の中で、そう訊いてみた。
答えるのは、の持つ力について知っているミント。
「ええ。彼女の怒りが正当だとはいえないけれど、そうしたい気持ちもわからなくないわ」
「彼の力があれば、在るべき地……故郷に帰れるから――ですか?」
「そうね……きっと、召喚獣たちにとっては、さんは最後の希望なんだと思うわ」
帰りたい、と。自由に生きたい、と。そう願う者たちにとっての希望の光。
「でも、それだけであそこまで怒るというのも納得できませんけれど……ミントさんは、その理由をご存知なんですか?」
グラッドの問いに、ミントは静かに目を伏せて。
「知っています。けれど、それを話すことはできません」
「どうして?」
「彼から口止めされているんですか?」
「いいえ。緘口令です。蒼の派閥総帥と金の派閥議長からの」
――まさか、そんな大事だったとは。
フェアはグラッドと顔を見合わせた。
「さんたちのことを知る者は少数です。だからこその緘口令。さんたちが背負っているものは、あまりに大きすぎるものだから……これ以上負担を増やさないための配慮なのよ」
目を開けたミントは苦笑を浮かべて二人を見る。
「今回のことで、私もそれを改めて実感したの。だから、ごめんなさいね?」
申し訳なさそうに謝るミントに、フェアは笑いかける。
「お姉ちゃんが謝ることないよ。わたしがお姉ちゃんの立場でもそうすると思うし。何よりわたしも実感したよ。がぶっ飛んで無茶する人だってこと」
軽く目を瞠るミントに向けて、フェアは続ける。
「だからね、のこと、しっかり見てようと思う!」
ぐっと拳まで作って悪戯っぽく笑えば、つられたようにミントも、そしてグラッドも笑って。
「ふふ、そうね。これ以上負担をかけないように、気をつけましょうね」
「見てて制止するのはいいが、おまえまで一緒になって無茶するなよ?」
「ちょっと、グラッド兄ちゃん? それどういう意味?」
「おまえだって、結構一人で突っ走るタイプだろ」
「え~!? わたしはリシェルのストッパーだよ!!」
「いーや、おまえが率先して喧嘩買ってる」
「あらあら、大変。それじゃあ、私たちがしっかり見てなきゃいけませんね、グラッドさん? さんも、フェアちゃんも」
「そうですね。それが大人の役目でしょう」
「ミントお姉ちゃんもグラッド兄ちゃんもひどーい!!」
笑い声がため池に響く。
新たな決意が、真実に向き合う勇気をくれた。
フェアは気持ちを引き締めて、セイロンの待つ宿へと向かった。
獣皇まで出てきた戦いもひとまず終わって、完全に私情に流されるままに行動したアロエリは一切責められることもなく迎え入れられた。
それはそれでどこかすっきりしない気持ちがするようだが、タイミングは逃してしまえば謝罪しにくくなるもので。
「リビエル、ヤツは……二代目の部屋はどこだ?」
とりあえず、そちらは置いておくとしても、もうひとつの気がかりを同僚に尋ねた。
「二階の奥ですけど」
「まだ、目覚められてはおらんだろうな」
「わかっている。だが……」
幸いにも暴言の数々は本人には聞かれてはいない。それでも、言っておきたいことはあった。
今は叶わずとも、二代目である彼の顔は、きちんと見ておきたかったし。
「ふむ……ならば、共に行くか?」
「私も、様子を窺っておきたいですわ」
アロエリの想いを汲み取ったのかは謎だが、二人と共に二階へと向かった。
階段を上がって直線の廊下を進み、突き当りの角を曲がった――そこに、丁度最奥の右側の扉から、目的の人物が姿を現した。
「おお、殿。気がつかれたか」
セイロンの声にはこちらを向いた。だが何の返答をすることもなく、ただこちらを見てきて。
心持か、その視線はアロエリに向けられているようで。
アロエリは、意を決して一歩踏み出した。
「オレは、御使いだ。『ラウスブルグ』を統べる守護竜さまに仕える御使いだ。おまえが……五界を統べし王の後継者だとしても、オレはおまえにはかしずかんぞ!」
「アロエリ!?」
「オレはただ一人の主にしか仕えん! それがオレの、御使いとしての誇りだ!!」
咎めようとする同僚に対しても己の信念を示すように、アロエリははっきりと断言した。
アロエリが口を閉ざすと、沈黙がやってくる。
は表情を変えることもなく、はじめのまま佇んでいて。
「……ない……」
やがて、ポツリと言葉が踊った。
「必要、ない…………道……決める……自分、自身…………信念……大切……」
「……さま?」
ぽつぽつと出てくる、理解不能な単語たち。
それらを言ったは、最後に、ふっと笑って。
「後悔、するなよ……」
――ぐらり、と。
「殿!?」
前方に傾いだ体。
一番近くにいたアロエリが、咄嗟に抱きとめる。
完全に体重を預けてきている少年からは、規則正しい呼吸音。
誰がどう見ても、は熟睡していた。
「……ひょっとして、寝惚けていらしたのかしら?」
全員の心を代言したリビエル。
「うむ、そのようだな!」
流石に笑い声を上げることは避けたようだが、セイロンの言葉のおかげもあって、アロエリは一気に脱力するのを感じた。その、次の瞬間――
――ゴズッ。
頭部に襲い掛かってきた衝撃。
何とか抱きとめていたの体を落とさずに済み、原因を知るため背後を振り返る。
「なっ……!?」
言葉は、最後まで続かなかった。
振り返った先に、獣の顔がどアップであれば当然だろう。
いたのは、の召喚獣・フィル。
フィルはアロエリにかまうことなく、その腕の中のを、首根っこを銜えることで器用に持ち上げる。
そして、一睨み。
「――ッ、危害を加える気なぞないぞ!!」
フィルの言いたいことを察して叫ぶも、一瞥をくれただけでフィルはを連れて――が出てきたのとは反対の部屋へと入って行った。
「あの者はおぬしの暴言をしっかり聞いておるからな」
「自業自得ですわね」
頭突きされたであろう頭部の痛みと共に、同僚の手痛い評価を受けてしまい、なんとも複雑な気持ちのまま、夜を過ごすこととなってしまった。