はしばみいろの

 「土方さん、危ないですぜ」

 一応、申し訳程度に声を掛けてから『土方に』照準を合わせたバズーカの引き金を引いた。
 狙い通り真っ直ぐ飛んでいく砲弾に、土方と、そして彼と言い合いをしていた白い毛玉――もといテロリストの男も同時に別々の方向へと飛び退り、直後、着弾。
 爆音と共に発生した煙が二人の姿を覆いつくす、刹那――毛玉のほうと目が合った気がした。
 ……まあ、別段珍しいことでもないか、と。ゆっくりと足を進める。

「生きてやすか、土方さん」
「バカヤロー、おっ死ぬところだったぞ!!」
「チッ、しくじったか」
「しくじったって何だオイッ! こっち見ろオイッ!!」

 無事であることがわかった上で、おちょくるためだけに掛けた言葉。更にその言葉を体現するよう土方から顔を背けた先に、もうひとつの人影が現れる。
 てっきり爆煙に紛れて逃走したと思っていた毛玉だ。
 何故か酷く驚いたような表情でこちらを見ていて、今度こそ間違いなく目が合った。

「っ」

 次の瞬間、ぶれを確認したときには、もう目の前に男の姿があって――ダンッ、と。背に痛みと固い感触が現れた。
 視界に映るのは天井と、白髪の男の顔。
 ――押し倒された?

「な、ん……っ」

 現状を把握した途端、この不名誉極まりない状態を打破しようと――思えたのは、ほんの僅かな間だけだった。
 目の前の男の顔を見た途端、全ての思考が――組み立てようとし始めていた計画が、砕け散ってしまったのだ。
 何かを探るように、真剣な表情でじっと見下ろしてくる男の――その紅い瞳に。
 吸い込まれるように釘付けになって、目が……逸らせない。

「同じ……イロ……」

 男が、小さく呟いた。
 呆然としていて、けれどどこか期待をにじませたような声音だった。


「総悟ォッ!!」


 土方の怒声と共に再び男の姿が視界から消え、代わりに白刃が通り過ぎる。
 今度こそ逃走したらしく、土方の舌打ちが降り注ぐ中ゆっくりと起き上がる。

「仮にも隊長が簡単に捕まってんじゃねェよ」
「仮にも副長が易々と犯人逃がしてんじゃねェよ」
「まだ逃がしてねェ!」

 いつもの通りに嫌みに対して嫌みを返せはしたものの、頭の中は先ほど見たもので埋め尽くされていて、次の行動に繋げることができない。
 いつまでも座り込んだままの様子に異変を察したのか、土方が怪訝に呼びかけてきた。

「……総悟?」
「あの人ァ別にオレを人質にしようとか、そういうことがしたかったわけじゃあねェと思いやすぜ」
「あ?」
「多分……オレの目が見たかっただけでさァ」

 受け身を取る間もなく押し倒されたのだから、後頭部を強打していてもおかしくはなかった。そうならなかったのは、向こうが総悟の後頭部を支えるように手を入れてガードしてくれていたからに他ならない。
 意識を失わせてしまっては、目を見るという目的が果たせなくなるから。
 押し倒された後も、組み敷かれていたわけではなく手足は自由なままだった。
 ただ……あの目を見てしまったから、動けなくなってしまっただけで。

「オレと同じイロの目ェしてやした」

 全く理解できないといった風体の土方が指揮をとるため背を向けたのを見送り、やっと立ち上がってその後を追った。
 表面上はいつもの調子を装いつつ、けれど頭の中は――

 自分と同じ、はじばみ色の瞳。日本人離れした、色素の薄い瞳の色。
 だが、あの男の言った『イロ』は、そんな見た目の色のことだけを指していたのではない。それは総悟自身がよくわかっていた。
 間近で見れた時間があまりにも短過ぎて、それに気付いた時にはもう男は目の前から消えていて確かめられてはいない。けれど……恐らく、見間違いなどではないはず。

 ――もう一度見て、確かめたい。
 俄に湧き上がる思いは、果たしてあの男が抱いていた思いと同じものなのか。確かめたとして一体己はどうしたいというのか。それすらもよくはわからなかったけれど。
 ただ、強く願ってしまった。――しかし。

 ホテルの外から轟いた爆音が、任務失敗を告げる。
 男を含む全員が逃げ切ったらしく、その願いを叶えることはできなかった。





 男のあの白髪天然パーマは目立つ。素性を洗い出すのは簡単だったらしい。
 かぶき町で万事屋を営む坂田
 池田屋の件に関しては、単に巻き込まれただけというか利用されただけらしいことが判明し、特別取り調べることはなく、むしろ泳がせる方向で放置されることになった。

 警邏中、見かけることはあっても顔を合わせる機会は……まあ、なかったと言っていい。近藤絡みで土方が喧嘩を吹っ掛けてたぐらいで、総悟は、まともに顔を合わせては――いない、のだから。……微妙なところではあるが。

 結局、おあずけとなったまま時間だけが流れ、その機会が訪れたのは――年が明け、桜が満開に咲き誇る頃だった。
 真選組恒例の花見に出向いた先、毎年お決まりのその場所に、先客として白い毛玉御一行がいたのだ。

「あ、いつかのバズーカ君」

 真っ先に乱入してった近藤が殴り飛ばされた後、土方の声によってこちらを向いた毛玉は、声の主である土方よりも先に真っ直ぐ総悟をその視界に捉えて声を発した。
 ようやく願いが叶うチャンス、そして向こうもしっかり己を覚えていた事実に――大串君発言の時も似たような状況だったのに気付かれることすらなく期待が裏切られたのは土方の所為ということにして、この際脇に置いといて――ニヤリと笑う。

「沖田総悟でさァ」
「総悟君、おいでおいで、一緒にお花見しよう」
さん……?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「って、甘えてんじゃねェ総悟ォォっ!!」
「うるせェですぜ、土方さん」

 へらりと笑った毛玉の言葉に子供たちが驚いているのも、その誘いにあっさり乗ったことに土方が怒鳴ったのも総悟にとってはどうでもいいこと。あの時からずっとおあずけになったままの願望を叶えるほうが優先だ。
 酒瓶片手に敷物に上がり、毛玉の隣に腰を下ろす。正座で、触れ合うことはなくとも可能な限り距離を詰めて。そうして顔を向ければ、同じことを考えていたのかこちらを真っ直ぐに見ていたはしばみと視線が絡んだ。

 ようやく間近で捉えられた、己と同じ瞳。まばたきすら惜しまれ、ただじっと凝視する。
 ガラス玉のように外からの光を弾き返し、けれど奥までは届かない。むしろ表層で弾かれた光の裏に出来た影が、深く深く沈み込む。
 奥深くに沈み込んだ影は、そこに潜む赤い陰とひとつになり、ゆらりとゆらめく。
 その、陰が映し出すものは――

「……うん、やっぱりそうだ」
「やっぱり見間違いじゃなかったんですねィ」

 互いに何かを探るように見つめ合うその異様な雰囲気にか、それぞれの名を呼ぶ周囲の怪訝な声も耳には届かない。
 吸い込まれるように瞳の奥に潜むモノから目を離せないまま、ただ確信を言葉にする。

「君に目の中に」
「アンタの目の中に」


「「 修羅がいる 」」


 重なった言葉に怪訝な気配を強めるだけの周囲の者らの中、その意味を正しく理解できたが故に息を呑んだ人間が二人。総悟の内にあるそれを知っている近藤と土方だ。
 未だ未成年の己に対して過保護な傾向のある二人のことだ。総悟に言わせれば余計な心配をまたしているといったところか。
 仲間と思われるのはいいが子供扱いが非常に不愉快な総悟にとっては、反感すら覚えるその反応。無視するのが一番――と。
 元々感覚の端で捉えているだけの情報を追い出し、意識の全てを目の前の同類へと向ける。
 ただ胸に湧き上がる感情のままに笑みを浮かべたのは――また、同時で。

「いやー、それなりに生きてきて色んな人と会ってきたつもりだけど、自分と全くおんなじ目をした人に会えたのは初めてだわー」
「オレも初めてでさァ」
「しかも、こんなに若くて可愛い子なのに!」

 初めて会った同種の人間の存在に、はっきりとした理由もなく何故か浮かれて油断していた自覚はある。
 それを差し引いても毛玉――もといの動きは相当のもので、気付いた時には頭を胸に押し付ける形で抱きしめられていた。
 神速と謳われる腕を持つ己でも追い切れなかった速さと、そしてもうひとつの理由で目を瞠った総悟は、特に抵抗するでも不平をこぼすでもなくの好きにさせてみた。
 不満を口にしたのは、むしろ無関係なはずの土方で。

「オイ総悟。女扱いされると怒り狂うくせに、何されるがままになってやがる」
「別にこの人ァ、女扱いで可愛いって言ったわけじゃァねェでしょ。それに……万事屋の旦那ァ」
「ん~?」
「アンタ、旦那じゃなくて姐さんだったんですねィ」
「は?」

 総悟の頭を抱え込んで頬擦りか何かをしていたに言ってみると、土方から怪訝な声が出た。まあ、わからなくはないが。
 当の本人はというと、腕の力を緩めてこちらを覗き込んできて。

「よくわかったね~」
「この状態でわからねェほうがおかしいでさァ」
「それもそうか~」

 長身ではあるが、男にしては線が細いなとは初めて見た時から思ってはいた。ただ、自分も人のことを言えない体格である自覚があったので気にしていなかっただけで。
 だが流石に胸に顔を押し付けられれば、それが男の胸板か女の乳房かぐらい判別はつく。晒しすら巻いていないなら尚更だ。
 全く気にした様子もなくあっさり認めたに、驚愕の声を上げたのはむしろ彼女側の人間だった。

「はあっ!? ちょっ、さん女ってホントですか!?」
「新八、知らなかったアルカ?」
「神楽ちゃん知ってたのぉっ!?」
「ぎゅってされたことあるネ」

 子供二人の会話を聞き流しながら、拘束が緩んだ隙に自分が楽なように体を反転。胸枕といった感じに後頭部が胸に当たるよう体重を預けると、も嫌がることもなく腕を回してまた総悟の髪に顔を埋めてくる。
 その姿勢のまま、ニヤリと笑って土方を見上げる。

「まあ、そういうわけなんで。オレも男ですからねィ。こんなオイシイ状態みすみす棒に振る気ァありやせんぜ。それとも、うらやましいんですかィ、土方さん?」
「はッ、誰がんな貧にゅ」

 ――ズガンッ。

 鼻で笑った土方のこめかみを銃弾が掠め飛ぶ。
 冷や汗を流す土方の目の前には、夜兎族特有の日傘を土方に向けて構える神楽と、般若の如き表情で立つ近藤のストーカー相手――もとい想い人の妙がいて。

「それ以上言ったら」
「私の傘が火を噴くアルヨ」
「既に噴いてんだろォがァァァっ!!」
「アンタ、バカだろィ。女に年と胸の話は禁句だってオレでも知ってらァ。ちなみに姐さん、意外と胸ありやすぜ」

 年下の女相手に本気でがなる土方に冷ややかな視線を送りつつ、持ってきた酒瓶を開ける。に寄りかかったまま器用に徳利に移してから猪口に酒を注ぎつつ言った台詞に食いついてきたのは、何故か妙。

「そうなのさん!?」
「ん~、大丈夫。谷間はない」
「何が大丈夫!? 姉上も食いつかないでくださいよ!!」
「大丈夫だァ!! お妙さんがどんな胸でも俺は愛してるゥ!!」

「「 黙れゴリラ 」」

 妙に対しては適当ともいえる口調でよくわからないことを返したが、近藤に対しては片手で総悟を抱きしめたまま木刀で薙ぎ払うという実力行使に出た。ちなみに妙の平手(と表現していいのかは微妙な破壊力の攻撃)も同時に飛び出し、近藤は見事に倒れこんだ。……まあ、ここ最近見慣れてしまった光景だ。

「ストーカーのみならず白昼堂々セクハラたァ、所詮はチンピラ警察だなァ、おい」
「テメエが言うか、現在進行形でセクハラしやがって」
「してない。お妙は嫌がってるからゴリのはセクハラ。でも総悟君嫌がってないから、俺セクハラじゃない。ねえ?」
「へィ。このまま昼寝しちまってもオレァ構いやせんぜ」
「構えよ何手懐けられてんだテメエェェっ!?」
「うるせェつってんだろ、土方。花見に来てんだから大人しく酒でも飲んで潰れやがれ」

 いつまでも絡んでくる土方を睨みつけてから、猪口の中の酒を呷る。それでもまだ騒ぐ面々は無視して空の猪口に酒を注ぎ足すと、己と同じように周囲は放っておくことにしたのかも木刀を置いて再び両手を総悟の体へと回してきた。
 背面と胸元にあるぬくもりを心地好く感じながら、空を覆い尽くすほどに咲き誇る薄紅色の花を見上げる。

 桜の花が満開になる季節とはいえ、まだ少し肌寒さは残っている。だからこそ、酒で自分の体温が上がってきていても、他人の体温を心地好く感じるのだろう。
 その『他人』が『異性』であるなら客観的には間違いなく『オイシイ状況』なのだろうが、総悟自身がそう思っているかといえば別にそんなことはなかった。年齢か性格か環境か……何に起因しているのかは定かではないが色事に関心の薄い総悟にとっては、別段こだわるほどのことでもないのだ。
 では何故離れなかったのかといえば、理由の半分は土方をからかうためだ。既に目的を達した今現在は、もうひとつの理由のため現状を甘受している。

 残る半分の理由は――自分考察のため。ぶっちゃけると、自分でも把握しきれていない自分の事を探りたかったのだ。

 あの時から強く抱いていた願いは叶い、確かに自分と同じイロを宿していることが確定した。結果、初めて会った自分と同質の存在に、柄にもなく浮かれているのは事実。
 けれど――何故浮かれてしまっているのか。
 自分より強いというのは既にわかっている。初めて会った時も先程も、彼女の動きを目ですら追えなかったのだから。
 強い相手と戦えることが嬉しいのかといえばそれはその通りなのだが、それだけにも思えない。かといって、他に浮かれるような要因も思い浮かばなかった。

 現状を甘受する理由を浮かれているためと推測してみたが、浮かれている理由は不明のまま――か……まあ、別段不快に感じてもいないからどうでもいいだけなのかもしれない。
 そもそも、初めから確かめたいと思うばかりで、それでどうしたいのかはわからなかったのだし。

 土方とは違い、酒には強い。猪口数杯で鈍るはずもない頭で色々考えてはみたが、結局答えは見つけられなくて。
 考えるのをやめて猪口を口に運んでいると、己を抱きしめるの腕に力が込められた。

 そういえば、初めて会ったあの時、は何かを期待するような声音で呟いた。
 彼女は一体己に何を期待していて、それは叶えられたのだろうか。

 そんな疑問が脳裏に浮かんだ時、小さな囁きが耳朶をくすぐった。

「同じ修羅を飼う君なら、このあたたかな体温をずっと持ち続けてくれるよね……? 私より先に逝ったりしないよね……?」

 周囲を取り巻く喧騒の中、掻き消されることもなく届いたその声は、どこか弱々しく震えていて。
 少し首を反らして見上げた先には、不安に揺れるはしばみ色の瞳。

 ――ああ、この人は、沢山の仲間を亡くしてきたんだ。

 総悟ではなく、総悟を通して誰かを見ているその目に、すんなりとそんな考えが浮かぶ。
 きっと、命が終わって熱を失い冷たくなっていく躰をその腕に抱きしめ続けていたことがあるのだろう。それは、恐らく、亡くしたくなかった大切な誰か。

 ――ああ、そういう、ことか……

 の期待が、願いがわかり、それを抱くに至った過去を推測し――それを自分の立場で置き換えてみて、ようやく総悟は自分の心を理解することができた。

 離れてしまったとはいえ、姉のことを大切に思い守りたいという気持ちは今でも変わらない。
 けれど、もし姉が死んだとしても、己は生きるだろう。侍として、近藤の信じる道のために戦い、そして近藤のために死ぬ。それはどれだけ周囲の状況が変化しようとも変わることのない想い――自分で選んだ生き方だからだ。
 だからこそ、もし守りきれずに近藤が命を落としてしまったなら、きっと自分を許せない。まして、自分が近藤に刀を向けるような事態になどなったら――……

 己の内には修羅がいる。志も何もなく、ただ単純に強者との戦いを求める修羅が。
 この修羅が暴走し、戦いだけではなく血をも求めるようになってしまえば……恐らく、止めることができるのは同じ修羅を飼う者だけだろう。

 つまり、浮かれていた理由は『安堵』だったわけだ。万が一の時の保険を得られた安堵。
 それは何よりもの望まぬ事態だというのに……実に身勝手な理由に、内心で深く嘆息する。これでは近藤や土方に子供扱いされて当然ではないか。

 自覚してしまった己の未熟さを打ち消すように、酒を呷る。空にした猪口を下へと置き、その手で己を抱きしめているの腕をぽんぽんと叩いてみた。
 数度のまばたきの後、修羅を秘めるはしばみ色の瞳が真っ直ぐに総悟の姿を捉えた。

 修羅を飼う身が、そう簡単に死ぬはずはない。それは同じ修羅を相手にしたとて変わらないだろう。……変えなければいい。
 だが、それでも、戦いを――最悪、血を求めるその性質の故に、常に危険に身を置き死と隣り合わせであるのも事実。
 自分の意志と力とで未来は切り開いていけるものだなどと言えるほど、無知な子供ではないつもりだ。未来は誰にも知り得ないことを知っている。自分の力だけではどうしようもない力や流れというものがあることも知っている。だから『約束』などできるはずもない。

 けれど、今、ここに生きて在ることは紛れもない現実。
 酒で体温の上がっている手をの腕に置くことで、それを示してやる。それは同時に総悟自身にも彼女の体温を改めて自覚させた。
 己を包むぬくもりを心地好く感じている今現在、それを失うことを惜しくも思い始めていた。
 そうだとしても、自分たちにとって口約束ほど虚しく無意味なものはないだろう。この女とてそれはわかっているはずで、当然それを必要とはしていない。

 だからこそ、総悟は笑ってみせた。
 不安に揺れていた女の瞳が静かに凪いで、その中に総悟の姿を映し込む。
 ニヤリ、と。挑発的な笑みを浮かべた姿がはっきりと見えた時、もまた同じ表情をしていて。

 はしばみ色の瞳の奥、秘められた二人の修羅が、かち合った――……

END