「それにしたってわかんないのはさ、どうしてあいつらマナ集めなんてことをしていたのかしらね?」
昼食時、昨日のゲックたちの行動についてリシェルがそう疑問をこぼしたことで、御使いたちからラウスブルグについて、ほんの僅かに説明を聞くことができた。
ラウスブルグとは『ラウスの命樹』――別名『妖精樹』が覆い隠すようにして巻きついている城であること。そして『ラウスの命樹』はマナを宿すことで外界から隔絶された特別な空間を生む力を秘めていること。それが可能なのは妖精や竜などの秘法を知る存在のみであることを。
つまり、『隠れ里』とは、守護竜の魔力によって特殊空間内に作られていたものだったということ。
けれど、マナ集めの理由は、それだけではない。
『隠れ里』を維持するだけならば、守護竜を力づくで屈服させる必要などないのだから。
それ以上の価値を、ラウスブルグは秘めている――
「だが、それについて今ここで語ることは我らにはできんのだ」
「どうしてよ!?」
「御使いであるオレたちにとっても秘中の秘にあたるからだ」
「守護竜さまの許しがなければ、語ってはいけないことなの」
「だからって……」
「無論、先代亡き今それがかなわぬことは理解している。されど、少なくとも御使い全員の同意が得られなければ話すことはできぬ。すまぬが、曲げて理解してほしい」
『御使い』という立場を頑なに守り続ける彼らに、フェアたちはそれ以上聞くことなどできなかった。
けれど、やはり釈然としない思いは拭えなくて。
「守秘義務ってヤツだな。例え家族であっても話してはならない守るべき秘密……」
御使いたちの去った食堂で、また煙草もどきをふかしながらは然も当然のように言った。
「それはわかるけど……」
「あいつらに対して腹を立てるのも、不満を抱くのもお門違いだぞ」
「わかってるわよ、そんなこと! けど、頭でわかってても納得できないことってあるじゃない!」
リシェルのすねた物言いに、溜息をつくように煙を吐き出して。
「意図的に隠された真実ってのは、重いぞ。それこそ、今まで支えとして信じてきたものすべてを押しつぶし、立ち上がる力を奪ってしまうほどにな」
「……さん、それってどういうこと?」
「まさか、! また何か知ってて黙ってるの!?」
「ラウスブルグについてなんか知らねえよ」
「だったら何なのよ?」
「つきつけられた真実の重みに耐えかねて潰されかけたヤツらを知ってるだけだ」
しん、と。静まり返った食堂。
誰もが何かを言いかけて、言うべき言葉を見つけられない中、は更に続ける。
「その中の一人なら、おまえたちも会ったぞ」
「……え?」
「ルヴァイドだよ」
「うそっ!? だって、あんなに強かったじゃない! 力だけじゃなくて――」
「そうだな。オレが初めて会った時も、あいつは強かったぞ。どれだけ罪を背負おうとも前へ進む覚悟を決めていた。けど、そんなヤツでも、たったひとつの真実に打ちのめされたのさ」
立ち上る煙を見つめて、は苦笑を刻む。
「すごかったぞ、あの時のあいつ。放っておいたら後追い自殺でもしそうに見えたからな」
「あ、後追い自殺って……」
「傀儡戦争の時の話さ。あの戦争であいつの故郷であるデグレアが滅びたのはおまえたちだって知ってるだろ」
「あ……」
「真実ってのは、それほどに重い。だから、今知ることができないことを不服に思うよりも、どんなに残酷な真実を知らされてもいいように覚悟しておくほうがずっといい」
は椅子から立ち上がると、食堂にいる者たちを見渡した。
「渦中にいるものも、そうでないものも、な。ルヴァイドを立ち直らせたのは、あいつの騎士としての誇りと、たった一人だけ残った腹心のイオスだったからな」
それだけ言うと、片手をひらひらと振りつつは食堂から一階の客室のほうへと向かった。
奥の角を曲がり、食堂から完全に見えなくなったところで立ち止まる。そして――
「で、おまえは何でまた盗み聞きなんてしてるんだ?」
壁に寄りかかるようにして立つ、昨日からこちらに泊まっているアルバへと言葉を投げ掛けた。
アルバは少し顔を引きつらせつつ苦笑して。
「フェアに、聞いてみたいことがあったんだけど、何か深刻そうな話してたから……」
「立ち聞きしてしまいました、と?」
「……話して、よかったのか? ルヴァイド特務隊長の過去……」
「別に一から十まで説明したわけじゃねえし、構わんだろ。それにあいつは、既に乗り越えてるしな。ここの連中とて、人の傷をほじくり返すようなヤツらじゃないだろ」
ふぅ、と。煙を吐き出せば、アルバは眉根を寄せた。
「それ、何? 煙草じゃ――ないよな?」
「……煙草」
「ウソだ。身長気にしてるが煙草とお酒に手を出すはずがない」
「やかましい」
「それに……それ、全然嫌な匂いがしないし、煙くもない」
残念ながら、はぐらかされてはくれなくて。
溜息を、ひとつ。
「魔力の調整剤だよ」
「……魔力、回復してないのか?」
「違う。回復剤じゃなく調整剤。オレたちが四界の力を内に抱えてるのは知ってるだろう。アレのバランスを整えるものだ」
「四界のバランスって……」
「召喚術を使えば、その属性の魔力が減少し、均等だったバランスが崩れる。放っておいても自然に調整はされるが、その時間を早めるためのものだってことだな」
「わかるような、わからないような……とりあえず、身体はなんともないんだよな?」
「ああ」
「そう……それなら、いいんだ」
安堵の表情を見せるアルバに、は溜息をついて彼の頭を少し乱暴に撫でた。
「同じことを何回も言わせんな。オレの心配より、今は自分の体のことを考えてろ」
「わかってるよ。でも気になるものは仕方がないだろ」
「はぁ……おまえも損な性分だよな」
「お互い様だろ?」
ふっ、と。二人はほぼ同時に笑みを浮かべて。
小さく笑いあったあと、それぞれに別の目的地へと歩き出した。
「『瞬間瞬間、全力で妥協せずに楽しむ』――父さんの受け売りなんだけどね……この言葉だけは、結構気に入ってるの。だから、わたしはそうやっていこうって思ってるんだ」
曇りのない笑顔で、フェアはアルバに言った。
アルバは僅かに目を瞠った後、目を閉じて口元に笑みを刻んだ。
「が、ここに留まっている理由が、わかる気がする……」
「え?」
短く返した疑問にアルバは答えなかった。代わりに嬉しそうな……穏やかな笑みを浮かべていて。
その、ひどく温かな――大切な者へ向けるような眼差しで見つめられ、フェアは顔に熱が集まるのを自覚した。
どうしていいかわからなくなりかけた時、扉が開いてコーラルが顔を覗かせた。
「街に行く約束……やめになったの?」
「あーっ、ゴメン! そうだったよね?」
思い出した。何のために自室に戻ってきていたのかを。
「待ちくたびれ……」
「なんか、おいらが引き止めちゃったみたいだな。ゴメンな、コーラル。いってらっしゃい」
いつもの笑顔で言われてコーラルは素直に頷く。
フェアも胸を撫で下ろして。
「それじゃ、またあとでね!」
「……あ」
「どうしたの、コーラル?」
「あの人も、いっしょじゃダメ……?」
「あの人って……」
視線の先は真上に向いて。
「ひょっとして、?」
「だったら庭にいるはずだよ」
首肯を示したコーラルに、アルバがそう言った。
「ここに来る前に会ったんだ。多分とりたてて用事というほどのことはしてないはずだから連れていってやってよ」
「え~と、そうなの?」
「サイジェントにいた時と変わってないなら、木陰で本読んでるか昼寝してるかのどっちかだと思う」
今なら煙草モドキをふかしているだけかも。
肩をすくめるように言うアルバに、なんとなくその姿が想像できて小さく笑った。
「じゃあ、も誘おっか?」
嬉しそうに笑って頷くコーラルの手を引いて、フェアは庭へと向かった。
「あ、ホントにいた」
立ち昇る紫煙の奥に広がる青空を見るともなしにぼんやり眺めていたは、そんな声で現実に意識を戻され声の主へと目を向けた。
そこにはコーラルの手を引くフェアがいて。
「どうした?」
「うん、今からコーラルと街に行くんだけど、この子が一緒に行かないかって」
視線を落とせば期待の眼差し。
「、今日は特に用事ないんだよね?」
「まあ、ないが……」
「じゃあ、行こう」
言うが早いか、がっしりと腕を掴まれて引っ張られる。
「本人の意思確認はしないのか?」
「アルバの許可はもらったよ」
「あいつは……」
眉間に皺を寄せて、引っ張られるまま歩くの空いているほうの手を、コーラルがきゅっと握ってきて。
「……イヤなの?」
上目遣いに、訴える眼差し。
頭を抱えたい気分だが、生憎と両手は塞がれている。
「わかったから、とりあえず引っ張るな」
溜息と共に了承を返した。
中央通に入って然程経たずに、聞きなれない音が耳についた。
とても澄んだ音色……何かの楽器の音。
「なんだろう? この不思議な曲は……?」
「……三味線、か?」
「三味線?」
「弦楽器のひとつだよ。三本の弦を独特の撥で弾くことによって音を出す――シルターンの楽器……のはず」
「この音色……ボク、好きだ……」
の説明もコーラルの耳には入っていないのか、うっとりと聞こえてくる曲に聞き入っている様子。
「あっちの人だかりのほうから、聞こえてくるみたいね?」
「……行こう?」
試すように音の出所を示してみると、コーラルは自分から進み行く。自主的に何かをしようとする姿がなんだか嬉しくて、笑みを浮かべてフェアはその後をついていった。
演奏は上手いのに歌がドヘタというシルターンの吟遊詩人・シンゲン。
路銀が底をつき弾き語りで稼ごうとした彼へ、お金の代わりに食事をご馳走しようと決めたフェア。
町へ出かけた収穫的には、コーラルが彼の三味線をいたく気に入っているので上々と、宿へと引き上げてきて。
「シンゲン、この紙にさっきの歌詞書いてくれないか?」
フェアが食事を用意している間に、はシンゲンにそう言って紙とペンを渡した。
「それは構いませんが、自分は鬼妖界の文字しか書けませんけど……」
「それでいい。読めるから」
納得したシンゲンがさらさら~っと書き記した文字の羅列。横手からルシアンとリシェル、それにセイロンが覗き込んできて。
「ほう……シルターンでは馴染みのある歌だな」
「郷土伝承の民謡みたいなもののようだな」
「うむ」
「っていうか、よく読めるわね、あんた」
「なんて書いてあるの?」
もう一枚の紙に、リィンバウムの文字で書き写してルシアンに渡した。その速さにか、ブロンクス姉弟のみならず、他の者たちも目を瞠っていて。
「知識を詰め込むのは嫌いじゃないんだ」
誰かが何かを言う前に、先程のリシェルの呟きに答えた。
そのうちにフェアが出来た食事を持ってきて、ひどく感激した様子でシンゲンがそれらを胃におさめて、そしてクラウレの情報がないか聞いたあとのこと。
フェアは一人出かけていって、食事の礼にシンゲンの三味線演奏が始まった。
何度か繰り返される同じフレーズ。街中ではじめだけ聞いたシンゲンの歌をそれに合わせて思い出し――
「……さん……」
書いてもらった歌詞を一通り、は歌ってみた。
「すごいすごい、さん!」
「あんた、何でもできるわねぇ……」
「なんでもってことはないし、このくらいならルシアンだって歌えるだろ?」
「ええ!?」
「歌詞はそこに書いてあるんだし、試してみれば?」
「う、うん……」
「ってことで、シンゲン、もう一回」
もう一度演奏された同じ曲。とルシアン、そしてセイロンまでもが歌声を響かせて……
「ほ、ほんとに歌えた……」
「な?」
「その簡単な歌すら歌えない自分が情けないでござんす……」
がっくりと項垂れていたかと思うと、がばっと顔を上げ、シンゲンはを見据えて。
「どうすれば上手く歌えるか、教えてはもらえませんか!?」
「音痴を直す方法なんか知らん」
「そんな殺生な!?」
「三味線の奏楽だけにしとけばいいだ――」
言葉を途中で切り、はガタンと音を鳴らして立ち上がった。そのまま厳しい顔つきで外を見つめる。
「どうかされたか、殿?」
「グラッド、セイロン。招かざる客が来たようだ。迎える準備をしたほうがいい」
「招かざる客って……」
の言わんとしていることをすぐに悟った大人組みが動き出す中、きょとんとしているブロンクス姉弟に向けては手の平を上に向けた状態で手を彼らへと差し出す。
そして、その上に。乗ったのは、愛用の剣。部屋から、召喚したもの。
それだけで、充分。言葉にしなくても伝わる。
『招かざる客』が示す人物と、『迎える準備』の意味。
二人もそれぞれ壁やテーブルに立てかけてあった得物を手に、引き締めた顔になる。
「あの、一体何が……」
「そなたは、しばらくここにいるとよい」
一人わけがわからないシンゲンに、セイロンがそう言った。
「オレたちが戻るまで外へは出るな。いいか!」
「はあ……」
アロエリも釘を刺し、そして皆外へと出た。
コーラルを狙ってやって来る者を迎え撃つために。
ずっと、歯がゆかった。何もできずにいる自分が。
共に戦うことは、断られてしまったけど……でも、やっぱり気になって見に行ったその先にあったのは――人質をとられて身動きができなくなっているフェアたちの姿。
「見せしめだ……その小娘は始末しろ。人質は二人もいらん」
冷酷な言葉が、仮面の暗殺者から発せられる。
アルバは、ほとんど条件反射で飛び出していって。
リシェルに襲い掛かった暗殺者を傷つけた、ふたつの刃。
「――ガルマ……」
己と同じようにリシェルを守った者――サプレスの女悪魔の名を、アルバは呟いた。その彼女の視線を受けて我に返ると、暗殺者に注意を向けたまま叫ぶ。
「さあ、急いでみんなのところまで戻って!」
「う、うん……」
「アルバくん……どうして……」
「どんな時でも、暴力によって非道を行う者を許しちゃいけない。それが『巡りの大樹』自由騎士団に属する者たちの誇りであり、おいらにとっての騎士道なんだ!!」
だから、戦う。
何者にも揺るがされない決意を持って、人質をとっている暗殺者を見据えた。
人質の故に己の優勢を疑いもしない暗殺者は、アルバを鼻で笑った。――しかし、立場は逆転する。もう一人――否、二人の伏兵によって。
「いやはや、残念。人質は取り戻させていただきましたので、あしからず……」
人質となっていた女性をその腕に抱き、刀を構えている男性が言った。彼の上には、もう一人。刀を持った鬼神が暗殺者を冷ややかな眼差しで見下ろしていて。
形勢逆転。号令と共に暗殺者は一気に動き出した。
「アルバ、すまぬがしばし身体を借りるぞ」
耳元で聞こえた覚えのある女性の声に振り返るが、既にその者は消えゆくところで。
「ガルマ!?」
――の心が、憎しみに近い怒りで満ちている――
自分の、中から。聞こえたのは、どこか苦しげなガルマの声。
――その影響を受け、我らも自我を失いかねん――
彼女の言葉の意味を理解するのに、然程時間はかからなかった。
見れば、鬼神もまた男性の内へと姿を消していて。
――我が力、おまえに貸し与えよう――
「わかった。一緒にこの戦いを終わらせよう。のために!」
――ああ!――
己が内より与えられた力を感じながら、アルバは向かってきた暗殺者を迎え撃つべく剣を振るった。
アルバとシンゲンによってポムニットが助け出され、心置きなく戦えることとなったフェアたち。
襲い来る暗殺者を迎え撃つ形で始まった戦闘では、思いもよらぬ援軍を得ることとなった。
それは――たくさんの亜人と魔獣。
どこからともなく現れた彼らは、フェアたちには見向きもせずにただ暗殺者へと向かっていく。
「なんなんだ、こいつらは!?」
アロエリの叫びに、フェアはある一人の亜人に目を留めていた。覚えのある、その姿。
「まさか……シリカの森でが送還した『獣の軍団』の亜人たちじゃ……」
「なんだと!?」
乱戦の中、急いで探したの姿。それを見つけるより先に頭上に影が落ちてきて。
敵かと身構え視線を向けたそこには、落下してくるエルの姿。
「エル!?」
受け止めるために伸ばした腕は、けれど何者をも触れることはできず。エルの姿もどこにもなくなってしまっていた。
――ごめん、フェア……しばらく、あなたの中にいさせて……――
困惑するフェアの頭に、そんなエルの声が響いた。
「わたしの中って……え!? 今、憑依してるってこと!?」
――傷とかは私が癒すから、この戦いを早く終わらせて……のために……――
弱々しい声で言われた言葉に、フェアはの姿をまた探して――見つけた。
魔力が……目に見えるほどに強く、身体から立ち上らせている、その姿を。
俯き、強く拳を握り締めたまま微動だにしない。しかし、魔力は陽炎のように彼の身体を取り巻いていて。
召喚師であることは明白な上に動く様子のないは、同然暗殺者に狙われた――が。
「ぐあっ!?」
暗殺者たちは、に触れることすらできずに吹き飛ばされる。
は、動いていない。では、それを為したのは――
「薄汚い鼠如きが、この方に触れられるなどと思うな」
猿人の、忍者たち――マシラ衆。
彼らはクナイにより作り出した法陣の力によって、暗殺者たちの動きを封じた。
「……?」
フェアは何がなんだかわからなくなった。
ただ、『らしくない』――と。
召喚術を主体にする戦い方も、召喚術の使い方も、呼び出す召喚獣も。すべてが、彼らしくなかった。
エルの不調と彼女の言葉も気になったが、彼女の言うとおり戦闘を終わらせなければ聞くこともできない――と。
暗殺者の相手はするものの、やはり魔獣や亜人に対する不安は消えなかった。
自分たちが襲われるという可能性は、が召喚している時点でないとは思う。不安なのはその点ではなく、暗殺者を殺してしまわないかということ。
そして、その不安は的中してしまう。
フェアが競り合っていた暗殺者は、横手から繰り出された亜人の攻撃が直撃し、近くの木へ叩きつけられた。そしてとどめでも刺そうというのか、亜人はすでに動かなくなっている暗殺者へと大きく斧を振り上げて――
「やめ――」
「殺しちゃダメだ! それはの望みじゃない!!」
フェアよりも大きな声で、はっきりとそう言ったのはアルバ。
彼の言葉に一瞬びくりと反応を示した亜人は、けれど勢いは殺せず斧を振り下ろした。
――ガッ、と。聞こえたのは木を切りつけた音。
どうやら暗殺者の身体には当たらなかったらしい。
「は君たちに人殺しをしてほしいわけじゃない。の力になりたいなら、方法を間違えたらダメだ。……おいらの言ってること、わかるよな?」
亜人の側にやってきて、真っ直ぐにその目を見つめてアルバは言った。
亜人はアルバをしばし見つめた後、斧を手にして、まだ動いている暗殺者へと向かっていって……フェアとアルバはほぼ同時に安堵の息をこぼした。
「将軍殿、なぜ加勢してくださらぬ!?」
次々に倒されていく部下たちに、やがてポムニットを人質にしていた暗殺者たちのリーダーが、ただ傍観を決め込んでいるレンドラーへとそう言って。
「この戦い、そもそも我が輩の流儀ではない。それに貴様らは我が輩を助けるのだと口にしたではないか。逆に助けを求めるのは、本末転倒というものではないのか?」
「う……っ」
「とはいえ、味方を見殺しにしてしまうワケにもいかぬか……とっとと下がれいッ! しんがりは、我らが引き受けてやるッ!」
悔しげにうめいた後、リーダーの指示を受け、暗殺者たちは退却の姿勢をとった。――が、その後を追おうとする魔獣たち。
「よせ! 深追いはするな!!」
そう言って、彼らを止めたのは。ようやく動きを見せた、。
「もう、いい……もう、充分だから……ッ」
召喚主の言葉を受け、どこか不満げだった魔獣たちも一匹、また一匹と光に包まれ元の世界へと帰っていく。
すべての魔獣と亜人が送還され、の身体を取り巻いていた魔力も見えなくなった。けれど、はまた俯いたまま動かずにいて。
「まさか『獣の軍団』を手懐けているとは思わなかったぞ、小娘」
疑問は残ったけれど、レンドラーに話しかけられ、注意をそちらに向けた。
「もう一勝負する気?」
「わかっていて聞くな、イヤミな小娘め。このような状況で決着をつけても、我が輩が納得などできるか」
そう毒づき、最後にアルバに意味深な言葉を投げ掛けて、『剣の軍団』は去っていった。
ようやく安堵できたフェアの目に、ふたつの光が映る。
それは、シンゲンとアルバから憑依を解いて出てきた鬼神と女悪魔のもの。
一言二言シンゲンに伝えて送還される鬼神の姿に、フェアは己の内の天使を思い出して。
「エル? 敵はもういなくなったけど……?」
声を掛けてみたけれど、返答はなくて。
傾げかけた頭は、顎を掴まれることによって強引に上を向かせられてしまった。
強制的に向いた視線の先には、鋭い悪魔の目が己を映していて。
「あ、あの……?」
「エルはそのまましばし休ませてやれ」
「――え?」
「長期間憑依していても害にはならぬどころか、双方益になる。問題はあるまい」
「あ、うん……それはいいんだけど……」
「……意識が戻れば自ずと出てくる」
「あ、やっぱり。返事がないと思ったら気絶しちゃってるんだ」
フェアの感想も聞いてはいないのか、伝えるべきことを言い終えると女悪魔はふわりと飛び上がった。
「ガルマ!」
その彼女を呼び止めたのは、彼女が憑依していた相手――アルバで。
無言で振り向く悪魔に怯んだ様子もなく、アルバは笑いかけた。
「久し振りに会えて嬉しかった。ありがとう、おいらを頼ってくれて」
恐れもなく、屈託なく笑う彼に感化でもされたのか、女悪魔もふっと微笑を浮かべて。
「良い男に育ったな」
そう言ったのを最後に、彼女はの元へと飛んだ後、サプレスへと帰っていった。
とりあえず、これで本当に一段落ついた感じだが――すべての疑問等を解消するにはまだ先のことになってしまった。
ルシアンとリシェルはポムニットに抱きついて大泣きし始めてしまったし、フェアもフェアで助けてくれたアルバとシンゲンに頭を下げっぱなしになってしまって。
そうこうしているうちに、日は暮れてしまったから。
戦闘の余韻でざわめいている仲間たちから一人離れ、は早々に自室に戻った。
明かりも付けずに扉を閉め、重い足を引きずって辿り着いたベッドに身体を投げ出す。
シリカの森で送還術を使用した時並みに、今回は魔力を消費した。体が重いのも当然だ。
けれど、今ベッドに倒れこんでいるのは、そんな理由ではなかった。
精神的疲労――だ。
感情を理性で抑えなければならない、その疲労。
――誓約者としての能力とは、異界へと路を開くこと。決して誓約による強制的な召喚はせず、開いた路を通るかどうかは当人の意志に委ねているのだ。
それは、つまり……路を開いた者の願いを叶える意志のある者たちがやってくるということだ。
――憎悪を抱いたならば、殺傷能力の高い凶暴な性質のモノが来る……
今回が、それだった。
卑劣な手段を取ってきた暗殺者に対して、は憎しみにも似た怒りを感じてしまった。必死で抑えようとしたが、既に多くの者がそれに応えてしまっていたのだ。
やって来た者たちに、殺戮をさせないように抑えるので手一杯だった。
それも完全にはいかず、アルバが止めてくれなければ犠牲者を――自分の身勝手な感情のせいでいらぬ血を吸わせてしまう者が出してしまっていた。
――おまえはよくやった。あまり自分を責めるな――
去り際、ガルマはそう言って、その時抱いていた後悔や自責の念、憤りといった負の感情を食べていってくれた。
――けれど、それは無理な話だ。
責めないわけがない。
自分を――そして、こんな力を与えた存在を。
知って、いたから。強大な力を一人の人間が持つことの危険性を知っていたからこそ、力を受けることを拒んだのに。それでも押し付けてきた、その存在を。
――だからこそ、と。声がした。
「うるさい……っ」
耳を塞いで丸くなる。そうしたところで頭に――魂の直接語りかける声を防ぐことなどできはしないのだが、力づくで拒絶するだけの余力など、もうなかったから。
「うるさいっ」
聞きたくなどないのに、語りかけてくる。
欲しくもない力を、押し付けてくる。
いつだってそうだ。
にとってエルゴとはそのような存在だった。
それでも、と声が響く。
――だからこそ、我らはおまえを王として選んだのだ、と。
「うるさいッ! そんなものをオレに押し付けるな!!」
暗闇の中、の声だけが空しく響いて、そして消えていく。
決して相手には届かぬままに……
「? 寝てるの?」
ノックの後、そっと扉を開けてみた。案の定というか中は暗く、部屋の主からの返事も動きもない。
わかっていたことではある。夕食の用意が出来て呼びに行ったセイロンから聞いていたから。
だからこそ、フェアは今、ここに来たのだ。
もしが夜中に目が覚めたりした時のために、水差しと果物を置きに。
部屋の明かりはつけず、廊下の光だけを頼りに中へと入り、サイドテーブルに持ってきた物を静かに置いた。
そうして、へと目を向ける。
本当は、色々と聞きたいことがあったのだけど、またもお預けとなってしまった。聞いたとて、答えてくれる保証もないのだけど。
「ねえ……いつかはちゃんと話してくれるの?」
答えなど、返るはずのない問いかけ。
何の意味もないことに気付き、溜息をこぼす。
そして、乱れていた掛け布団を直して、踵を返した――刹那。
手を、掴まれたと思った次の瞬間には、ぐいっと力強く引っ張られて。
「――ッ!?」
ベッドの上、後ろから抱きしめられる形で横になっていた。
「んきゃああっ!? ちちちちょっと、ぃ――!?」
大混乱で思わず大声を出してしまったが、全くもって変化はなし。というかむしろ腹部にあるの手は、より強く力を込めてきて。
「ね、ねえ!? ひょっとして起きてる!? わざと!?」
「ん……」
「起きた!? ってか、むしろ起きてぇ――!?」
吐息が耳にかかってるから――!!
じたじたともがき続けていたフェアは、不意に動きを止めた。
「…………」
聞き覚えのない――恐らく人名。
誰かと自分を間違えている。そのことよりも、その声があまりにも切なく響いて。
背後にいるの顔を見ることはできないけれど……泣いている、気がして。
「……?」
呼びかけても当然返事はないまま。でも、暴れる気力はそがれてしまって。
――どうしよう、と。
「ここに、いる?」
思っていた時の、天の助け。
「コーラル! ちょうどよかった! 手を貸して!」
「……なに?」
「、寝ぼけてるみたいで放してくれないのよ! の手をほどくの手伝って!」
じぃーっと、考え込むようにこちらを見た後、コーラルはおもむろに扉を閉めて。とりあえずはベッドまでやってきてくれた。そして、の腕が絡みついているフェアの腹部へと手を伸ばし――
「え? ――ちょっと、コーラル? なんであなたまで抱きついて――……!」
ぎゅっ、と。しっかりとしがみついてきたコーラルの身体は、微かに震えていて。
何かに、怯えているのがわかった。
……わかった、けれど。
「ね、ねえ、何か怖がってるのはわかったからさ、とりあえず、わたしの部屋に戻ろうよ?」
「……ヤダ」
「やだって……」
一体何故に?
そう思ったフェアの耳が、微かに拾ったのは、果たして聞き間違いだろうか。
――お父さんの、側がいい……
そう、聞こえた気がした。
「え~っと……とりあえず、どうしよう?」
後ろからは、前からはコーラルに抱きつかれ、全く身動きが取れなくなったまま、ぐるぐると思考をめぐらせて――夜は更けていった。