クロスロード
後編1

 Lは死んだ。
 そして世界はキラを受け入れ、キラが正義となった。
 やっと、ライトが思い描いていた時代へと辿り着いたというのに……
 今、ライトの目の前に突きつけられているのは、無情な現実。
「し……死ぬのか!? 僕は死ぬのか!?」
「そうだ。40秒で心臓麻痺、もう決まりだ」
「し……死ぬ」
 ライトに向けて開かれている、リュークの持つデスノート。そこに確かに書き込まれている『夜神月』の文字。それの示すものは、絶望。
 ――何故、こうなった?
 Lは死に、キラが真の神として人々に受け入れられ、何もかも上手くいっているはずだった。Lの後継者すらもキラが世界に受け入れられるための布石に過ぎなかったはずだ。
 あと、ひとつ……理想が完全な形になるまで、あと一歩だったのに……っ。
「……い、や……やだ……死にたくない……っ、まだあの人を手に入れていないのに死にたくない!!」
「あの人? ああ、Lのところにいたあの女か。おまえ、あの女にご執心だったな、そういえば」
「Lは死んだのに……っ、何故あの人は見つからない!? 僕のところへ来てくれない!?」
 Lの死後、Lの持っていたネットワークを計画通り自分のものにすることはできたのに……情報通信局情報管理課配属という職権も大いに活用したというのに……
 どんなに探しても、という少女は見つけられなかった。同名の人間なら山程いたが、どれも別人で……あの二度の邂逅以降、出逢うことは一度たりともなくて……
「いやだ死にたくない! まだ死にたくない!!」
 彼女と会えないまま終わりたくない。
 その思いだけが溢れて、もはやライトにはまともな思考力は残っていなかった。リュークの言葉すらまともに理解できず、ただその足にすがりつき、叫ぶだけの壊れた人形に成り果てていた。



「……まさか月くん、あの彼女を手に入れるためにLを殺したんじゃ……」
 ここに来て夜神月が、また死神リュークが発した謎の言葉に、反応を示したのは松田。
「誰ですか?」
 ニアは目を細めて問う。
 Lに女がいたなど初耳どころか信じられないことだ。Lの女じゃないにしても、あの大量殺人鬼キラが執心するほどの人物、更には探し出せなかったという事実。純粋に興味が湧いた。
 その問いに答えたのは、松田ではなく相沢。
「あ……一度だけ、本部にしていたホテルで会った。Lが言うにはLの命の恩人であり、情報屋として情報を売ってもらっている相手だと。名前は、
「Lは恋人じゃないって言ってましたけど、あの遣り取り見たら恋人だと充分思えたんですが……」
「詳しいことはわからないが、犯罪組織を壊滅するようなどこかの部隊の隊長クラスの人物のようだった」
 間に入った松田の主観的な感想はどうでもいいとして。
 ニアには全く心当たりはないが、もしキラがそのような私利私欲のためにLを手にかけたのだとしたら……神になろうとするその動機よりはまだ理解できる。理解はできるが、許せないことに変わりはない。

「うわ――っ、死にたくない!! 逝きたくない――――――っ!!」

 夜神月の叫びが倉庫に響き、そしてその体が崩れ落ちた。仰向けに倒れたまま完全に動かなくなり、その命の灯火が消えたことが誰の目にも明らかになった――刹那。
 その場にいた全員が、信じられない光景を見た。
 ふっ、と。急に一人の女が夜神月の傍らに姿を現したのだ。
 丁度、リュークと向かい合うような形で、まるで空気から溶け出してきたかのように現れたその女は、夜神月の遺体の傍らに膝をつくと右手を握り締めて拳を作った。――と、その拳に、どこまでも透明なオレンジ色の炎が灯る。女は炎の灯った拳を高く掲げると、勢いよく振り下ろし、夜神月の胸部に叩きつけた。
「がっ!?」
 その瞬間、夜神月の体が大きく跳ね、炎はその遺体に吸い込まれるようにして消え――なんと、夜神月に、呼吸が戻ったではないか。
 まるで、電気ショックによって蘇生させられたかのような光景……恐らく、自分たちの知る情報の中では、それが一番近い表現だろう。
 だが、それとは次元が異なるのは、誰の目にも明らかだ。
 今や女の全身からオレンジ色の炎は噴き上がっており、その炎は夜神月の胸部に置かれた手を伝って彼の体へと注がれているようだった。
 そして、その炎は、夜神月に変化をもたらす。
 胸部が大きく上下するほどに激しく繰り返されていた呼吸が、徐々に鎮まり平常のものへと落ち着いていく。虚ろに濁っていた瞳に知性の光が戻り、瞬きの後、確かにこちらと目が合ったのだ。
 生きている――それはもはや、疑いようもなかった。
 そのことに驚いていたのは、夜神月も同じだった。状況を知ろうとしたのか、彼の目が何かを探すように彷徨い始めた、その時。
「おはよう、キラ。殺される側に回った気分はどうかしら?」
 夜神月の視線を導くようにして、女が口を開いた。
 どこか冷たい響きを持ったその声に、誰もが戦慄を覚えた。
 しかし……声に気付き顔を向けた夜神月は――
「……ふっ……はっ、はは……っ」
 笑った。
「ははははっ、やっと! やっと会えた……っ! やっぱりあなたは僕の女神だ……っ! 僕と共に新世界の神となるべき人だ!!」
 狂ったように笑い、未だ己を神と称する夜神月の姿に、ニアはスッと目を細めた。やはり理解できそうにない。
 狂気に染まっている夜神月を理解できないのは、既にわかりきっていたこと。問題は、彼を生き返らせたあの女。夜神月の言葉から話題にあがったという人物なのは明らかだが、結局素性は謎のまま。何者であり、何の目的があってキラを生き返らせたりなどしたのか。
 その答えは――
「さあ! そこにいる愚か者を始末し、僕と共にこの地に君臨しよう!!」
 芝居がかった夜神月の言葉に、何名かが懐の銃に手を伸ばした。――が。
「……何故、私があなたの味方をするなんて思い違いをしているの?」
 冷酷な女からの答えで、その動きは見事に止まった。
 声音が、言葉が。女がキラの味方などではないことを告げている。
 しかし、当の夜神月はそれに全く気付いていないようで。
「何故? 僕の味方じゃないなんて、あるはずがないじゃないか!? 僕といればもう部下を失うことを恐れ、犠牲となった者のために泣く必要はなくなる! あなたが自ら危険を冒さなくても犯罪者は一掃できるんだ!!」
 動ける状態なら両手でも広げて、演説でもしてそうな風体で夜神月が答えた。
 まるでメリットしかないとでもいうようなその言葉は、彼が己の行ないを悪だとは一切認識していない証拠。一度死んだというのに、全く変わっていない。死ぬまで変わらないとはよく言われる言葉だが、正しくは死んでも変わらない、らしい。
 ある意味詐欺とも言えるような言葉を向けられた女の反応はというと、スッと目を細め冷え切った眼差しを夜神月に注いで。
「私の部下を殺したのは、あなたよ。キラ」
「な――」
 はっきりと告げられた事実に、夜神月が凍りついた。その様子に、女は笑った。それは、己の愚行をやっと悟ったピエロを嘲笑うような、酷く冷たい笑み。
「そのあなたの味方なんかに、この私が、なるわけがないでしょう」
 沈黙。誰も、何も、言えない。女の言い分のほうが正しいと思ったのは、恐らく全員一致していることだろう。
 女は、確かにキラの味方ではない……味方になどなり得ない。
 ならば、何故生き返らせたりしたのか。一番可能性が高いのは、復讐のため。では、そのためだけに一度死んだ人間を生き返らせてしまう、この女の素性は一体何なのか。
 彼女が真実、犯罪組織を追う者であるならば、独自にキラを追っていた部下が殺されたのだと考えられなくはない。だが、彼女を味方につけるためにずっと探していた夜神月が、彼女の部下であるかもしれない者を殺すとは考えられない。
 だとするなら、考えられる可能性として残るのは、彼女自身も犯罪組織に属しているということ――だが、それでは矛盾が生じる。
 犯罪組織――特にマフィアと呼ばれる集団は、抗争や縄張り争いなどでの潰し合いは珍しくないが、それを仕事にしているというのは……少なくともニアの常識では有り得ないことだ。
 それが仕事だと、彼女自身が言っていない可能性はある。松田たちが勝手にそう勘違いしただけだ、と。否、勘違いするよう仕向けられた可能性もなくはない、か。
 様々な疑問とその推測がニアの頭に巡った時間は、然して多くはない。夜神月が再び言葉を発したことで、そちらへと意識を向けたから。
「馬鹿な……っ、僕はあなたの部下を殺してなんかいない! 警察にもFBIにも、他のどんな特殊部隊にもあなたが所属している記録は見つからなかった! キラに逆らった部隊は皆、あなたの部下ではなかったはずだ! 僕は殺してない……っ、殺せるはずがない!!」
 必死に弁明する夜神月。……やはり、彼女の部下を殺す気はなかったらしい。狂気に呑まれてはいても、その辺りはまだ一般的な人情があったということか。彼女に対して真摯に訴える姿は、どこででも見かけられる男のものだ。――だが。
「それが、あなたが神になんてなれるわけがない狂ったただの人間である証拠よ」
 対する女は、どこまでも冷酷な言葉と視線を降り注ぐのみ。
「あなたはインターネットで流された犯罪者情報を鵜呑みにして裁いていたでしょう? あれをね、マフィアが利用していたのよ。自分にとって都合が悪い人間の顔写真に、自分たちの罪状を押し付けて流していたの」
「なん、だと……? そこに、あなたの部下の情報が?」
「それだけじゃないわよ、あなたの罪は。キラを否定したある国のトップを殺したでしょう? その後、あの国がどうなったのか、あなたは知らないはずよ。知っていれば、正義の神を気取るあなたが放置なんてしているはずがないものねえ?」
「な、何が……あったと……」
 明かされる真実に恐る恐る尋ねる夜神月。
 嘲笑を浮かべていた女は、体から噴き出していた炎と共にその笑みを消した。そして横たわる夜神月の胸倉を両手で掴み上げ、鼻先がつくほどの至近距離で睨みつけて――言った。
「ポルコスピーノファミリーが……マフィアが一国丸々乗っ取ったのよ」
「なっ!?」
「そして、元々の住人を――何の罪もない一般市民を捕らえて人体実験のモルモットにし、生体兵器に造り変えたのよ!!」
「な、なんだって!?」
 女がもたらした情報に、松田が叫んだ。
「そ、それは事実なのか!?」
 レスターも声を荒らげる。当然の反応だ。皆が皆、それぞれに驚愕をその顔に刻んでいる。ニアも例に漏れず。見た目にわかりにくくとも、確かに驚いていた。
 そして、その驚愕は、更に上塗りされることとなる。
「ええ、事実ですよ」
 レスターの問いに答えたのは、第三者の声。
 女たちと、自分たちとの間の何もなかった空間に、先程の女と同じようにして現れた人物のもの。
「私もこの目で見ましたからね」
 ニアたちに背を向ける形で立っていたその人物が、首だけで振り返った。
 その顔は、確かに、知っている……けれど、今この場にいるはずのない男のもので。
「「 え、L……? 」」
 呆然とした呟きは松田の……そして夜神月のもの。
 そう、そこに立っているのは、間違いなく死んだはずのLだったのだ。
 これには流石のニアも目を瞠る。
「あなた……本物のLですか?」
 疑惑の眼差しを向けるニアに、その男はひとつ頷いて見せた。
「はい。彼女に助けていただきました。ワタリも生きていますよ」
「ほ、本当ですか!?」
 驚きつつも素直に喜びをその声音に表して問う松田に、再び男が頷く。
 だが、素直に信じる者ばかりではない。むしろ大半の者の疑惑はまだ晴れておらず、相沢がその先陣を切った。
「いや、でも、確かにあの時、病院で死亡を確認したぞ!?」
「それは僕が作った幻覚ですよ」
 Lと思われる男の隣に、また新たな人物がいきなり姿を現し、相沢の疑問に答えた。だがその答えは、到底信じられるものではない。
「げ、幻覚、だと……?」
「ええ、幻覚です。強力な暗示とでも言えば理解できますか? この場にもずっといましたが、幻術にかかっていたあなた方には僕たち三人の姿は見えていなかったはずです」
 『六』の文字が瞳孔の代わりに映る赤い瞳を右目に持つその青年の言葉に、疑惑は更に深まった。
 青年の言葉が真実だとするなら、今この場に立つそのLに似た人物もまた彼の作り出した幻覚だという可能性が出てくる。
 そう疑ってしまうほど、死者が蘇るという事実は受け入れ難いのだ。まして死神本人が、デスノートに名前を書かれた者の死は決して覆せないと宣言したのだから尚更だろう。
「そんな、馬鹿な……っ、ワタリとLを殺したことでレムも確かに死んだ! 二人がデスノートで死んだのは間違いないんだ! そいつがLのはずがない!!」
 夜神月にとっても、それは同様らしい。先程デスノートのすり替えトリックを説明した時と同じような表情でLらしき男を見て叫んだ。
 完全に自分も同じ状況にあることを忘れている夜神月の胸倉から手を離した女が、全員の疑惑に答えるべく静かに口を開いた。
「デスノートによって死神に奪われる寿命というものが、肉体の生命力と言い換えることができるものであるならば、生命力が空になり生命活動を停止した肉体から魂が完全に離れきる前に生命エネルギーを補充すれば再び息を吹き返すかもしれない……そして私には……私たちには自らの生命エネルギーを力として利用する技術がある。だから、試してみて、そしてそれは成功した。キラ……あなたもまた、そうして息を吹き返したということをお忘れ?」
「なるほどな。一度完全に死んでるから、もう死神の目にもライトとLの名前も寿命も映らねえってことか。クククククッ、面白!」
 女の説明にリュークが笑う。夜神月の顔は驚愕で蒼白になっている。
 Lらしき男は溜息をひとつこぼすと、くるりと踵を返して。
「無理に信じる必要はありません。彼女たちの生きる世界は、私たちの常識から外れたものですし、交わることはほとんどありませんから」
 静かなその言葉に、誰もが口を閉ざした。はっきり言って、理解できなかったからだろう。彼の言葉通り、あまりにも常識から外れすぎているのだ。無意識に理解を拒むのも当然の心理だ。
 ニアは、ただ事実を事実として受け入れるだけ。だから、自分に向かって歩いてくる男をじっと見つめる。
「……L……」
「私が本物である証拠なら、触れてみればいいでしょう、ニア。間違いなく生きていますから、体温も鼓動もありますよ」
 ニアが向ける視線の意味をすぐに察した男が、ニアの目の前で膝をつき手を伸ばしてきた。一瞬の迷いの後、その手首に触れる。確かに熱を持ち、そして脈を感じ取ることができた。
「まあ、我々には非常識な彼女たちの世界とはいえ、一度完全に死んだ体を蘇生させるには相当な手間がかかりましてね。こうして問題なく動けるようになるまで、こんなにも時間がかかってしまいました。ワタリは高齢なこともあって、もうしばらくかかりそうですが……よくやってくれましたね、ニア。ありがとうございます」
 それでも尚観察するような目を向けるニアに、しかし男は目を細めて僅かに笑みを浮かべると、ニアの頭を撫でてきて。
 ニアは、そっと目を閉じた。
 本物だと、そう思った。
「これでわかったでしょう、キラ。あなたは神なんかじゃない」
 再び聞こえた女の声に目を開ける。
 女は立ち上がり、酷く冷たい眼差しで夜神月に真実を突きつけた。
「自分が裁くべき悪だとする人間にまんまと利用されその手駒に成り下がるような無知な存在が、神であっていいはずがない!」
「違う! 僕は悪くない! 僕の所為なんかじゃない!! 悪が存在すること自体が全ての原因だ!! 正そうとした僕は悪くない!! 悪いはずがない!!」
 それでも夜神月は頑なに己の非を認めようとはしない。自分の行動を棚に上げて他のモノに責任を転嫁するその思考は、悪戯を咎められた幼い子供そのもの。
 目を眇めた女は、醜いものでも見るかのように夜神月を視線で射抜いて。
「……自分の罪を認めようが認めまいが、あなたが裁きを受ける事実は変わらないわ」
「嫌だ! 違う、待――」
 これ以上何も言うことはないとでも言うかのように静かに宣言を下した女は、すがりつくように見上げる夜神月から顔を背け、そして何故か天井を睨みつけた。
 ピリッ、と。空気が張り詰めたのが、肌で感じられた。何事かと、レスターたちも落ち着きなく周囲を見始めた時、女が口を開いた。
「……来るわ。骸、彼らの護衛をお願い」
「仕方ありませんね……ムクロウ」
 女の言葉を受け青年が何かを呟いた。すると、どこからともなく三叉槍と白いフクロウが現れて――

 ――ドガアァンッ!!

 突然、爆音が轟き倉庫の屋根の半ばほどが崩れて、瓦礫と共に大きな影が落ちてきたのが何とか見えた。もうもうと舞う粉塵が視界を遮る。しかし、ニアたち側にいる人間は、誰一人として咳き込むなど呼吸に障害が出ることはなかった。
 何故か――それは……
「何、が……」
「これは……ガラス!?」
「いつの間に……こんなものなかったはずだぞ!?」
 女たちとニアたちとの間を、巨大な一枚のガラスが壁のように遮っていたからだ。
 ガラスの向こうで粉塵が晴れていく。一番近くにいたあの青年は、三叉槍ではなく錫杖のようなものを手にしていた。白いフクロウはどこにもいない。
 何が起きてこうなったのかなど、もはやニアたちには推測することすら困難だ。本当に常識から外れている。
 ただ、全てを見届ける以外に何ができるというのだろう。
 じっと目を凝らすニアの視界で、粉塵が完全に晴れ、始めに落ちてきた黒い影の正体が明らかになった。
 昆虫の翅、鳥の翼、コウモリの飛膜という、空を飛ぶための部位がまず目についた。それらを持つモノの体躯はヒトの形をしてはいるが、四肢が猛獣や猛禽類のものであったり、爬虫類の尾であったりと、完全に異形と称せるもので。
 それは、まさにCG映像でしか見ないような怪物といえる生物だった。
「な、んだ、あれは……っ」
「まさか、あれが例の生体兵器というヤツですか?」
「ええ、そうです。元は我々と同じ人間だったモノですよ」
 三体の異形の生物を見つめたまま問えば、Lが即座に肯定した。その答えに誰もが息を呑み、現実に現れた怪物を凝視する。
 あんなものを作り出せるだけの科学力を、マフィアは既に有しているということになる。
 それを追っていたのが、ガラスの向こうにいる二人――そして。

「ひゃーっはっはっはっ! ついてるぜぇ、オレ様超ついてるぜえ!!」

 一体の生体兵器の背で馬鹿笑いをするチンピラ風の男が、これらを作り出したポルコスピーノとかいうマフィアの一員――と、いうことか。
「ボンゴレⅩ世デーチモが仕留められるなんて、超ついてるぜえ!! ひゃっはーっ!!」
 マフィアにしろ犯罪者など無法者だ。社会常識などないのはわかるが、それにしても……
「品がない」
 ニアの思考を読んだかのようなタイミングで、ニアが思ったまさにそれを言葉にしたのは、生体兵器を前にしている女だった。
 マフィアの男から視線を移すと、不快そうに顔をしかめた女の姿がある。ガラスのすぐ側に立つ青年も、どこか疲れた様子でゆるくかぶりを振って。
「やれやれ。とんだ三下が引っかかったようですねえ」
 明らかに挑発するような言葉を呟いた。
 すると、それまで上機嫌に馬鹿笑いをしていた男が、一瞬で腹を立てたのがわかる。……確かに、易々と挑発に乗るようでは三下だ。
「誰が三下だと!! オレ様はポルコスピーノファミリーの幹部、ジョリッソ様だ!!」
 そしてそれに気付ける頭もない愚か者。完全に肩書きの上に胡坐をかいている典型的な男だ。
「自分を様付けするとか、三下オーラ全開よねえ」
「これが幹部ではポルコスピーノも大したことはありませんね」
 一気に余裕をなくした男に対し、女と青年は尚も挑発するような発言を繰り返す。
 異形の生体兵器を前にしても余裕を失わない姿は、それだけ実力差があることの証しだろうか。
 しかし、男も伊達に幹部を名乗ってはいないようだ。
「ボンゴレが……っ、大したことねえかどうかはその身で確かめやがれ!!」
「グるルがァあっ!!」
 男の言葉で、二体の生体兵器が動いた。ひび割れた咆哮を上げて翼を上げ、飛び上がろうとした――が、光が一閃したかと思うと、翼は生体兵器の背から切り落とされていた。
「この程度で、何がどうしたというのかしらね」
 男を睨みつける女の手には、変わった形のナイフがある。生体兵器の背後の壁にも同じ形のナイフが突き刺さっていることから、それを投げて翼を切断したということなのだろうが……物理的に不可能だと、ニアには思えた。ナイフは、翼に対してあまりにも小さかったから。
 その疑問を解消する暇が与えられることはなかった。
 男がニヤリと口許に笑みを浮かべ、そして――
「っ!?」
 女がその場を飛び退った。一瞬前まで女がいた場所に何かが突き刺さる。
 獲物を捉えられなかったとわかるや蠢きだしたそれは――先程切断された4本の翼、だった。
「ひっ!?」
 自らの意志を持つかのように蠢く翼に、夜神月が短く悲鳴を上げる。すぐ目の前で現実とは思えない怪物を見れば当然の反応だろう。しかし、彼の周囲もまたガラスの箱で覆われているらしく、翼が夜神月に届くことはなかった。
「ひゃーっはっはっはっ! その程度の攻撃がこいつらに効くかよ!!」
 再び上機嫌に笑い声を上げる男の両隣で、なんと二体の生体兵器の背から翼が再生したではないか。……まるで、性質の悪いホラー映画だ。
 ニアたちには悪夢ともいえるその光景を、青年は目を細めて見つめ、静かに口を開く。
「雲属性の増殖と……晴の活性化も有しているということですか」
「その通りよ!! 切られれば切られただけこいつらは増えるぜえ!! しかも、ここにいる三体だけじゃねえ。何千体って数の兵器がオレ様たちにはあるんだ! てめえらの時代は終わりだ。これからはオレ様たちポルコスピーノの時代だあ!!」
 得意げに宣言する男。女へと襲い掛かる二体の生体兵器と4本の翼だったモノ。かわし続けるしかない女に、しかし青年は動くことなく余裕の笑みを浮かべる。
「おやおや、それはそれは……」
 女もまた笑みを浮かべたかと思うと、青年の言葉の先を継いで。
「ヴァリアーにポルコスピーノの殲滅を依頼して正解だったわね。――ナッツ!!」
 叫びと共に、女の右手にある指輪が光を放った。光は女の肩で形を作り、オレンジ色の炎をたてがみのようにまとう猫ほどのサイズのライオンらしき生物になって。

 ――GAOOO!

 襲ってきた翼だったモノへと吼えた。
 たったそれだけで、衝撃波のような空気の揺らぎを食らったそれらは、瞬く間に石へと変わり床に転がったではないか。
 更に生体兵器に向けても吼え、四肢と翼を石化させることでその動きを封じてしまった。
「大空属性の調和による石化か!?」
「切っただけ増えるというのなら、切らなければいいだけでしょう?」
 焦った様子など微塵もない女に対して、男は悔しげに歯軋りする。しかし、諦めた様子などなく、男は叫んだ。
「この程度で終わったなんて思うなよっ!!」
 かぱ、と。三体の生体兵器が大きく口を開いた。するとそこに黄色い光が発生し、どんどん大きくなっていく。アニメか特撮物で見た覚えのあるような光景。それが何を意味するのか、流石に予想できた。
「ナッツ、形態変化カンビオ・フォルマ
 それでも女は全く焦ることはなく、何事かを呟く。それは肩にいたあの小さなライオンを再び光に変え、その光は女の体を包み――

 ――ドゥッ!!

 三体の生体兵器の口から、あの黄色い光が女に向けて発射された。それは間違いなく女を直撃し、もうもうとした煙が再び視界を遮った。
「ひゃーっはっはっはっ!! 晴の炎を凝縮させたブレスだ!! 避けもしねえで灰になる道を選んだか!!」
「クハッ! 滑稽ですねえ」
 煙の中から男の馬鹿笑いがしたかと思うと、青年の嘲笑が後に続いて、そしてその姿が見え始める。
「なんだと?」
「避ける必要などないから避けなかっただけですよ。ほら」
 青年が示した先へ目を向けた男の顔は、怪訝から驚愕へと塗り替えられた。女が、無傷で立っていたからだ。
 傷はない、が、女の姿は少し変わっていた。両手にグローブのようなものが装着され、更に脚は金属製のブーツで覆われていた。……どう見ても、戦闘体勢だ。――と。

 ――ドガァッ!

 一瞬、女の姿がぶれたかと思った刹那。石化によって動きを封じられていた生体兵器の一体が、男の背後の壁に激突していた。
 女は……ふわりと軽い身のこなしで、その生体兵器がいた場所に着地しているところで。
 何かをしたのはわかるが、一体何をしたのか。ニアたちには、その動きを捉えることすらできなかった。
 たったこれだけでも充分にわかる、圧倒的な力の差。
 ニアたちでさえそうなのだから、対峙している男がわからないはずはない。だが……信じたくないのか、受け入れたくないのか。男は背に負っていたライフルのような銃を女に向けて。
「あれが効いてねえわけがあるかあ!!」
 引き金を引いた。
 すると、先程の生体兵器のブレスと同じように、今度は緑色の光が銃口から発射されて――女は胸の前で手の平を表裏にして構えた。それは写生の時に風景を切り取って見るかのような形。
 着弾した光が白い煙を発生させる。しかしそれらは広がらずに収束し、徐々に小さくなって――女の構えた手の中心に完全に消え、そして女の額と両手両脚にオレンジ色の光が勢いよく噴き出し、宿った。――刹那。

 ――ドガッ!
「がっ!?」

 男が生体兵器の上から吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。……今度は、わかった。脚を着地へ向けて戻す動作から、女が蹴りを繰り出したのだと。
 普通、生身の人間が、コンクリートの壁がえぐられるほど体を叩きつけられれば意識を失うものだが、男は苦痛に顔を歪めながらも意識はしっかり保っていて、身を起こそうとしている。
「な、んだ、あれは……っ」
「やはり三下ですね。彼女が死ぬ気の炎による攻撃を無効化できるというのは、かなり有名なことだったはずですが?」
 何が起きたのか理解していない男に、青年は律儀にも解説する。嘲笑を持ってなされるそれは、明らかに男に絶望を与えるためのもの。
「具体的に説明するなら、死ぬ気の炎を吸収し、自分の力に変えるということですよ」
「吸収、だと……? バカな!? 無効化ってのは死ぬ気の炎を凍らせちまうもんだろ!?」
「もちろん、それもできますよ。自分の手をご覧なさい」
 青年に促されて己の手に目を落とした男は、驚愕に目を見開いた。それは、ニアたちも同様。男の手は、ライフルごと見事に氷漬けになっていたから。

「ギャあァぁアぁっ!!」

 ひび割れた叫びに目を向ければ、一体の生体兵器が炎に包まれ崩れ落ちていくその前に、右手を真っ赤に染めた女の姿があった。
 怪物というべき姿で異常な再生能力を見せた生体兵器が、完全な灰になるまで然して時間はかからなかった。その現実は、この生体兵器すら女にとっては恐れるに値しないものだと如実に示していて。
「バカな……っ、こんな、簡単に倒されるなんて……っ。――っ!?」
 まざまざと見せられた実力差を認めざるを得ない男の顔が、驚愕から苦痛へ、そして恐怖へと変わる。
 ごふっ、と。口から大量の鮮血を溢れさせた男の腹には、深々と何かが刺さっていて。
「クフフ、自分の心配をしたほうがいいのでは?」
 ガラスの前に立ったままの青年が、楽しげな笑い声をこぼす。その手にしていた錫杖が伸び、男の体を貫いていた。
 現実としては、信じられない長さに伸びている。如意棒ではあるまいに……こんなものまで存在するのか。そう思ったのだが。
「ぐっ、ちが、う……っ、幻覚だ!! オレ様は刺されてなんかいねえ!!」
 男が、そう叫んだ。しかしその顔は苦痛に歪み、体を貫く錫杖も消えることはなくて。更に男の足元から植物が生え、男の体を締め上げた。
「クフフフ、その通り。幻覚ですよ、それは」
 それらを生み出している張本人が、あっさりと男の言葉を認める。しかし、幻覚は消えることはなく、男の足元から火柱が上がって。
「しかし、幻術を魅せられるということは、五感を司る脳を支配されるということ。術中にいるということは、知覚のコントロール権を剥奪されたことを示します。ですから……どこから幻覚で、何が現実なのか。それを判断する力はないということですよ」
「ぐあ!? あ、熱い!? なんでだ!? 幻覚が熱いわけねえだろぉ!?」
 火柱が男の足を焼き、片足の膝から下が骨だけの姿になった。……これが、幻覚……確かに幻覚だとわかっていても自分の体が目の前であのような異常な形になれば、正気を保つのは難しいだろう。しかも熱を、痛みを感じるのであれば尚だ。
「ああ、その火柱は本物ですからねえ」
「何!? そんなバカな!?」
「ヴェルデという科学者が幻覚を本物にする装置を造ってくれましたからね。クフフフ、だから言ったでしょう? 幻覚と現実の区別をつけることはできないと」
 青年は更に信じ難いことを口にしてくれた。彼の言葉が真実なのかはったりなのか、それを知る術は男にもニアたちにもない。
 青年は残虐な笑みを浮かべ、実に楽しげに錫杖を持ち上げて。
「例えばこれが幻覚だとしても、本物に変えることもできるということです。いえ、既に本物かもしれませんねえ? ほら」
 ねじ込むように捻った。
「ぐああっ!?」
 筋肉がちぎれ、内臓が潰れる嫌な音が聴覚を犯し、男の悲鳴が倉庫に響く。
「これは幻覚でしょうかねえ? クフフフッ、ハハハハハッ!」
「がっ、あァアッ!! や、めろォっ!!」
 心底楽しげに男を嬲る青年の姿に、ニアは眉根を寄せた。いくら相手が外道なマフィアとはいえ、人間が拷問に等しい行ないを受けているのを見て気分がいいはずがない。
 とはいえ止めるだけの力もなければ、止める気すら起きてはいないのだけれど。
 どのみち、その必要すらなかった。
「では、そろそろ退場願いましょうか」
「はッ、はッ、や、やめ、待――」
「クフフ、さようなら、ポルコスピーノの三下くん」
 宣言と共に、青年は錫杖を薙ぎ払った。男の胴の半分がちぎれて鮮血が壁に咲いた。更に錫杖の先にあるいくつもの鋭い飾りが巨大化して男の体のいたるところを貫いた。

「ぎ、やああああああっ!!」

 醜い悲鳴を上げる男の体は、最後には火柱に包まれて――
 ――シャンッ、と。清らかな音がした時、そこは普通の倉庫に戻っていた。火柱はどこにもなく……男は、口から白い泡を吹いて倒れていた。氷漬けになっている手以外に外傷は――ない。全て、幻覚だったらしい。
 まさに悪夢から覚めた心地で呆然としていると、女の咎めるような声が耳に滑り込んできた。
「……骸」
「手を出すなとは言われませんでしたが、何か問題でも?」
「そっちはいいの。問題は無関係な周囲のほう。幻覚汚染の被害は出してないでしょうね?」
「さて。責任は持てませんね」
「持ってよ、責任ぐらい……術士でしょ」
 しれっとした青年に、女は片手で額を押さえて深く嘆息する。すると青年は、細めた目でこちらをぐるっと見渡して、言った。
「少なくとも、対抗手段などありはしないのに非現実的な力を持つキラという大量殺人鬼を命懸けで何年も追ってきた人間が、この程度の幻覚で廃人になるようなヤワな神経はしていないと思っていますが、僕は」
 その言葉に、ハッとした人間が何人いただろう。気持ちを引き締め直して彼らへと集中していくのが、ニアにもわかった。
 女もまたそれにより『幻覚汚染』とやらの被害がないことを確認したのか、小さく息を吐いた。
「まあ、何の覚悟も実感もなく、ゲーム感覚で殺人を犯してきた子供が耐えられたかは、それこそ責任を持つ気もありませんけど」
 青年の視線が魅上を、そして夜神月を捉える。言葉と視線で、ほぼ全員が夜神月に注目した。女も、然り。
「むしろ、この程度で正気を失ってもらっては困るけどね。――キラ」
「う……あ……っ」
 夜神月に近付き呼びかける女。夜神月は悪夢に浮かされたようにまともな言葉を発することはなかったが、それでもその目は意志の光をたたえて女の姿を映した。
 女は夜神月の傍らに膝をついて、その視線を真っ向から受け止め、口を開く。
「あなたはさっき言っていたわね? 悪は悪しか産まないと。そして人を殺すことが犯罪――つまり悪だとも。ならば、大量殺人を犯したあなたは悪であり、あなたが産み出したキラを正義とする今の社会そのものも悪だということになるわよね?」
「ち、違う……っ、僕は、人間が、人間らしく生きるために、それを害する悪を排除しただけだ!」
「なら――あれは何?」
 女が指差した先には、両腕を氷漬けにされた最後の生体兵器がいた。人間の顔と体を持ちながら、背にはコウモリの飛膜があり、両腕は熊か何かの足で、下半身は蛇のようになっている。想像上の、二次元でしか見ないような怪物が、確かに、現実に存在していた。しかも、元は普通の人間だという、存在……
「あなたの言う悪の排除とやらによって、彼らは人間としての尊厳を奪われ、あんな姿にされてしまった。それすらも自分の父親と同じように、今の世の礎として当然の犠牲だとでも言うつもり?」
 始めは反論してみせた夜神月も、目の前に突きつけられたその存在には言葉が出ないようだった。

「う゛ォおぉオぉっ!!」
「っ!?」
 ――ガァンッ。
「ひぃっ!?」

 それまで大人しかった生体兵器が突然咆哮を上げ、氷漬けになった両手を夜神月に向けて振り下ろした。女は飛び退って避け、生体兵器の攻撃はガラスにより阻まれた。
 だが、それでも生体兵器は夜神月への攻撃を止めようとはせず、そして――
「ウぁあ゛っ!! ゴろス……っ、こロすゴロずコろス――!!」
 言葉を、発した。
 よく見れば、生体兵器の頬は涙で濡れていて……それの意味するものは。
「まさか……自我が残っているというの!?」
「むごいことをしますね、ポルコスピーノも」
 驚く女と、目を眇める青年。ピシッ、と。とうとう夜神月を囲うガラスにヒビが入り――青年は錫杖をそちらへ向けた。すると夜神月と生体兵器の間に氷の壁が出現し、生体兵器は羽ばたきその場から退いた。
 その背後に先回りした女が、グローブをはめた右手を繰り出す。
 ――ドシュッ、と。嫌な音が耳に飛び込んできた。女の右腕が、深々と生体兵器に埋め込まれている。そして、完全に貫通した女の手には、小さな何かが握られていて。その手が引き抜かれた時、生体兵器はオレンジ色の炎に包まれた。
「……おやすみなさい……」
 血に染まった右手にある何かを握り締め、女が小さく呟いた。――と。

「 ア り が ト ウ 」

 炎に包まれた生態兵器が灰になって崩れ落ちる前。そんな声が、聞こえた気がした。
 それは女も同じなのだろう。何かを堪えるように、強く拳を握り締めている。
 生体兵器が完全な灰となって消え、現実離れしたものがなくなって、しばし後。
「あ……あなたは、一体、何者……?」
 夜神月が、女に向けて問いを投げかけた。
 女は夜神月を振り返り、冷ややかな目を向けて、答えを返した。
「私は、イタリア最大のマフィア、ボンゴレファミリーの十代目のボスよ」
 その答えに。夜神月は大きく目を見開き、ニアは目を伏せた。
 やはり、と思った。先程のマフィアとの会話で、予測はできていたから。
 しかし、ニアとは違い、既に冷静さなど欠片も残っていない夜神月には、それは信じ難い現実のようで。
「マ、フィア……そんな……っ、あなたが、マフィアのボス!?」
「そうよ。そして、あなたは私たちマフィア界の掟を犯した。よって、マフィア界において裁かれなければならない」
 嘘だと言ってくれと言わんばかりに問い直す夜神月に、女は冷ややかに宣言した。その直後――ガシャン、と。夜神月と、そしてあのマフィアの男の首に、太い首輪がはめられたではないか。
 首輪は太い鎖に繋がれていて、生体兵器が割ったガラスの箱から夜神月はその鎖によって引きずり出された。
 それを為していたのは……黒い衣と炎をまとい、包帯によって顔の判別すらできない集団で。別の意味で死神に見えなくもない。
「ひっ、い、いやだ……っ」
 夜神月の顔が恐怖で引きつる。
「キラ。いいことを教えてあげるわ。マフィア界において死刑はね、とても軽い刑罰なのよ。そして彼ら、復讐者ヴィンディチェは、マフィア界の掟の番人。最も厳しい処罰を与える者たちなの」
 女は冷えた笑みで夜神月に追い打ちをかけた。
「楽に死ねるなんてこと、あなたが犯した罪には当てはまらないから、そのつもりで」
「いやだあぁ――――――――――っ!!」
 引きずられていく夜神月の体が、黒い炎に呑み込まれ――そして番人ごとその場から忽然と消えてしまった。
 残ったのは、唯一目が見える状態の一人の番人。
「ボンゴレⅩ世。ポルコスピーノファミリーのボスと幹部6名は我々が捕らえた」
 女に向けて発せられたそれは、恐らく番人の声なのだろう。しかし……包帯の所為かくぐもっているにも拘らず変に響いても聞こえる奇妙な声で。生体兵器のようにひび割れてはいないものの、どこか作り物めいた印象をも与えてくるそれは、『声』と断言できない何かを感じさせて、生理的嫌悪感をニアに与えた。
 だが女は恐れも嫌悪も表すことはなく、それを受け入れ真っ直ぐに番人を見て。
「研究者たちは?」
「ほとんど捕らえたが、主犯と思われる男が一人既に逃亡済みだった」
 番人がもたらした情報を聞いた女は一瞬だけ顔を歪めた後、手にしていた何かを彼に向けて投げつけた。それは、あの生体兵器の中から取り出した、何か。
 難なく受け止めた番人は目を眇めてそれを確認した後、女へと目を戻す。
「その逃げた研究者はボックス兵器開発者であるイノチェンティかケーニッヒよ。早く二人を捕まえて。これ以上、悲劇しか生まない兵器の開発をさせないで」
「わかっている。だが、我らとて万能ではない」
「それでも、それが、あなたたちが自ら選んだ役目でしょう!」
「……最善は尽くす」
 叱責するような色の女の言葉に、番人は何の感情も読み取れない声で答えた後、黒い炎の中へと消えていった。
 静寂が戻った倉庫の中に、再び錫杖が音を奏でる。その瞬間、ニアたちの前にあったガラスが派手な音を立てて崩れ落ちて、床に分厚いガラスの破片が散乱した。
 そのあとは、もう、そこは普通のありきたりな倉庫に戻っていた。錫杖もグローブも金属製のブーツもいつの間にか消えており、ただ血痕と壊れた天井などだけが先程までの出来事が事実であると告げている。
 それらの現実と、何よりも生理的嫌悪感を与えた番人が消えた安堵感が、事件の終結を実感させて。
 ニアは、そっと息を吐いた。