書 き 殴 り ・ 12

「ポムニット」
 夜、宿から少し離れた場所に佇んでいたポムニットに、は呼びかけた。
 どこか疲れたような、諦めたような、そんな表情をしていた彼女は、それでもの姿を認めると笑ってみせた。
「すみません、さん……折角、忠告していただいていたのに……」
「それだけ、リシェルを守りたかったってことだろ」
 オレのことは気にしなくていい。そう言ってから彼女へ近付く。――と、彼女は身を引いて距離をあけた。
「いけません……わたくしに近付いては――」
「オレは平気だ。守られてるからな。だから、封印の欠片を『読ませて』くれないか?」
 の申し出にポムニットは目を瞠った後、静かに「はい」と了承してくれた。
 改めて彼女へと歩み寄って、その髪を一房すくう。
 そこに残っていた――目には見えない、砕けた封印の欠片を拾い集める。
 もう、ほとんど形を成してはいないが、それでも、そこに宿る記憶は健在だ。
 幼い少女の声。力強い男の声。やわらかな女性の祈り。
 封印が施された時のことが、よく――わかった。
「ポムニットさん……も、ここにいたのね」
「フェアさん……」
 第三者の声に振り返ろうとした矢先、再びポムニットが一・二歩後ろへと下がって。
「フェアも、大丈夫だ」
「――え?」
「なにが?」
「エルが憑依している間は、天使の力が悪魔の力を打ち消す。生気を吸われることはない」
「そう、ですか……」
 あからさまに安堵の表情を浮かべたポムニットは、フェアが近付いても、もう逃げることはなかった。
「わたくしなりに思いつく限りの方法で、元の姿に戻れないか試していたんですよ」
 残念ながら……ご覧のとおりですけど……
 自嘲にも似た笑みを浮かべて、淋しげに呟いたポムニット。
 やはり、何かしら期待はしていたのか、フェアの表情も曇った。
 そんな彼女へ、ポムニットは諦めたように言った。
「仕方がないんです。約束、破っちゃった罰なんですから」
「約束って?」
「それを説明するにはまず、わたくしの生い立ちについて話さなくてはいけないでしょうね……」
 はフェアの肩を軽く叩くと、無言で近くの切り株を示した。察したフェアは、ポムニットを促して、二人でそれに腰掛けた。
 自身は、近くの木の幹にもたれかかる。
 そうして、語られ始めた昔話。

 旧王国でひとつの村が、はぐれ悪魔に襲われて滅びた。住人のほとんどが死に絶えた惨劇の中、奇跡的に生き残った一人の娘。彼女が命を拾ったその代償は、悪魔の子を身ごもること――
 それが、ポムニットの母親。
 そのような状況で生まれたポムニットを、母親は大切に育ててくれた。色んな土地を転々とし、貧しくはあったが、とても満ち足りた――幸せな日々。
 けれど、その幸せも長くは続かず、終わりを告げた。
 ポムニットの身体に、半魔としての証が現われたために――
「証って……」
「この角ですよ」
 初めは髪や帽子で隠していたが、角は成長を続け――そして遂に、人の目に触れてしまった。
 人々は恐れて逃げ、母子はその日のうちに村を後にした。けれど――村人たちは、追ってきた。悪魔の子を――滅ぼすために……
「なによ、それ!! なんで、そんなことするのよ!? ポムニットさんがなにかしたワケじゃないじゃない!!」
「でも……結局、最後にはひどいこと、しちゃいましたから……」
「……え?」
 殺されたくない――生きようとするその想いが、眠っていた半魔の能力を目覚めさせ、扱いきれぬ力の故に暴走を引き起こしてしまった。
 あらゆるものを打ち砕き、引き裂く怪力。そして――周囲にある生気を無差別に吸い取ることで成る、再生能力。
「母は、わたくしに命を吸い尽くされて、死んでしまったんです! 傷ついたわたくしを看病してくれたのに、なのに……」
「そんなのって……」
 それから、人間の姿に戻れなくなったポムニットは、人目を避け、山奥へと隠れた。
 峠の魔物と呼ばれるようになり、追っ手もやってきたが、すべて頭の角に生気を奪われ目的を達した者はただの一人もいなかった。
「どうしたらいいのか、わからなくなってしまいかけた時、出会ったんですよ。フェアさん、貴方のお父さんに」
「父さんが……どうして……」
「多分、冒険者として私を退治しに来たんでしょうね。くたびれもうけだって、ぼやいてましたから」
「わ、笑って済むようなことじゃないよっ!?」
「いいんですよ。現にほら、わたくしは無事なんですし」
 彼に連れられて山を下りたポムニットは、ある女性の助けで能力を封印してもらい人間の姿に戻してもらえた。
 けれど、その封印は急場しのぎのもので完全ではなく、ポムニット自身が半魔としての能力を心から欲したならば、封印は砕け散って二度とかけ直しはできない。
「だから、絶対にそれだけは望んではいけないって」
「それが……さっきの約束……」
「ええ、そうです。わかっていたくせに、わたくし、その約束を破っちゃったんです。バカですよね? あはは……」
「そんなこと言わないで!!」
「フェアさん……」
「わたしは、ちゃんとわかってるよ! 獣皇からリシェルを守りたい一心で、ポムニットさんが半魔の能力を使ったってことを!! バカなんかじゃない! 誰がどう言ったって、わたしは……ポムニットさんのこと笑ったりしない! 笑わせたりしない!」
 フェアの叫び、心からの言葉が、ポムニットの目に涙を呼んだ。
「ありがとうございます、フェアさん。そう言ってもらえてわたくし、充分に報われた気がします」
 どこか期待を滲ませていたフェア。静かに目を伏せたポムニットは、彼女にその先を告げた。
「ですが……現実は現実です。人間の姿に戻れなくなってしまった以上、わたくしはもうここにいることはできません」
 無情な言葉、無情な決意。
 けれど、もう――それしかないのだ、と。彼女のその姿がいっていた。
 暴走を引き起こせば、巻き添えになるのは必至。大切だからこそ――離れるしかないのだ、と。
 そう訴えるポムニットに、何か方法はないか、と。そんな顔をしていたフェアが、不意にこちらを向く。その瞳には――期待の色。
……は、できないの? ポムニットさんを人間の姿に戻す方法は、本当に何もないの?」
 問い掛けに対し、は答えない。
 何も言わず、何の動きもせず、ただフェアを見つめ返す。
 沈黙は肯定と受け取ったのか、やがてフェアは落胆した様子でから目を逸らした。
 ……結論から言えば、可能だった。半魔の能力を封印し、二度と破られないようにすることも、誓約者としての力を使えば、何の苦労もなくできる。
 ――けれど。
「それでも……やっぱり、納得できないよ……」
 ぽつり、と。フェアが言った。
 それから、キッと顔を上げてポムニットを見据え。
「ポムニットさんがいなくなるなんて絶対にイヤ!! 半魔だってなんだって、ポムニットさんはわたしたちにとって大切な人だよ!!」
 訴えかける。本心を、望んでいることを。
 諦めたくないから、諦めるな――と。
「また、ひとりぼっちに戻っても平気なの!?」
「平気なんかじゃ……ありませんよ……っ。でも、それ以外にもう選ぶ道はないんです! おじょうさまは……わたくしのこの姿をご覧になって……バケモノ、って言われたんですよ?」
「あ……」
「今までと同じ日々にはきっと、もう戻れはしないんです……なら、いっそ……」

「さっさと尻尾をまいてベソかきながら、逃げ出すっていうのね?」

 降って湧いた第三者の声。それは、ほんの少し前から木の陰で話を聞いていたりシェルのもの。
 彼女がいることに今の今まで気付いていなかったポムニットとフェアは、揃ってそちらを振り向いた。
「おじょうさま……」
「生憎だけどね、そんなのあたしは絶対に許さないわ。これは、あんたが仕えるブロンクス家の娘としての命令よ!」
 昼間の怯えた様子はもう微塵もなく、毅然として言い放つ。しかしポムニットは、伏目がちに俯いて、否を返した。
「お許しください……今のわたくしは、もうご命令に従うことはできません……」
「あたしがあんたをバケモノだ、って言ったから?」
「――!?」
「近寄らないでって言ったから?」
「ちょっと、リシェル……」
「いいから、少し黙ってて!!」
 流石に制止に入ったフェアのほうを向きもせず、リシェルはただポムニットだけを見据えて言葉を続ける。
「だから、あたしに愛想が尽きたの? アタマにきたから、もう仕えたくはないってこと?」
「そんなこと……でも、わたくしはおじょうさまに嫌われて……」
「勝手に決めんなッ!! あたし、そんなこと面と向かって言った覚えないわよ!?」
「で、ですが……っ」
「確かに……そうとられても仕方ないくらいに、あたしはあんたにひどいことを言ったわ。取り乱してたからってそれだけじゃすまないくらいの言葉で、あんたのこと傷つけてしまったって思ってる。許してなんて、とても言えないくらい……」
「おじょうさま……」
「でもね……それでもね……あたしは……あんたをどこにも行かせたくなんかないんだもん!!」
「ですが……わたくしは、もう人間として生きていくことが……」
「できないなんて言わせないわよ! 今までずっとそうして暮らしてきたんだもの! あたしは信じてる。だから命だって賭けられる……」
 一歩、踏み出してきたリシェルに、ポムニットは怯えたように後退った。
 昼間とは――逆の光景。
「どうか近寄らないでくださいまし!? わたくしに近寄れば、おじょうさまの命が吸い取られ――」
「命賭けてるって言ったでしょ? それにこれは、あたしがあんたにしてあげられる、たったひとつの償いだから」
 ポムニットの制止を一切聞かず、リシェルは歩みを進める。――と、ポムニットが踵を返して駆け出しかけた。――けれど。
「逃げちゃダメだよ、ポムニットさん」
 行く手を塞ぐように姿を現したのは、が寄りかかる木の陰に隠れていたルシアンで。
「ねえさんは自分がしてしまった過ちの大きさに気付いて、それでも逃げずに自分でこうするって決めたんだ……だから、お願い、逃げ出さないで。ねえさんからも、この町からも。そして……自分自身の、本当の気持ちからも……」
「わたくしの……本当の気持ち……」
 呆けたように呟いたポムニットは、リシェルとの距離がまた縮まっていることに気付いて振り返った。
 前にはリシェル。後ろにはルシアン。そして左右にフェアとが自然と陣取る形になっていて。――逃げ道は、なかった。
「ポムニット……」
「やめてください!? お願いだから、もうこれ以上は……おじょうさまの命を奪うなんて、わたしイヤだよぉ……っ」
「だったら、自分で何とかしなさい」
 とうとう泣き出してしまった彼女へ、リシェルは静かに、けれど厳しく言った。
「あたしのことをそんなにも大切に思ってくれてるなら、あんたの意志で半魔の能力を押さえ込んじゃいなさい」
「で、でも……っ、失敗したら……っ」
「弱気になってたらね、できるものもできなくなっちゃうわよ!?」
「え、ううぅ……っ」
「心配しなくたっていいの。あんたの失敗くらい、もう慣れっこだもの。例え、ホントに命を取られちゃったって、、あたしはあんたをキライになったりはしないから……」
 優しく、優しく微笑んで、リシェルはポムニットの胸へと飛び込んだ。
 そして、白く、あたたかな光がその場に満ちる。
 何かを奪うような気配はない。ただ、不安定に漂っていたサプレスの気が、一ヶ所に集まり、そしておさまっていく感じ。
 何もせずに、ただ傍観していたは、静かに笑みを刻む。
 光がおさまった、そこには――
「…………戻れた……封印がなくても、わたし、元の姿に戻れた……!?」
 いつもの姿のポムニットと、喜びと安堵に沸く子供たちの姿。
 それらを見届けたは、静かに踵を返した。
、できるのにしなかっただろ。封印」
 木々の間を抜け、宿へと続く道の途中で掛かった声。
 相手を見ようともせずに溜息をこぼして。
「盗み聞きの次は覗き見か……おまえ、騎士よりも軍の諜報部に入ったほうがいいんじゃないのか?」
「あははは、お断りだね。おいらがなりたいのは騎士になんだから」
 フェアたちがいるほうからは丁度陰になる位置で木に寄りかかっていたアルバが、姿を現わす。
「で、理由を聞いてもいいか?」
「オレが手を貸したんじゃあ、何の解決にもならないからな」
 ――はじめは、再封印を施してやるつもりだった。
 悪魔の力がどれだけ強大で、人間をはじめ多くの生物にとって害になるものか、知っていたから。
 けれど、封印が砕けた瞬間聞こえた祈りに――込められた想いに、その気は完全に削がれてしまったのだ。
 自分が手を貸すことは――却って逆効果だ、と。
「望んで手にしたものではなくても、それが本人の能力である以上制御することは可能だからな」
が封印しちゃえば、その機会を永遠に失ってしまった――ってことか」
「そういうことだ」
 それ以外にも、自分に対する恐れ、大切な人に対する恐れ。そういったものを吹っ切ることも――できなくなっていただろう。
 心から笑えるように。本当の幸福を得られるように。
 それが、封印に刻まれていた祈りだったから。
 その祈りを無下にはしたくなかったのだ。
「命を懸けても守りたい、自分だけの宝物――か……」
「何それ?」
「半魔の能力制御の可能性を教えた時に、フェアの父親がポムニットに言った言葉だよ。それが見つかれば、こわいものなんてなくなる……不可能を可能にできる勇気が湧いてくるんだと」
「へえ~……」
「……オレも、そうなれるのかな……」
 ポツリと呟いた言葉に、何故かアルバは嫌そうな顔をして。
の場合、本当に命懸けで何かしかねないから怖いんだけど……」
 素直なその言葉に、は喉を鳴らして笑った。