書 き 殴 り ・ 18

 ――兄――

 懐かしい呼び名。懐かしい声。記憶にあるままの姿で、自分と同じ顔を持つ、小さな小さな少女がこちらを見つめて立っていた。
……)
 呼びかけようとして、声が出ないことに気付く。
 少女・は笑って、言葉を紡いだ。

 ――兄、をあげるよ。だから、兄は生きてね――

 それは彼女の死後、己の病気が完治した後に母親から渡されたの手紙に書かれていた言葉だ。
 それを、彼女本人が、今言った。確かに、こちらを見て。

 ――前に兄が言ってた、やりたいこと、全部やってね――

 は笑顔のまま、踵を返す。
(まっ……! ダメだ!!)
 追いかけようとしても、体は動かなかった。
 動かない足、動かない身体で、それでも精一杯に手を伸ばす。
(一人じゃ意味なんかない! 退院する時は二人一緒だって、約束したじゃないか!!)
 出ない声。形にならない叫び。
 届くはずのないそれに、は一度だけ振り返って。

 ――幸せになってね。おにーちゃん――

 最後に満面の笑みを残して、光の中にかき消えた。


「――ッ!!」

 荒い呼吸。ぼやける視界。
 己の手を見下ろして、自分の叫び声で目が覚め、飛び起きたのだとわかった。
……なんでだよ……っ」
 くしゃっと前髪を握るようにして頭を抱える。
 涙が、止まらない……
 こんな夢を見たのは、明らかに昨日のゲックたちの言葉の影響だった。
 退院、したかった。生まれてから一度も、病院から出たことがなかったから。同年代の子供たちのように、外で元気に走り回りたかった。いろんなことをやりたかった。
 でもそれは、妹を犠牲にしてまでやりたかったことじゃない。
 退院するなら、二人一緒がよかった。それが叶わないのなら――と一緒に殺してほしかった……なのに。
 自分だけが、生かされた。二人共を助ける術が、なかったから。
 の犠牲があったからこそ、今は生きている。だから、生きなければならない。の分まで……そして、が願ったように、幸せになろうと――しているけれど。
「幸せになんて、なれないよ…………」
 重すぎるのだ。現実は、あまりに残酷すぎた。
 犠牲の重みが、ずっと圧し掛かってくる……自分を、責めずには、いられない。
……」
 呼びかけられた声と、そっと頭に触れられた手に、びくっと肩を震わせた。
 ――そうだ、忘れていた。今、この部屋には自分だけではなく、エルたちもいるのだった。
 恐る恐る顔を上げてみると、心配そうな表情のエル。視線をずらして室内を見るが……フィルとガルマの姿はなく、安堵する。ガルマがいたなら、問答無用で感情を食べられるだろうから。
「エル……今の、は……」
 目元を拭って取り繕おうとするが、その手をエルによってつかまれて。
「平気じゃない時に平気な振りはしないで。無理に話す必要もないから、泣ける時には思い切り泣きなさい」
 抱き寄せられるまま、は声もなく涙を流した。


 様子見がてら起こしにの部屋を訪れたアルバの手は、ノックしようと上げられた形のまま目的を果たすことなく止まっていた。
 中から聞こえてきた、悲痛な呼び声。にとって禁句であるその名。
 その意味することを察して、足音を立てないようにアルバは踵を返し、その足でフェアの部屋を訪れた。
 ノックの後了承を得て中へ入ると、そこには本当に少し前に来たらしいセイロンもいて。
「どうしたの、アルバもセイロンも」
「うむ。店主殿よ、すまぬが皆を集めてはくれないか?」
「いいけど、一体どうするの?」
「我らの都合で曖昧なままにしてきたこと、話さずにいたこと、それら全てを今ここではっきりとさせたい」
「……その話、もう少し待ってもらえないかな?」
 セイロンの申し出を、アルバはそう言って遮った。
 きょとんとする二人から目を逸らして。
「それってやっぱり、も聞いたほうがいいんだろ? だったら、あと一時間は待ってほしい」
「……何か、あったの?」
「精神的問題、かな? 夢見が悪かったみたいだから」
「夢見って……」
 はっきりとは答えずに、ただ苦笑して見せると、フェアは察してくれたようで。
「あ……『』……?」
「多分、一時間あれば下りてくると思うから」
「承知した。殿が下りてきたなら話すとしよう」
「……ありがとう」
「礼を言われるようなことではないさ」
 そう言って、セイロンは部屋を出て行った。
 そうしてアルバは改めてフェアに向き直ると、フェアは不思議そうな顔をする。
「他に何かあるの、アルバ?」
「ああ……フェアはのこと、どう思ってるんだ?」
「え゛っ!?」
 思いっきり声が裏返ったフェア。聞き方がまずかっただろうか……
「ななな、なに、いきなり何でそんなこと!?」
「いや、別に……深い意味があって聞いたんじゃないんだけど……」
「もう~……その手の話はリシェルだけでカンベンしてよ~……」
「だから、そういう意味じゃないって……」
「じゃあ何なの?」
「……もし、この戦いが終わったあとも、と一緒にいたいなら、注意してたほうがいい」
「――え?」
は意味もなく戦いに加わるようなことはしないんだ。極力争い事は避けるからね。だから今がこの戦いに関わっているのは理由があるはずなんだ」
「うん……」
「それが何かはわからないけど、きっと何かをしようとしてる。あるいは、何かをしていると思う。そしてそれは多分、にとって大きな負担がかかるものだと思うんだ」
「……どうして?」
「例の、カサスさんの呪いのことで、そう思ったんだ。呪いを解かなかった理由、何となくわかる気がするから」
「それは、何?」
「……バノッサたちのこと、が救ったって言ってたよな? あの戦いが終わったあと、だけが自力で帰って来れなかったんだ」
「え!? なんで!?」
「寝てたから」
 あからさまに安堵したフェアに、アルバは続けた。
「バノッサとカノンを助けて、あの戦いを終わらせた後、は約三週間眠り続けたんだ。トウヤにーちゃんたちの話だと、魔力の使いすぎじゃないかって」
「魔力の、使いすぎ……」
「確かに二人を助けることはできたけど、その代償には三週間の自由を失ったんだ。その程度ですんだのはむしろ幸いだとも、言っていたよ」
「それじゃあ、もしかすると、カサスさんの呪いを解いたとしたら、同じくらい眠り続けることになるかもしれないの?」
「多分……あと、そのしようとしている何か……それが終わったなら、はまた姿を消しちゃう気がするんだ」
「でも、は旅人でしょ……? 目的があって旅してるんなら、引き止めることなんてできないよ……」
「それは、わかってるよ……でも、黙っていなくなられるのは、すごくつらいから……後悔ばっかりするから……」
 かつての自分たちがそうだったから、そうならないように――忠告、だった。
 フェアはしばらくして、真顔で頷いた。
「うん……わかったよ……ありがとう、アルバ」
 アルバはかぶりを振って、そして部屋を後にした。


 とりあえず落ち着いてから窓の外を何の気なしに見てみたら、庭にグランバルドの姿があった。
 何となく事情を察したは、窓から庭へと下りる。
「ア……」
「もう、自爆したりはしないよな?」
 降り立つなり開口一番そう聞くと、グランバルドはきょとんとして。
「『教授』、おまえが自爆装置起動させた時、どんな顔してた? 喜んだか?」
「ウウン……怒ッテタ……スゴク怒ッテ、ツラソウダッタ……」
「ああ、そうだな……大切なものを失うっていうのはそういうことだ。おまえは『教授』につらい思いをさせたくはないんだろ?」
「デモ、教授ガ怒ラレルノモ、イヤダ……」
「怒られるのはその時だけ。でも、大切なものを失う痛みは一生続くぞ。怒られない代わりに、死ぬまでずっとつらい気持ちでいるほうがいいのか?」
「……ヤダ」
「なら、もう二度と自爆なんてしようとすんじゃねえ。守りたい者がいるなら、自分も生きなくちゃいけないんだから」
 ――そう……だから、二人一緒が良かったのに……
 を、守りたかったのに……結局は、最悪の形で守られた自分。
 失った悲しみ。そして、守ることができなかった自分が、悔しくて仕方がない。
「エ? ア、アノ……ナンデ泣クノ……?」
 うろたえたグランバルドの声で、また涙が溢れていることに気付かされて。
「おまえらのせいだろ!!」
 八つ当たり的にグランバルドに軽く蹴りを入れた。
「おまえらがみんなみんな馬鹿なことしてるから! 余計なことまで思い出しちまったんじゃねえかよ!!」
「エ? エ?? エェ???」
「よりにもよって、ゼルフィルドと同じことしようとしやがって!!」
 目の前で散った命。救えなかった己の無力さ。
 何よりもあの時のルヴァイド……かつての自分と同じ姿……同じ悲しみを負わせてしまった彼を――誰よりも失うことの痛みを知っていたのに……そうさせてしまった、己の愚かさを。
 沢山の『後悔』を、思い出したから。
「おまえらのせいだよ……こんな、涙腺緩んでんのは……っ」
「エット……ゴメン……ワカッタカラ。ぐらん、自爆シナイカラ……ダカラ、泣カナイデ?」
 ――ああ、情けない。
 目元を拭いながらそんなことを思っていると、扉が開く音が背後から聞こえて。
「あ、。起きたの?」
 フェアの、声。
 は背を向けたまま「ああ」と返した。
「セイロンが話があるみたいだから食堂に来てくれる?」
「ああ、わかった」
 振り返ることなくそう答えて。扉が閉まったのを確認してから、涙を完全に拭う。そして、グランバルドを見上げて。
「約束、だぞ?」
「エ?」
「自爆、しないんだろ?」
「ア……ウン! 絶対シナイ!」
「ん……」
 きちんと確約させてから、踵を返した。


 食堂にて御使いたちによって語られたこと。
 かつて幻獣界であった『魔獣侵蝕』から端を発して作られた、『船』としてのラウスブルグのこと。
 竜がその動力となり、古き妖精が舵取りとなり、界の狭間を渡る船。
 クラウレの裏切りの本当の理由は、船を動かして同胞を故郷へと帰すこと。先代が船を動かさなかったのは古き妖精がいなかったため、『できなかった』から。
 ここまではの予想通りだった。
 問題は、そのあと。
 異界の者であるカサスとクラウレについては今までの話で理由はわかったが、他の人間であるレンドラーたちの目的は何か、と。
 そうフェアが疑問をこぼした時、思わぬ第三者の声が。
「そのことについては、私から説明させてくれませんか?」
 やわらかな声でそう言ったのは、『姫』ことエニシアだった。
 敵対関係である彼女の出現に、真っ先に警戒したのは当然というか御使いたち。
 けれど、ギアンは関係なくエニシアの一存でここに来たということを一応は信じることにしたらしい。
 そうした上で語られた、エニシアのこと。
 人間と妖精の間に生まれた響界種(アロザイド)と呼ばれる混血児であること。そのことによってか、妖精である母親と引き離されてしまったこと。赤ん坊だった自分には母親の記憶が一切ないということ。
 つまり、エニシアの望みは母親のいる幻獣界へ行き、母親に会いたい、と。
 ただ、それだけだった。
 泣き出してしまったエニシアを落ち着かせるため、またこちらも考えをまとめるため、しばし時間をおくことにして、この場は一時解散となった。


 他の者の考えを聞いて歩いていたフェアは、ある部屋の前で足を止めた。丁度、中から話し声が聞こえてきたからだ。
 その声は――コーラルのものだった。
 エニシアを助けたいと願ったコーラルに、御使いたちが反対しているようだった。
 召喚術がなくならない限り、エニシアのような者は増え続ける。先代が『船』を動かさなかった理由の中には、全てのものを救いきれないと知っていたことも含まれる。限られた者でも救えれば良いという考え方は、救われぬ者にしてみれば偽善でしかないのだ――と。
「線引きをする者には、恨みを背負い続ける覚悟が必要なのです。御子殿……若い貴方に、それが背負えるのですか?」
「できないよ……そんなこと、知ったらできないよ……っ」
 厳しいセイロンの問いに、泣きそうな声でコーラルは答えた。その答えには、フェアも同感だった。
 そのまま踵を返しかけたフェアの足は、再び止められた。
「でも……じゃあ、お父さんは? お父さんはそれを背負い続けているの?」
 コーラルが、のことを話題に出したからだ。
 そうだ。は送還術を使える。望む者にはその力を行使してきている。
 それはつまり、セイロンが言うところの恨みを背負う覚悟をもっているのか、と。
「あの方は……背負っておられます……二代目となった時から」
「二代目が現われたということは、必要に迫られたからでしょう。それは即ち、選択者を求めたということ」
「あの方は……さま方は、どちらかを選ばなければならなかったのです。召喚獣か、人間か……その選択をなされた」
「王となることは、すべてを背負うこと。殿は、それをよく理解しておられる……」
 ――『おう』……? って、王様のこと? が?
 セイロンの口から出た単語に、一瞬フェアの思考は停止した。けれどすぐに否定する。
 は名も無き世界から来たと言っていたのだから、リィンバウムに存在する三国の内のどこかの王族というのはありえない。そもそも、人間の王に、召喚獣たちが従うはずもない。
 だから、何か別のモノだろう。けれど……それは、何――?
「故に、せめて我らだけでも、あの方の負担にならぬようにせねば……あまりに不憫だ」
 続いたセイロンの言葉に、思考を切り返させられた。
 思い出されたのは、ミントの家でのこと。
 は、言った。力を嫌う理由を。『期待』と『責任』が重過ぎる――と。
 その意味が、ようやくわかった気がする。
「それじゃあ、お父さんならエニシアの願いを聞き入れるの?」
「それは……」
「現時点ではそれはないでしょう。彼女の願いを聞き入れるということは、ラウスブルグにいる者たちの願いをも叶えるということ。お忘れですか? シリカの森で殿が送還術を使われた後のことを」
「あ……」
「あの方にとってでさえ、送還術は多大な負担を要するもの。根本的な問題の解決がなされない限り、あの方が送還術を使われることはないでしょう」
「ボクたちがエニシアと争わなくなれば、可能性はある、と?」
「それはあの方次第です。けれど……急がねばなりますまい。この戦いに終止符を打たねば……」
「……セイロン?」
「せめて、『守護竜の瞳』だけでも早々に取り戻さねば……」
 取り返しのつかないことに、なるやもしれぬ……
 その呟きは、小さすぎて。
 フェアは勿論のこと、室内にいた誰の耳にも届かなかった。
 訳がわからないまま、重い気持ちを引きずるようにして、フェアは静かに踵を返した。


 解散になって少し後、時はエニシアとカサスが案内された部屋の扉をノックした。
 中から顔を覗かせたのはカサスだった。
さン……すみませン、もう少シ時間をくださイ……」
「ああ、それはわかってる。ただ、個人的に聞きたいことがあったから来たんだが……」
 それも、まだ無理か?
 言外にそう言うと、カサスはしばらく黙り込んだ後。
「ボクも、あなたに聞きたイことがありまス」
 そう言って、招き入れられた。
「悪いな、まだ落ち着ききれてないだろうに」
 中にいたエニシアと目が合ってそう口にすると、彼女はゆるくかぶりを振って。
「いいえ……それで、聞きたいことっていうのは……」
「あ~……先にカサスのほう、聞いていいか?」
 カサスは少し迷った後、懐から取り出したものを差し出してきた。
 それは、白いリボン。が彼に渡していたものだ。
「あの約束がまダ有効ならバ、ひめさまノためニ幻獣界への路を開いテくれませんカ?」
「カサス……」
「もしモ、竜の子の力が借りられなかっタ時には、ひめさまの願いを叶えテ欲しイんでス」
 差し出されたリボンをしばらく見つめた後、は目を伏せて。
「約束は有効だ。けれど、その願いを叶えることはできない」
「どうしでテすか!? ボクたちが敵だかラですカ!?」
「違う。そういうことじゃない」
「でハ、何故……」
「オレの使う送還術は、行き先まで関知出来ないからだよ」
「――え?」
「エニシアをメイトルパに送ることは可能だが、メイトルパのどこに出るかがわからないんだ。カサス。おまえのように向こうで生まれ、誓約をかけられている者なら、こちらへ呼ばれる直前にいた場所、若しくは仲間たちの近くへと出るらしい」
 それは、以前送還した者から直接聞いたので間違いはない。
「けど、エニシアはそうじゃない。この世界で生まれ、誓約もかけられていない。だからどこへ送られるのか全く予測できないんだよ。出た先がもし危険な場所だったら、どうする?」
「それハ……っ」
「仮に安全な場所に出れたとして、母親のいる妖精郷を探し出せるまでどれだけかかるかわからない。その間、文化も環境も違う場所で生きていく自信はあるのか?」
「あ……」
「それに……半分とはいえ人間であるおまえを、メイトルパの住人たちは受け入れてくれるのか?」
 不安要素など考え出せばキリはない。
 それでも、考えなしに実行するわけにはいかないから。
「おまえの願いを確実に叶えられる保証のない状態じゃあ、送ってやることは出来ない」
「ならバ、ボクたちガ一緒に行けバ、ひめさまを守れまス! それなラ……」
「……現時点では、それも無理だ」
「どうしテ……」
「オレの事情だよ」
 言いながら、は例の煙草モドキ――魔力の調整剤を取り出して火をつけた。
 一応もつかと思って様子見していたのだが、やはりロレイラルの戻りが悪かったから。
「魔力の回復が芳しくなくてな。単体ならどうにかなるが、複数だと魔力が足りん」
 戦闘になれば、どうしても魔力を使ってしまう。
 普段、なるべく路を閉ざすようにはしているけれど……開いておくのが癖になってしまっているので、気がつくと開いていたりするし。
 憑依はする側の力だから、される側の魔力は減らないが。どちらにしろ――
「コーラルたちがおまえたちに協力するにしろしないにしろ、この争いが終わらんことにはオレも満足に力は使えないんだよ」
「そう……ですカ……」
「納得、できたか?」
「はイ……やはリ、この戦いを終わらせなけれバいけないんですネ……」
「まぁ、な……オレが聞きたいのは、それに関することだ」
「……何でしょうか?」
 カサスからエニシアへと視線を移すと、彼女は改めてこちらへと向き直った。
「レンドラーたちを助けたのは、おまえなんだよな?」
「あ、いえ……助けたいと願ったのは私ですが、それができたのはギアンのおかげです」
「……で、あいつらを助けた理由は、自分の望みを叶えるための手段としてじゃあないだろ?」
「――っ!? 当然です!! 私は、ただ……生きていて欲しかっただけです。生きて、幸せになって欲しいだけです……」
「それを直接あいつらに言ったこと、ないだろ?」
「……はい……『姫』と呼ばれるようになってからは特に、話をする機会がなくて……」
「レンドラーな、おまえに救われた命だからおまえのために使うって言って、死のうとしたぞ」
「――っ!?」
「この町と帝都をつなぐ大石橋を爆破しようとしてるのをオレらが止めに行ったらな、自分たちが食い止めてる間に橋ごと爆破しろってゲックに言ったんだ。躊躇ったゲックには、同じ立場ならおまえもそうするだろうとも言ってたな」
「そんな……」
「それは、おまえの望みじゃないだろ?」
「はい……」
「なら、おまえの口から、おまえの言葉でそれを伝えてやれ。ギアンを通してじゃなく、おまえが直接だ。おまえがオレたちと争うことを望んでいないなら、少なくともレンドラーたちとはそれで戦わずにすむだろう。それが、おまえのすべきことだ」
「私の、やるべきこと……」
「おまえが今回ここに来たのと同じことだよ。ただ心の中で思ってるだけじゃ、それは誰にもわからないんだ。言葉という形にしてはじめて伝わる。おまえの本当の望みを、ちゃんと教えてやれ。大切な仲間、なんだろう?」
「……はい」
「なら、悪あがきだとしても、やれることがあるうちは最後までそれを遣り通せ。失ってから気付いたんじゃあ、遅すぎるんだか、ら――」
 ぱたっと、手に落ちた雫。
 本日二度目の不覚に、思い切り顔を背けた。
さン……」
「――っ、悪い! 今日、ちょっと情緒不安定なんだ……っ」
 目元を拭って止めようとしたが、次から次から溢れてきて。
 その内に、ふわり、と。あたたかなぬくもりに包まれた。
「はいはい、無理はしないでって言ったでしょ」
 自分の内にいたはずのエルが、憑依を解いてでてきたらしい。
 エルはエニシアたちから隠すように抱きしめてくれて。
「……これが、望まない形で願いを叶えられた者の姿よ。カサス、あなたはエニシアをこうしたいの?」
「――え?」
「今のの姿を、エニシアの未来の姿にしたくはないでしょ?」
「ひめさまの、未来……?」
「エニシア。カサスたちを犠牲にして母親に会えて、あなた笑える? 嬉しいって思う?」
「思いません! そんなの……絶対にイヤです……っ」
「うん、そういうことよ、カサス。方法を間違えちゃいけないってことなの。だから、ちゃんと考えましょう? 私たちが争わず、誰も悲しませず、エニシアの願いを叶える方法をね」
「……はイ……」
 エルの言いたいこともちゃんと伝わったようで。
 は小さく息をつくと、エルの腕を軽く叩いた。
「エル、もういい」
 体を離した彼女は目元を拭ってくれて。
「大丈夫なの?」
「これ以上は、ガルマに喰われる」
「ふふっ、そうね。じゃあ、目元の赤みも消しとかないと、アルバにも気付かれるわね」
「あ~……頼む」
「はいはい」
 おかしそうに笑って、エルはそっと目元に口付けてきて。
 ふわっと、広がったのは心地よい冷たさ。熱っぽさが、一瞬で引いていく。
「はい、終了」
 そしてエルは再びの中へと姿を消した。
 話すことも全部話したので、はそのまま立ち上がり扉へと向かって。
「オレの用件はそれだけだ。落ち着いたなら食堂のほうへ来い。後は、どう話し合うかだからな」
「あ……さン!」
「なんだ?」
「あなたハ、何を犠牲にしテ願いを叶えられタんですカ?」
 話の流れ上、気になったのだろうカサスの問い。
 は扉に手をかけ、彼らに背を向けたまましばらく口を閉ざして……ややあって、重い口を開いた。
「オレの、半身……双子の妹……オレが今、こうして生きていられるのは、妹の犠牲の上に成り立っているんだよ……」
 そう、呟くように言って。
 は、部屋を後にした。


 食堂にて再開された話し合いは、御使いとエニシアが勝手に進め、勝手に終わらせようとしたことにフェアがぶちきれる形で中断した。
 自害を望んだ先代守護竜のその行動に疑問を投げ掛けつつも、それに関してエニシアに非はない、と主張する。そして、他人を不幸にしてまで幸せになる気はない、願いは諦めるといったエニシアと戦う必要などどこにもない、と。
 本当に戦うべき相手は――
「出てきたわね、ギアン!!」
 鳴り響く結界を打ち砕き、ギアンが現われた。
 そうして、フェアたちの前でかわされたエニシアとギアンの会話は、フェアの推測通りギアンのみが黒幕だと思うには十分すぎるもので。
 力ある者の驕りをそのまま表わしているようなギアンとの戦闘が開始した。
 召喚術を打ち消し無効にする『送還術』を使えるということをリビエルが注意したので、主に物理攻撃中心での戦いになったフェアたち。
 対するギアンは当然ながらその豊富な魔力を活用し、召喚術を使ってくるため、当然のように苦戦を強いられることとなって。
「リビエル。確かサプレスには魔法を無効にできる天使がいたよな? 呼べるか?」
 ギアンの召喚術対策として、はリビエルに声を掛けた。
 リビエルは一瞬戸惑いつつも頷く。
「呼べることは呼べますが、ギアンの送還術で無効に……」
「オレが力を貸す。杖を――」
 ――、ダメよ!――
「いいから!」
 己が内から聞こえたエルの制止を、は打ち消す。
「オレ一人で全員を守りきれるわけがないんだから! おまえの力も借りれない今は、こうする以外にないだろ!」
 ――でも……――
「メイメイに、任せるしかないだろ、後のことは……」
さま……?」
「リビエル、杖を」
「あ、はい」
 差し出された杖を掴み、目を閉じて。
「我が内に宿りしサプレスの力よ。今一時この者にその力を与えよ。他者の介入を許さず、ただこの者の望むままに路を開け」
 自分の内にあるサプレスのエルゴの力の一部を、リビエルの杖へと移した。
「これでギアンに邪魔されずに使えるはずだ。頼んだぞ」
「――はいっ!」
 守りをリビエルに任せ、は前線へと向かう――が、やはり息が上がってしまった。
 ロレイラルが戻りきっていない中、サプレスまで消費したのだ。しかもシリカの森ではメイトルパを使い、それも完全には回復しきっていない。四界のバランスは、最悪に乱れていたから。
 戦闘中だが、調整剤に火をつけ、咥えたまま戦うことにした。
 即効性があると言っていたメイメイの言葉を、これほどはっきり実感できたのは初めてかもしれない。
 服用しだしてすぐに、呼吸の乱れは整った。
 とはいえ、完全に回復するわけでもないので、やはり力は落ちている。エルに憑依してもらっていても尚、体はだるくて重かった。
 それでもなんとか敵を倒すことには成功。ギアンも地面に膝をついた。――けれど。
 問題は、そのあとだった。

「ふふっ、はははっ! あははははっ!!」

 突然大声で笑い出したギアン。
 その額には赤く輝く一本の角。そして、先程まであった傷が見る見るうちに癒えていって。
 そうして明かされた、彼の正体。
 メイトルパの聖獣・幽角獣の血を継ぐ『響界種』。
 その邪眼の力によって、フェアたちの身動きは封じられてしまった。
 それは、力の落ちているも同じ。コーラルを捕らえようとするギアンに対し、何もできなかったが……代わりにギアンを止めに入ったのはグランバルドとセクターで。
 だが、フェアたち全員でようやく倒したギアン、本来の力を出している彼を、たった二人だけで止められるわけがない。それをギアンもわかっているから、諦める気などないようだ。
 ならば、彼を止めるためには――
「思い、通りになんか、させてたまるかあっ!!」
「じっとして、いられるもんかあぁァーっ!!」
 戦力を、増やせばいい。
 その結論のもと呪縛を打ち破ったのは、フェアとほぼ同時だった。
「バカな……二代目はともかく、邪眼の呪縛を何故ニンゲン如きが……おまえは一体何者なんだ!?」
 絶対の自信があったのだろう呪縛をフェアが破ったことに、ギアンはひどく動揺した。
「知らないわよ、そんなの。ただ、わたしは、約束したことを絶対守りたいだけよ!!」
「く……っ。いいさ、元々これは予定外の戦い。一時の感情に流されて引き際を見誤っては元も子もないからな」
 ようやく諦めて帰っていったギアン。
 最後に、自信たっぷりに勝利宣言を残して。
 皆が不安に思う中、だけは――安堵していた。今、この場をやり過ごせたことに。


!?」
 ギアンが帰り、他の者の呪縛も解けた後のこと。
 フェアの近くにいたの体が、急に前方へと傾いだ。
 慌てて駆け寄るも間に合わず、地面に激突するかに思われたが――片手と膝をついただけで倒れはしなかった。
 ほっと胸を撫で下ろし、フェアはの顔を覗きこむ。
、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ、もう……」
「――は?」
 返ってきた言葉に――声に。フェアは目を丸くした。
 の体、の顔なのに、その口から出てきたのは女性――エルの声だったから。
「え、エル……?」
「そうよ。、意識失っちゃったからね。無茶のしすぎよ」
「やっぱりまた無茶したのか……」
「そ、人の制止も聞かずにね」
 アルバの呟きに、の姿をしたエルが答える。
 なんていうか……ものすごく違和感がある光景だ。
「フェア、私このまま龍姫のところに行ってくるわ。多分泊まりになると思うから」
「あ、うん……わかった」
 エルはの体に入ったまま翼を広げ、空へと舞い上がって。
 フェアはただ、その姿を見送っていた。