書 き 殴 り ・ 22

 ――それは、一瞬の出来事だった。

 ――どうしたの、?――
 浅い眠りの中にあったはずのが、急に勢いよく起き上がったことに小首を傾げ、エルはに訊ねた。
 けれど、からは返事は返らず、なにやら周囲を警戒していた。
 どこかへ行こうとしたのだろう。がベッドから立ち上がり、扉へと足を進めた、まさにその瞬間――
「っ!?」
 背後に、エニシアを連れたギアンが現われた。
 振り返ったが何をするよりも先に、彼の額へとギアンは手を当てて。

 ――ズバァンッ!!
「うあっ!?」
「きゃああっ!?」

 凄まじい魔力によって、エルはの中から弾き出されてしまった。
 憑依の強制解除。祓うわけでもなく、力ずくでその繋がりを断ち切るそれは、どちらにとっても多大なダメージが残るもので。
「き、さま……っ」
さん!」
 意識を保つことができずに傾いだの身体を、ギアンは悠々と抱きとめる。
を放せ!!」
「邪魔だ!!」
 を取り戻そうとしたガルマの攻撃は、ギアンには届かなかった。
 けれど、霞む視界では、エルにも何が起きたのかはっきりとはわからなかった。
 ただ、何かを召喚したのか、巨大な爪がガルマの身体を引き裂いたことだけはわかって。
 そして、ギアンはとエニシアを連れて姿を消したのだった。


 フィルとリビエルの能力で何とか回復したエルから話を聞いた面々は、皆一様に渋い顔だ。
 その中でも、アルバが特に。
「……ごめん。おいらがをここに残そうなんて言いださなければ……」
 ぽつり、と。重苦しい沈黙を破って、アルバがそう言った。
 誰のせいでもないことは、皆がわかっている。けれど、要因のひとつを作った者として、責任感じてしまっているのだろう。
「いや、あれは我らの誰一人として反対はしなかった。そなた一人の責任ではない」
 セイロンはそう言い、客室のほうへと目を向ける。
 一階の客室には現在二人が休んでいる。一人はクラウレ。そして、もう一人はガルマだ。
 傷自体は――完治まではまだ時を要するが癒えてはいる。しかし、ダメージが大きすぎた。ガルマの意識は、まだ戻っていないのだ。
「ええ、あの時は、ああすることが最善だったと自分も思います。ギアンがあのような行動に出ること自体が、予測不能だったのですし」
 シンゲンもそう言って。
 一応は納得したのか、アルバは小さく頷いた。
 無意味な責任追及はそこまで。今はそれよりも気になることがある。
「ねえ、セイロン。『竜に至る』ってこととか『至源の力』とか、色々わかんないことはあるんだけどさ、まず知りたいのは何でが『守護竜最後の遺産』なのかってことと、なんでそれをセイロンが知ってるのかってことなんだけど」
 恐らくは全員の胸の内にあるであろう疑問を、リシェルがを代弁した。
 全員の視線が集中する中、セイロンはどこか一点を見つめたまま口を開かずにいて。
「それは、オレたちにも知る権利はあると思うぞ」
「遺産は、私たちが託されたよっつだけではなかったんですの?」
 同じ御使いであるアロエリとリビエルも、セイロンに問う。この二人は――知らなかったから。
 それでも、セイロンは口を噤んだまま――言うべきか、悩んでいて。
「……エルは、何も知らないのか?」
 アルバが別方向から攻めてみた。――しかし。
「知らないわ。言ったでしょ、は隠し事が得意だって。私が知っているのは、ここに来てからは、常に一定量の魔力を保持し続けていたってことだけよ」
「え……『保持』って……」
「『消費』じゃなく?」
「まあ、消費とも言えるかしらねぇ……でも、消費は外に放出するものでしょ? あの子の場合は、内で形作っていたから……やっぱり保持じゃないかしら」
「さっぱりわかんないわ」
「え~……っと……とりあえず、それが魔力が不安定になってた理由ってことなのか?」
「でしょうね」
 と常に共にいたエルも知らないとなると、やはり確実に知っているセイロンに聞くしかない。
 また、全員の視線がセイロンに集中した。
「セイロン!! 何故黙っている!?」
「……どこまで話してよいのか、わからぬからだ」
 やっと口を開いた彼は、苦い顔をしていて。
「アイツが望んでないからってヤツ?」
「でも、もうそんなことも言ってられないんじゃ……」
「アルバ殿。そなたならわかっておるはずだ。あの方が己の力のことを語らぬ理由を」
 名指しされたアルバが、息を呑む。その通り――だったから。
「……わかってるさ……は、いつだっておいらたちのことを考えてくれている……おいらじゃ責任なんか取れないってこともわかってる! けど、それでが犠牲になっていいわけがない!!」
「アルバ……」
「セイロン! は一体何をしていたんだ!? 守護竜最後の遺産って言われた理由は何で、ギアンはをどうしようとしてる!?」
 大切だから、助けたいから、知らないままではいられない。
 それはその場にいる全員の想いで。
 強い強いその決意に、とうとうセイロンは折れた。
「我とて全てを知っているわけではないし、我が知ったのも偶然によるものだ」
 そう前置きして、彼は語り始めた。
殿が先代守護竜の遺産を持っておられるのは事実だ。だが、いつ、どのようにしてそれを託されたのかは、我の知るところではない」
さんは、ラウスブルグに行ったことがないんだから、普通に考えたらありえないよね」
「うむ。だが、殿が持っておられる遺産は、我らが託された遺産とは種の異なるものであるのは間違いない。それ故、可能だったのやも知れぬ」
「種の異なるって……」
「ってかさ、遺産持ってるんだったら、なんでさっさとコーラルにそれ渡さなかったわけ? あんたたちと違って、アイツはコーラルがここに来た時からずっと側にいたじゃん」
「できなかったのだよ」
「――え?」
殿が持っておられる遺産は『純然たる至竜の力』なのでな」
「――っ!? ……そういうことか……」
「では、まさかあの時に……?」
 納得できたのは御使いであるアロエリとリビエルだけ。他の者には理解ができない。
 その中でも、リビエルの呟きがまたひとつ波紋を描く。
「リビエル? 何か知っているのか?」
「あ……えーと……」
 逡巡。それは、セイロンと同じく、どこまで――どうやって伝えるべきか考えていた時間。ややあってから口を開いた。
「私が、ここに初めて訪れた日に、さまに教えていただきました。先代さまの魂と直接お話されたと」
「――それは真か?」
「ええ。御子さまの身を案じて、転生の輪には行かずにお側におられたのだと仰っていましたわ」
「それで、先代さまは!?」
「今はもう輪廻の流れの中ですわ」
「そうか……確かに、その時に力を託されたのであろうな」
「え……ひょっとして、あれって……そうだったのかな?」
「何よ、ルシアン。あんた何か知ってるわけ?」
「え、えと……眠ってるコーラルの側で、他に誰もいないのに、誰かに話しかけているみたいに喋ってたさんを見たことがあるだけだけど……その時のさん、淡い光に包まれていて、最後にはその光、ひとつの球体みたいになって上に昇って消えたんだ」
 リビエルの説明と、ルシアンの証言と。それだけで遺産を持っているということについては充分に信じられた。
 問題は――まだまだある。
「で、それが何で、継承できなかったわけ?」
「うむ。それについては、先程そなたが言っていた『竜に至る』ということの説明でもあるのだが……『竜』という存在は、力を高めてきた魂が最終的に行き着く進化の果てなのだよ。つまり、磨かれた魂は自然に『竜』の姿へと変わるということだ。それが『竜に至る』ということであり、その境地に至った者が『至竜』なのだよ」
「簡単に言ってしまえば、後天的に竜に変わった存在が『至竜』ですわ。そして『亜竜』とは至る途中にある存在を指した呼び名で、姿だけは竜に近付いているけれど魂の力が足りないせいで『至竜』ほどの能力は発揮できずにいる者のことですわ」
「そして、竜の子は全て『亜竜』なのだ。故に、御子殿も今はまだ『亜竜』……しかし、成長と共に『至竜』へと近付き、親竜が死を迎える時、その能力を継承し『至竜』になるのだ」
「それじゃあ、『遺産』の継承っていうのは……」
「御子殿が完全な『至竜』になるための儀式ということだな。大人になるための通過儀礼ともいえる」
「大人に……」
「先程言ったように、殿が持っておられるのは『純然たる至竜の力』。至竜でなくば扱うことのできぬ力なのだよ。未だ亜竜である御子殿に渡そうものなら、御子殿は力に呑まれ命を落とすやもしれぬのだ」
「――ッ!?」
「だから、待っておられたのだよ、殿は。我ら御使いが託された遺産をすべて継承し、御子殿が完全な至竜になられる、その日を――」
 驚くばかりの事実。
 が何をしていたのかようやく知った面々の顔は、一様に複雑なものだった。
「遺産についてはわかったけどさ、それでアイツは平気なワケ?」
「ねえさん? 平気って……」
「だってさ、アイツが持ってる遺産は、至竜にしか扱えない力なんでしょ? よくはわかんないけど、魂の状態だった守護竜から受け取ったってことは、あんたたちみたいに何か物に宿ってるわけじゃないんじゃないの? それってさ、自身が遺産だって言ってるようなものよね?」
「――あ……」
 リシェルの言わんとしていることに全員がようやく思い至り、再びセイロンを見る。
 セイロンはその視線を避けるように、伏目がちに表情を曇らせて。
「その通りだ……あの方は、己の身の内に至竜の力を抱えておられる……己の魔力で包み込んで抱え続けておられるのだ」
「それが……エルが『保持』って言った原因だってことか?」
「そんなこと可能なのか? 至竜にしか扱えないような強大な力を包み込むってことは、相当な魔力が必要だってことだろ? 量もだが、質的にも……」
「……それが殿が持っておられる力の為せる業なのだよ……そうは言っても、負担がないわけではないが」
「その負担の現われが、最近の不調ってことか……」
「――で、その力については……」
「それを語ることはできぬよ」
「……やっぱりそうなるワケね」
 今まで通り、予測済みの回答にリシェルは諦めモードで呟いた。
 それでも納得できない誰かが口を開くよりも先に。
「……なんだっていいよ、そんなこと……」
 ぽつり、と。こぼれた呟きは、それまで黙って話を聞いていたフェアの口から出たもので。
「どんな力を持っていたって、であることに変わりはないもの。わたしは……を取り戻したいだけ……力を持ってるとか、そんなの関係ない! に笑っててほしいだけだもん!!」
「フェア……」
 俯いたまま、思いを口にしたフェア。その姿は、少し前、己が響界種であると知って悩んでいた時のように、弱々しく見える。
 それだけ、フェアの中での存在が大きなものとなっていたという証。
「うん、そうだよね……」
 フェアを慰めるためか、それとも共感したのか。ルシアンがぽつりと呟いた。
さんは、さんだよね」
「今更なこと言ってんじゃないの! そんなの、あたしたちみんな知ってることじゃん」
「ルシアン……リシェル……」
「次は、さんを助け出す方法を考えましょ? 絶対、絶対、助け出そうね?」
「ミントお姉ちゃん……」
 力強い言葉に、フェアは小さく頷いた。――と。

「ええいっ、どうにもならんわいッ!!」

 レンドラーが気も荒い状態で帰ってきて。
 彼らが知る『城』の現状から、残り一日を待たずして『城』は結界を張って姿を現わすということがわかり、そこを攻めようということが決まった。
 空にある『城』へ行く方法と、結界を破る手段については、コーラルがクラウレの持つ遺産を継承し『至竜』になるということで解決することになった。――が。
「今より、最後の継承の儀式を行なう。さあ、御子殿。こちらへ……」
「待って……」
「御子殿?」
「継承は、する……けど、もう少しだけ待って……」
 本人の口から出た待ったコールに首を傾げる一同に構わず、コーラルはフェアの手をとるとそのまま食堂から出て行ってしまった。

「コーラル? 何が、あるの?」
 庭まで手を引かれ連れてこられたフェアは、こちらに背を向けたままのコーラルにそう訊ねた。
 けれど答えは返らずに――ぎゅっ、と。抱きついてきた。
「……ごめんなさい……」
「何が?」
「ごめんなさい……っ! お父さんのこと、助けたい気持ちはボクにもある……けど、こわいんだ……っ! 『至竜』に……大人になることが、こわいんだ……」
「コーラル……」
「『至竜』になることが、ボクの役目。先代も、御使いのみんなも、それを願ってくれてるし、お父さんを助けるためにはボクが『至竜』にならなきゃいけない……みんなの期待、裏切りたくないよ。でもね……『至竜』になったら、『守護竜』になったら、お母さんたちとはもう一緒にいられなくなるじゃないかっ!?」
「あ……」
「お父さんと、お母さんと、みんなみんないっしょに、ここで暮らしていたい……っ。お父さんとお母さんの子供のままでいたいんだ……っ!」
 ずっとずっと隠してきた気持ちを告白したコーラル。淡白に振舞っていた、その理由をフェアは始めて知った。
 コーラルはコーラルなりにフェアたちのことを思い、悩み続けていたのだった。
 フェアは、泣きじゃくるコーラルの身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「あなたの気持ち、よくわかったよ。……でもね」
「うん……っ、わかってる、つもり……っ。でも、お母さんにだけは本当の気持ちを知っていてほしくて……だだをこねて、ごめんなさい。今のは忘れていいから……」
「忘れるわけないよ。絶対忘れてなんかあげるもんですか。ずっといい子だったあなたの、はじめてのワガママだもん」
「お母さん……っ」
「よく、ガマンしたね、コーラル?」
「じゃあ……もうひとつだけ、ワガママ言っても怒らない?」
「言ってみて?」
「大人になったボクが今のボクと変わってしまっても……お願いだから、ボクをキライにならないで?」
 懇願するように見上げてくるその子供を、もう一度ぎゅっと抱きしめて。
「まったく……くだらない心配なんかするんじゃないの。あなたとわたしは親子。種族が違っても、血が繋がってなくても、もっとずっと強いつながりを持ってるんだから。きっと、だってキライになんてなったりしない。だから、バカなこと言わないの、コーラル……」
「うん……っ」
 安心しきったように身体を預けてきたコーラルは、ぎゅっと抱きしめ返してきて。
「お父さんとエニシアを、絶対助け出そう。一緒に……」
「ええ、一緒に……絶対に!」