書 き 殴 り ・ 21

「……やっぱり、ダメだ……このままじゃ」
 呟き。それは決意の表れ。
 アルバはそれを形にするために、協力者を得ようとひとつの部屋の扉をノックした。
「フェア、お願いがあるんだ」
 そうして、そう切り出したのだった。


 上空から様子を窺ってきたアロエリの報告で、暴動を指揮していたのはクラウレであることが判明した。
 そして、軍が介入してくるまでもう時間がないということも、グラッドの口から告げられた。
 暴動を起こした亜人たちのためにも、止めるしかないと一同の意思は決定して。
 準備が終わり次第、集まって出発しよう――と。グラッドが言った、直後のこと。
「今回、は留守番な」
「――は?」
 唐突に言い出したアルバの言葉に、はきょとんとなった。
 その隙をついて、彼の口に銜えられていた煙草の形をしたモノをアルバが奪う。
「何す――」
「これ、魔力の調整剤だって言ったよな。最近、本数が増えてるのって、それだけ魔力が不安定だってことなんだろ?」
 フェアにとっては初耳の事実――否。アルバ以外、知っている者はいなかったのか全員が驚いた顔で二人を見つめていた。
「ギアンとの戦いの最中でも吸ってたよな、魔力使ってないはずなのに」
「……」
 図星、なのだろう。
 は誰とも目を合わせようとせずに、無表情で口を噤んでいる。
 アルバは更に続けて。
「それに――」
 いきなり踏み込んだアルバ。は向かってきた拳を紙一重で避け、アルバは更に攻撃を続ける。
「ちょっと、アルバ! 何して――」
 突然始まった一方的な組み手にリシェルが非難を形にしようとしたが、フェアはそれを手で制した。
 その間に一時終了したのか、アルバとは少しの距離をおいて立ち止まった。
「ルシアンに聞いたよ。イオス副隊長を簡単に地に伏したって。なのに、おいらに対してそれをしないのは何で?」
 は、口を開かない。ただ、荒い息だけがその口からこぼれている。
「手加減したんじゃなくて、それしか動けないからなんだろ。この程度で息が上がるくらい体力なくなってるんだろ」
 何も言わないへ、アルバは言葉を投げ掛けるのをやめない。
「憑依してくれているエルの力でも回復が追いつかないくらい、自身の体力が落ちている証拠――だろ?」
 ――ざわっ、と。
 食堂にざわめきが起こった。
「アルバくん、それ本当なの?」
「十中八九は」
 ミントの問いに、アルバはを見つめたまま返した。
「おいらがここにいるようになってから、エルたちは三人ともほとんど自分たちの世界に帰ってない。それだってに負担をかけないためだと思うし、帰っていないはずなのにエルの姿だけ最近見かけないから」
 アルバの言っていることは、多分正解だ。封印の解けた今なら、わかる。
 以前、エルが憑依していた時に感じたあの独特な気配……あれが、の気配と重なっているから。
 真実を告げることのできるは――やはり口を開かずに黙っていて。
「何やっててそうなってるのかなんて言わないだろうから聞かないけど、そんな状態のを戦闘があるってわかってる場所につれてはいけないよ」
 断固として阻止する――と。アルバはを見据えて言った。
 アルバが部屋に来た時はその申し出に驚いたけど、でもフェアも彼の意見には賛成なのだ。
 だから、フェアは何も言わない。
 他の者もアルバの味方に回ることにしたのか、誰も否を唱えはしない。
 代わりに、セイロンがアルバの少し前へと進み出て。
「今回の戦いで、必ずや『守護竜の瞳』は奪還してまいりますゆえ、どうかここでお待ちください」
 に向かって頭を下げた。
 やはり何も言わず、ただその姿を眺めるに痺れを切らしたのか、アルバは呆れた顔で溜息をついて。
「あのさぁ、おいらだってもう守られるだけの子供じゃないんだ。少しは信用してくれよ、にーちゃん」
 一瞬、驚いたように目を瞠って顔を上げたは、ややあって相好を崩して。アルバに近付くとその頭をわしゃわしゃと撫でた。
「そうするよ」
 一言、それだけ言うと、そのまま二階へと上って行ってしまった。
 何故だか全員がホッとした空気になってそれぞれに準備を始める中、フェアは二階へと向かった。


 ――とうとうバレたわね、?――
「やかましい」
 自室。己の内に響く声に、はつっけんどんに返した。
 調整剤のことを知っているのはアルバだけだから、気付かれる可能性は確かに考慮していたが、まさかこんな形になるとは思わなかった。
 お陰で全員に不調が暴露してしまった。
 ――自業自得、ではあるけれど。
「……? ちょっといい?」
 と、ノックと共にフェアの声が聞こえ、は寝転がっていたベッドから上体を起こして許可を返す。
 遠慮がちに室内に入ってきた彼女の顔は、申し訳なさそうだった。
「どうかしたのか?」
 しばらく扉の前に立ったまま口を開かなかったので、そう言って促してみた。すると、フェアは俯いて。
「ごめんね、
「……何が?」
「わたしは、知ってたのに……が守られることを望んでないってこと、知ってたのに……こんな形にしちゃって……」
 彼女にこぼした愚痴を気にしていたらしい。
 は溜息をひとつつくとベッドから立ち上がり、しょぼんとしているフェアの頭をぽすぽすと撫でた。
「言い出しっぺはアルバだろ? フェアのせいじゃない」
「でも、反対しなかったのは本当だし……」
「オレのことを、心配してくれた結果――だろ?」
「……うん」
「なら、いいよ。足手まといになるのは、本当のことだし」
「本当に……そこまで調子悪いんだね……」
「まぁな」
「なのにどうして無茶するの? わたしたちが心配だから?」
「否定はしない。けど、大部分は、自分にできることがあるのにしないっていうのが、どうにも落ち着かないからってのが理由だ」
「それで無茶ばっかりしてるの……」
「結果的には、な。お陰でトウヤには、元祖無茶の大御所とか言われてたよ。あいつだって人のこと言えた義理でもねえのにさ」
「あははは♪」
 やっと笑ったフェア。引け目は消えたのか、真っ直ぐにこちらを見てきて。
「……今日は、よく喋るんだね、自分のこと」
「フェアが、そう望んだんだろ?」
「――うん♪」
 心から嬉しそうに、満面の笑顔。
 以前、シオンに言われた言葉のその意味が、ようやくわかったような気がする。フィズの時も思ったけれど。
「じゃあ、『守護竜の瞳』を取り返せれば、の不調も治るってことなの?」
「そう、なるかな? 全ての儀式を終えて、コーラルが完全に大人になれたなら……オレの役目も終わるから」
「うん、わかった。必ず取り戻してくるから、待っててね!」
「ああ、頼む」
「――うきゅっ!?」
 踵を返し、部屋を出ようとしたフェアは、背後に待ち構えていたフィルにぶつかってしまった。
「な、何……? フィル?」
「フィルがオレの代わりについていってくれるとさ」
「そ、そうなの? ってか、それって、のほうは平気なの?」
「エルもガルマもいる。問題はない」
「……そっか。でも――やっぱり心配なの?」
「否定はしないが、今回のはフィルの独断だぞ。そいつ、子供好きだしな」
「子供って……」
「フィルの年な、人間でいうと30代だから。ここにいる連中のほとんどは、フィルにとっちゃ『子供』だよ」
「そ、そうなんだ……うん、よろしくね、フィル」
 呆れた顔もすぐに笑顔になり、フェアはフィルと共に部屋を出て行った。
 ――話すの? 誓約者のこと――
 見送ったあと、エルが話しかけてきて。は再びベッドに腰掛ける。
「この戦いが終わったらな。フェアには、話してみようと思ってる」
 ――だったら、やっぱり安静にしてなきゃね♪――
「安静って……病人じゃないんだから……」
 ――ある意味、病人のほうがまだ可愛いかしら?――
「やかましい」
 くすくすとおかしそうな笑い声に、不貞腐れたようにベッドに身体を投げ出した。


 トレイユの街中で、レンドラーたちとの戦いが先にあった。けれど、彼らとは和解ができ、エニシアの希望もあって、ギアンを止めるため彼らも共に農場へと向かった。
 エニシアの心からの言葉は――けれどギアンは信じようとはせずに。
 心を頑なにして、己は一人なのだと自己暗示をかけ、エニシアすら己の願いを叶えるための道具だと言った。
 そして、『船』を動かすために必要な、残る『竜』は――
「この私が『竜』へと至ればいい。それだけのことだ!」
 『至竜』とは『竜の境地に至る者』。相応しき力があれば『竜』にはなれる、と。
「儀式の方法の解明も必要な準備の数々も既に終わっている。時間だけは充分にあったからね」
「裏方に徹していたのは、そのためだったのか」
「ああ、そうさ。あとは、守護竜最後の遺産と至源の力があれば、儀式の成功は確実だ」
 不適に笑ったギアンの言葉。それに反応したのは御使いたち。
 一斉にクラウレへと目を向けるが、アロエリに支えられて立つクラウレは怪訝な顔をしていて。
「『守護竜の瞳』は、俺が持っている……なのに、最後の遺産とは……」
 その、言葉に。顔色を変えたのはセイロンだ。
「貴様あっ!! あの方に何をした!?」
「必要な道具は手に入れる! それだけだ!!」
「させるものかッ!?」
「邪魔はさせぬッ!!」
 邪眼の力と魔力によって、ギアンに向かって行ったシンゲンとセイロンは吹き飛ばされて。
「『城』への扉も閉ざす。貴様らは、大人しく見上げているがいい。私とエニシアの願いが叶う、その時を!!」
 そう吐き捨てて。ギアンとエニシアの姿は光に包まれ消えてしまった。
「く、店主よ! 我は先に戻るぞ!」
 何とか立ち上がったセイロンは、己の傷も顧みずに走り出して。
「あ、待って! おいらも行く!」
「わたしも――きゃあっ!?」
 アルバも後を追おうとしかけ、フェアも続こうとして――首根っこを思い切り引かれたかと思うと、次の瞬間にはフィルの背にいて。
 同じようにアルバも乗り。
「ボクも!」
 コーラルも乗せて、フィルはすぐさま空を翔けた。
 空中を直線で進めば宿はすぐ見えて。
 あいたままのテラス部分から二階までフィルは飛んでくれた。――と。
「血のニオイがする」
 コーラルの言葉で、フィルの背から降りたフェアとアルバは、真っ直ぐに最奥を目指した。
!?」
 勢いよく開け放った扉。途端に感じる濃い血臭。
 室内にある人影はふたつ。どちらもがぐったりと床に倒れ伏していて。
「エル!?」
「ガルマ!!」
 アルバはガルマのほうへ、フェアはエルへと駆け寄り呼びかけるが――ガルマのほうが傷がひどい。呼び掛けにも応えないようだ。
 対してエルは――
「う……あ……」
 小さな呻き声をこぼして、うっすらと目が開いて。
「賢者殿! あの方は――殿はいかがなされた!?」
 丁度着いたらしいセイロンは、呼吸も荒いままそう言って。
「ギアンに、連れて行かれた……ごめんなさい……守れ、なかった……」
「……ッ!」
 告げられたのは、無情な事実。
「なんで……っ」
 ギアンが至源の力と言ったから、それはだと思った。以前にもそう言っていたから。でも――
「なんで、なんで、なんで……っ」
 それがどんな力かはわからない。
 ギアンが欲するようなものだったのかも――わから、ない。
 ただ、何もできなかった自分が悔しくて。

「どうしてなのよっ!!」

 叫ぶことしか、できなかった。