インターネット上の二次創作物の中に、『成り代わり転生』という設定がある。原作キャラクターの立ち位置に、もし自分がたったら、こう動くだろう、とか。そのキャラクターの持つ能力で原作以上に活躍したい、とか。他のキャラクターと仲良くなりたい、とか。そういった趣旨から生まれた設定だ。
要するに、叶うはずのない夢を空想の力で好き勝手に作り上げて叶え、楽しむというだけのものである。
そのありえるはずのない、誰かが思い描いた夢が、もし自分の身に実現したとしたら――
それは、もはや『物語』ではなく『現実』なのだから、原作どおりの未来が訪れる保証はないということだ。
たとえば――
「……? まさか、あの時の?」
「ひさしぶり。おっきくなったねぇ、ナル」
『物語』では初対面であるはずの出会いの時が、十年ぶりの再会という『現実』になることだって起こり得るということ。
仮に、成り代わったキャラクターを演じようとしたところで、やはり別人である以上、どこかに歪みが出る。まして、原作に描かれていない時間までキャラクターに成り切ることなど不可能だろう。
自分は自分、キャラクターとは別人だと早々に割り切って、人生をやり直すなら、なおのこと。
そもそも、自分の意志ではどうすることもできない出来事だって起こり得るのが『現実』というものなのだから。
そう……谷山麻衣として転生してしまった少女と、ナルことオリヴァー・デイヴィスが、幼少期に出会ったのも、互いの意志で選んだ結果ではない。
少女がアメリカに行けたのは、父親が海外出張に娘を連れて行くことを決めた結果であり、少年ナルもまた、身の危険を感じたことで意に反して能力を暴走させてしまっただけにすぎない。
そして、その両者が同じ時、同じ町、同じ場所に居合わせるなど、人の意志で選択できることではないのだから。
それを偶然と片付けるか運命と呼ぶか摂理と信じるかは、人それぞれだが。
父親とともに歩いていた幼女の目の前に、慌てふためいた様子で路地から転がり出てきてそのまま走り去った少年たちの姿が現れた。
疑問と好奇心から少年たちが出てきた方向へと目を向けたのは、幼少期の子供にとっては当然の反応と言えよう。
そこに広がっていたのは、地面は揺れていないのに、そこにある大きな物は音を立てるほどに激しく揺れ、小さな物に至っては完全に宙に浮いているという異常な光景――紛う方なきポルターガイスト現象の現場だった。
異常な光景の中心でうずくまる人影――この現状を引き起こしている能力者と思われるのは、幼女と同じ年頃の幼子が二人。
「ナ、ナル……っ、もう、だいじょうぶ、だから……おちついて……っ」
定まらぬ呼吸の下で苦しげに呟かれたのは、日本語。
近づくことでわかった、一卵性双生児という二人の関係性。先程の呟きと合わせて推測できる現状は、ポルターガイストを起こしている能力者は一人で、もう一人はその暴走に引きずられてしまっているだけだということ。
支え合うように身を寄せてうずくまっている双子の前に、幼女は恐れることもなくすとんと座り込み、丸まっているふたつの背を同時に、軽く、一定のリズムで叩き始める。
「ふたりとも、おちついて。だいじょうぶ。いきを、ゆっくり。いち、に、さん、し、で、はいて、ご、ろく、で、すって。ゆっくり。ゆっくり。だいじょうぶ。ちゃんと、できるよ。――ナル。ナル。みずのながれをイメージして。しんぞうからながれでたみずが、からだぜんたいをめぐって、またもとにもどってくるの。そこは、ひろい、みずうみだよ。かがみのように、しずかな、しずかな、みなもだよ」
舌足らずながらも落ち着きゆっくりと呼びかけた幼女の声に導かれるように、双子の呼吸が徐々に整っていく。それに伴って、周囲の物音も段々と静かになっていって。
最後に長く息を吐き出すことで完全に暴走を治めた幼子が、顔を上げた。
面白いくらいそっくりな顔を向けられ、背を叩いていた手を下ろした幼女はにぱっと笑みを浮かべた。
「きみ、は……」
「だいじょうぶ? びょういん、いかなきゃいけないほど、つらい?」
「いや、へいきだ。それより、いまのは、なに……」
「めにみえないもの、じったいのわからないチカラをコントロールするコツはね、みたことのある、しっているなにかのイメージにあわせることだよ? ただ、これは、あたしのやりかただから。あなたたちには、あなたたちにあった、やりかたがあるとおもう。それがみつかるまでの、おうきゅうしょち……かりのほうほう……まにあわせ? にでも、つかって? いちばんだいじなのは、じぶんがなんなのかをわすれないことだっていうのは、たぶん、おなじだとおもうけどね」
励ましの意味で、ぽんぽんと二人の背を叩いて立ち上がった幼女に、父親の呼び声が届く。飛行機の時間が迫っていると告げる声に元気よく返事をし、そのまま戻ろうとした幼女の手を、引きずられていただけのほうが掴んだ。
「まって! きみのなまえは!?」
「だよ。あ、そうだ。ジーン、やくじゅうねんご、ひとりでニホンにいくときは、くるまにきをつけてね。じゃないと、にどと、かえれなくなるから」
「――え?」
伝えるべきことを伝え終えて一人満足した様子の幼女は、驚く双子の額にそれぞれ口づけを落として。
「Good luck!」
大きく手を振りながら、父親のもとへ駆け戻った。
『物語』ではなく『現実』になった時点で、何が起こるのかは誰にもわからない。たとえ予知能力なるものを持つ人物がいたとしても、未来など現在の選択ひとつでいくらでも変わっていくものなのだから。
それは出来事だけに限った話ではない。『物語』ではなくなった以上、『キャラクター』もまた『生身の人間』となっているのだ。原作どおりの人格で、原作どおりの行動しかしないなんてことはありえないこと。
幼少期に、たった一度、ほんの数分の出会いだったとしても、その後の人格形成に大きな影響を与えることだって起こり得るのだ。
そう――スキンシップが苦手なはずのナルが、再会した少女を自らその腕の中におさめ、強く抱きしめる、なんて行動に出るようになったりもするということ。
「……どうしたの、ナル」
「こっちが聞きたいんだが」
いきなり抱きしめられた少女がきょとんと問いかければ、平淡でありながらも困惑した声がナルからこぼれた。
そのまま、どれほど経ったのか。
動こうとしないナルの背を、かつてのように少女がぽんぽんとリズムをつけて叩くこと、しばし。
ナルの口から、どこか納得したような吐息がこぼれて。
「……そうか……刷り込み現象か……」
「なぁに? そんなに、あたしの存在って強烈だったの?」
「君は、自分以外の能力者に頻繁に会ってきたのか?」
「そーゆーもの?」
「――……それだけではないが……」
先程とは違う明らかな溜息をついてようやく体を離したナルは、しかし離れがたいのか少女の肩に手を置いたまま、きょとんと己を見る少女をまっすぐに見つめて、言った。
「君が、欲しい」
「……それは、どういう意味で?」
「すべての意味で。君という存在が、欲しい。もう手放したくないと本気で思った。これが、愛している、ということなんだろう」
「ジーンが学者馬鹿と揶揄するナルの口から、そんな言葉を聞く日がこようとは……っ」
「……君は……本当に、何をどこまで知り得るんだ」
「さあ?」
「それで、答えは?」
「そうだねぇ……あたしが高校を卒業した時点で、まだ今のその気持ちのままだったなら、別にいいよ?」
ナルシストと公的に認識されているキャラクターから、愛の告白を受ける――このような原作ではありえない展開をこそ望むという人によって生み出されたのが、夢小説というジャンルであり、成り代わり転生という設定だろう。
しかし、この手のありえないことは、得てしてそれを望みもしていない人物の身に降りかかるものだったりする。ナルの本気の告白を、妙に軽く受け止めどこか母親が幼い息子を宥めすかすような返答をした少女のように。
それが、『現実』というものだ。
END