人生、何が起こるかは、本当にわからないものである。
例えば、海に放り出されて海賊船に拾われたり。例えば、その海賊船が嵐で壊れて陸を旅することになってみたり。
例えば――
「あんた、キャプテン・ホークの情婦だな」
「――――――はい?」
予想もしなかった誤解をされてみたりとか。
本当に、何が起きても不思議はないと、つくづくそう思う。
北エスタミルの街中で、は見覚えのある初対面の男たちと対面した。
出会い頭、人の顔を凝視してきたその中の一人、灰色の髪と瞳の男の言葉に、我が耳を疑う。
――何か、物凄い単語が出てきたような……と。他人事のように思ってぽかんとしていると、手首を掴まれた。かなり強い力に痛みが走り反射的に顔をしかめると、金髪の、少年と言っていいだろう年齢の男が声を荒らげる。
「グレイさん! 相手は女性ですよ!?」
金髪の少年――アルベルトの非難に、けれど灰色の髪の男――グレイは淡々と返す。
「手っ取り早く交渉は済ませたいからな」
「だからって、もっと他に方法はあるでしょう!? 手段を選ばなさ過ぎです!」
「こいつは昔っからこういう男ですよ。とはいえ、丸腰の女性なんだからもう少し手加減はしてもいいと、俺も思うがな」
最後の一人、短い銀髪を逆立てた男――ジャンの呆れた言葉にか、僅かにグレイの手が緩んだ。それでも、女の力で振り払えるほどではない。まあ、元々非力な自覚はあるので下手な抵抗をする気は毛頭ないのだが。
それでも、言いたいことが、ひとつ。
「あ、あのー……」
「何だ。人違いだとかいう見え透いた言い逃れは無駄だぞ」
遠慮がちに声をかけると、こんな状況の者が言いそうなことを先回りしてグレイが鋭く言った。先手を打ったつもりかもしれないが、が言いたいのはそんなことではない。
「いや、そうじゃなく。『情婦』ってあたりが、そもそもの間違いかなー、と……」
未だかつて言われたことなどなく、当然身に覚えもないその単語。
指摘に対して、グレイの目がスッと細められ鋭さを増す。
「どの町の宿でも同室だとの証言だったが?」
「ああ、それはね。そのほうが経済的だし。それ言うならゲラちゃんも同室なんだけど、ゲラちゃんの存在は無視なの?」
「男と女が同室で何もないなど説得力はないぞ」
あ、ホントに無視した。しかもこちらの言い分をまるで聞く気のない対応に、の機嫌は下降し始める。
「だって、何もないものはないもん。年齢的に考えて、ホークにとってあたしは娘みたいなものなんじゃないの?」
常日頃から思っていることをそのまま告げると、おかしな沈黙が返ってきてた。
グレイは訝しげに眉根を寄せ、ジャンは聞き間違いと思ったのか変な顔で天を仰ぎ、そしてアルベルトはきょとんとして。
「キャプテン・ホークという方は、そんなにお年を召した方なんですか?」
にとっては案の定な疑問を投げかけてきた。
「ホークが年とってるんじゃなくって、あなたたちがあたしの年を勘違いしているんだと思う」
「え?」
「あたし、まだ15歳だよ」
沈黙、再び。
破ったのは、グレイ。
「下手な嘘だな」
やはり全く聞く気はないらしい。は唇を尖らせグレイを睨み返す。
「嘘じゃないもん。まだ15年しか生きてないもん」
「いや、まあ……言動は確かに幼いですが……」
「失礼ですが、私の姉と同じくらいかと思っていました」
嫌みなど言うはずのないアルベルトの素直すぎる感想に、は頬を膨らませてそっぽを向き、あからさまにすねてみた。
「どうせ老け顔ですよ」
「い、いえ! そうではなく……大人びているということです!!」
「……もういいよ」
生真面目なアルベルトが必死に取り繕おうとするのを溜息で遮った。不本意ながら慣れていることだ。少なくともジャンとアルベルトは信じてくれたようなので、それはいい。
問題は、この現状。
「で、ホークに何の用があって、あたしは人質にされようとしてるわけ?」
用件自体は大体予測はついているけれど、一応訊いてみた。ホークにばれたらお説教喰らいそうだなーと思いつつ、ばれずに脱出は無理だろうなと半ば諦めつつ。
ついでに、素直に教えてはくれなさそうだなとも思いつつ相手の反応を待っていると。
「……古文書だ」
何と意外なことに、グレイが明確な答えをくれたではないか。「おまえには関係ない」とか「知る必要はない」とか言われて、ジャンかアルベルトあたりが教えてくれるかと踏んでいたのに、予想外も予想外。は目をぱちくりさせた。
その反応が何も知らないものだと思ったのかアルベルトとジャンも口を開いた。
「ジャングルにある遺跡について記された古文書をゲッコ族から買われたとお聞きしましたので、譲っていただけないかと思って探していたのですが」
「行く先々で、何日か前にどこどこへ向かったって情報ばかりでは、こう……逃げられている気がしてきてしまいましてね」
「やっと連れを見つけたんだ。これ以上逃がす気はない」
口々に語られた経緯を聞く内に、は自然と笑みを浮かべていた。
目敏く見つけたグレイが、不快げに目を細め、鋭く問う。
「何を笑っている」
「ん~、面白いなぁ、と思って」
グレイの眼力にも怯むことなくケロッと答えると、流石のジャンも少し眉を跳ねさせた。
「……我々の苦労が、ですか?」
「ん~ん。あたしたちはあたしたちの目的があって旅してきてて、あなたたちのことなんて全然知らなくて、なのにそんな風に思われてたっていうのが、なんかおかしいなぁって」
果たして、言いたいことは上手く伝わったのだろうか。
ジャンとアルベルトは顔を見合わせたあと、揃って苦笑を浮かべた。
けれどグレイは表情を変えることはなく、手首を掴む手に力を加えてきて。
「自分の立場がわかっているのか?」
「あっはは……いたいいたいっ。無抵抗の女の子相手に全く容赦しないなんて、ホントに手段を選ばないっていうか、鬼畜さんだねお兄さん!」
「グレイさん! いい加減にしてください!!」
火に油を注ぐ言葉だとわかっていても言わずにはいられなかった。幸い、すぐにアルベルトがグレイの手を掴んで止めてくれたお陰で再び力は弱められたが、やはり放してくれる気配はない。
この鬼畜さにクローディアはついて行けなくなって別れたのかな。そもそもグレイがジャンの依頼を受けていなくて顔を合わせていない可能性もあるけど。
痛みによって浮かんだ脂汗を、ふわっと優しく風が撫でてくれた。よく知るその風にほっと息をついたあと、は再び笑う。
「はぁ……とりあえず、一足遅かったみたいだよ」
まともな情報を口にしようとしているのに気付いてか、三人の視線がに集まった。
「……何がだ」
訝しげな視線の中、唯一不機嫌さを含むグレイが先を促す。
は、にっこり笑って、言った。
「あの古文書なら、アイテム交換に使っちゃってもう手元にはないもん」
「「は?」」
目的の物が既にない――しかも店に売ったとかではなく、モンスターの手に渡っていたという事実を理解するのに時間を要するのか、ジャンとアルベルトの間抜けな声がハモる。
だがグレイだけは鋭い目を変えることはなく、すぐに全ての情報を理解したようで。
「古文書を手放したということは、既に用済みになったということ。つまり解読は済んだということだな」
彼が弾き出したのは、確信めいた推測。二人ははっとし、はただ笑ったまま答えない。
グレイの瞳に剣呑な色が宿る。
「古文書の内容さえわかればいい。おまえが知っているのなら人質にするまでもなく事足りる。言え。それとも、言わされたいか?」
「グレイさん!!」
再び手首を掴む手に力を加えるグレイを、アルベルトが制止する。
さあっと風が吹き抜けていく中、それに気付いているのは――今のところのみ。
「ふふっ、それもやっぱり手遅れみたいだよ?」
悪戯っぽく笑ったの髪を、陸からの風が揺らす。
その風の異常さに、やっと気付いたのは――グレイだ。の反応に怪訝な様相を見せた直後、鋭く細められていた目が見開かれた。
港のある海岸沿いの町であるエスタミルには、海からの湿った風が良く吹いている。しかし今吹いているのは、乾いた陸からの風。季節的にも時間的にも吹くはずのないその風が吹いている意味に、ようやく気付いたらしい。
けれど、少し遅い。の言った通り、既に手遅れだ。
「『ウインドカッター』!!」
グレイが行動を起こすより早く、凛とした第三者の声が風の正体を告げる。
風の術法、『ウインドカッター』。
通常は、鋭い風の刃がつむじとなって敵を取り囲むもの。けれど合成でアレンジでもしたのか、を中心にして竜巻となった風は、中心にいるではなく周囲の男たちへと凶刃を振るった。
それでも尚、グレイの手はの手首を放そうとはしなかった。だが、風の刃がその手を傷つけ、反射的に力が緩む。その一瞬の隙を見事に突き、の腹部にまわされた腕が強い力での体をその場からかっさらった。
「くっ、仲間か!?」
人質を奪い返された悔しさのにじむ声音でグレイが叫ぶ。
竜巻が治まったその場にいたのは――五人。『ウインドカッター』によってあちこちに傷を負った三人の男と、術を放った当人である羽根飾りの揺れる帽子をかぶった痩躯のクジャラート人の男。そして、。
仲間であるクジャラート人――ジャミルの肩に半ば担がれる形で抱き上げられた状態のは、見事にグレイたちとは距離を置いた場所に連れ出されていた。
自分の状態を認識し、は二、三度目を瞬かせる。
「わーお。ジャミル、細っこいのに力持ちだねー」
まさか抱き上げられるとは思わなかったと言外に含ませると、溜息が返された。
「アホ。オレだって男だ。女一人抱き上げる力ぐらいあるっての」
軽口に対して、軽口で応じるジャミル。しかし右手にはレイピアを抜き身で構えており、その猫のような目はグレイたちを敵と認識して鋭く見据えている。
そして僅かな変化を見逃さず、挑発的な笑みを浮かべて彼らへと鋭く警告した。
「おーっと、動かねえほうが身のためだぜえ?」
言うが早いか、何本もの矢が三人の足元に突き刺さる。見事に移動を妨害し、たたらを踏ませたそれは。
「クイックチェッカーってヤツかな?」
「それだけじゃ、ねえな」
のほほんとした呟きに、目を細めたジャミルが低く応じる。
その言葉通り素早く回転する刃が弧を描いてグレイたちに襲い掛かる。武器を構える隙もなく、三人はバックステップで何とかそれをかわしたようだが、それによってたちとの距離は更に開いた。
だが、にとってそれはどうでもいいことだった。その目は、回転して飛ぶ刃に釘付けだったから。
「トマホーク!! ――じゃない!? ヨーヨーだ!! すごいすごーい!!」
「! はしゃいでんじゃねえよ!!」
思わず拍手までして声を上げると、ジャミルから苦情が飛ぶ。
けれど、そんなものでこの興奮は治まるわけがない。
「だってアレすごくない!? あのコントロールすごくない!? 敵斬りつけたあとちゃんと手元に戻ってくるし、それをケガなく受け止めるんだよ!? ジャミルにできる!?」
「オレの得物はレイピアだっつーの!!」
片手斧でしか使えない技が細剣でできるはずがない、という至極もっともな反論。
も負けじと正論返し。
「できないならできないって素直に言おうよ」
「るせぇっ! 武器全般扱えねえテメエに言われたかねえ!!」
「包丁は扱えるもん」
「料理のためだろうが!!」
「生きてくには必要なスキルでしょー?」
「……その通り、ではあるけれど……」
プチ口論に発展した会話に小さく同意をもって割り込んできた女性の声。アムトの神殿へと通じる高台の上で弓を構える女性――クローディアの声だ。
彼女の両隣の少し手前には、ハープーンを構えて臨戦態勢をとるゲッコ族の青年――ゲラ=ハと、呆れ返った溜息を盛大にこぼしながら戻ってきた戦斧を受け止めた巨漢の海賊の姿がある。
その海賊こそ、グレイたちの探し人であり、の恩人兼、現保護者――キャプテン・ホークだった。
ホークが溜息を吐き出したその口を開く。
「ちび二匹、いつまでじゃれてやがる」
「おっさん、コイツちゃんとしつけろよ!!」
「犬猫みたいに言わないでよねー」
「あーうるせえ」
グレイたちを完全無視したやり取り。それでも彼らが向かってこないのは、とジャミルの周囲を吹く術法編成による風を警戒してのことか、それとも――
「クローディア、さん……」
驚愕に染まるジャンの小さな呟きが聞こえた。
その声に導かれるように彼らへと目を向けられたクローディアの瞳は、ひどく無機質なもので何の感情も映し出されてはいなかった。
明らかに顔見知りで何やら訳ありげな空気に、あの聡い海賊船長が気付いていないはずがない。気付いた上で、優しい彼はそれに触れることはしないのだ。
「で、何の騒ぎだ、」
「古文書欲しいって人たちに、ホークの情婦に間違われて人質にされかけましたー♪」
はといえば、別にグレイたちの味方になる理由もないので、明るく事実をそのまま伝えた。
それを聞いた途端、ホークの隻眼が鋭く三人を射抜いた。また、同時に、無機質だったクローディアの瞳にも感情が映し出される。絶対零度を思わせる、冷ややかな色。
これは、アレだね。グレイの鬼畜さについていけなくなって、クローディアのほうから切り捨てたって感じかな? で、オウルに呼ばれて森に戻ったあとはシルベンとブラウもついて来なくなっちゃって、仕方なく一人旅してたのかな。その頃には、ジャンはもうグレイと旅に出てたとか……いや、それ以前に、グレイを紹介したジャンに対してももう信用なくしてたとか。うん、ジャンの気まずそうな顔見る限り、ありうるなー。
「、何笑ってんだよ」
色々想像を膨らませていたら、ついつい表情も緩んでいたらしく、ジャミルが怪訝に問いかけてきた。
は笑みを崩さぬまま、小声で答える。
「だって、見てよクローディアの視線の冷たいこと冷たいこと。顔見知りがいるっぽいし、火花が散ってるのとはまた違うこの空気! 何があったか想像すると面白くない?」
「……わかる。わかるけどよ……今はそんな場合じゃねえだろ……」
わくわくとした気持ちのまま同意を求めれば、ジャミルは脱力したように項垂れた。いちいち突っ込むのにも疲れたらしい。
そんなことをこっそり話している間に、ホークは男たちに言い放つ。
「そりゃ無駄足だったな。欲しけりゃイスマスあたりのモンスターでも狩るんだな」
「待て! 解読したんだろう! 神殿に入る方法を教えてもらおうか!」
「ハッ、無抵抗のガキ人質にしようなんて野郎に教えるかよ」
「ならば、力ずくで聞き出すのみ!」
人質もなく人数的にも不利な状況で、余程腕に自信があるのかグレイは刀を抜き放つ。しかし、ジャンとアルベルトは動く気配はない。
一対多数。戦って切り抜けるのは容易なことだけど――ホークは、ただ一瞥をくれて。
「んな無駄なことに付き合う義理もねえ」
あっさりと拒絶の言葉を放ち、そして――
「『ホワイトアウト』」
、が。
ジャミルに担ぎ出されてからずっと編んでいた魔力を、完成させた。
その瞬間、猛烈な吹雪が吹き荒れ、たちとグレイたちとの間を遮る。
「「うわっ」」
「くっ」
ジャンたちの悲鳴が、風音に紛れて微かに届く。
足止めに成功したのを確認して、ジャミルがを担ぎ上げたまま走り出した。
ジャミルの肩の上から、白く霞む彼らへ向けて、は大きく手を振る。
「面白い体験をありがとねー! ばいばーい!!」
届いているかも怪しいけれど、一応別れの言葉を投げかけ、あっという間に見えなくなった三人のほうを見送って、北エスタミルを後にしたのだった。
「がおっさんの情婦、ねえ……」
深夜の迷いの森。庵の前で焚いた火を見つめながら、ジャミルがぽつりとこぼした。
北エスタミルを出た後、グレイたちの追尾を警戒して街道は避け、最短距離でヨービルに向かった。そこから船でブルエーレに渡り、ベイル高原を突っ切って迷いの森まで一気に進むというかなりの強行軍で、やっと一息つけた時のことだった。
その強行軍に、クローディアが異を唱えるどころかむしろ賛成したあたりに、やはりグレイとの間に何かあったのだと思わざるを得ない。
で、当のクローディアは現在、古文書に記されていた二つの月の神殿に入るために必要なエリスのシンボルを得るため、エリスに会いにシリルの許へ行っていた。
それを待っている間の空き時間、生まれた余裕が数日前の出来事を思い出させたのだろう。も口を開く。
「情婦なんて、初めて言われたよ。あたし、そんなに遊び人っぽい?」
「口紅でもつけて黙ってりゃ、見えねえこともねえな」
「えー」
じっとこちらを凝視して答えたジャミルに、は頬を膨らませた。ジャミルに言われたというのが何だか悔しいので、言い返してやる。
「それ言うなら、女装したジャミルのほうがそれっぽそうじゃん」
「んなっ!? なんでテメエが知ってんだよ!?」
「あれ~? ホントに女装したことあるんだ~? ひょっとして趣味とか?」
「誰が!? ファラを助けるために仕方なくしただけだ!!」
「で、誰にも男だと気付かれないほどカンペキでした、と?」
「るせえ!! ほっとけ!!」
語るに落ちたことに気付いて、しまったという顔になり、真っ赤になって怒鳴り返してくる。ジャミルとの会話は、この反応の良さが楽しさを増してくれて好きだ。
「ホーク、ホーク、どっちがいい?」
「ガキも男も相手にするような趣味はねえよ」
ジャミルとの会話の楽しさから、にまにましたままホークへと矛先を変えると、海賊船長は心底呆れ返った溜息と共に至極もっともな答えを返してきた。
手のかかる子どもがもう一人増えてお疲れモードのお父さんに見えるのは、果たして気のせいだろうか。
小首を傾げてホークを見ていると、隣にいるゲラ=ハと目が合った。表情の変化がわかりにくいゲッコ族ではあるが、これまでの付き合いでなんとなくは読み取れるようになっている。今は……苦笑しているっぽいから、多分同じことを思っていそうだ。
ホークが父親というのも、なかなかいいかもと考えていたの耳に、盛大な溜息が届く。その主は、ジャミルだ。
「つーか、おまえ、マジで身を守る力ぐらいつけろっての。よく今まで無事だったな」
「それは、ほら。ホークとゲラちゃんのお陰ってやつですよ」
術士なんてものは、ほぼ後方支援型といっていいだろう。前衛のホークと中衛のゲラ=ハが守っていてくれるからこそ、時間のかかる術法編成も安心して完成させることができるというものだ。
そもそも、息のピッタリ合いまくってる海賊タッグの攻撃をかいくぐってこれるような敵自体がいなかったし。今のところ。
それが現実なのだけど。
「いえ、さんの術法が強力ですから、敵がさんまで辿り着けないだけです」
フォローを入れてくれるあたり、このゲッコ族の青年は本当に優しいと思う。……見た目は少し怖いけど。
「そりゃわかるけどよ。せめて危機感ぐらいは持てっての。捕まっときながら、相手を煽るようなこと言ってんじゃねえよ」
対してジャミルは……心配してくれるあたり、やっぱり優しいのだろうが、それを素直には表わせない性格らしい。それもまた、にとっては面白いところだけど。
術法編成を相手に悟らせないため、ある程度の距離は置いていたはず。グレイの声は大きいという程のことはないから聞こえてはいなかっただろうが、アルベルトの制止の声などから状況を推測したのだろうその注意の言葉。
はふふっと笑って答える。
「あたしの手首を掴んでたグレイって人、仲間内でも手段を選ばない鬼畜さんって認識らしいから、黙ってても何か言っても結果は変わんなかったと思うよ。古文書の内容、言わなきゃ言わせるぞ的な脅し文句言われたし」
さらりと当時のことを告げると、見るからに顔面蒼白になるジャミル。マルディアス一治安の悪い南エスタミルで育った彼には、その言葉の意味が以上に理解できたからだろう。やはり、根はとても優しい人だ。
もう一度笑い声をこぼし、安心させるようには続けた。
「まあ、ジャミルが術法準備してチャンス窺ってたの知ってたから、あえて煽って隙作らせたんだけどね」
今度は大きく目を瞠るジャミル。ころころとよく表情が変わって、本当に見ていて飽きない。色んな意味で、いい人が仲間になったと思う。
「……気付いてたのかよ」
「湿った海風の吹く港町で、あんな乾いた風は術法によって生み出されたものしかないからねー」
「おまえ、バカなのか頭いいのか、どっちだよ……」
「あははー、武器使えないからこその術法じゃん」
「つーか覚えろよ扱い方!! おっさん、何で教えねえんだ!?」
呆れ顔の後、心配するが故の怒声はホークへ向いた。
ホークはというと、ジャミルを一瞥して嘆息をこぼす。
「教えても無駄だったって話だ」
「は?」
「包丁以外を使わせたら、ほぼ自分を傷つけやがったからな」
「何だそれ」
「杖なら大丈夫かと思って護身用に持たせりゃ、思いっきり自分のすね打ちつけて悶絶して全く使い物になりゃしなかったぞ」
まるで冗談のような言葉に半信半疑だったジャミルも、どこか遠くを見つめて語るホークの哀愁すら感じさせる様子にか、それが事実だとわかったようで。
「マジかよ……」
げっそりと呟くジャミルの肩を、は笑いながら慰めるように叩く。
「だからこその術法じゃない♪」
「るせー。だったら尚のこと危機感は持てっての。何でヤツらに礼言うんだよ」
「だって、面白かったのはホントだもん」
別にはマゾヒストではない。この言葉は、手酷い仕打ちを楽しんでいたからでも期待しているという意味で言ったのでもない。
にとっては、この世界そのものが、びっくり箱のようなものなのだ。
その理由は――今まで何度も、『ゲームとして』楽しんできた世界だから。
何故ゲームの世界に来てしまったのか、その理由はにはわからない。けれど、帰りたいという気持ちは全くなくて、むしろ折角来ることができたのだから楽しまなきゃ損だと思っているのだ。
元々フリーシナリオシステムで、パーティメンバーや、イベントをこなす順番からイベントをやるかやらないかまで自由に選べるゲームだった。
けれど――ゲームと同じ世界であっても、ゲームではない。一時停止もやり直しもできない、紛う方なき現実。そして彼らも、キャラクターではなく一人の人間として、自らの意志で生きている。
だからこそ、ゲーム中では語られなかったことや、ゲームとは全く違う展開、人間模様……それらを見て触れて、知ることができるということが、楽しいのだ。
「どの辺が?」
「だって、ディステニィストーンのこと調べに来たジャミルと、皇帝にかけられた呪いを解く方法を探してたクローディアと、二人が求めるもののある二つの月の神殿に入る方法が記された古文書を持ってたホークが、帝国図書館でばったり遭遇して一緒に行くことになったんだよ?」
「あー、まあ、すんげー偶然つーか確率っつーかではあるな、確かに」
「なのに、やっぱり同じ目的のはずのあの三人とは、ずっとすれ違いだったんだよ?」
「……そういうことですか」
「いや、そりゃ、わからんでもねえけどよ……だからって」
「ちょっとくらいのスリルは、いいスパイスでしょ? 何もかも上手くいくようじゃ、つまんなくない?」
ゲームではありえない展開。また、向こうの世界とは全く違う法則の働く世界。
この先、一体どんなことが起きてくれるのか。楽しみで仕方がない気持ちを、そのまま笑顔にする。
すると、ホークはがしがしと頭を掻き、散々異を唱えていたジャミルは諦めたように盛大な溜息をこぼした。ゲラ=ハが静かに見守る中、二人は揃って勝気な笑みを浮かべて。
「んじゃ、ま、まずはジャングルん中の神殿でお宝探しだな」
「ディステニィストーンがあるってんなら、それこそ変なものもいっぱい出てきそうだし、ヤツらも後つけてくるかもしんねえし?」
と同じように、危険すらも楽しむ様相でこの先の予定を語った。
ジャミルの口から出た言葉にきょとんとしたは、次に拍手を送った。
「おお、流石、盗賊ジャミル。それは気付かなかった」
本気で全く考え付かなかったひとつの可能性。それを口にしたジャミルは得意気に鼻を鳴らして。
「ふっふ~ん、一番手っ取り早いのは、泳がせておいて相手がお宝見つけた瞬間に横取りすることだからな!」
決して自慢できるようなものではない卑怯な手を語った。
ゲームではありえない展開、選択肢……けれど現実であればこそ、何が起きても不思議ではない。
全くの未知が待ち受けている未来に、期待で胸を膨らませて立ち上がる。
そうして視線を向けた先には、何かを手にして歩いてくるクローディアがいる。
は彼女へにぱっと笑顔を向けて。
「クローディアは、皇帝の病気を治すため――だよね?」
「え? ええ……」
確認に対し一瞬戸惑いを見せたものの、クローディアはひとつ頷いて見せた。
次にジャミルへと視線を投げると、心得たように口を開く。
「オレは、神々の至宝ディステニィストーンを手に入れるって夢のために」
「俺らは新しい船『レイディラック二世』を手に入れる資金稼ぎのためだな」
続いたホークの言葉に、ゲラ=ハはただ静かに頷き、は元気よく片手を挙げる。
「はいはーい! あたしは単純に冒険を楽しむためでーす!」
それぞれの意思確認を済ませ、は宣言する。
「じゃ、あの三人に横取りされたりしないよう気をつけながら、ジャングルに向けてしゅっぱーつ!!」
目的は見失わないように気を引き締めつつも、待ち受けている未知を楽しむために。
ジャングルへ……未来へ……未知へと。
足を――踏み出したのだった。
END