クラウレの裏切りが発覚した翌日、御使いとコーラル、フェアとは庭に集まっていた。一晩おいたことである程度は頭も冷えただろう、と。もう一度、このことを考えるために。
まずは御使い側が情報整理、及び今後の方針を決めてから皆に伝えようと、このメンバーになったのだが……が同席しているのは、コーラルがひっついたまま離れてくれないからだったりした。
考える――とはいっても、心内は本人にしかわからないもの。クラウレの裏切りの理由はどう話し合おうともわかるものではない。
それを、誰よりも先に結論付けたのは、セイロンだった。
「我らが敬意をはらっていた御使いの長はもう、いない。それが、現実だ」
はっきりと言葉にしたのは、長を切り捨てるもの。
その言葉に、アロエリが息を呑む。
「じゃあ、そうだとしてどうするつもりなの? 最後の遺産である『守護竜の瞳』はあの人が持ってる。あれがないと、この子が成竜になる儀式もできないんでしょ?」
フェアがセイロンに問いかける。
コーラルはただ黙って聞いていたが――ほんの少し、の袖を掴む手に力が入った。
伏していた目を上げ、セイロンはフェアをまっすぐに見据えて、問いに対する答えを口にした。
「無論、取り戻す。裏切り者に制裁を与えたうえで、な」
アロエリとリビエルが、驚きに目を瞠った。
「制裁って……まさか、クラウレの生命を……!?」
「それだけのことを、あの者はしでかした」
フェアの危惧をあっさり肯定するセイロン。
コーラルの手に、また力が加わる。
「ちょっと待って!? だからって、理由も聞かないで……」
「理由など関係ない! そなたも知らぬわけではないはずだ。先代が、どんな想いで我らに事後を託していかれたのかを」
「それは……っ」
「長であるクラウレは我らの誰より、その重みを知っていた。にも拘らず、あ奴はあのような振る舞いに出たのだぞ!?」
許せるものか……絶対に……
昏き炎を映す瞳で、セイロンは呟いた。
本気だ――と。誰もが思わされるその様に、とうとうアロエリはその場から飛び去ってしまった。
「待って、アロエリ!?」
「放っておけばいい」
アロエリの後を追おうとしたリビエルを、セイロンは冷淡な言葉で制した。あまりにもらしくないというか、冷たい態度に、フェアが食って掛かる。
「セイロンっ! あなた、なんてこと言うのよ!? 同じ御使いなんでしょ!? 仲間なんでしょ!? 少しは気遣ってあげられないの!?」
「気遣ったところで事実は変わるまい。それに……彼女が兄に倣って裏切らないという保証もない」
――パァンッ。
「バカぁっ!!」
乾いた音と、フェアの叫びが響く。
「じゃあ、なによ!? 今まで一緒に戦ってたアロエリのことまで、あなたは信用できないって言うの!?」
「なにやってんのよ!? あんたたちっ!!」
痺れを切らしたのか、騒ぎを聞きつけたのか。やってきたリシェルたちに構うこともなくフェアはセイロンだけを見ていて。
「見損なったよ……セイロン……」
「……っ」
「でもね、これだけははっきり言わせてもらうわ! 御使いの責任ってのがどれだ大事なのかはわかんないけどね、仲間のことを疑ってかかるような人に私は、協力なんかしたくないよっ!!」
「ちょっと、待ってよ! 待ちなさいってば!?」
走り去っていくフェアを、リシェルが追っていって。
何ともまぁ、見事にばらけてしまった。
フェアに平手打ちを喰らったセイロンは、少し沈んでいるようにも見えるが……とりあえず。
「あってはならぬことが既に起きてしまっているのだ……なればこそ、誰かが常に最悪の事態を想定しておかねばならぬ」
「セイロン……」
「先代の遺志と御子殿の未来は守らねばならない。そのためなら、我は骨惜しみなどせぬ。憎まれようとも、罵られようとも、最善を尽くすの――」
――ザバァ。
いつぞやが被ったピンポイント水流が、今はセイロンに降り注ぐ。
それをしたのは、当然なのだが。
「殿! 一体な――」
――ゴインッ。
文句を言いかけたセイロンの上に、次は巨大タライを落としてやる。
直撃したセイロンは、頭を抑えて声もなくうずくまる。
「だだ、だいじょうぶですか!? セイロンさん!」
心配するルシアンにも、しばらく答えられない様子。
まあ、そうでなくては落とした意味がないのだが。
「あ、あの……さま?」
「何故こうなったのか、わからないのか?」
恐る恐るこちらを窺ってくるリビエルに、問い返す。リビエルは一瞬言葉に詰まった後、視線を泳がせて考えをめぐらせて……そして口を開いた。
「アロエリを、疑ったため、ですか?」
「不正解」
「では何だというのですか、殿!?」
「……言葉にしなければ、本当に分からないのか?」
ようやく復活したらしいセイロンに、リビエルにしたのと同様に聞き返せば、同じように言葉を詰まらせて。
は嘆息する。
「覚悟は、まあ結構だが、御使いとしても大人としても不合格だってことだ」
あえて具体的解答を避け、視線を隣へと落とす。
そこには、ただ眉根を寄せて何かに耐えるようにしっかりとの袖を握り締めているコーラルがいる。
「御子殿……」
ようやく気付いたらしいセイロンの呟きで、コーラルの眉間の皺が更に深くなり、彼の視線を避けるように俯いて――
「あ、待って!?」
「放っておけ」
逃げるように走り去るコーラルを止めようとしたルシアン。それをは手で制した。
「でも――!」
「心配しなくても、行き先はフェアのところだろう。あいつにとっても今は、コーラルの言葉が必要だろうしな」
そう言ってしまえば、誰も否を唱えることはなかった。
ややあって、リビエルがもう一度、先ほどの問いかけの答えを口にした。
「御子さまのお気持ちを、考慮できなかったため――ですか?」
やっと辿り着いた正解。はあからさまに溜息をつく。
「裏切りだの制裁だの、子供に聞かせる言葉じゃないだろうが」
「しかし、御子殿は――」
「継承の儀式さえ済ませてしまえば大人になれる――か?」
後に続くであろう言葉を先に口にしてやれば、セイロンは口を噤んだ。
沈黙は肯定。
「だから不合格だって言ってんだ、莫迦野郎」
まったくもって、本気で怒っているつもりはない。
けれど、そう感じるのかリビエルは少し退き気味になり、セイロンもまたひどく神妙な顔になってしまって。
もう、溜息をつくのも面倒になってきた。
「身体、知識、能力……そういったものは確かに強制的に高められるし、記憶を受け継げば、そこそこの思考力も得るだろうさ。けどな、心ってのはそう簡単に育つものじゃないだろうが」
「心の、成長……」
呟いたのは、ルシアン。
リビエルとセイロンは――ただ目を丸くしている。
「心は時間と共に、それまで触れ合ってきた別の心によって育てられていくものだ。だってのに、生まれてまだ一月にも満たないあいつに裏切りだの制裁だの聞かせて、あいつが疑心暗鬼になったらどうするつもりだよ?」
「どうするって……」
「おまえたちはコーラルに、ラウスブルグの守護竜になって欲しいんだろうが。その守護竜が、他人の痛みのわからない正義を笠に着た裁き司になったら――許すことを知らず、裁くことしかできない存在になったら、どうするんだ?」
「――」
「それでもよしとして仕えるのか? それとも、不適格者として斬り捨てるのか?」
「そのようなこと――!」
「責任は取れるのかって聞いてんだ」
反論を許さずに聞けば――返答はなく。
「子供はな、鏡みたいなもんだぞ。大人の言うことやること、驚くほどよく見てるんだ。だから子供を正しく育てたいなら、まず自分を見直せ。許せること、許せないこと、譲れること、譲れないことがあるのは当然だ。それを変えろって言ってるわけじゃない。それらを表に出すべきか否かを見極めろ」
「……」
「それは別に子育てに限ったことじゃない。感情を吐露するのは場所と相手を選ぶべきだろう。そもそも、最悪の事態なんてものは、想定しても口にすべきことじゃないだろうが」
言うべきことを言い切って、一息つく。
煙草モドキを取り出して火をつけた時のこと。
「ちょっと待ってくれ。昨日、あんた、クラウレが現われてから裏切りが発覚するまで、ずっとコーラルを抱いてて彼から遠ざけてたよな。まさか、はじめっから知ってたのか?」
今更掘り返してきたグラッドに目も向けずに、言い放つ。
「言っただろうが。最悪の事態ってのは口にすべきじゃねえって」
「な、何故ですの!? 知っていれば他に手の打ちようがあったかもしれませんのに!!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。彼を疑っていたのは、自分とて同じなのですから」
「しかし、教えてくだされば、『守護竜の瞳』だけでも取り戻せたやもしれぬ……」
理由を求める瞳は――御使いだけではない。
溜息がてら煙を吐き出して。
「ならば、逆に問う。クラウレの裏切りの可能性を言ったとして、おまえたちは信じたのか?」
「――ッ、それは……」
「仮にクラウレが裏切っていなかったとして、おまえたちはオレが与えた不安の種を、疑惑の芽を完全に払拭することができたのか?」
「……」
「信頼していた長を一瞬でも疑ってしまった自分を許し、責めずにいられたと言い切れるのか?」
ひとつの疑惑は、いくつもの『最悪の事態』を導くもの。どの道を選んでも、必ずそれは存在する。
なればこそ、言うべきではないのだ。
疑わずにいられる人間にまで、この重荷を負わせることはない。
「……セイロン。これくらいのこと、わざわざ言わずとも普段のおまえなら察せていたはずだ」
「それができぬほど、我は冷静さを欠いているということか……」
「わかったのなら、もう少し頭を冷やせ。冷水が欲しければくれてやるが……」
「それは遠慮いたします」
セイロンからの拒否を受け、すぐ側で控えていたローラを送還する。
「もう少し上手く頭を回せ。さもないと、守るべき者までなくしかねんぞ」
言いながらセイロンのほうへと歩いていく。
そして、すれ違いざまに彼にだけ聞こえるように忠告した。
「今回はおまえの策に乗ってやったが、二度はないぞ」
「――ッ、あなたは……」
身を引いて振り返った彼を一瞥し、そのままは町のほうへと歩いていく。――と、その背にかかる、不満の声。
「あんた、まだ何か知ってるのか!?」
それは、グラッドのもの。
どうやら、今までの話を、全くもって理解できてないらしい。
「何度も同じことを言わせるな、ガキが」
「な――ッ!?」
「オレは、確証のないことを口にして、これ以上波風立たせる気なんざねえんだよ」
言い捨てて、は宿を後にした。
町へと進んでいった先、中央通の入り口のところでポムニットに会った。
「さん、お出掛けですか?」
「ああ、龍姫のところだ。おまえは?」
「お使いの帰りです」
ほら、と。手にした袋を持ち上げるポムニットの姿を眺めて――眉根を寄せた。
深く煙を吸い込んだ後煙草モドキを口からはずし、彼女へ向けて煙を吐きかけた。
「わっ!? な、なにをなさる――」
途中で途切れた言葉。それは驚きのためか、それともの意図を察してか。
ポムニットの身体にかかった煙は、すべてその胸元へと吸い込まれて消えたのだ。
「やっぱりな……封印に亀裂が入ってるぞ。今のままでいたいなら注意したほうがいい」
「……はい。わざわざ、ありがとうございます」
深々と頭を下げてから去っていく背を見送り、もまた目的地へ向けて足を進めた。
「シャオメイ、ここにいる?」
「あ、お姉さま。いらっしゃ~い。うん、いるよ」
洗濯をしていたポムニットが、クラウレと共にどこかへ飛んでいくアロエリを見たと知らせにきてくれたあと、アロエリを迎えに行くに当たってを呼びに来たフェア。
シャオメイの示すそこには、テーブルに肘をつき、どこか一点を見つめているの姿があった。
「、アロエリを迎えに行くんだけど、はどうする?」
少し後ろから掛けた問い。けれど、答えは返ってこなくて、フェアは首を傾げる。
「?」
もう一度呼びかけるが、やはりは動かない。ただ銜えられた煙草もどきから煙がゆらゆらと立ち昇っていくだけ。
「シャオメイ~、どうしちゃったのよ?」
「なんでもないな~い♪」
どうしていいかわからず助けを求めた先。シャオメイは紙袋を手にすると、それを膨らませて口を閉じ――
――パンッ。
割れた紙袋が乾いた音を響かせた。
その音にの肩がビクリッと跳ねて、ようやく動きを見せる。
「はぁ~い、現実へおかえりなさ~い、お兄さま♪」
「気色悪い呼び方すんなっつったろーが、クソババア」
「こぉ~んなカワイイ子に向かって『クソババア』だなんて、ひどい――わ!」
――ゴンッ。ガンッ。ゴガンッ。ガララロロロンッ。
間を置いて発生した大きな音。それは、上から落ちてきたタライが奏でたものだ。
すべてシャオメイの上へと落下したが、彼女は見事に全部かわしてみせた。
「短気は治らないのね――はうッ!」
――ドゴン。
一際大きな――重そうな音を立てたのは、巨大な拳の形をした石像で。
流石のシャオメイも、これには顔を青くした。
「ちょっと、二代目! いくら私でも最後のはただじゃ済まないんだけど!?」
「チッ」
「舌打ちしないで!!」
なんだか、新たな一面を見た気がするフェアだったが、それはおいといて、目的を達するために動く。
「?」
「あ? ――って、いたのかフェア」
「いたよ。呼んでも気付いてくれないからシャオメイに聞いたら、あの紙袋が出てきたの」
「あ~……悪かったな。考え事してたもんだからよ。で、どうした?」
「アロエリがクラウレとどこかに飛んで行ったらしいから、迎えに行くところなの。はどうする?」
「行くよ」
何やら溜息をついて答えた彼は、椅子から立ち上がった。
「あ~、待って二代目!」
その彼を呼び止めたのは、奥へと一度戻っていたシャオメイで。手にした小さな箱をへと差し出す。
それを見たは眉根を寄せてしかめっ面。
「そろそろなくなる頃でしょ?」
「それはそうなんだが、普通に飴玉とかにならないのかよ……火は要るしゴミは出るし、使い勝手悪いぞ、コレ」
どうやらが吸っている煙草モドキらしい。
は内ポケットから取り出した空箱を投げ渡して、代わりに受け取った新しい箱を仕舞いつつ愚痴る。対するシャオメイはしれっとして。
「即効性と持続性の面からいって、その形が一番適しているのよ」
「……意味があったのか、この形に」
「ねぇ、二代目。前から一度聞こうと思ってたんだけど、私のこと何だと思ってるわけ?」
「暇を持て余している傍観者」
「……間違ってはいないけどね……」
両者眉間に皺を刻みつつ見つめ合うことしばし。どちらからともなく溜息がひとつ。
「とりあえず、もらっとくけど……頼みもしないのにマメだよな」
「そりゃあ、時間は有効に使わなきゃ♪」
「やっぱ暇人じゃねえか……」
もう一度溜息をついて、「気をつけてね~♪」というシャオメイの声に見送られて、店を出た。
「ねえ、さっきのって、時がこの頃よく吸ってる煙草みたいなものよね? 何なの?」
「何って――ちょっと待った、フェア」
急にかかった言葉に素直に歩みを止める。
「どうかした?」
きょとんと小首を傾げて問い返すが、はこちらをじっと凝視したまま答えない。
かと思いきや、口の代わりに手が動いて。
「にゃ!? にゃにゃにゃにゃにゃに!?」
いつぞやミントにしていたように胸元に手を置かれて、声が上ずってしまった。
「あ~、やっぱり……見当たらないと思ったら、フェアの中にいたのか」
「にゃ! あ、え、エルのこと!?」
「そうだ」
どけられたの手の代わりに、動悸を抑えるために自分の手を当てて。
「うん。この間、宿の近くで暗殺者たちと戦った時に憑依して、そのまま……」
「なるほどな。あの時は大分負担かけちまったから……悪いけど、もうしばらく預かっててくれるか?」
「それは別に構わないよ。ガルマ――だっけ? が言ってた通り、何かあれ以来、すごく体が軽いっていうか、あまり疲れないし」
「軽く感じるのは浮遊能力、疲れは治癒能力のせいだな」
「そうなんだ……って、それってエル、休んでることになるの?」
「その程度は負荷にもならん。むしろ、フェアのほうがオレとしては心配だけどな」
「……なんで?」
「そのまま助走せず上に跳んでみ」
よくわからないが、とりあえず歩みを止めて言われるままにジャンプしてみた。
――と。
「――ッ!?」
普段ならありえない視点。同じくらいの身長のを、一瞬とはいえ見下ろしてしまった。
体半分くらいは跳び上がった気がする。
「ななな、なんでえーっ!?」
「だから、エルの浮遊能力だって。マナによる浮力。わかりやすく言えば、体の周囲に常に風船がくっついてる状態ってことだ」
「そ、そうなんだ……で、なんでそれが心配なの?」
「おまえ、普段から無茶ばっかりしてるだろ」
「には言われたくないよ、それ」
「だから、いつもと同じように動いて間合いを見誤った挙句大怪我されても困るってことだ」
こちらの嫌味を綺麗に無視して言われた言葉には、ありえそうで言葉を詰まらせるしかなかった。
「ま、そういうことだから、戦闘になったら十二分に気をつけてくれよ」
昨日まではなんともなかったようだけど。
「もぉ……待ってよ!!」
ひらひらと片手を振って、仲間たちの待つ広場へと先に行く彼の後を、ちょっぴりむくれつつフェアは追った。
コーラルの案内で探し当てたセルファンの兄妹は、共同墓地にいた。しかも何やらもめているようで。
物陰から動向を見守っていると、兄と妹――その想いのすれ違いが浮き彫りになっていくのがわかった。
そして、共に来るのかどうか……その問いを投げ掛けるクラウレに対し、アロエリが出した答えは――
「裏切り者クラウレ!! 御使いとして、オレが貴様を制裁するッ! 傷付けられた誇りと、仲間たちの信頼を取り戻すために!!」
敬愛すべき兄に刃を向けてでも、御使いとして生きること。
「さて、あいつがあそこまで思いつめたのは、一体誰の所為だろうな?」
「も、申し訳ありませぬ……方法を熟考すべきでした」
ぼそっと、隣へと嫌味をこぼせば、素直に謝罪が返ってきた。
それに答えることもなく、は臨戦体勢をとった。――が、が動くよりも早く、物陰から飛び出した光をまとった一人の人物。
アロエリを庇ってクラウレの攻撃を受けたのは――フェア。
「だから気をつけろって言ったのに、あいつは……」
傷自体は浅く、エルの能力ですぐに癒えたようだが、一歩間違えば命取りということに気付いてはいるのだろうか。
甚だ疑わしいところではあるが、今はとにかく待ち伏せしていたらしい敵を片すことに専念しようと、皆と同じく物陰から飛び出した。
とりあえず、エルの意識も戻ったようだから、あまり無茶はさせないだろうし。――フェアの周囲にある淡い光と白い翼がその証。
フェアの心配はせずに、は確実に敵の数を減らしていく。
「なるほど……確かに強くなってはいるな。流石はレイドとルヴァイドの見立てなだけはある」
「二人ともすっごい厳しいからな。早く強くなりたかったし」
背中を合わせたアルバへと呟けば、すぐに答えが返って。おそらく同時に笑みを刻んで別々に踏み込んでいく。
そんな遣り取りを踏まえつつ、何とか終了した戦闘。御使いの長だったというだけあって、クラウレには手を焼いたが、それも倒せた。
このまま終わってくれればいい。
御使いたちが、クラウレに裏切りの理由を問うているのを見ながらおもったの願いは、むなしく裏切られる。
「ギャオオォォンッ!!」
クラウレを助けに来たのか。茂みから飛び出してきた獣皇が真っ直ぐフェアたちへと突っ込んできたのだ。
「先に戻るぞ、獣皇よ」
そう言い残し、あっさりと飛び去るクラウレを、見送るしかなかった。
立ちはだかる獣皇。
先ほどの戦闘で消耗している身では、獣皇の相手をするのがやっとで、とてもクラウレを追える状態ではなかったから。
「あったまきたっ! あたしが召喚術でぶっとばしてやる!」
「前に出過ぎですっ! おじょうさまっ!!」
ポムニットの制止も耳には入っていない様子で、リシェルが召喚術を使う。
巻き添えを回避するために、獣皇の前にいた者たちは一斉に左右に散る。
必然的に出来た、リシェルと獣皇を結ぶ道。
ありったけの力を込めた召喚術も、大してダメージを受けなかった獣皇。当然、次の標的になるのは、自分に向かって召喚術を放ち、尚且つ全く障害物もなく狙える相手。
誰もリシェルを庇えるような位置にはいない。
獣皇の狙いがわかっていても、何も出来なかった。
その、中で。
唯一、リシェルを庇ったのは――
「ポムニットさん……」
「ウソでしょ……獣皇の爪を、正面から受け止めるなんて……」
ルシアンとフェアの呟き。
それと同時に、ピキッ、と。確かに聞こえた、何かがひび割れる音。
それに意味するものは――
「よせ、ポムニット!! 戻れなくなるぞ!!」
発したのは警告。
おそらくは、現状を保てる最後のライン。その、境を。
――けれど。
「それだけは、断じてゆるしませんっ!!」
――パキイィンッ。
「――ッ!」
「!?」
響いた乾いた音に、頭を抱えた。
あまりに強烈な音に、傾いでしまっていたらしい身体を、アルバが支えてくれた。
「一体、何が……」
「封印が……砕けた……」
端的に答え、支えられたまま顔を上げる。
視線の先は――もちろんポムニット。
半魔の力を、解放してしまった彼女を。
人が持ち得ない怪力によって、獣皇を撃退したポムニットのその力に――姿に、守られたはずのリシェルが一番怯えてしまっていた。
他の者も、ただ困惑するしかなくて。
フェアの一言で、一旦宿へ引き上げることになった。