書 き 殴 り
秘密の計画

「昼の営業しゅーりょー!!」
 最後の客が帰ったあと、自分たちの昼食をテーブルに並べ終えて、フェアは大きく伸びをした。
 その様子を笑みを浮かべて見ながらルシアンは言った。
「おつかれさま、フェアさん」
「うん、ルシアンもお疲れ。リシェルも……さ、お昼にしましょ」
「やっとだ――♪」
 うきうきと席に着いたリシェルは、はたと気付いて。
「そういや、は?」
「お弁当持参」
「あ、そ。相変わらず、どこで何してるのやら……いただきまーす♪」
 どこで何をしているのか、大体のところを知っているフェアとルシアンも特に何も言うことなく、揃って「いただきます」と食事を開始した。
 他愛のない会話と共に食事を進め、終わりも近付いた頃のこと。
「そういや、確か今日よね。アレってどうなってんの?」
 リシェルがそう切り出してきた。
「僕はもう大丈夫だよ」
「わたしも。あとはこのあと、みんなで手分けすれば間に合うと思う」
「よっしゃ! じゃ、お昼が終ったらあたしはミントさんに声かけてくるわ!」
「じゃあ僕はグラッドさんに」
「うん、二人ともそっちは任せた!」
「「 おーっ! 」」
 互いの意向を確認して、昼食後、三人はすぐにそれぞれ動き出した。


 食器を片付け、簡単に店内を整えたあと、フェアは忘月の泉へと向かった。
 特に理由はない。ただ休憩のためだった。
 けれど泉に着いたフェアは己の目を疑った。
 枯れ果てた木々に囲まれた濁った泉の代わりに、かつて一度だけ見た大木と光を反射する澄んだ泉がそこにはあったから。
 そして何よりも――
「お、かあ、さん……」
 その泉の、上に。
 異空間にいるはずの母の姿が。
「お母さん……っ」
 信じられない面持ちで呟いたフェアに気付いた母が振り返り――微笑んだ。
「――お母さんっ!!」
 思わず走り出したフェアはそのまま水面に佇む母へと飛びついた。


 ――バッシャァーンッ!!

「……ったぁ……」
 思いっきり不意打ちを喰らったは、水に浸かったまま呟いた。
「――え、あれ……?」
 その不意打ちでタックルかましてきたフェアは、わけがわからないといった表情でこちらを見てきていて。
「……何やってんのよ、あんたたち」
 更に降ってきたのはリシェルの声。見れば泉のほとりにルシアンと共に立っている。
「リシェル! いつ来たの!?」
「今よ今。何だか随分大きな水音がすると思って覗いてみたら……何? ドブ池で水浴びでもしてるわけ?」
「違うよ! 今、ここに――」
「フェアに押し倒されたところだ」
「ちょっ……っ!?」
 呆れた表情だったリシェルの顔に、にやりとした笑みが浮かぶ。
「へえ……フェアも昼間っからやるじゃない?」
「だから違うって言ってるでしょ!! お母さんが立っているように見えたから、思わず抱きついちゃったのよ!!」
「夢でも見たんじゃないの? だって現実に目の前にいるのはなんだし」
「う……でも……」
 そんなはずはないと思いたいらしいフェアの様子に、はあからさまに溜息をついた。
「どうでもいいが、いつまで水の中にいる気だ?」
「うあ……っ」
「早くどいてくれないと、今この場で食うぞ?」
「――は?」
「フェアさん、離れて! 離れて!!」
 きょとんとしているフェアとは別に、ルシアンのほうが焦った声を出す。
 けれどさっぱり意味のわからないらしいフェアの唇に、は己のそれを軽く触れ合わせた。
「こういう、ことだよ」
 一瞬、自分の身に起きたことがわからなかったのか固まっていたフェアは、すぐに耳まで真っ赤にして。
「なっ、へっ、うっ、……ッ、のばかあぁ――――――ッ!!!」
 猛ダッシュで逃げていった。
「へえ、やるわねぇ、あんたも」
「いい加減に自覚してもらわなきゃ、どうしようもないからな」
 フェアほどではないが顔を赤くして固まっているルシアンの隣、実に楽しそうなリシェルの言葉に、水から上がりながらはぼやくように言った。
 それに対し、リシェルの顔からは笑みが消えることはなく。
「ふ~ん、やっぱあんたも男なんだ」
「リシェル……おまえ、そんなにタライを喰らいたいのか?」
「あっははは、イヤ~よ。てか、そういうことじゃなくってさ、フェアの様子を見る限り、恋仲になってひとつ屋根の下で暮らして結構経つ割に、なぁ~んにも進展なさそうだったからよ」
「さっきのあの程度のことであの反応だぞ? あれ以上のことなんかできるわけないだろ」
「まだまだお子ちゃまってことね」
「そういうことだ。けど、少しは自覚してもらわなきゃな。信頼してくれるのは有難いが、あんまり無防備でいられるとオレが困る」
「ま、頑張りなさい♪」
 完全に面白がっているだけのリシェルの励ましに、は溜息をこぼして。
「そーするよ……じゃあな」
「帰るの?」
「とりあえず泥臭いの落としてから、また出かける」
「そ」
 二人と別れて、宿へと向かった。

 軽く風呂で泥を流して着替えたあと、は再び忘月の泉へと赴いた。
 泉のほとり、ラウスの切り株の側に立つと光が現われ、水面に女性の姿を映し出した。
 ――教えてあげればよかったのに。あの子、喜んだと思うけど――
 女性が微笑み、そう言った。
 は溜息をつく。
「ぬか喜びさせるわけにはいかないだろ。成功したとは言いがたいんだし」
 ――でも、希望にはなると思うわ。だって、あなたのお陰で枯れたはずのラウスが再び芽吹いたんですもの。いつかまた、私はこの異空間の外に出られる。あの子を……フェアを抱きしめてあげられる――
 幸せそうに未来を思う女性――メリアージュ。フェアの母親である彼女をこちらの世界へと戻すために、はメイトルパから帰って以来、こっそりとここに通っていたのだ。
 同じ空間であるリィンバウムや異界であるメイトルパなどへと『路』を開くように、異空間へも『路』を繋げられれば一番早いのだが、なかなかどうして。それがかなり困難だった。
 異空間は、言ってしまえば隠し部屋のようなもの。界と界を繋ぐ狭間にすら属さず、世界に寄生するようにしてあるような空間だから。
 なのでこれまで様々な方法を思いつく限り試して――ほとんどが失敗に終っていたのだ。
 成功とはいえないが手応えのあったものが、ひとつ。それが先程フェアに見られてしまったアレだった。とはいえ、今回も失敗したのは事実。実現には程遠いことがわかった。
「……やっぱ、ラウスを成長させるのが、一番確実ってことだな……」
 それもまた、時間を要することではあるけれど。
 しかも、ラウスに再び命を与えたことは、に覚えはないのだ。だから成長を促進させられるかも定かではないのだが……それでも、諦めたくはないから。
 ――そうね。あれはあれで楽しかったけれど――
 くすくすと楽しそうに笑うメリアージュに、も笑みを浮かべた。
「また近いうちに試してみるか」
 ――ええ♪――
 目的は彼女に自由を与えることだが、その過程で彼女の孤独が少しでも癒せるのなら、それでもいい。
 そんなことを思いながら、はラウスの切り株によりかかってその目を閉じた。

 ――ねえ、起きてちょうだい――
「……ん……?」
 メリアージュに呼びかけられ目を覚ますと、辺りは大分薄暗くなり始めていて、上を見上げれば夕日に照らされ赤く染まった雲が青い空に浮かんでいるのが見えた。
「ああ……もう、こんな時間か……」
 ――ええ、それに……お迎えが来たみたいだから――
「迎え?」
 ――フェアよ。それじゃあ、おやすみなさい――
 何やらくすくすと楽しそうな笑い声を残して、彼女の姿は水面から消えてしまった。
 さっきまで寝ていた相手を起こしておいて、おやすみという挨拶もおかしい気がする――と。少々ずれたことをぼんやり考えていると、近くの茂みが鳴って彼女の言葉通りフェアが姿を現した。
、またここに来てたの」
「知ってて来たんじゃないのか?」
を探しにきたのは本当だけど、いるなんて知らなかったよ。もしかしてって思っただけ」
「さよか」
 短く返して欠伸をひとつ。
「……また昼寝?」
「まあな」
「そんなに今日は疲れてるの?」
「いや。寝る子は育つ、ってな」
「もう子供じゃないでしょ、は。風邪ひくよ、もう……ほら、帰ろ? 今日の用事はもう済んだんでしょ?」
「オレは済んでるが……おまえ、そういや何でここにいる? この時間ならもう、夜の営業始まってる頃じゃないのか?」
「今日はね、新作レシピの試食会で営業はお休みなの。みんなもう集まってるのにが帰ってこないんだもん。主役が来なきゃ始められないでしょ」
「主役って……」
のために考えたレシピだもん。もさっき言ってたアレ」
 言いながら、隣に立つフェアは同じくらいの身長のの頭をぽんぽんと撫で、次いでその手を水平にしたまま自分の頭のほうへともっていく。
「あ? 何? 身長が伸びるような料理ってことか?」
「そういうこと♪ セイロンやミントお姉ちゃんとか、グルメのおじいさんとかに聞いたり本で調べたりしてね、前々から試作品は作ったりしてたんだ。やっとお店に出せるくらいのものになったから最終判定をみんなにお願いしたの」
「マジで?」
「本当に効果があるかはわかんないけど……医食同源をテーマに、健康的なメニューを揃えてみたつもり。前にお姉ちゃんが行ってた野菜だけのフルコースにも挑戦してみたよ」
「ほ~、腕あげたなあ……」
「上手くいってるかはまだわかんないよ。そういうのは食べてから言ってほしいな」
「それじゃあ、急いで帰るか」
「うん♪」
 急いでとは言いつつも、普通に二人並んで歩く。忘月の泉と宿はそれほど離れているわけでもないので、話しながら歩いている間にもう半分は来ていたから。
 残りの距離も他愛のない会話をしながら進めば、すぐに宿は見えて。
「はい、じゃあ、が先に入って」
「なんで?」
が主役だって言ったじゃない。ほら、早く」
 笑顔全開ですすめられるまま扉に手をかけた。――と。

 ――パアァンッ。
『ハッピーバースディ・!!』

「――は?」
 一歩踏み込んだ途端のクラッカーと、見事に揃った言葉に、は一瞬思考が停止した。
 動きまで止まっていると、その背をフェアに押されるまま、食堂の中央へと連れて行かれる。
 そこには沢山の料理と、大きなホールケーキが用意されていた。店内もパーティ仕様に飾り付けられている。
 ここまで来て、ようやくフェアがのことを主役と言っていた本当の理由に思い至って。
「誕生日おめでとう、
「……誰から聞いたよ、そんなこと……」
「トウヤさんだよ」
「あんたとフェアがメイトルパに行ってる間にね、色々話を聞いたのよ。その時に教えてもらってたの」
 呆れた呟きにはブロンクス姉弟が答えた。
 聞いて納得し――やはりというか溜息がこぼれる。
「どうよ? びっくりした?」
「びっくりも何も、知らなかったよ今日だなんて」
「――は?」
「何で? トウヤさんには教えてたんだよね?」
「前に一度、ナツミに聞かれて答えたことはあったが、名も無き世界の暦がリィンバウムの暦のいつに当たるのかなんて調べてねえからな。言ったろ? 自分の年齢、数えてねえって」
「あ~……」
「ったく……何をコソコソとやってんだよ、御使いまで呼んで」
「なによー、素直に喜んだらどうなの」
「祝ってもらうような年でもない」
「リシェルの意見にわたしも賛成だよ。、照れ隠しに悪態つくの禁止。ほら、さっき言ったこと全部本当なんだからね。のために作った料理なんだよ」
「アレ、本当だったのか」
「わたしはと違って嘘つかないもん」
「ほ~……おまえも結構毒のあること言うようになったなあ……」
「うん。あの時、カシスさんが言ったこと、最近少しだけどわかるようになってきたから」
 あっさりと認めたフェアは、小皿にケーキを切り分けそれをこちらへと手渡してきて。
「食べてみてよ。これも新作。甘さ控えめのあっさり風味ケーキだから」
 素直には小皿を受け取った。
 けれど口をつけたのはケーキではなくて――フェアの唇。
「ごちそうさま」
 にやりと笑ってそう言えば、再びフェアの顔は真っ赤になって。
「わたしじゃないでしょのバカあぁ――――――!!」
 またどこかへと走り去ってしまった。バタンと音が聞こえたあたり、裏口から外へ出たのか、それとも自室へと逃げたのか。
 まあそれは気にせずケーキを食べる。
「ふん。オレに勝とうなんざ10年早えっての」
「あんた……人前でよくやるなあ……」
「人前だから丁度いいんだよ」
「は?」
「ああ。昼間もそんなこと言ってたわね。ご愁傷様♪」
「おい、リシェル、どういうことだよ?」
「グラッドさんも男なら察しなさいよね」
「告白もできねえガキんちょには無理な話だろ」
「うぐ……っ」
「首謀者の一人は消えたけどよ、一応オレは口つけたんだから、おまえらも突っ立ってないで食え」
 小皿のケーキを食べ終えてそう言えば、皆それぞれに料理に手を伸ばしだす。
 もまた、水を飲んでから、料理のほうへと向かう。
「主催者ですよ、さん」
「オレにとっちゃ首謀者で充分だ」
「本当に素直じゃないなあ、あんた」
「おまえもだろ、グラッド」
「ぐ……っ」
 またつっかかってきたグラッドを撃沈させていると、とてとてとコーラルが近付いてきてお茶の入ったグラスを差し出してきた。
「おめでとう、お父さん」
 コーラルの頭をわしゃわしゃと撫でてから、そのグラスを受け取って。
「オレのために、わざわざありがとな、コーラル」
「うんっ♪」
 笑って素直に礼を告げると、コーラルもまた満面の笑みになった。
 それを見ていたポムニットが微笑を浮かべて言った。
「あらあら、さんは子煩悩なお父さんになりそうですねえ」
「どうなってるかは10年後のお楽しみだな」
「そんなに先なんですか?」
「フェア次第だが、あの様子だからそんなもんだろ」
「ってか、あんた、10年も待てるの?」
「だから、フェア次第だって。というより、何でこんな話してんだ?」
「いいじゃん、パーティなんだから。楽しくいきましょ♪」
 完全に楽しみモードに突入しているリシェルにつられてか、他のメンバーもわいわいと話が弾んでいて。
 悪態をつくのも馬鹿らしくなって、は肩から力を抜いた。
 たまにはこういうのも悪くはない――そう思いつつ、この一時を楽しむことにした。

 己の秘密の計画を明かした時も、こんな風に楽しく過ごせることを願って。