が帰らぬまま、トレイユの街に黒い雪が降り出した。
『人間』だけがかかる病の病原体をギアンが召喚し、そのため『人間』である仲間たちも倒れてしまった。
この黒い雪を止ませるには、ギアンに竜の子を渡すしかない――と。クラウレは言ってきた。
渡せるわけはない。けれど、このままではみんな死んでしまう。
何か他に方法はないかと、フェアは宿を飛び出して――シャオメイの店へ向かった。
「シャオメイ!! いる!?」
「お姉さま……お姉さまは、無事なのね」
「うん、よくはわからないけど……それより、の居場所、知ってる?」
「……そこにいるわよ」
シャオメイは上を指差した。
何故に上、という疑問は見上げてみてすぐにわかった。
店の天井付近に浮いている球体。その中に、蹲るような姿勢のがいたのだ。
「!? ちょっ、どうしたの!?」
「危険を顧みずに外へ行こうとしたから、強制的に眠らせたの」
「危険って……どうして? 確かには人間だけど、召喚されてきたんでしょ? アカネやシンゲンみたいに、もこの病気にはかからないんじゃないの?」
問い掛けてみると、シャオメイは目を伏せて。
「そうね……でも、お兄さまは昔、『メスクルの眠り』にかかっているから」
「――ッ!?」
「前例がある以上、楽観視はできない。『メスクルの眠り』には特効薬があるけれど、『解魂病』には特効薬は存在しない。もしお兄さまが『解魂病』にかかってしまえば……誰よりも死に近い位置に立っているの」
「そんな……」
「私は、こんなところで二代目を死なせるわけにはいかない。これは、私が自分に立てた誓いだから。例え恨まれても憎まれても、この方を死なせたくないのよ」
「シャオメイ……」
「ごめんね、お姉さま。シャオメイ、今回はお姉さまの力になれないわ」
心底申し訳なさそうに笑う彼女に、フェアは何もいえなくなって。
やっとの思いで頭を振った。
「ううん、気にしないで。に頼ってばっかじゃいけないもの。この黒い雪はわたしたちがなんとかしてみせるから、それまでのこと、お願いね?」
「ええ、まかせて♪」
やっと普通に笑ってくれた彼女に見送られ、フェアは店を後にした。
フェアが帰ったあと、一人シャオメイは店内に佇んでいた。
上を見上げれば、が眠る球体が浮いている。
フェアがやってくる数刻前、彼女と同じことを言って出て行こうとした。同じ説明をしたなら、この場で送還術を使おうとした。
だから、眠らせたのだ。
「……駄目なのよ。もうこれ以上、魔力を使わせるわけにはいかないの……」
自分の状態はわかっているだろうに。それでも力を行使しようとする――そうせずにはいられない、その性格。初代と、全く同じ。
だから、決めた。あの時と同じ後悔は決してしないと。
そのためにできることは、全力でやってみせる――と。
例えそれが、彼の意に反することでも……
「早く……早く気付いて。あなたを愛する者の声に。仲間として、家族として、友として……そして王としてあなたを愛する者の想いに、気付いて……」
自分は嫌われていい。恨まれてもいい。
けれどどうか、気付いてほしい。
決して、一人ではないのだと。
「お願い……どうか、消えてしまわないで……我が王……」
祈ることしかできない無力さを噛み締めながら。
シャオメイは、ただ――を見つめていた。
シャオメイの店を出たフェアは、どこということなく町を歩いていた。
足取りが、重い。……何故だろう。
ならどうにかできると思ったけれど、それが叶わなかったから? それとも『力』を頼られることをが嫌っているのを知っていながら、頼ってしまった自分に落ち込んでいるから?
それらも、たしかに足取りを重くしている要因のひとつではあるかもしれない。
でも、一番の理由は別のことのような気がする。
……なんだろう。シャオメイに会って、ひどく不安になっているのは……
不安……そう、これは不安だ。胸の辺りがざわざわして落ち着かないこの感じ……
シャオメイは何と言った? ――そう、『解魂病』に特効薬は存在しない、と。はっきり断言した。つまり、薬以外でどうにかしなければ皆死んでしまうということ。
それも、嫌だ。どうにかする方法を短時間で見つけられる保証などゼロに近い。これも不安。――でも、違う。
一番の理由――それは……
がいなくなること――だ。
そうだ。『解魂病』にかかったなら、は誰よりも死ぬ確率が高いとシャオメイが言った時から、これは急激に大きくなった。
……あの時……アルバが、可能性の話をしてきた時、自分は何と答えた?
は旅人だから、引き止めることはできない――と。確か、そう言った。
でも、それはウソだ。ただ見ないようにしていただけだ。
が自分の前からいなくなる――その可能性を考えるのが怖くて不安でたまらなかったから……心のどこかでそれを知っていたから。
自分の本心から目を逸らしていただけ。
それを、今、つきつけられただけなのだ。
「やだよ……がいなくなるなんて……っ」
そう、強く思う。いなくなることを考えただけで不安でたまらなくなる。この気持ちは――何? どうして、そう思うの?
「てーんちょ!!」
不意に聞こえた、よく知る声。フェアはいつの間にか俯いていた顔を上げた。
手を振りながらこちらへやってきたアカネは、近くに来た途端、ぎょっとした顔になって。
「ど、どうしたの、店長?」
「……え?」
「泣いてるでしょ」
「え? ええ!?」
言われ、頬に触れて、ようやく気付いた。
慌てて拭い、取り繕う。
「ご、ごめん……っ、ちょっと、弱気になってて……こんなんじゃ、ダメだよね」
「そうだよ。まだ何かできることあるはずだもん! がんばろ!!」
「うん……っ。そうだね。このこと、みんなにはナイショにしてよ?」
「わかってるって!!」
さ、行こ!! っと差し伸べてくれた手を取り、フェアは不安を払拭するように駆け出した。
できることを、するために。
自分たちでどうにかする、と。そう言ったフェアは、奇しくもその言葉通り、町を救った。
その奇跡の行使と引き換えに、自分もまたエニシアと同じく妖精と人間の間に生まれた響界種だという事実を知ることになった。