「女ってよ、どうやったら喜ぶもんなんだ?」
――ぶはぁっ!!
暗部御用達の飲み屋の一角。
総隊長・氷月のこぼした意外すぎる呟きに、銀葉ことはたけカカシと風麻こと猿飛アスマは揃って酒を噴出した。
「きったねえなァ、おまえら!」
「いや、今のはオマエが悪いだろ」
自分の酒を持って安全圏に身を引いた氷月の非難。同じく避難済みの副隊長・朔夜が呆れた調子で突っ込んだ。
氷月は不満げな顔で朔夜を振り返り。
「なんで俺のせいなんだよ」
「あのな……」
「た・い・ちょ♪」
朔夜の言葉を遮ってカカシが氷月の肩に手を置いた。
にんまりとした気色の悪いカカシの笑み。アスマはさり気なく場所を移動する。
「焦っちゃダメってことデスヨ♪ 女のコのほうが焦れて求めてくるくらい、愛撫はじっくりと……」
「そっちの話じゃねえよ! この色ボケ忍者!!」
――がすっ。
「ぐはあっ!!」
氷月の本気(マジ)蹴り炸裂。モロに喰らったカカシは見事に吹っ飛び、先程までアスマのいた位置に激突した。
予想通りのいつもの光景に、アスマは同情することもなく二人の側へと腰を落ち着ける。
「……待てよ? まさかとは思うが、そういう意味で捉えたのか、おまえら」
「近いな」
「つまり、ですよ。今まで色恋沙汰に無関心だった総隊長の口から、初めてそういうことを聞いたっていうことが衝撃だったんです」
カカシ程、ぶっ飛んだことは考えてません。
アスマの素直な感想を聞き、不機嫌から呆れた顔へと変わった氷月の口から溜息がこぼれた。
「別に色恋の話じゃねえよ。興味が湧いた相手が女だったってだけのことだ」
「仕事以外でオマエが興味持つってこと自体、充分珍事件だっつーの」
「おまえに言われたくねえぞ、朔夜」
「おれだから言えるんだろうが」
「……まあ、仕事絡みではあるがな」
だから珍事件というほどのことでもない。
酒を飲みながらこぼした氷月の言葉で、朔夜の片眉がぴくりと跳ねたのをアスマは見逃さなかった。
何となく、この話題は好ましくない気がしてならない。
「で、誰なんだ」
「守り神だよ」
元々がアスマの常識からは理解できない、突飛な思考の持ち主である氷月。その口から出てくるものも、やはり突拍子もないものだった。
まさか、守り神の名が出てこようとは……否。まあ、今まで部下にいるクノイチの中で興味を持つ者が出ておらずに、仕事絡みといえばわからなくはない相手ではあるのだが……やはり、突拍子ない。
「あ、会えたんですか、隊長?」
「おう。会えたどころか、ドジったところを助けられちまったよ」
一人悶々と考えていたアスマの背後で、復活したカカシが興味津々に問い掛けた。
氷月の応答により、きっかけを与えた存在がカカシだとわかり、アスマは咄嗟にテーブルの下へと避難した。――直後、頭上を勢いよく飛ぶ多数のクナイ。
「テメエが原因か、銀葉!?」
「ぎゃあ!? 副隊長、いきなり何するんですかぁ!?」
「やかましい!! おれはテメエが嫌いなんだ!! さっさと去(い)ね、下種が!!」
朔夜によるカカシへの八つ当たり暴行が繰り広げられる。
どこまで予想通りなのか……やはり、非常によろしくない話題だったようだ。
とりあえず自分に被害が及ばないことに安堵しつつ、アスマは座り直して酒へと手を伸ばす。
「ドジって、例の穴埋め警備の時のですか?」
「ああ、禁術に……ありゃ、特別調合の毒だろうな。念の入れようが半端じゃねえ敵忍だった」
「死体は全部灰になってて、結局出身すら調べられなかったんですが」
「あれはがやったんだよ」
「……解毒も?」
「おう」
なるほど。忍は大抵毒に体を慣らすものだが、氷月はその種類が半端じゃない。しかも、その特殊な体故に薬の効きも鈍く、一番の弱点が毒によるダメージなのだ。
その氷月の体に回った特別調合の毒薬を、短時間で解毒して仕事に復帰できる状態にしたとなれば、氷月でなくとも興味は湧くだろう。
納得できたところで、初めの問いかけへと話を戻してみる。
「それで、を喜ばせたいわけですか?」
「あー、まあなぁ……アレと話すだけでも色々新鮮で面白いんだがよ、始終無表情なのがどうにかならねえかと思ってな……」
「そこまで頻繁に会ってたってのに、まず驚きなんですけど……」
「向こうも俺に興味持ったらしい」
「で、なんでまた無表情崩しのチョイスが笑顔なんだ?」
急に降ってきた朔夜の問い。どこから聞いていたのか……それとも最初から耳には入れていたのか。朔夜は未だ不機嫌な表情のまま、元の位置へと座った。
好ましくない状況再び。所々にある返り血が気になるが……恐ろしいので背後は振り返らないことにしておく。
「気は済んだのか?」
「済まねえけど、殺したらオマエが怒るだろ」
「ま、一応は俺の片腕だからな、アレでも」
「……やっぱ、気に食わねえ……殺してえ」
「却下」
くつくつと喉を鳴らして笑う氷月。朔夜の性格を熟知した上で、あえて放置するあたり、やはりアスマには理解できない。
ひとつだけわかるのは、氷月も朔夜も、親しい者ほど容赦しない天邪鬼な部分を持っているということだけだ。少なくとも、仕事上では。
消化しきれない苛立ちをぶつけるかのように、朔夜は串焼きにかぶりついて。
「んで、笑顔を見たい理由は何だよ。色恋じゃねえんだろ」
「泣き顔はもう見たし、怒らすのはマジで身の危険を感じるからだよ。だとすると、残りは笑顔しかねえだろ」
「守り神が泣いたっていうのが、信じられないんですけど……っ」
「俺もあれはびびったな。いきなりだったし、なんで泣いたのかは未だにわかんねえし」
氷月の口から出てくる事実は、やはり予想ができないものばかりだ。いつものこととはいえ、その衝撃はかなり大きく、未だ慣れない。
冷や汗が浮かぶのを感じながら、酒を呷(あお)ることで何とか衝撃をやり過ごした。
いつまでも慣れないからといって、さじを投げるわけにはいかない。自ら望み、望んだままにこの二人からの信頼を得た故の役割なのだから。
「で、結局女は何したら喜ぶんだ?」
「おれに聞くな」
「え~、とですね……一般的な女性の場合、花や、髪飾りなどの装飾品、手鏡などの小物と……あとはマスコットキャラクター的な物を好む傾向があるようなので、贈り物としてそれらを選ぶというのは効果的ではありますが……相手が守り神となると、どうなのか……」
氷月の求めてきた答えを、一応は返してみた。だが、個人と全く面識のないアスマには、自分の返したものが役に立つのかは完全に未知数の世界で。
朔夜からの突き刺さるような視線をあえて知らぬ振りで逃げ、氷月の反応を待っていると「ふーん……」とあまり気のない声が返ってきて。
「ま、気が向いたら適当に試してみるか」
独白によって、この話題は締め括られた。
氷月との関係がこの後どうなっていくのか……アスマはある種の危機感と共に興味を惹かれた。
だがその前に気にすべきことは、カカシ同様、朔夜の八つ当たりを受けるだろう我が身の心配だった……
姿を偽り、素性を隠して、暗部総隊長をやっている少年・うずまきナルトと出会ってしばらく。
他に素性を晒せない彼の都合により、会う場所は森の中にある結界で守られた彼の隠れ家がほとんどだった。
暇を見つけてが隠れ家へと出向く。いなければ帰り、いたなら時間の許す限り話をしていくというのが定番となりつつある流れだ。
今日もまた、その流れのまま隠れ家を訪れてみた――のだが。
「ほらよ」
中に入るなり、ナルトは両手で抱えるほど大きな花束を渡してきた。
予想外の唐突な展開に、しばし固まる。
「……ナルト。これ、何?」
「花。見りゃわかるだろ」
「花なのは見てわかるけど、いきなり何なの?」
「やる」
「だから、どうして?」
もらう理由に見当がつかない。
贈り物とは、大抵誕生日などの何らかの記念日にするものだと思うのだが、今日は別に何の記念日でもない。というか、誕生日とかに関する会話すらしたことがないのだから、知りようもないと思うのだが……
とりあえずにわかるのは、ナルトの様子がいつも以上にぶっきらぼうでおかしいということだけだ。
そのナルトはというと、がしがしと後頭部を掻きながら目を泳がせて――
「おまえ、昼間はずっと寝てるから外、出歩かねえって言ってたろ。だから、こういうモンは珍しいんじゃねえかと思ったんだよ」
……確かに、その通りだ。
昼間は、ここと同じく結界の張られた洞窟の中で休眠しており、活動を始めるのは日没を過ぎて完全に闇の支配下になってから。その間はほとんど任務についており、自由に動けるのはほんの僅かな間だけ。
ナルトに出会うまで、その自由時間は何もしていなかった。洞窟に戻り、次の呼び出しをただ待つだけの日々……周囲のものに、自然に、気を留めることもなかったのだ。
は、改めて腕の中へと目を向けた。鮮やかな色とりどりの花が綺麗に咲き誇り、甘い香りを放っている。
懐かしいモノ……守り神にされてから全く触れることのできなかった、穏やかな日常の象徴のような……
「――って、だからなんで泣くんだ、おまえは!?」
焦ったナルトの声で、涙が溢れていることに気付いた。自覚することで、それはより一層増えていく。
「おい、!? 泣き止め!!」
「無茶言わないで……っ」
「ならせめて理由を言え!!」
理由といわれても、色々な感情がごちゃ混ぜになっていて、はっきり何とはわからない。そもそも自分が泣いていたことにも気付けていなかったというのに、何を求めてくれるのか。
はらはらとこぼれる涙をそのままに、一応理由を探してみる。
悲しみ……それもある。守り神なんてものにされなければ、闇に生き、殺伐とした日々を送ることもなかったのだから。それを拒むことも変えることもできない悔しさ、嘆き……
それらも確かにあるけれど、涙の理由はそんな負の感情ではない気がする。
つまり、これはきっと……
「嬉しい、から……っ」
久し振りに見た、綺麗なもの。血とか死体とか刃とか、そんなものじゃなくて……そんな闇のモノじゃなく、光の中のモノを見ることができて、触れることができて。
「懐かしくて、嬉しい……っ」
「だったら笑えよ」
呆れた口調で言われた言葉。一瞬、顔を上げてナルトを見たは、すぐにまた花束へと顔を埋めて力なく頭を左右に振る。
「無理……っ、忘れ、ちゃったもの……っ」
「は?」
「守り神という名の殺戮人形としてしか、求められなかったから……っ。人としての感情は、誰も必要としてくれなかったから……っ」
それに、心を殺していなければ、仕事などできない……人殺しなんて正常な心で続けられるわけがない。
だから、忘れた。心を、封じた。――はずだったのに……
「……」
ナルトの両手が頬を包み込むようにして、上へと少し向かせられた。そのまま涙を拭われ、見えた先には少々困ったような顔があって。
「暗部をやるなら感情を殺す術は確かに必要だ。けどな、心を殺す必要はねえし、できねえだろ?」
「でも、わたしは……っ」
「おまえの心は死んでない。こうやって泣けるなら、大丈夫だ。だから、少しずつでいい。感情を表に出す方法を取り戻せ。言ったよな? 俺は守り神じゃなくて、おまえと話したいって」
真っ直ぐに、空色の瞳が見上げてくる。それは、とても優しい色。
「人としてのおまえを必要としてる者は、ここにいる。だから、俺の前では人でいろ」
存在を認めて欲しかった。必要として欲しかった。
その願いを叶えてくれた、唯一の人……その事実がまた涙を溢れさせた。――だけど。
「う、ん……っ。ナルト……お願い……っ、わたしを、人でいさせて……っ」
「おうっ!」
目の前で咲いた満面の笑顔。眩しいそれにつられて――ほんの少し、笑えた気がした。