アロエリが仲間になった翌日。コーラルの遺産継承終了後、フェアは二階へと上がっていた。
最奥の部屋の扉を一応ノックはしてみるも、案の定返答はなく、そっと扉を開けた。
「?」
顔を覗かせ呼びかけてみるが、やはりまだ目覚めてはいないようだ。
代わりに、ベッド脇で眠っていたらしいフィルの目が開く。
「様子、見に来ただけだから」
小声でそういうと、一度頭をもたげたフィルは、特に何をするでもなく再び元の姿勢に戻って目を閉じた。
笑みを浮かべてその様子を眺めた後、フェアは室内へと足を踏み入れベッドへ進む。
ベッドの上では、しっかりと毛布にくるまり、丸まるようにしてが眠っていた。
フェアは片手をつき、の髪を少し整えて。
「は……どうするのかな?」
彼が泊まりに来た時、一週間分の宿泊代を先払いしていた。――今日が、約束の一週間目。帳簿を見直していて気付いたのだ。
は旅人だ。その目的は知らないが、自分たちの件に関わっているのは成り行きでしかない。この後も、共に戦ってくれる保証は――ないのだ。
「まだ、一緒にいてくれるのかな?」
例えいてくれたとしても、今回の件が片付けば、彼はまた旅に出るのだろう。
そうすれば……も、コーラルも、御使いたちも、ここからいなくなる。また――ひとり、この広い家の中で暮らすことになる。
それは、とても……
――べしっ。
自分の両頬を勢いをつけて叩く。痛みが、浮かんだ想いを追い払ってくれた。
「元の状態に戻るだけよ! 別になんてことはないんだから!!」
自分自身に言い聞かせるために言葉にして、フェアはさっさと部屋を出た。
《やれやれ……不器用な子供ばかりだな》
フェアの去った後、誰にも聞かれることのない呟きが、木目に吸い込まれて消えた。
最後の御使い・クラウレを探しにいったシトリス高原で、『紅き手袋』の暗殺者たちに襲われていた少年剣士を助けた。
彼の手当てのために一度戻った町で、仲間だという二人の騎士に出会い、そしてその事情聴取のために宿へと戻って。
二人が『巡りの大樹(リィンバウム)』自由騎士団の者だということが判明して――自由騎士の説明を受けたあとのこと。
「なんだ。つまり正義のヒーローってことね」
「ひいろう?」
「ウチの父さんがやたらと得意げに言ってたのよ。オレ様は、正義のスーパーヒーローだ! ……ってね」
「すまないが、僕にはちょっと意味がわからない……」
「あんたのパパって、時々出所不明な言葉使ってたもんねえ」
「どうせ、適当なこと言ってるだけよ」
「ヒーローってのは英雄や勇者って意味の、名も無き世界の言葉だよ」
この場にいない人物の声が、然して大きくも無いのに響いて。
「英雄……なるほど……ん?」
「名も無き世界――? ……って、え?」
その内容に納得した一人と疑問を持った一人が共にその事実に気付いて出所へ目を向けるのと、一足先に階段にいる彼へフェアが声を掛けたのは僅差だった。
「! よかった、目が覚めたんだね!」
「おはよう、フェア」
「――って! なんて格好してんのよ、あんたは!?」
上着を着ずにランニングシャツ一枚で、肩にタオルをかけた状態で現れたに対してリシェルが怒鳴る。その顔が、ほんの少し赤い気がするのは――やはりお嬢様故だろうか。
「あ~? シャワー浴びたトコだからな。別に素っ裸で歩いてるんじゃないんだからいいだろ」
「そういう問題じゃないわよ!!」
「ああ、髪濡れたままじゃない! 風邪ひくよ、もう」
しれっとしたまま下りてきたの姿に、フェアはリシェルとは違った観点で言葉を掛けながら、肩にあるタオルで彼の頭を拭く。
抵抗することもなくされるがままになっているは、一言。
「面倒くさい」
「って、意外にものぐさ気質?」
「その男は、見かけに反して大雑把な性格をしているぞ」
呆れ気味に聞いた問いには、意外なところから答えが返った。
それは、今事情聴取を受けている自由騎士の一人・ルヴァイド。
「――え?」
「やかましい。色白で細腰などこぞの元特務隊長みたいにマメで几帳面な性格なんかしてたら、男だって言っても信じてもらえない事態になるだけだろうが」
「え?」
「おい、喧嘩売ってるなら買うぞ。そこの現最強召喚師」
「え!?」
「オレに勝てると思ってるのか、女男」
「ちょ……っ!?」
「顔のことをおまえにとやかく言われたくはない」
知り合いとしか思えない遣り取りの間、どう対応したものかわからずにいたフェアは、一触即発な雰囲気に呑まれてしまい、タオルを手にしたまま一歩後退った。
それを合図としたかのように、二人はほぼ同時に動いて――
――ヒュッ、ズダン!
刹那の、出来事だった。
気付いた時には床にうつ伏せに倒された騎士・イオスの片腕を、その背中側に回した形にして、自分の足で押さえているの姿があった。
「だから言っただろうが。武器使わなきゃオレのほうが強いんだよ。小さいからってなめてんじゃねえぞ、ガキが」
「くっ……!」
騎士を足蹴にするって……何者?
彼らの関係を知らない全員がそんなことを思った時、もう一人の騎士から溜息が出た。
「その辺にしておいてくれないか。寝起きの運動としては充分だろう。まだ任務があるのに使い物にならなくされては困る」
「そう思うのなら、さっさと止めればいいだろ」
キロリと一睨みして、肩をほぐしつつはイオスの上からどく。
自由になったイオスは、捻られた腕を庇いつつ立ち上がった。
それを確認し、ルヴァイドが続ける。
「双方、止めて聞く性格ではなかろう。周囲に被害を出さぬよう計算された攻撃は、相変わらず見事だったがな」
言われて、気づく。二人の立ち位置的に、テーブルや椅子が倒されててもおかしくはなかったはずなのに、その辺には一切被害がないことに。見事に隙間に、イオスは倒されていたのだと。
「……そんなことが見たくて止めなかったのか?」
「いや。言葉よりも経験によるもののほうが得るものは多いからな」
「相変わらずスパルタ教育してんな、おまえ」
「……すぱるた、とは?」
「体罰を含む厳格な教育のこ――」
――ゴスッ。
言葉の途中、急に現れたフィルから後頭部に頭突きを喰らい、はその場に膝をついた。
「フィル!? ――わっ!?」
後頭部を押さえて振り返ったに、フィルは銜えていた彼の上着を放り投げた。――実に器用なものだと思う。
「クルル、クル、クァッ」
どこか非難するような声で鳴くフィル。は頭から上着をかぶったまま、訝しげにフィルを見上げて。
「あ? 緊急事態でもないのに爆睡してるのを、わざわざ起こすわけないだろ。つーか、別に寒くないんだが……」
「クルッ、クルルルル」
「待て、おまえはいつからオレの親父になった?」
「クアッ、クルルル」
「……そうかよ……」
会話が成り立っているらしいフィルと。はうんざりした顔で呟くと、上着を頭から外して。
「わかったよ……着ればいいんだろ、着れば」
大人しく袖を通した。
その様子を見て、ルヴァイドが喉を鳴らして笑う。
「変わっていないな、おまえは」
「大きなお世話だ」
ムスッとしたまま答え、何かに気づいたは上着のポケットからひとつの小さな箱を取り出した。そしてそこから一本の白い筒状のものを銜え、更に出てきたマッチで火をつける。
あまりに自然な動作だったので、うっかり見逃しかけたのだが。
「煙草は背が伸びなくなるのではないのか?」
「やかましい。これは煙草じゃないからいいんだよ。煙草の形が気になるなら、文句は彼ののんべえ占い師に言え」
……紫煙をくゆらせる姿は実に様になっている……けれど、どうやら煙草ではないらしい。
謎が増えていくばかりのは床に座ったままルヴァイドを見上げ、本題を口にした。
「で、おまえたちは何でここにいるんだ? さっき、任務とか言っていたが」
「ああ、自由騎士団の任務だ」
は軽く目を瞠る。
「――シャムロックの?」
「そうだ」
「そうか……」
目を伏せたの顔は、どこか嬉しそうで。
「夢を、実現させたんだな」
「ああ……」
同じように目を閉じたルヴァイドは、嬉しそうでもあり、どこかつらそうな表情をしていて。
「すみません。どうやら久し振りに会った知り合いのようですが、積もる話はあとにして本題に戻ってもいいでしょうか」
控えめにグラッドがそう言って、事情聴取が再開された。
現状把握のために同席した事情聴取で、『紅き手袋』の暗殺者が動き出していること、その件にルヴァイドたちが関わっていること、そしてアルバまでこの町にいることがわかった。
深く吸い込んだ煙を吐き出し、は呟く。
「千客万来だな。例の『軍団』まで来なきゃいいが……」
「不吉なこと言わないでよ、もぉ」
世話好きの本領発揮か、髪を乾かしてくれていたフェアがうんざりと答えた。
「はい、終わり。このあとどうする? まとめる?」
「ん~……どっちでもいいんだが……それよりも、フェア」
「なに?」
「オレ、コーラルの件が片付くまでいる気だから、この後の料金、後払いで計算しといてくれ」
必要事項を告げた跡、沈黙が帰ってきた。
怪訝に思い、椅子に座ったまま背後を振り返ったの目に、驚いたような表情で固まっているフェアの姿が映る。
「……フェア?」
「あっ、うん! わかった!」
前にもこんなことがあったな、と。思いつつ声を掛ければ、我に返ったフェアが笑顔で了承を返して。
「あ、ひも、あるから、髪結ってもいい?」
「ん、任せる」
再び前へ向いて――こちらを見ていたイオスと目が合い眉根を寄せる。
「……なんだ?」
「その子供はおまえの恋人なのか?」
爆弾発言。聞いたトレイユメンバーのほぼ全員が、椅子から落ちたり飲んでたお茶を噴出したりむせたりしている。
言われた当人はというと。
「ち、違うよ!」
「……フェア、痛い」
「ああ、ゴメン!」
かなり慌てたフェアに髪を引っ張られたこともあって、余計に眉間の皺を深くしてはイオスを見る。
「おまえの目は節穴か、クソガキ」
「おまえにガキ呼ばわりされたくはない」
「ガキにガキと言って何が悪い。地位のわりに短気で喧嘩っ早いじゃねえか」
「怒らせてるのは誰だ」
「おまえがオレを怒らせてるんだろ。ついでに言うが、ルヴァイドの命令無視して突っ走った前科持ちが何を言うか」
「ぐっ……!」
見事にイオスは言いくるめられて言葉を失う。
その様子を傍観していたルヴァイドは一人喉を鳴らして笑っていて、助け舟を出す気はないらしい。
この遣り取りにか不思議そうに問いかけてきたのはブロンクス姉弟。
「ねえ、あんたたちの関係ってなんなの?」
「まさか、さんも騎士さまだとか!?」
「冗っ談じゃねえ。規則に縛られた生活なんざ二度とゴメンだ」
思いっきりしかめっ面で言ったあと溜息をついて、ルヴァイドとイオスを見た。二人は何を言うこともなく佇んでいて。もう一度溜息。
「自由騎士団が出来るよりもずっと前の、敵であり仲間であり戦友――ってところか」
「……なにそれ?」
余計にわからなくなったらしい彼らが質問するより先、慌しい足音を響かせてポムニットが駆け込んできた。
が心配した通り、『剣の軍団』が襲ってきたというのだ。
それを聞き、フェアたちはルヴァイドたちには説明することなく走り出していってしまった。
ついでにに対して無理しないで休んでて、と釘を刺して。
「なんなんだ、いったい?」
「言うなれば、おまえたちがレルムの村を襲ってきて、その目的が謎に包まれたままだった頃の状態にあるってことだな」
要約、何者か大きな組織に狙われてはいるが、その理由が謎のままの状況。
綺麗に結われた三つ編みをいじりながらそう言って、は立ち上がる。
「行ってみるか? 多分、ルヴァイドにとっては手合わせし甲斐のあるヤツが来てるぞ?」
挑戦的に笑って問えば、ルヴァイドは迷うことなく頷いた。
たちが着いた頃、ミント宅前ではまた危機的状況にあった。
将軍・レンドラーの威圧に、フェアは身動きが取れなくなっているようだったのだ。
レンドラーが得物である大斧を振り上げた時、よりも先にルヴァイドが動いて――レンドラーの攻撃を防いだ。
「フェアこそ無理するなって言いたいよ……」
安堵の息をこぼしつつ呟けば、隣のイオスから「どっちもどっちだろ」とのお言葉。
腹部に軽く拳を入れることで怒りはおさめてやる。
そんな遣り取りをしている間にレンドラーとルヴァイド、双方旧王国の騎士であることがお互いの会話から明らかになって。
「『自由騎士』ってのはウソだったのか!?」
「ウソではない!!」
グラッドの非難の眼差しに、イオスが叫ぶ。しかしすぐにおとなしくなって……拳を握り締めている。
「しかし、我らがかつてそう呼ばれていたのも、また事実なんだ……だから、僕たちは今こうして……」
「別にいいじゃない。昔がどうだったとか、そんなの関係ないよ」
イオスの言葉を遮り、フェアが言った。
「今の彼らは、こうしてわたしたちを助けてくれようとしている。それだけで充分だよ!」
迷いも裏表もない笑みで、はっきりと断言した。
「君は……」
「……だよね?」
呆気にとられているイオスに、フェアは悪戯っぽく笑って見せた。
イオスはただ頷く。
「あ、ああ……」
「ありがとう! 悪いけど、そいつのお相手よろしくね!」
はふっと笑みをこぼして囁く。
「気持ちのいいヤツだろ?」
「……ああ、そうだな」
「それと、! 無茶しちゃダメだからね!!」
イオスが答えた後、思い出したようにフェアが叫ぶように言って、そのまま御使いたちのほうへと駆けていった。
《言われたな》
「だから、どっちもどっちだと言っただろう」
「やかましい。それよりも、フィル。おまえ向こう手伝ってやってくれ」
《目を離したくないんだがな、おまえから》
「んな心配しなくても、明日まで魔力は使わないって」
《……使ったら、またどつくぞ》
「はいよ」
渋々了承したフィルを片手を軽く振って見送り、剣を抜く。
「おまえも行けばいいだろう。彼女たちは、今の仲間なんじゃないのか?」
「過保護は成長を妨げるってことを知らないとは、やっぱりガキだな」
「――だから、2・3年しか違わないのにガキ呼ばわりするなって言ってるだろ!」
同じく槍を構えたイオスとは、同時に正反対へと跳ぶ。
その間を、軍団兵が一人通り過ぎた。
「実年齢もそうだが、精神年齢の問題だな」
さっき通り過ぎた一人が向かってきたのを、は手にした剣で相手の得物を弾いた後、隙をついて首に手刀を入れ、地に伏した。
「僕のどこがおまえ以下だと言うんだ!」
イオスも、新たに向かってきた兵士を薙ぎ払い、確実に倒していく。
「人を見る目」
「まだ根に持っているのか!?」
「絶対忘れてやらねえって言ったはずだぞ」
「しつこいヤツだな! 女々しいぞ!!」
弾き飛ばした軍団兵の剣をイオスに向かって投げてやる。――と、紙一重でかわしたイオスの代わりに、彼に攻撃しようとしていたらしい軍団兵の肩に刺さった。
「チッ」
「僕に向かって投げるな! 相手が違うだろう!」
「違わない」
「おまえだって短気じゃないか!」
「怒らせてるのはおまえだ」
「おまえがいちいちつっかかってくるからだろう! 昔の寡黙さはどこにいったんだ!?」
「好きで喋らなかったわけじゃない」
「だったら何だと!?」
「……おまえが喋りすぎるからだろう」
「人の所為にするな!!」
敵も味方もやる気が削がれるような遣り取りは、戦闘が終わるまで続いた。
「だから、まずは傷をちゃんと治す。そして……そのうえで、二人に追いついてみせる!」
扉の横の壁に寄りかかって、は室内から聞こえてくる声に耳を傾けていた。
アルバはアルバなりに、大きく成長を遂げていた。その事実に、自然と笑みが浮かぶ。
「……好きにしろ」
「……は、はいっ!」
ルヴァイドの承諾とも取れる言葉にアルバの明るい返事が聞こえ――そして扉が開いて、自由騎士二人が出てきた。
「アルバは、真っ直ぐに成長したようだな。おまえたちに、礼を言うべきか?」
「……礼なら、レイド殿にすべきだろう」
「おまえがそう言うなら、それでいいが」
口の端だけで笑えば、ルヴァイドも応えるように笑い、そして背を向けて――
「アルバを頼む」
小さく――けれどはっきりとした言葉に、は溜息をひとつ。
「誰に向かって言っているんだ。当たり前だろう? あれは、オレの弟だぞ」
「……そうだったな」
笑ったような吐息をこぼし任務へと戻っていく二人の騎士を見送った。
そしてそのまま、はアルバに顔を見せることなくその日は宿に戻ったのだった。