町へと出かけたフェアとコーラルとは、散歩をかねてトレイユを一周することにした。
時計回りに進んだ先のミント宅前には、家主のほかにリシェルとルシアンの姿まであって。
「どうしたの?」
気になったフェアがそう問いかけた。
ミントが以前にも一度見た、畑の上をゆらゆら飛ぶ怪しい光。その時は見間違いかとも思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
その後も幾度か見かけた上に、今度は笑い声や歌のようなものまで聞こえてきたのだという。
「流石に気味が悪くなっちゃって……」
そう不安げにこぼしたミントに対し、ブロンクス姉弟の反応は正反対。
ルシアンは幽霊、リシェルは野菜泥棒ではないかと言う。――しかし。
「でも別に畑に変わったところはないんだけどな。それに、泥棒ならオヤカタが真っ先に気がつくと思うし」
「ムイムイッ!」
家主とその護衛獣が、あっさり否定した。
――と。会話を続けるミントたちを他所に、オヤカタはふいっと顔を背けた。
その視線の先をコーラルは追ってみたが、特に変わったものはない。
小首を傾げていると、オヤカタのすぐ側にが屈みこんで、じっとオヤカタを凝視していて。どうやらオヤカタは、から視線をずらしただけだったらしい。
でも――何故?
疑問に首をかしげつつ二人の様子を観察してみる。
しばらく一方的な凝視を続けた後、不意に手をのばす。そして――
「ムイ――――ッ!?」
悲鳴にも似た鳴き声に、ミントたちも話を中断して声の出所に注目した。
そこには片手でオヤカタの頭を鷲掴みにして持ち上げているの姿。
誰かが何かを言う前に、そのままは自分の頭の上にオヤカタを乗せて、そして立ち上がって畑を見渡す。
ゆっくりと一通り目を向けて――なにやら考える仕草。
「?」
「なんなのよ、一体……」
フェアとリシェルの問いには全く気にした様子もなくまだ考え中。
「……ひょっとして、何かわかったんですか?」
そう問いかけるミントにも答えない――かと思えば。
「ミント」
ちょいちょいと指を動かしミントを呼ぶ。
傍らに来たミントを見上げて――顔をしかめた。
「おまえ、ちょっと屈め」
「はい」
素直に指示に従ったミント。その彼女へと、は手を伸ばして――
「ちょ、何してんのよ、あんた!?」
ぎょっとした表情でいるフェアとブロンクス姉弟。
その理由は、の手の位置らしい。
はミントの首の下――胸元に手の平を当てていた。
「うるさい。静かにしろ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ外野を一蹴し、そのまま目を閉じてしばし後。
目を開いて手をどけたは再び考える仕草。
「さっきから何なのよ。黙ってないで説明しなさいよね」
しびれを切らしてリシェルが言って。
ようやくは口を開いた。
「メイトルパの魔力を感じる。オヤカタとミント以外の」
「――ってことは、光の正体は幻獣界の生き物ってこと?」
「多分、な……」
「え~? なのにオヤカタ気付いてないの?」
「ムイムイ~……」
申し訳なさそうに頭の上で鳴くオヤカタに、は溜息をひとつ。そして、小さな小さな声で呟いた。
多分、人間には聞き取れないほどの声量。オヤカタと、そしてコーラルだけが聞き取れた。
――役者、と。
オヤカタが一瞬固まって、またあらぬ方向へと目を向けた。
「じゃあ、やっぱり罠を仕掛けるってことで♪」
首を傾げるコーラルに気付くことはなく、リシェルの嬉々とした声で、その場はおさまった。
ブロンクス姉弟と別れて散歩を続け、次に向かった門前の広場にて。
前方不注意で派手にぶつかったフェアの頭のコブの手当てのために、そのぶつかった相手共々宿屋へと引き返すことになってしまった。
その治療の際、ぶつかった相手――クノンが機械人形だということが分かって。
「なあ、クノン。血液検査って、今この場でできるか?」
フェアへと痛み止めの注射が施された直後に、がそう切り出した。
「検査内容にもよりますが、簡単なものであれば可能です」
「不純物の有無が分かればいい。頼めるか?」
「はい」
フェアへのものよりも太い、空の注射器を出すクノンへとは片腕の服をまくって差し出す。
消毒後、採血して、その箇所にはガーゼ付のテープが貼られて。
「あんた、痛くないの? フェアはそこで屍状態になってるけど」
一瞬目を細めただけのに、リシェルが尊敬の眼差しを向けて問えば、は軽く肩をすくめて。
「痛くないわけじゃないが、慣れてるからな」
「――は?」
「検査準備は完了しました。結果が出るまでに少し時間がかかりますので、その間に私のことをお話いたします」
そうして語られた、クノンのこと。
マスターはアルディラという名の女性。現在単独で行動しているのは、知人の依頼である村へと往診へ行くためだということ。
「その村の住人たちはほとんどが召喚獣ばかりらしく、人間の医者よりも私のほうが適任だというご指名で……」
「『ラウスブルグ』の他にも、そんな場所があったとはな……」
「もしかして、聖王国にできたっていう、あの村のことかも。金の派閥の議長のキモいりで作られたとかいう……」
「それって……『レルムの村』か?」
「はい、そのように聞いております」
「、知ってるの?」
「傀儡戦争の先駆けで焼き討ちにあった村だよ。誰が言い出したんだったかなぁ……とにかくその村の生き残りが村を再建するにあたってな、異界の者――特に主を亡くして『はぐれ』と呼ばれるようになった者たちと人間とが対等に暮らしていける村を作りたいとか言ってたから……」
思い出しながら語ったの言葉に、御使いたちは口を噤む。思うところがあるのか、それぞれに真顔でどこか一点を見つめていた。
「はい。その考えにはアルディラ様方も大いに賛成されまして、こうして交流を始めているのです。ご理解いただけましたか?」
「ああ、了解した。変に疑ってすまなかったな」
アロエリが素直に謝罪を口にして、クノンは微笑を返した。そして今度はへと向き直って。
「検査結果が出ました。赤血球、白血球、血小板、その他成分すべて平常値。不純物も確認されませんでした。健康そのものです」
「そうか……」
「ただ、年齢に対し身長があまりに低いようですが……」
良好な検査結果に安堵の表情を見せたのも束の間、続いた言葉にはピキッと見事に凍り付いて。
「ま、まだ、のびそう……か?」
引きつりつつ一縷の望みといった体で問う。
クノンはそんなの様子にはあまり関心がないように、さらっと告げた。
「血液中の成分を見る限り、成長期のものと大差ありませんので可能性はあると思われますが、詳しく検査してみないことには断言はできません」
「いや……可能性があるならいいよ……ありがとう」
「では、失礼いたします。迎えの者と落ち合う約束ですので」
やわらかく微笑んで一礼するクノンを、フェア以外は笑顔で見送った。
その、すぐあと、リシェルが呟くようにして感想をこぼす。
「にしても、レルムの村――だっけ? 焼き討ちってことは、そこで死者も沢山出たんでしょ? よくそんなところにもう一度村を作ろうなんて思ったわねえ」
「生き残りの人にしてみれば大切な思い出もあるんだろうけど……やっぱりちょっと……普通は避ける気がするかな?」
フェアも同意見を述べて……その場にいた御使い二人も首肯する。
は取り出した例の煙草もどきを銜えて、火をつけてから口を開いた。
「だからこそ、だよ。惨劇があった場所を涙のままで終わらせたくないんだとよ」
「――え?」
「もう一度、笑顔の溢れる場所にしたい。そうすれば、そこで死んだ者も慰められるんじゃないかって……そう言ってたぞ」
「……強い、人たちだね……」
「そうだな……」
フェアの感想に、が同意する。
その顔は、どこか誇らしげで――けれど、少しつらそうに見えた。
その様子にリシェルは気付かなかったのか、にんまりと笑ってへと近づき。
「と・こ・ろ・で! 年の割にはちっちゃいって言われてたけど~? あんた、一体年いくつなの?」
「……聞くな」
「何でよ。いいじゃん、教えなさいよ」
「わからんから聞くなって言ってんだ」
「――は?」
「わからないって……どうして?」
「10歳以降、面倒になって数えるのやめたから」
――そんなところまで大雑把なのか。
一同の思いはその時そう完全に一致していた。
「とりあえず、おまえらよりも長く生きてるのは確かだが」
「ちょっと待って。、わたしに年上じゃないんだから敬語やめろって言わなかった?」
「年上に見えるかって聞いただけで、年上じゃないとは言っていない」
しばしの沈黙。
「詐欺師――!?」
「嘘はついてないだろ」
何やら叫んだフェアを、はあっさりとあしらって。
「とにかく、おまえらオレが年上だからって態度改める気あるのか?」
「ないわね! だって、見えないもん!」
リシェルの断言に、は眉間に皺を寄せて。
「そう断言されるのも複雑なんだが……事実だからな。オレとしても敬語とかは使われたくないし、年のことは気にするなってことだ」
言うだけ言って立ち上がると、はフェアとコーラルへと目を向ける。
「ほら、行かないのか? 本命の町にはまだだろう?」
フェアとコーラルは顔を見合わせると、リシェルたちにへ笑みを向ける。
「じゃ、いってきます!」
ビシッと片手をあげて宣言してから、の後を追って町へ向かった。
そんなことがあった日の、翌日のこと。
シャオメイのところへ行った帰りに、はミント宅へと足を向けていた。
オヤカタが隠し事をしているのは明白だったので、その正体を確かめるために。
丁度良いことに家主は外出中らしく、そのまま畑のほうへと歩いていくと……
「うううう……っ、誰かぁ……っ、このベトベトしたの、とってくださぁーい」
可愛らしい声が、ひどく間の抜けた言葉を紡いでいた。
声の出所を探すの目に、昨晩リシェルたちが仕掛けた罠に見事に引っかかっている猫ぐらいの大きさの人が映る。恐らく、妖精。
「随分と、まあ……見事に引っかかったものだな」
「あうっ、た、たすけてくださぁーい」
声に気付いて見上げてきた若草色の妖精を、はしばし見つめて。
「あ、あのぉ……?」
「トリモチのとり方って、どうやるんだったかな……」
「ま、マルルゥこのままですかぁ!?」
じたじたと動いて余計に絡み付いてしまうという悪循環をやらかした妖精。
は溜息をつくと彼女へと手を伸ばす。
「面倒だから、魔力で弾く。使えるほうの手でいいから、俺の手に合わせてくれ」
「はいですぅ」
ぴったりと合わせられる小さな手の平。意識を集中させて、彼女の魔力の波長を探る。
完全に把握したところで、己の魔力をそれに合わせるように調整して――
「いくぞ。多少衝撃があるかもしれんから構えとけ」
「わ、わかりましたぁ」
彼女の身体の表面を巡るように自分の魔力を流し込む。――と。
パンッ、と。小さな音がして、トリモチは見事に弾け飛んだ。同時に急に自由になったことと、魔力の衝撃もあって、妖精・マルルゥはの手の中に落ちてきた。
「はうぅ~、た、たすかりましたぁ……ありがとうです、キラキラさん」
「――は?」
「ではでは、マルルゥは行くのです」
「って、ちょっと待て」
奇妙な呼び名で呼ばれて呆気に取られたものの、続いた言葉に反射的に両手で妖精を包むように捕らえた。
「は、放してくださいですぅ」
「落ち着け、とりあえず。町のほうに行って人間に捕まっても面倒だし、かといってここでふらふらされてまたトリモチに引っかかられても困る。オレはおまえに危害を加えるつもりはないから、話を聞かせてくれないか?」
手の中でもがくのをやめたのを確認して、そっと手を開く。
すると、逃げることなくおとなしくしていて。
「おまえ、一人でここまで来たのか?」
「違うです。ヤンチャさんとワンワンさんと一緒でした」
またも出てきた名前とは思えない呼び名に、は片手で額を押さえる。
これと話をするのは骨が折れるかもしれない。
「とりあえず、仲間とはぐれたってことか?」
「はいです」
「じゃあ、その仲間を探さなきゃいけないか。おーい、オヤカター?」
マルルゥを肩に乗せてオヤカタを探す。呼んで、ほぼすぐにガサガサと茂みをかきわけてオヤカタが姿を見せて。マルルゥと共にいることに驚いたようだ。
「オレがこいつに何かするわけないんだから別にいいだろ。それよりミントたちを呼んで来いよ。こいつの仲間を探したほうが、隠れてるより安全な解決策だろうが」
「ムイィ……」
悩むように低く唸った後、オヤカタはビシッと敬礼をして外へと走っていった。
は花壇のあるほうへ向かうと、そこに設置されたベンチにと腰を下ろす。
するとマルルゥはふわっと浮いて、の膝の上にちょこんと座って見上げてきた。
「キラキラさんは、どうしてマルルゥに親切にしてくれるんですか?」
「迷子を助けるのはそんなにおかしなことか?」
問いに問いで返すと、彼女は何かを言いかけて口を開いて――そのまま静止した。しばし後に、小さく笑って。
「おかしくないです」
も笑みを返し、家主が来るまでの間に少しのお喋りタイムとなった。
「「 マルルゥっ!? 」」
「この二人が『ヤンチャさん』と『ワンワンさん』か?」
「はいですぅ♪」
オヤカタに連れられて戻ったミント宅の花畑で、少し前に知り合った鬼人のスバルと亜人のパナシェがの膝の上にいる妖精を見てその名を呼んだ。
妖精・マルルゥが答えるよりも先にが言った名称にフェアは呆れる。
「、いないと思ったらこんなところにいたんだね……で、その『ヤンチャ』と『ワンワン』って何?」
「あ~、どうにもマルルゥは人の名前を覚えられない性質らしくてな。こいつの呼び方まんまで確認するしかないだろ」
「そういうことね……」
とりあえず、ミントが見た光の正体が彼女であることが分かり、またオヤカタは今までマルルゥのことをかばっていたことと、がそれに気付いていたことまでが判明した。
「また知ってて黙ってたの、!?」
「キラキラさんはオヤカタさんを庇ってくれたのですよ! マルルゥのこともベタベタから助けてくれたのです。怒らないでほしいのですよ……」
「そうなんだ?」
「ってか、『キラキラさん』って……」
「こいつの目にはオレの魔力はそう映っているらしい」
「そ、そうなの……」
疲れた様子を見せたには、怒る気も失せた。
恐らく、名前を呼ばせようと努力したが無駄に終わったのだろう思われる。
とにもかくにも一件落着かと思われた時、可愛らしい腹の虫が鳴いて。
「あややや……」
音の出所であるマルルゥが恥ずかしげに苦笑い。
「ずっと半分こじゃ、そりゃお腹だって空いちゃうよね。うん、ここはひとつマルルゥの好きなもの、作ってあげるよ」
「それなら、マルルゥ、お鍋がいいですよ♪」
「は?」
「ボクたちの島のしきたりなんだよ。いいことがあった時には、みんなでお鍋を囲むんだ」
「みんなの絆が、もっと深まるようにってな」
マルルゥのリクエストの理由を、パナシェとスバルが答えた。
それを聞いた者たちの顔には、一様に優しげな笑みが浮かんで。
「よーし、だったら、とびっきりのお鍋を食べさせたげる!」
高々とフェアが宣言をして、その日は楽しげな鍋パーティとなった。