書 き 殴 り ・ 番 外 編 2

 以前、商店街で会った、おつかい内容が書かれた紙を落としてしまいそれを探していた召喚獣の少女・ユエル。
 今度は水道橋公園で会ったのだが、聖王国から来ている上に今まで野宿でいたことがわかり、放って置けるはずもなく、フェアはユエルを連れて宿へと帰った。
「あーっ!? セルファンだ!」
 宿の扉を開けるなり、ユエルは中にいたアロエリに飛びついた。
「メイトルパの仲間にまた会えて、ユエルうれしいよっ♪」
「オルフル族……? なんで、こんな所にオルフルが……っていうか、ひっつくなっ!? 暑苦しいっ!!」
「ゴメン、ゴメン。つい、うれしくて。えへへへ……」
「……何騒いでるんだ?」
 メイトルパ組の遣り取りに、裏庭のほうからやってきたが怪訝に問い掛けた。
 その声にか、ユエルの大きな耳がぴんと立って。そして――

だぁ――――っ!!!」
「ぅわっ!?」

 アロエリの時以上の素早さでにタックルかましたユエル。あまりの勢いにか、それとも不意打ちのためか。踏ん張りきれなかったらしいは受身も取れずに床に押し倒されて。
 強打したらしい頭を押さえて声も出せずに悶絶寸前のと、彼に抱きつきちぎれそうなほど尻尾を振っているユエルの姿がしばし見られた。


「あんたってホント、召喚獣に好かれてるわよねぇ」
「ほっとけ」
 くすくすとおかしそうに笑うリシェルの言葉が、後頭部の痛みを増長させる。
 騒ぎを聞きつけて下りてきたフィルがユエルを引き離してくれて得た自由だが、その程度は自然治癒すれ、と。コブは未だに痛みを訴えていたのだ。
 とにもかくにも、一通り自己紹介と出会った経緯などを聞いた後、ユエルの事情を聞くことになって。
 レルムの村からこの街である人物と会うためにやってきたこと。その人物のことが書かれた紙を無くしてしまったのだということを聞いた。
「別にそんなもの、オルフルのおまえには必要ないだろう? ニオイを辿れば見つけ出せるのではないのか?」
 アロエリの指摘に、ユエルの耳が下がる。
「うん……でも、その人にはニオイないから……」
「ニオイがない? それは面妖な……」
「だから、ちゃんとわかるように紙に書いてもらったの」
「だが、似顔絵だけでそう簡単にわかるものなのか?」
「しゃしん、だからすぐわかる、って」
「しゃしん……って、見たままの画像を機械で紙に焼いた、あの『写真』?」
「うん、それそれ! ネスティも確かそう言ってた!」
「その写真は、相手方から送られてきたものか?」
「うん、そうだよ」
 あっさり返ってきた答えに、は記憶を探る。
 ニオイのない相手で、ロレイラルの技術のある環境からやって来ていて、この町で待ち合わせをしている者……
「とすると、やっぱりその写真ってのを探すしかないかな」
「ちょっと待て、アルバ。なあ、ユエル。その待ち合わせの相手って、もしかして機械人形じゃないのか?」
「なんでわかるの、!?」
「ニオイがないって言ってたろ。生物なら体臭ってヤツがあるが、無機物――つまり機械にはないからな」
「なるほど……って、機械人形?」
「しかも、待ち合わせしてるって……たしか前にも……」
 フェアとリシェルが呟き、思い至ったのか顔を見合わせて同時に叫んだ。

「あ――――っ!? クノン!?」

「な、なに、どうしたの?」
「ユエル! わたしたち、あなたの待ち合わせ相手に会ってるかもしれない!」
「ええっ!?」
「本当か?」
「うん、多分。確証はないけど」
「関連付けて考えてみたほうが良さそうだもの」
「ってことは、その人を捜して確認したほうが早いってことだね」
 出た結論。フェアとリシェルにクノンの特徴を聞き動き出す一同に合わせて、ユエルも動こうとしたが、あっさりと止められた。
「ユエルはここで、おとなしく休んでなさい」
「でも……」
「心配いらない。だいじょうぶ」
「う、うん……」
 コーラルにも言われ頷いたものの、まだ納得いかなさそうなユエル。
 今度はリビエルがちょっと顔をしかめて、彼女に言った。
「それに、ちょっと言いづらいんですけど、貴方……お風呂、入ってないでしょ?」
「う……っ」
「さっぱり汗を流しておくのが、人と会う前の礼儀であろう。まして、そなたは女なのだからな。もったいないぞ?」
「そうそう、女の子はいつだってキレイにしとかなくちゃね」
「うううう……っ」
 更にセイロンとフェアにも言われて、ユエルの耳が限界まで下がっていく。
 オルフルの性質的に、水に濡れるのが苦手なためだ。
 うう~っと、うなるでもなく声を出していたユエルは不意に顔を上げてを見てきて。
も一緒に入ろうよ」
「お断りだ」
 爆弾発言に派手なリアクションをしている面々とは対照的に、予想していたはあっさり返す。
「なんで~!? トリスやミニスは入ってくれたよ!」
「あいつらは女だからだろ。おまえもいい加減子供気分は卒業して、自分が女だってことを自覚しろ」
「ユエルは生まれたときから女だよ?」
「そーゆー意味じゃねえ……」
 全く理解していないユエルに、は肩を落とす。言うだけ無駄らしい。一から説明する気などないし……とはいえ、そろそろ自覚してもいい頃だろうに。
「アロエリ、オルフルの二次性徴って遅いのか?」
「いや、わりと早いほうだと思ったが……まあ、個人差はあるだろうからな」
 ということは、やはりユエル自身の問題らしい。
 は大きく溜息をついて。
「とにかく、オレはパスだ。誰かと一緒じゃなきゃイヤならアロエリにしとけ。同郷者なんだから文句はないだろ。オレはクノン探しのほうに行く」
のケチぃ」
「ケチじゃねえ」
 ユエルのブーイングも流して、早々に宿の外へと出た。
 宿から少し離れたところでおもむろに立ち止まると、片手を近くの木について体重を傾けて呟く。
「つ……疲れる……」
「お疲れ様って言って欲しい?」
 からかうような言葉に振り返ると、言葉の間面白そうに笑ってるリシェルがいた。
「別に言われても困る……」
「あはははっ。あの子って昔っからああなの?」
「そうだよ。まさかマグナと同じ立場になるとは思わなかった……」
「あんたはその時は言われなかったってこと?」
「当時のオレはコーラルくらいで、ユエルより身長低かったからな。大抵屋根か木の上に避難してるか、書庫で本の虫だったし」
「やっぱ、あんた面白いわ♪」
 面白がられる理由がわからないは、ただ溜息をついて。
「で、どうしたんだ。クノン探しに行くんじゃないのか」
「行くわよ――っていうか、あんたもコーラルと同じくらい魔力探知能力に長けてる感じだから、クノンもそれで探せるかな~って思ってさ」
「まあ、できないことはないが、とりあえずクノンと会った門前の広場に行ってみて、いなかったらそれで捜すか」
「んじゃま、門前広場へ行きましょ♪」
 横着する気満々で先を行くリシェルに、また溜息をついてはあとを追った。


「クノンっ!」
 前に会った場所にとりあえず行ってみよう、と。同じ考えでいたらしいとリシェルに途中で合流したフェアは、門前広場で目的の人物の姿を認めて呼びかけた。
 クノンはすぐにこちらへ向き、小さく微笑みかけてきた。
「どうも……お久し振りです」
「もしかしたらとは思ってきてみたけど、あれからずっとここにいたの?」
「いえ、わりとあちこち、ぶらぶら回ってましたが、これを読んでいたので然程退屈はせずに済みました」
 そう言って見せられたのは一冊の本。
 タイトルは『恋する乙女の瞳は月を射抜く』という、よくわからないもの。
 フェアにはなんだかよくわからないが、その本にはリシェルが反応した。
「あーっ、これって『恋する乙女』の最新刊じゃん!」
「なにそれ?」
「帝都の少女たちに大人気の超大河恋愛小説のことよ。もう十年以上もずっと続いてる、息の長い作品なんだから」
「はい、外伝も含めて全て読破しております」
「へえ、ホントにあんた、人間と同じだよねえ。誰かさんより、よっぽど女の子らしいかも?」
 ちらっとこちらを見て言うリシェルに、フェアはむっとした。
「それって、誰のことよぉ!?」
 本なんか読んでなくても女の子であることには変わりはないのに。
 反論もこめて問い掛けてみても、あっさり黙殺された。
「ねえねえ、あんたはどの話が一番好き?」
「甲乙つけがたいのですが、やはり私的には『恋する乙女の涙は氷河も溶かす』でしょうか? 『恋する乙女の叫びは大海原を割る』も捨てがたいですが」
「えーっ、あたしは断然『恋する乙女の左は世界を制す』だけど」
 読んだことのない者には、タイトルだけ聞いてもどんな内容なのか全く想像できない。
 顔にそんな疑問が出ていたのか、振り返ったりシェルが言った。
「興味あるんだったら、今度貸してあげてもいいわよ?」
「遠慮しとく……料理の本以外、まず読みきれないから」
「じゃあ、オレが借りたい」
 思わぬところからの申し出に、一瞬フェアもリシェルも固まってしまった。
「あんた、恋愛小説なんて読むの?」
「文章であればジャンルを問わずなんでも読む」
「……読書好きっていうか、本の虫ってヤツ?」
「活字中毒とも言う」
 そういえば、とフェアは思い出した。アルバも、昔のは暇な時は寝てるか本読んでるかだったと言っていたな、と。
 本当だったんだと半ば呆れるフェアとは反対に、リシェルは面白そうに笑って。
「いいわよ、貸したげる。あれは男にとってはどんな感想を持つ作品なのか気になるし♪」
「別に対して面白いこともないと思うがな、オレの感想は」
 然して気にした様子もなくは呟く。
 なんだかんだいって、この二人はいいコンビなのかもしれない。
 何となく思い浮かんだことを振り払うように溜息をついて、フェアは脱線していた話の本題を口にする。
「それより、クノンに聞きたいことがあったのよ」
「なんでしょう?」
 フェアは彼女にこれまでの経緯を説明した。
 結果として、やはりユエルの捜している人はクノンだった。色々とそれについて聞いてみたいことはあったけど、とにかく今はユエルを安心させてあげるのが先、と。
 クノンを連れて、宿へと戻った。


 宿の前では、何故かオロオロとしているリビエルがいた。
 理由を聞いて、彼女の口から出てきた言葉は。
「ユエルが逃げたぁっ!?」
「お風呂を沸かして着替えを用意しているうちに、いつの間にやら……」
「お風呂がイヤで逃げ出したっていうワケ!?」
「オルフル族は水に濡れることを嫌う習性があるからな」
「だから、おまえに任せたんだが……ユエルのほうが上手だったか」
 別に責めたわけではないのだが、アロエリは「すまない」と一言謝罪してきた。
「ああ、それであの一緒に入ろう発言が出てきたわけね」
「そういうことだ。とりあえず、ユエルを捜すか……このままにもしておけないし」
「魔力で?」
「そのほうが早いだろうな」
 言いながら、は片手を上へと持ち上げた。
 まずは宿に残るユエルの魔力を掴もうとした、刹那。
 ――ゴス、と。いつかと同じ音が、後頭部の痛みを伴って聞こえて。
 振り返った先には、案の定フィルがいた。
「何だよ、フィル?」
《俺がやるから、おまえは大人しくしてろ》
「……いちいち頭突きかまさなくたって、普通にそう言やいいだろうが」
 しかも、さっきユエルのタックルで打ちつけたコブがまだあるというのに。
 後頭部を押さえていると、別の手が触れてきて。
「治療いたしましょうか?」
「頼むわ……」
 素直に返すとクノンは以前と同じ手順で手当てしてくれた。
「で、。フィルはなんだって?」
「自分がやるとよ」
「だから大人しくしてろ、だとさ」
「余計なことまで訳すな、アロエリ」
 キロリとアロエリを一睨みし、フィルへと目を向ける。
 四足立ちの獣型であるフラップイヤーは、ニオイを辿りそうなイメージがあるが、実は魔力探知能力のほうが優れていたりする。
 頭部にある羽をアンテナ代わりに広げ探っていたフィルは、閉じていた目を開いて一言。
《……見つけた》
 そのまま空へと飛び上がり、真っ直ぐに進んでいく。
「フィル!?」
「見つけたってよ。追うぞ」
 こちらが追いやすい速さで飛ぶフィルの後をついて走った先は、シトリス高原。
 街道から少し外れた高原で、ユエルは二人の男の前で膝をつき、苦しげに地面に爪を立てていた。
 高い戦闘力を持つオルフル族。そのユエルがあのような状況になる理由は――負けたのでないなら、ひとつしかない。
 は走る速度を上げて一気に接近すると、召喚師風の細身の男に飛び蹴りをお見舞いする。そしてすぐさま隣で身構えかけていた大柄な男の顔面めがけて回し蹴りを繰り出した。
「がぶぁっ!?」
 見事直撃。吹っ飛ぶ男を冷ややかな目で見て、すぐにユエルに向き直る。
……」
「悪い、ユエル。首輪はずしてやるの、すっかり忘れてた」
 フェアたちが無事追いついてきて、男たちを任せられる状態が整ったのを確認するとユエルの首輪を両手で包み込むように触れた。
 そして、ユエル以外の誰にも届かぬ声量で、その言葉を紡ぐ。
「全ての源に通じる力を、今我が前に示せ。愚かな言の葉にて編まれし縛鎖を砕く力を……束縛されし魂に永遠(とわ)の自由を与えよ。誓約者の名においてが命ずる。幻獣界に生まれしオルフル族・ユエルの魂を、縛鎖より解き放て!」

 ――パキィイインッ。

 硬質な音を響かせて、ユエルの首にあった首輪は粉々に砕け散った。
 淡い光に包まれていたユエルがその目を開けると、光は消えてなくなった。
「ありがとねっ、♪」
 にぱっと笑って言ったユエルに、は笑い返して頭を撫でてやる。
 それから、ユエルに苦痛を与えた男たちのほうへ目を向ける。フェアたちとの戦いで手下と思われる無法者のほとんどは地に伏していた。
 残りは、あの二人。
「ユエル、一発ぐらい殴っとくか?」
「――うんっ!」
 ちらっと目を向けて聞けば、はっきりと頷きが返って。共に唇に笑みを浮かべて同時に地面を蹴った。
 どう頑張っても足はユエルのほうが速い。ユエルが先に召喚師の背後に回り込んで思い切り拳を入れて地面に叩き伏させた。
 少し遅れて大柄な男の懐に入り込んだは、腹部へ蹴りを入れる。モロに入って身を折った男の顔へと、とどめに一発。蹴り飛ばした。
 難なく着地を決め、はユエルと手を叩き合わせた。
「み、未来に向かって退却だあぁーっ!!」
「あんちゃん、待ってえええぇぇーっ!?」
 逃げることは大得意なのか、よくわからない捨て台詞と共にも目を瞠るほどの素早さで男たちは逃げていく。
 それを指差して、はフェアに聞く。
「何、あのしょぼい悪党は?」
「召喚獣をさらって売り払おうとしてたヤツら。マルルゥ捜してた時に見つけてやっつけたんだけどね……」
「全っ然懲りてなかったみたいなのよ」
「なるほどな。ま、あの程度のおつむなら、放っといても自滅するだろうさ」
 然して興味もなく言って、ひとまず町へと戻った。
 町の入口で、立ち止まる。
 探していた相手とも出会えたということで、このまま聖王国へ向かうとクノンとユエルが告げてきたためだ。
 一応アルバが護衛を名乗り出たりもしたが、クノンが無線で仲間に連絡を取っており、隣の大道都市で合流する手はずになっていることがわかって引き下がった。
 そして、別れ際。
、ユエルを自由にしてくれて、ほんとにありがとねっ♪ ユエル、に会えてすっごい嬉しかったよ。きっとみんなも会いたいって思ってるから、いつか戻ってきてね♪」
 ユエルはそう言って、の頬に唇を当てた。
「ばいばーいっ! まったねぇーっ♪」
 いつものように子供の笑顔全開で去っていくユエルに、は一言。
「誰だよ、あいつにこんなこと教えたの……」
 絶対意味わかってないな、と。
 呆れつつ振り返ったは、赤面したりして固まってるトレイユメンバーに、どうするかと溜息をこぼした。