召喚獣と人間の立場の違い。召喚術をめぐる、あらゆる問題。
それらが浮き彫りとなった今、御使いたちは語った。『ラウスブルグ』の秘密を。
『ラウスブルグ』の本来の姿は『城』――古き妖精と竜とが力を合わせ、秘法を用いて築き上げた『城塞』である、と。
数々の仕掛けがある中で、もっとも特徴的なことは、空を自在に翔るということ。
けれど、その城も、竜の強大な魔力を得てはじめて本来の力を発揮でき、またその制御は古き妖精たちの秘法によるため、それを理解できなければ動かせはしない、と。
それらの条件を唯一備えていたのが、先代の守護竜。『城』が悪用されないように見張る番人でもあったが故、自ら命を絶ち、敵の目論見を阻んだのだ――と。
そして、クラウレの目的は――
「兄者はおそらく、『城』を復讐に使うつもりなのだろう。ニンゲンに虐げられてきた召喚獣たちの恨みを晴らすために、な」
推測は推測でしかないが、一番有力な結論がそれだった。
更に竜の助けがなければ『城』が動かせないと知ったうえで敵がやってきたのなら、竜の子を捕らえる以外にも何か方法があるかもしれない、と。
ミントが投げ掛けたひとつの可能性は、けれど確かめる術などあるはずもなく、結局自分たちにできるのはコーラルを守ってやることだけと、その場は解散になった。
「妖精たちが築き上げた、飛行城塞――ねえ……」
庭にあるベンチに座り青空を見上げながら、は呟いた。
御使いたちから聞いた、ラウスブルグの本来の姿が『城』だということ。それが、気になっていたから。
確かにそれは事実なのだろうけど、それだけではない気がするのだ。
『城塞』は『戦争』のために築かれるもの。古の遺跡だとするなら、この世界に結界が張られるより前に作られたと考えられる。
――だが、作り出したのが妖精となると、それがリィンバウムにあるのはおかしい。
元来、争いを極端に嫌い、また多種族との関わりをも避ける妖精が、城塞など作ること自体がありえないことだ。
野心を持たぬ幻獣界の民はリィンバウムに侵略してきたことはなく、また妖精が人間の味方をした例もない。
なのに何故、そのようなものが存在するのか。
必要に迫られたから――と考えるのならば……もうひとつ、別の役割があると思ったほうがいいだろう。
クラウレの言っていた、民の真の願いとやらをあわせて考える可能性は――
「『船』――か……」
《……どうした?》
傍らでのんびり日向ぼっこしていたフィルが怪訝に聞いてきたのに、なんでもないと返して、は開いていた本へと目を落とす。
可能性はあくまで可能性。御使い自身も知らない可能性がある以上、自ら問いただすつもりはにはない。
真実が、明らかになるまで――胸の内に、秘めておくだけのこと。
結論が出たところで、はリシェルから借りた小説へと意識を傾けた。
――バサアッ。
「うわっ!?」
然して間もなく、フィルの翼で頭を叩かれては声と同時に顔を上げた。すると目の前には、何やら不安げなフェアが立っていた。――全く気付かなかった。
おそらく呼びかけても気付かないに困ったフェアへ、フィルが助け舟を出したのだろう。
「もしかしなくても、呼んでたのか?」
「うん……ゴメン、邪魔して」
「いや、こっちこそ悪かったな。気付かなくて」
案の定。謝罪を口にしてから本を閉じ、改めてフェアへと向き直る。
「何かあったのか?」
「うん、ちょっと……手伝って欲しいことがあるの……」
不安や焦りのような色を見せる彼女の様子にただならぬ何かを感じ、は素直に頷いて立ち上がった。
フェアの後ろについていった宿の前には、トレイユメンバーが揃っていた。
そこでルシアンとフェアが言ったこと――それは、彼らの通っていた私塾の教師・セクターが行方不明になっている、と。
フェアが色々相談してしまっていたため、事情を知るが故に自分たちの戦いに巻き込まれてしまったのではないか――と。
「そんな……セクターさんが……」
二人の説明を聞いたミントは、見るからに蒼ざめて呟いた。
それは、ただ単によく知る者の安否を気にしているというような反応ではなかった。それよりも、もっと深い――そう……は、これをよく知っていた。
言いようのない不安。光も見えないような感覚。これは、大切なものを、失うことへの恐怖――だ。
かつての自分の姿を見ているようで、はミントから目を逸らす。
手分けしてセクターを捜すことになり、面識のないはとりあえずルシアンと共に行くことにした。
「なあ、ルシアン……セクターって人、独身の男か?」
町中を見て回りながら訊いてみると、ルシアンはきょとんと振り返って。
「うん、そうだけど……」
どうかした?
「いや……」
言葉を濁すと、さらに小首を傾げて見つめてくるルシアン。
「グレーの髪と茶色のロングコートを着た静かな物腰の男の人で、足が悪くていつも片足を引きずるようにして歩いていたよ」
何を思ったのか、セクターの特徴を話してきた。そして、真っ直ぐにの目を見て。
「何か、心当たりがあるの?」
「面識はない」
「じゃあ、全然別のこと考えてるってこと?」
「……まあ、そうだろうな」
「それを言うつもりは」
「ない」
わかっていてあえて聞いてきたのか、ルシアンはそれ以上は特に何も質問してこなかった。
ただ、どこか沈んでいるようにも見えて――は溜息をこぼす。
「セクターってヤツがどうこうってことじゃないし、最悪の事態を考えてるわけでもないぞ。大したことじゃあないが、確信がないだけだ。別に知っていてもいなくてもいいようなことだから、気にすることはない」
「――……うん……」
やはりまだ納得はできていなさそうだが、とりあえずは当初の目的のほうへ意識を傾けた。
結局セクターは見つからないまま時間が過ぎ、決めておいた通りに一度宿へと戻った。そこではフェアから、またゲックがちょっかい出してきたということを知らされて。
半ばうんざりしつつ、指定された場所へと向かったのだった。
そしてそこで、探し人は姿を現わした。
彼を知る者にとっては、信じがたい信実をもって。
「ならば貴様の命は、代わりに俺がもらっていくことにしようか」
竜の子と引き換えに、自分の命を差し出すと言い出したゲック。当然、そんな条件がのめるはずもないフェアが否を返したとき、そう言ってセクターは現われた。
「捨てるつもりならば、今更惜しむ道理もありはすまい?」
酷く冷徹に、けれど消えない業火を宿した瞳でゲックを見据えて。
「セクターさん!?」
自分たちの知らない、激しさを内に秘めたその姿に、ミントが驚いたようにその名を呼んだ。
見つかった安堵など欠片もない。ただ、信じられないという想いで。
「バカな……貴様が、何故ここに……」
「親切な教え子が教えてくれたのさ。復讐すべき相手がすぐ側にいるとな」
ミントの呼び声などまるで聞いていないかのように、セクターは淡々とゲックの疑問に答えた。
その、言葉に。目を瞠ったのは、フェアたちで。
「復讐って……なによ、それ? なんで先生がそんなことしなきゃならないのよ!?」
「……どくんだっ!!」
「きゃああっ!?」
フェアの問いには答えず、彼女を突き飛ばしてゲックへと向かったセクター。
それを黙って傍観するはずもなく。
「一斉射撃っ!! 『教授』をお守りするのですっ!!」
ローレットの命令に、砦内に配置していた機械兵器たちが銃口を向ける。
「やめてえぇーっ!?」
ミントの悲鳴と銃声とが、ほとんど同時に響き渡った。そして。
「うおおおおぉぉーっ!」
セクターの、獣の如き雄叫びがそれらを打ち消すかのように響く。
雨のように降り注ぐ銃弾の中を、セクターは真っ直ぐにゲックの元へと走る。
足が悪いとは思えない程の猛攻。そして、破れたコートの下から現われた、生身に非ざる鋼の肉体。
「なんなのよ……一体、なにがどうなってるのよ!?」
主を守ろうとする機械人形たちを容赦なく蹴散らす姿に、リシェルが叫んだ。
あの人、本当にあたしたちの知ってる先生なのっ!?――と。
けれど、その言葉には、誰も応とは答えない。――否、答えたくない……信じたくないのだろう。
ルシアンも、そしてフェアもそう言った。ただ――
「もしも、あの人が本当にわたしたちの先生だっていうなら、復讐なんて理由で、人を殺させるわけにはいかないよ!!」
「ええ、絶対にそんなことはさせちゃいけない! 止めましょう!」
目の前で罪を犯そうとする人を止めよう、と。フェアの言葉にミントが同意し、そして全員が頷いた。
はおもむろにミントの杖の先を掴んで、魔力を込める。
「ミント、力を貸してやるから、責任もってあのバカ止めてこい」
目を瞠ったミントは一瞬、ほんの僅かに目元を赤くして、けれどすぐに力強く頷いた。
「――はい! ありがとうございます!」
フェアたちがやることは、ふたつ。セクターを止めることと、彼よりも先に砦の機械兵器を倒してゲックの身柄を確保すること。
自分たちの目的を達しつつ、セクターに人を殺させないようにするには、それしかない。
そのために、二手に分かれた。フェアを中心にしてゲックへと向かう組と、ルシアンとミントを中心にしてセクターを止める組とに。
は――エルに憑依を頼み、フェアを守るほうに回った。ゲックがどこまで信じてるのかは知らないが、一応フェアの護衛獣を演じておくために。
飛翔能力を活用して、アロエリ・リビエルと共に先行して銃機兵を中心にして片していった。
そうして作っていった道を、フェアたちは突き進む。セクターもそれを利用するように、ルシアンたちを上手くかわしてゲックの元へと向かっていた。ただ、足が悪いというのは本当らしく少し歩みは遅かった。
それを少しでも活かそうと、ミントが召喚術を使う。
呼び出されたのは、ジュラフィム。ジュラフィムはセクターを軽々追い越し、彼の前方に立ちはだかった。そして、高く天を仰ぎ、声を上げる。
それを合図にして、人工的に築き上げられた石畳を突き破り、数本の樹木が勢いよく天へ向かって伸びていく。その場にいた機械兵器を巻き込んだそれらは、やがて一本の大木のようになり、セクターの行く手を阻んだ。
足止めは、とりあえず成功したようだ。
その間に、フェアはゲックを追い詰め、は近くにいたローレットを先行して倒した。
ゲックも、戦意を既になくしていたそこへ、別ルートから追いついたらしいセクターが。咄嗟にフェアはゲックを庇うように両手を広げ、セクターと対峙する。
「そこをどけ……いや、どくんです。フェアくん」
「どかないよ、先生。先生が、この人を殺さないって約束しない限りは」
はっきりと宣言したフェアに、しかし今度は力で押すことはしなかった。周囲にをはじめとし、フェアの仲間たちがいてはできなかったのだろう。
「ねえ、どうして先生はこの人に復讐しようとするの? 殺さなくちゃ気がすまないほどの理由があるっていうの!?」
僅かな沈黙の後、セクターは重い口を開いた。
「あるとも。改めて語らずとも、その男が一番よく理解しているはずだ」
「ああ、わかっておるさ。わかっておるとも……鋼で肉をあがなわされ、兵器としての歪んだ生を強いられた存在。特殊被験体V-118、融機強化式特務兵士。かつてのワシの狂気が産み出した、許されることのない罪の証」
ゲックの語った言葉で、は知った。かつて傀儡戦争でも一部利用されていた彼の忌まわしき兵器――召喚兵器(ゲイル)の技術が、帝国にて密かに引き継がれていたことを。
「ウソだ……っ!? そんな、だって……帝国軍は……!?」
「それが真実なんだよ、グラッドくん……いびつに歪められたこの私の身体こそが、何よりの証拠だ」
「だから言っただろうが。国家ってものには、必ず闇部があるって」
信じたくないといった体のグラッドに、セクターの非情な言葉との呆れを含んだ冷静な呟きが追い討ちをかけた。
「その男の狂気によって、私は人であることを奪われてしまった。それでも私には復讐する権利がないと、君に言えるのかい?」
セクターの問い掛けに、フェアは答えられなかった。
それでもその場から動けずにいると、ゆっくりとゲックが立ち上がって。
「どくのだ、娘よ」
「でも……っ!?」
「これは、貴様が関わるべきことではない。全ては、ワシの罪。あがないようのない、大きすぎる罪なのだ。そやつには、ワシに復讐する権利がある」
フェアに変わって、ゲックが答えた。――認めた。
フェアを押しのけて、セクターの前へと出るゲック。
自らの罪を命で持って償おうとする彼に、フェアは何もできずに立ち尽くして。
「帝国軍所属召喚師、強化兵実験施設局長ゲック・ドワイトよ。貴様を殺して、私はうつろなるこの生を終わりにするッ!!」
刃に反射する陽光。それとは全く別の光がほぼ同時に見えた、刹那。
――させませんっ!!
は、確かに聞いた。凛とした、少女の声を。
そして、現われた――『将軍』レンドラー。
「悪いが、こやつにはまだ為すべきことが残っておってな……ここで貴様に命をくれてやるわけにはいかんのだッ!!」
セクターの剣を止めゲックを庇ったレンドラーは、そのまま剣ごとセクターの体を吹き飛ばした。
何故と思うのは、ゲックも同じ。その解は、『姫』の一言で済んだ。
『将軍』のみならず、『獣皇』にクラウレも現われ、不利を承知で全面対決かに思われた――が。
新たに登場した赤い髪の男によって、それは阻止される。
その人物こそが、ラウスブルグに混乱をもたらした張本人。ギアン・クラストフ。
力ある者の余裕か、悠然とフェアに挨拶し、勝手に締め括って帰ろうとする彼に、リビエルがありったけの力で召喚術を使おうとした。だが、膨れ上がっていた魔力はあっけなく霧散した。
「送還術……しかし、なんて半端な……」
ギアンが使用したのは、確かに送還術だった。けれど、の使うものとは全く違う。
発動中の召喚術を、無効にするしかできないもの――路を開いて送り還すのではなく、開いた路を閉ざすだけの、半端な送還術。
それも、当然なのかもしれない。送還術は、既に失われた技術なのだから。
半端なものでも、使えるだけすごいことではあるのだろう。
そう思っていると、不意にギアンと目が合った。彼は意味ありげに笑うと、そのまま光に包まれて帰っていった。
ギアンが見せた力、その余韻の残る中、セクターのことを思い出し、探す。
見つけた彼は町とは逆方向へと、傷ついた体を引きずるようにして歩いていた。
共に戻ろう、と。言ったミントに、はっきりと戻らないと告げて。教師としての自分も、否定して。それでも引き止めようとしたフェアをも振り切って、セクターはどこかへ飛び去ってしまった。
大切な、人を。引き止めることすらできなかった己の無力さにフェアが叫んで。
想い、重い空気が、その場を支配する中。
「さん……セクターさんを救う方法は、ないんでしょうか……?」
ぽつり、と。ミントが呟くように言った。
皆の視線が集まるのに眉根を寄せつつ、は目を細めて。
「人の手により歪められたモノを、元に戻す方法などない」
はっきりと、断言した。それは、紛れもない事実だから。にも、できないことだから。
――けれど。
「でも、さん……さんは、あの時……あの傀儡戦争の時、召喚兵器にされていた悪魔たちを救ったと聞きました」
すがるような眼差し。言葉。
あいつら、何をどう話しやがったんだ――と。内心悪態をつきながら、より一層眉間に皺を寄せて言い放つ。
「何度も同じことを言わせるな。元の姿に戻す方法など存在しない。あの時オレがしたことは、剥奪されていた転生の資格を、再び与えただけだ」
「……それ、どういうことよ?」
怪訝なリシェルの問い。は彼女を見ることはなく、また誰とも目を合わせないようにして。
「兵器としての生を終わらせ、再び別の地に別の姿で生まれ変われるようにした――つまり、殺してやるより他にあの苦しみから解放する術はなかったんだよ」
「そんな……それじゃあ、先生は……」
「オレには、あの男に対しても同じことしかできん。それはおまえたちの望む形じゃないだろう」
沈黙。もう誰もに望みをかけてはこなかった。
はただ俯いて。
「だから嫌だったんだよ。この力のことを知られるのは」
愚痴のように呟いて、踵を返した。そのまま一人、先に帰った。