家族の定義

 あれは、綺麗に晴れ渡った日だった。
 上空はどこまでも広がる青空で、雲ひとつなかったのに影が差した。見上げれば、陽の光を浴びてキラキラと光る白い髪をした大人の男が立っていて。
 いくつかの問答のあと、大きな手を差し出されて。
 少しだけ迷ったあと、己の小さな手をそれに重ねた。

 ――あの日から、ずっと考えていることがある……





「お、万事屋んトコのチビ」
さん、おつかいですか?」

 聞き覚えのある声と、確かに名を呼ばれたことで、立ち止まって声のほうを見上げた。
 黒い洋装と腰に差した刀はいいとして――

「……おっきー、と、ジミー?」
「何で疑問系なんでィ?」
「おカオ、みえないから」

 大人の腰ほどの高さしかない己の身長で、しかも逆光になっている大人の顔の判別は困難でしかなく、隊服と声から記憶を掘り出すしかなかった。
 得心がいったらしい一人がしゃがんで目線を合わせてくれて、ようやく顔が見えた。間違いなくジミーこと山崎退だ。

「今日は旦那たちと一緒じゃないんですか?」
「パパたち、おしごとでおでかけ。だからおかいもの」
「一人で留守番かよィ」
「偉いですね、さん」

 どこか呆れたような沖田総悟の呟きと、笑顔で頭を撫でてくれながら褒めてくる山崎退。
 はただじっと山崎を見た後、すっと目を逸らす。
 偉い、とは思わない。だってそれは『当たり前』のことだからだ。万事屋の仕事ができない以上、家事でできることをするのは当然だと思っているから、褒められる理由がわからなかった。

さん?」
「……かえる。かったもの、れーぞーこにしまわなきゃダメになっちゃう」

 この二人が何故声を掛けてきたのかは知らないし、そんなことよりも自分の役目を果たすほうが重要だ。
 子供でも運べる大きさの台車の取っ手をしっかりと持ち直して押しながら歩き始める。――と、山崎が少し慌てたように声を出した。

「あっ、お手伝いしますんで、そのあと俺らと屯所に来てくれませんか?」
「……なんで?」
「前と同じことしてもらいてェんでィ。報酬も前と同じでいいかィ?」

 沖田の言葉に、記憶を引っ張り出す。
 彼らと初めて会った時は、テロリスト容疑で万事屋の三人が捕まった時だった。三人の無実が証明され、迎えに行ったそこで会った。
 万事屋の素性や事件との関わりを調べていた山崎について行って、沖田にも会った。そこで沖田は、小さな子供である己にもできる仕事を依頼してくれたのだ。アメ玉10個を報酬に。
 思い出した事実に依頼内容はわかった。お金がもらえるわけではないが、甘味王と言われる養父にとっては充分報酬となるだろう。彼らと同じ仕事など到底できるはずもない年齢の己にとってそれは、役に立てる数少ない事柄のため願ったり叶ったりだ。
 ――けれど。

「おしごと、は、べつにいいけど……またフクチョーさんがターゲット?」
「他に誰がいるんでィ」
「ぱちにぃが、フクチョーさんはエライヒトだっておしえてくれたよ。エライヒト、ターゲットにしていいの?」
「土方の野郎なんざ偉くねェよ。オレが土方葬って副長の座は頂くんでィ」
「沖田隊長! 子供に何てこと言うんですか!? 違いますよさん! ちゃんと理由があるんです!! 副長は確かに偉い人ですが、だからこそ仕事がいっぱいで注意しても休んでくれないんですよ。だから……」
「フクチョーさんのおしごとやめさせて、おやすみさせるのがホントウのいらい?」
「はい」

 沖田は半分本気で自分の上司の首を狙っているようだが、でも半分は山崎と同じように心配する気持ちがあるようにには見えた。
 だから、素直に依頼を受けた。

 とりあえず、一度二人を連れて万事屋へと戻る。買った食材を冷蔵庫にしまって、先に養父らが帰ってきて心配しないよう、山崎、沖田と共に書置きを残してから、屯所に向けて再出発した。
 万事屋から大通りへと出た時のこと。

「ぃよっと」

 小さな掛け声と共に脇の下に手を入れられて持ち上げられたは、気付くと沖田の肩の上にいた。急なことに目をぱちくりさせる。

「……なに?」
「おめーの足に合わせて歩いてたら日が暮れちまわァ」

 を肩車したまま、沖田はスタスタと歩き出す。
 彼の髪を掴んで安定を図りつつ、目を真っ直ぐ前へと向けてみた。すると、そこにはいつもとはまるで違う視界が広がっていて。

「……たかい……」
さん、高いの苦手ですか?」

 思わずこぼれた呟きに、少し後ろを歩く山崎が心配そうに問いかけてくる。
 は、ふるふると首を振って否を返した。

「ひとのあたまがみえる……」
「ははっ、チビの身長じゃ腹しか見えてねェもんな、普段。いい眺めだろィ」
「うん……」

 道行く大人たちの表情すらもはっきりと見える高さ。そして、普段よりもずっと遠くまで見渡せる視界。
 世界が一気に広くなったような感覚が、少し楽しくて、嬉しくて。
 自然と笑みがこぼれ、声のトーンも明るくなっていた。
 その僅かな変化に、流石は監察。山崎はすぐさま気付いたようで。

さん、ひょっとして肩車、初めてなんですか?」
「うん」
「何でィ、旦那はしてくれねェのかよィ」
「……うん……パパ、にさわるのコワイっていってた」
「――は?」
「あの旦那がですか?」
、まだちっちゃいから、こわしそうでコワイって」
「あー、そういうことかィ」
「いや、生まれたばかりの赤ん坊相手ならわかりますけど……赤ん坊から抱いてれば慣れて――って、まさか……」
、パパのこどもじゃないよ」

 山崎が辿り着いた答えを、あっさり肯定する。というか、気付かれていないとは思わなかった。全く似てないのに。
 のその小さな疑問には、沖田の呟きが答えてくれた。

「オレァてっきりチビは母親になんだと思ってたんだがねィ。血ィつながってなかったんかィ」
さんの、本当の両親はどうしたんですか?」
「しらない。、パパにあうちょっとまえよりむかしのこと、おぼえてない。やけのはらに、たくさんのおとなのヒトがたおれてたから、そのなかのどれかだったのかもしれないけど」
「……戦災孤児、ですか……」
「旦那とはそこで会ったのかィ?」
「うん」

 視線を空へと投げて、あの日のことを思い出す。
 あの日も、今日のように晴れていた。

「おなか、すいたから、たおれてたヒトのふところさがして、かたくなってたけどおにぎりみつけて、それたべてたの。そしたらパパがうしろにたってて……『そんなことしてたら俺みてェに鬼呼ばわりされて大人に殺されそうになっちまう。人として生きてェなら、ついて来い』って、いわれたの」
「――っ」

 今でもはっきりと覚えてる。出会った時のこと。
 一言一句間違えることなく告げると、山崎が息を呑んだ。歩く速度は変わらぬまま、沖田は溜息を落とす。

「旦那のバカみてェな強さは、ガキの頃からたった一人で身を守ってきたってこともひとつの要因ってことかよィ」
「……今でこそ天人の所為で目立ちませんが、確かに昔の価値観なら、旦那の外見は悪目立ちしかしなかったでしょうね……」

 山崎も深く嘆息した。
 二人の話は、何となくにもわかった。自分と似た境遇の子供を放っておけなかったのだろう養父の気持ちも、理解、していた。
 だからこそ、考えずにはいられなかったのだ。

 いつまで共にいることを許されているのだろう――と……

「それで旦那に拾われて、今に至るというわけですか」
「うん。いまはにさわるのコワイっていわないよ。だっことかはしてくれるし」
「あー、してましたねぇ……」
「でも肩車はしてもらってねェってコトかィ。してほしいんなら、そう言やァいいじゃねェかィ」

 沖田の何気ない言葉に、ただ彼の髪を握る手に力を込める。
 言える、わけがない……そんなこと……
 何の反応も返さなくなったを、二人がどう思ったのかは知るところではない。
 ただ二人は揃って溜息をついて。
 丁度屯所に着き、この話も肩車もここまでとなった。
 ここからは自分にできる数少ない仕事の時間だ。
 は気持ちを切り替えて、屯所の門をくぐった。





「死ね、土方ァ!!」

 ――スパァンッ、と。勢いよく襖を開け放つ音と同時に耳に飛び込んできた聞き慣れた声の死の宣告に、土方はバズーカかと咄嗟にその場に身を伏せた。
 次の瞬間、土方を襲ったのは耳を劈く轟音ではなく、頭部への衝撃。
 決して軽いものではないが、かといって重過ぎることもない以前も体験したことのあるそれに、がばりと身を起こして見れば――案の定。

「テメェ、万事屋んトコのチビ!?」

 5歳児程度の幼女が危なげもなく畳の上に着地したところで。襖の外には、この幼女を投げるという非常識な行動をやらかした張本人である沖田がいる。

「いきなり何しやがる!?」
「おしごとー」
「あ゛あ!? またアメ玉と交換でぶん投げられたのか!?」
「うん」

 『鬼の副長』という呼び名は伊達ではないのだが、この幼女にはどこ吹く風。怯えた様子など微塵もなく至って平常に答える幼女の姿には、流石はあの人を食ったような万事屋のもとで育てられているだけのことはあると思わされて。
 子供相手にマジ切れするのも馬鹿らしくなり、深々と溜息をついて畳に突っ伏した。
 そのすぐ横を移動していく、とてとてという軽い足音。目を上げると幼女が壁際へと歩いていて、辿り着いた壁を器用によじ登り障子窓を開けた。
 開け放たれたままの襖との間に空気の流れが生まれ、室内に篭っていた煙が抜けていく。
 随分と久しぶりに新鮮な空気を吸った気がして、無意識に深呼吸をしながら体を起こした。
 起き上がった土方の前に幼女が戻ってくる。まだ何かあるのか、無垢な瞳で見上げてきて。

「あのね? ここは、おサムライさんがいるところなんだよね?」
「……ああ」
「フクチョーさんは、おサムライさんのなかのエライヒトなんだよね?」
「まあ、な」
「じゃあ、フクチョーさんがビョーキでたおれちゃうのは、おサムライさんの生きかたとして、いいことなの?」

 真っ直ぐに土方の姿を捉える、曇りのない大きな瞳。こてんと傾げられた頭。幼いが故の純粋な問いかけは、土方の心を深く抉った。
 無垢な瞳から逃れるように目を逸らした先には、文机の上に積み上げられた書類と、灰皿からこぼれ落ちかけている吸殻の山。
 更に視線を巡らせる。廊下の柱には、腕を組んでもたれかかっている沖田。そして、襖の陰に山崎の姿を見つけて――合点がいった。
 いくら忠告しても根を詰めてしまう土方の身を案じた山崎から沖田へと話が行き、この幼女を連れてくるに至ったのだろう。
 彼らの気遣いと己の現状とに、自然と溜息がこぼれた。

「よくはねェな……わかった。もう少し気を付ける」

 これが沖田や山崎だけなら、嫌みだの何だのとはねつけて我を張るところ。だが、大人の事情などまるで理解していない幼子に対して虚勢を張るなど愚の骨頂。
 そう思えば自然と素直な言葉が口をついて出て、幼女はやっと満面の笑みを見せた。
 そして――


「うん。ながいきしてね、おじちゃん」


 幼女の口から発せられた言葉に、土方はピシッと固まった。山崎も、固まった。
 ただ沖田だけが、ぶはっと吹き出し腹を抱えて大爆笑する。

「ひじっ、土方が『おじちゃん』……っ、ははははっ!!」
「おっきー?」
「チビ、じゃ、オレは?」
「? ドSなおにいちゃん?」
「んじゃ、ザキは?」
「ジミー」
「はいぃっ!? 何で俺だけそのまんま!?」
「……? だって、ジミーはジミーだよね?」
「地味すぎて年齢関係ねェってコトかよィ!? ははははははっ!!」

 ばしばしと床板を叩いて笑い続ける沖田。
 何故そんなに笑っているのか理解できない様子できょとんとしている幼女は、その答えを求めるように土方へと向き直って。

「おじちゃん?」
「おじちゃんって言うなチビィィィィっ!!」

 再び幼女の口から出た呼称に聞き間違いではなかったと思うと同時、ほとんど反射のように土方は叫んだ。
 そんな土方から庇うように沖田が素早く幼女を抱え上げて、笑いすぎでにじんだ涙を払いながらニヤリといつもの笑みを土方に向けた。

「現実はしっかり見たほうがいいですぜィ、土方『おじちゃん』?」

 完全に面白がっておちょくりに出たその言葉に、ブチッと血管が切れる音を聞いた気がした。

「テメェに言われる筋合いはねェぞ総悟ォォっ!!」
「わーっ!! 落ち着いてください副長ォ!!」

 置いてあった愛刀に手をかけ抜刀しかけたところを、山崎に羽交い絞めにされて止められた。その隙に幼女を抱えた沖田は、さっさと走って逃げていく。
 あっという間に見えなくなった背。しかし怒りのおさまらない土方はそれを追おうとして山崎の手を振り解くため暴れ続ける。――が。

「離せ山崎ィ!!」
「旦那のことで少しわかったことがあるんです!!」

 だから落ち着いてください――と。言われるまでもなく、土方は暴れるのを止めた。
 攘夷浪士・桂小太郎と関わりがあるような節もあり、何かと騒動の中心にいることが多い万事屋の主人・坂田銀時。洗ってもまともに素性すら明らかにならない彼の情報なら、僅かでも貴重だ。
 もし――真実、桂らとの繋がりが明らかになったのなら、放置するわけにはいかない。
 沖田を叩っ斬るのはいつでもできる、と。力を緩めた山崎の手を振り解いて彼に向き直り、先を促す。

「で、何だ。浪士との繋がりでも出たか?」
「いえ……その、旦那とさんのことで少し……」

 期待したような情報ではなさそうで、自然と眉根が寄る。
 あの親子の関係で一体何の問題があるというのか。よもや人買いや勾引(かどわ)かしだとでもいうわけではあるまいに。

「あ? 血が繋がってねェのは見りゃわかんだろ」
「てっきり母親似なのかと……いえ、確かに血縁ではありませんでした。さん、旦那に会う以前の記憶がないようで、実の親のことは何もわからないそうです」
「あの野郎がチビの親を殺したとでも?」
「いえ、その可能性は低いかと……ただ、出会ったのは戦場だそうです」

 幼子が戦場にいたということは、恐らく戦災孤児。そしてあの幼女の年齢から考えてその戦は、十中八九攘夷戦争か――その派生である志士狩りか。つまり、万事屋・坂田が元・攘夷志士であるのは間違いない。
 己の刀を折るほどのあの強さは、やはり本物の戦場を潜り抜けてきたが故に培われたものだったか――と。
 溜息をつきかけた土方は、続いた山崎の報告でそれを一時中止した。

さん、空腹に耐えかねて遺体を漁り、見つけた古い握り飯を食べていたそうです。そうしたら旦那が背後に立っていて……そんなことしてたら俺みたいに鬼呼ばわりされて、大人に殺されそうになる――って、そう言ったそうです」

 ……それは、あの男の外見を見てよく考えてみればわかることだった。だが、全く気付けなかった。それは天人による変革された価値観が深く根付いていた証か、それとも――そのような過去を全く匂わせることすらしない飄々としたあの男の性格の故か。
 あの男の歩んだ人生そのものが戦場のようなものだった……それこそが強さの素地だったのか、と。今度こそ土方は溜息を落とした。

「チビの外見じゃ、鬼呼ばわりはされねェだろ」
「とは思いますけど……恐怖心に囚われて疑心暗鬼に陥った人間は、何するかわかりませんからね。可能性はゼロではないと思います」

 特に戦時下であるならば尚、か。
 自分の命を、生活を守ることだけで精一杯という状況では、心からもゆとりは消えている。皆がそのような状態であるならば集団心理も働き、より弱い者を切り捨てることに躊躇もなくなる。助けて共倒れになるよりは、切り捨てて確実に生き残るべきだ――と。
 口減らしによって売られたり殺されたりした子供は、決して少なくはなく、珍しいことでもない。そんなことが罷り通る時代を、切り捨てられた側として生き抜いたのなら、それは見捨てられるわけがないだろう。

「それと、旦那、力加減がわからなくて、さんに触れることを恐れていたそうです」
「まあ、わからなくはねェが……」
「その所為かはわかりませんが、さん、どうも旦那に対して遠慮をしているようなんです」
「俺には遠慮の欠片もねェあのチビがか?」
「それは他人と家族との違いじゃないですか?」
「普通逆だろ?」
「いえ。例え嫌われても何の影響もない赤の他人と、嫌われたら捨てられてしまうかもしれない仮初の家族との差――ということではないかと……」

 山崎の言葉を聞く度に深くなっていった眉間のしわを指で解しつつ、深々と溜息をついた。彼の意図が読めたからだ。
 坂田の情報と言いつつ山崎が最も気に掛けていたのは、あの幼女のほうだったのだ。
 まあ、こんな過去をあのような幼子の口から聞かされては、気にならないわけがないが。山崎の口から聞いた土方でさえ、そう思うのだから。
 とはいえ。

「……俺から見りゃ、似た者親子でしかねェがな」
「近くにありすぎて見えていないこともある、ということではないでしょうか」
「まあ、何にせよ、俺らがどうこうできる問題じゃねェ。下手に口出したりしたら、余計にややこしくなっちまう」
「ですね……」
「万事屋の野郎がどうにかすりゃいい話だ」

 思った以上に殺伐とした道を歩んできたらしい坂田銀時。元・攘夷志士である疑いが濃厚になったとはいえ、現在攘夷活動をしていないなら捕縛することはできない。
 あの幼女のためにも、あの男を捕らえなければならない事態にはなってほしくない――と。
 らしくない考えが浮かんだ己を打ち消すように無意識に煙草へと手を伸ばした土方は、ふと我に返って手を戻し、本日何度目かわからない溜息を落とした。





「ウチのチビがここに来てるって、お宅のドS隊長とジミーの置き手紙があったんだけどよ」
「あ、旦那。はい、来てますよ」

 真選組屯所の門前。
 目的をそれとなく告げると、こちらの顔を知っていたらしい門番があっさりと答えてくれた。
 だが通してくれるわけでもなく、かといって一人が中へ呼びに行く様子も見受けられず、どうしたものかと考えかけた時――奥から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「多分、もうすぐ出てくると思いますんで」

 苦笑を浮かべそう言った門番。なかなかに好意的な対応なのは、が何のために連れてこられたのかが周知の事実だからだろうか。
 溜息をつき、念のために持ってきた件の置き手紙に目を落とす。
 三者三様の筆跡で書かれた伝言。と山崎のは普通に行き先と帰宅予定時間などを記しているのだが、問題は沖田だ。

『人間バズーカの玉、借りてきまさァ』

 言いたいことはわかる。前例があるから。
 とはいえ、何というか……まあ、彼らしいか。
 ――と、バタバタと賑やかな足音が近付いてきたようなので顔を上げた。沖田がを抱え上げて走ってきている。
 ふと目が合った沖田が、真っ直ぐこちらへと進路変更した――が。苦しげな表情を浮かべている。……何があったのか。

「……総一郎君?」

 疑問を形にする間もなく、目の前に来るなり押し付けてきたを受け取ると、途端にその場にしゃがみ込み腹を抱えて肩を震わせていて。
 何事かさっぱりわからず、銀時はに聞いてみた。

「どーしたんだ、コレ」
「フクチョーさんをおじちゃんってよんだら、わらった」
「あー……」

 なるほど、と銀時が納得するのが先か、足元の沖田から笑い声が上がる。
 苦しげに見えたのは、どうやら走るために笑いをこらえていたからだったらしい。ちらっと横目で確認した門番も肩を小さく震わせて笑いをこらえていた。

「あはははははっ!! チビ、マジサイコーだぜィ!! 流石は旦那の娘でさァ!!」

 笑い転げそうな勢いで声を上げ続ける沖田の言葉にか、腕の中の子供が小さく反応した。
 見れば、いつも以上に無表情になって、どこか一点を見つめている。
 虚ろにも見えなくはないその様子に銀時が口を開くより先に、笑い終わった沖田が立ち上がって、言った。

「なーに遠慮してんでィ、チビ。おめーと旦那はそれぞれ自分で選んで家族になったんだろーが。思いっきりワガママ言って叱られて、ケンカだってすりゃいいじゃねェか。それが家族ってもんじゃねェのかよィ」
「……その定義でいくと、総一郎君と多串君も家族ってことになるんじゃねェの?」
「斬りやすぜ、旦那」

 何があって彼がこんなことを言い出したのかは皆目見当もつかないが、色々と聡い青年のようだからの心の機微を察したのかもしれない。
 とりあえず軽口を返してみると、いつものいい笑顔で物騒な警告と共にずいっと手を差し出してきた。

「コレが今回の報酬でさァ。もらいもんですが食べてくだせェ。んじゃ、チビ。帰りは旦那に肩車してもらいなせェよ」

 差し出されたビニール袋に入った大きめの箱は、どうやら菓子折りらしい。素直に受け取ると沖田はさっさと中へと戻っていった。
 見送る意味もないので己も帰るために踵を返しかけて、腕の中の幼女と目が合う。

「あー……肩車、してほしいんか?」

 沖田の言葉を拾って問いかけてみると、しばらくこちらを窺うように見てからひとつ頷いたので、抱え直してから肩に担いだ。
 肩車などされた記憶はなく、当然したこともない。
 見様見真似の初チャレンジだったが、とりあえず安定している様子に内心安堵し、心持ちゆっくりと歩き出す。
 歩いていると、時折押さえている幼子の足が動いた。それは、椅子に座っている時などに見せるあの無意識に足をぶらつかせる動きに似ているように思えて。

「面白いか、肩車」
「……うん。とおくまで、みえるから」
「ふぅん……そーゆーもんか」

 問いかけに返ってきた答えには、未経験故に同意はできなかったが。
 ふと、古い記憶が蘇った。それは、師の背におぶされて見た夕焼け。確かにあの時は、何度も見てきたはずの景色がまるで違って見えた。
 だが、それは、高さという物理的な理由からだけのことではなくて――
 古い記憶から思い至ったそれに沖田の言葉が混ざり合って、一連の出来事に含まれる意味がおぼろげながら見えてきた気がした。

「なあ、。肩車してほしいと思ったこと、前にもあったんか?」
「……うん」
「それを言わなかったのは、かなり前に、おめーに触るのがこえーってこぼしちまったことがあったから――か?」
「…………うん」

 溜息が、出た。
 確かに沖田の言う通り、この幼子は、幼い身でありながら遠慮という高度な処世術を使用していたらしい。
 そうさせたのが己の不用意な言動であり、全く気付けていなかった不甲斐なさに対しての、溜息――嘆息だ。

「そりゃァ悪かったな。けどよ、何か欲しいもんがあるなら言っていいんだぞ。つーか、言ってくれなきゃわかんねェんだ、正直な話。全部が全部叶えてやれるわけじゃねェけどよ、その判断は俺がすっから、決め付けねェでまずは言ってくれ。知りてェこととかもよ、ありゃあ聞いてくれて構やしねェんだ」

 は、あまり喋らない。感情を表に現すことすら滅多にないほどで、自分から何かを訴えるということが極端に少なかった。それは、聞けば答える、という程度のもので。
 それらは戦災孤児という経験に由来するものか、若しくは本人の持って生まれた性質からかと思っていた。
 ――否。そう思いたかったのだろう。
 それは、単なる己の甘え――弱さに他ならない。

「……、このまま、ずっとパパといていいの?」
「おめーが嫌じゃねェなら、好きなだけいりゃいいんじゃねェの?」

 その甘えが、この幼子を不安にさせ遠慮などというものをさせるに至ったのだと。
 ややあって遠慮がちに落とされた、不安に揺れる小さな声の確認が、そう如実に物語っていた。
 にも拘らず、己の口から出た答えは弱さを浮き彫りにし、幼子の不安を更に煽るような形でしかなくて。
 己の弱さに舌打ちしたい気持ちを何とか押し留めて、幼子の不安を解消するための言葉を探すため、ない頭をフル回転させる。

「おめーが一緒にいたいって思うならいていいし、言いたいことも、わがままだって言っていいんだ。神楽を見ろ神楽を。わがまま言いたい放題じゃねェか。――でもよ、俺ァ、アイツ別に嫌いじゃねェぞ」

 ……昔、一人で見た夕焼け空は、酷く不安を掻き立てるような淋しいものだった。
 けれど師の背におぶされて見たそれは、同じ景色であるはずなのに、とてもあたたかくて安心を覚えることができたのだ。
 ――もう独りではないのだ、と……人との繋がりを、感じることが、できた。

 が求めた『肩車』も、恐らく同じ意味なのだろう。
 即ち、『人との繋がり』……それを感じたくて、けれど拒否されるのが怖くて。だから、言い出せなかった……恐らくは、そういうことなのだ。

 よくよく思い返してみれば、それは己も経験したことのある思い……なのに察することができなかったのは弱さの表れであり、師のようにはなれない証拠か。
 だが、それは当然のこと。
 真っ当な生き方など、してきてはいないのだから。
 ――その考え方自体が、甘えそのものだというのに……

「総一郎君が色々言ってたけどよ、家族の定義なんて案外曖昧なもんだろ。要はさ、他人がどう言おうが、本人がそう思ってりゃ家族ってヤツなんじゃねェのか?」
「……、パパとかぞくでいていいの?」
「俺は、おめーも神楽も新八も、家族だって思ってるぜ?」

 それは、本心。けれど、拒否されるのが怖くて、言葉で伝えてはいない。
 人間関係に別れはつき物。戦場にいた身としては、死別という抗いようもない別れをいくつも経験して嫌というほど身に染みている。
 戦争が終わった今は、死別よりも心変わりによる別れのほうが――余程、つらい。
 真っ当な生き方をしていない己は真っ当な大人じゃない自覚がある。故に、いつ見限られて嫌われても何の不思議もない。
 もとより、鬼と蔑まれてきた存在なのだから、受け入れられている今が幻想なのだ――と……
 そう思うことで傷つかないようにと、己を守ろうとしてきた甘え……それが、守ると決め家族だと思っているはずの幼子を追い詰め傷つけていたなんて、これこそ本末転倒というやつか。

「うん……っ、も、おもう……っ。パパ、を見つけてくれて……なまえ、くれて……かぞくに、してくれて、ありがとう……っ」
「……おう。こっちこそ、血まみれだった俺の手ェ取ってくれて――こんなダメ人間な俺を認めてくれて、あんがとよ」

 涙にぬれた幼子の声に、ぎゅっと掴まれた髪の痛さに。
 同じ過ちは繰り返さないことを己に誓った銀時は、このきっかけを与えてくれた腐れ縁になりつつある真選組の面々にも感謝しつつ、夕暮れに染まる街をずっと肩車したまま歩き続けた。

END