城内の一角に、銃声が響く。
それは、王の持っている銃のもの。王位を狙う暗殺者へ向けて放たれている音だ。
例によって一人の時を狙われたようだが……生憎と、現在は番犬がついていた。
番犬とはいうが、普通の犬ではない。漆黒の体躯は大型犬より上回り、首筋からは二本の細長い触手が生えている。犬の形に似た異形の生物なのだ。
化け犬と表現するのが最も適切と思われるその獣は、人間には決して発揮できない獣故の素早さで、王の背後を狙ってくる暗殺者を翻弄していた。
……銃の射程は長い。それを得物とする王の腕も一級だ。
けれど弾数には限度があり、また次弾を撃つまでに間が空いてしまうという欠点もある。それを補うために二丁用いてはいても、やはりロスがあることは否めない。
故に、王を護るための絶対条件は、暗殺者の武器である剣の間合いに王を入れないこと――即ち、王に暗殺者たちを近付けさせないことなのだ。
見たことのない大きな獣の存在に怯むような者は後回しでいい。動じることなく向かってくる者へ、優先的に飛び掛る。
狙うは利き腕と、足。その素早さで相手の隙を突き、爪で切り裂き、牙で傷つける。戦意喪失、及び逃走不可能な状態にしておく。生け捕るか始末するかは、王の判断だから。
「……っ!」
視界に捉えた光景に息を呑み、獣は床を蹴った。
獣特有の素早さがあっても、やはり数では不利だ。その隙を突いて王に剣を振りかざす者がいたのだ。
獣は触手を伸ばして暗殺者の腕を捕らえ、何とか自分のほうへと引き寄せた。同時に、体勢を立て直される前に飛び掛る。――が。
「こ、の……ッ、邪魔だ!!」
相手のほうが早かった。薙ぎ払われた剣が、獣の身体を切り裂いた。
一拍遅れて、斬られた部分が熱くなる。痛みというよりは、ただ熱い――その感覚に一瞬だけ意識を奪われてしまった。
「!」
「おい、生きてっか」
己に掛けられたふたつの呼び声で意識を戻した時には、暗殺者たちは全て片付いていた。
何とか役目を果たせたことに安堵の息を吐き出すと、触手で傷口に触れて状態を確かめる。けれどそこにはもう傷と呼べるものは存在しなかった。
「……この姿になった最大の利点は、治癒能力が驚異的に高いことよね……」
呟き立ち上がる獣の耳に、盛大な溜息が入り込む。見上げれば、王の呆れた眼差しが降り注がれていて。
「いくら治癒能力が高えからって、油断しすぎだ」
「それは仕方のないことね」
「あ?」
「戦闘経験なんてないんですもの」
溜息と共に告げた事実に、王の眉間に皺が寄る。
怪訝をその顔に刻んだ王の肩の上で、銀公は呆れを表して。
「オマエ、それでよく『番犬』なんて引き受けたな?」
「何を言ってもキングに引く気がないのはわかったから諦めただけよ」
「……あの時、俺を護ったのは何だったんだ?」
「色々とお世話になったお礼がしたかったのよ。一人ぐらいなら何とかできるかと思って」
王が獣を番犬にすると一方的に決めた時のことを素直に教えると、更に王の顔は微妙なものになった。
罪悪感や後悔などが入り混じったような、その顔。
恐らく、巻き込んでしまったか――と。そう思っているだろう王へ、獣はふっと笑みを向ける。
「本気で嫌だと思ったのなら、私は今ここにはいないわ。戦闘経験はないけれど、以前『実戦に勝る修行はない』と言っていた人がいたから、慣れれば何とかなると思って引き受けたのよ」
強制的に見えただろうが、そこには確かに同意があってのことだ――と。そう伝えると、王から負の色が薄れた。……もう一押し。
「事実、一ヶ月程経って、大分マシな動きが出来るようになったでしょう?」
「確かに、最初の頃よか倒せる数は増えてんな」
「それだけ刺客の数も増えているってことなのだけれどね……」
「ンとに、うぜえよな」
問い掛けに同意を返してくれた銀公と二人、顔を見合わせて溜息をこぼした。その合間に盗み見た王の表情は、見るからに『心配して損した』というようなものになっていて。
トドメとばかりに悪戯っぽく笑って訊く。
「『番犬』として未熟なのは事実よ。……捨てる?」
「捨てねーよ」
即答。
獣は心からの笑みを浮かべて、ふわりと尾を揺らした。
必要とされることは、正直嬉しい。化け犬という存在だからこそ、その想いは尚更強いのかもしれない。
必要としてくれた、その想いに応えたい……けれど、それ以上に彼を護りたいと思う。彼の望みが叶うのを、見届けたい――と……
だが、己の実力では与えられた役目に見合わないのが実状。首でも刎ねられない限りは死にそうにない体だから身を挺して庇うことは容易だが、それでも護りきれるとは限らない。
今のままでは、やはりいけないと思う。けれど王が護衛を拒んでいる以上、人間にはどうすることも出来ないのだろう。
それでも、何とかしたい。そのためには、どうするべきなのか……
「キング。少し外に出てきてもいいかしら?」
唐突な申し出だったのだろう。執務の手を止めて上げられた顔は、疑問を刻んでいる。
「外? 何しにだ?」
「散歩」
「あ?」
「獣になったせいかしらね。時々、無性に全力疾走したくなるの。かといって、城内を走り回るわけにはいかないでしょう?」
『王の番犬』として城内は自由に行動できるとはいえ、やはり化け犬の存在を快く思っていない者は多い。あまりその者たちの不快を煽ることは、王のためにもしたくはない。
微妙な獣の立場を王もわかっているため、城内を走れとは言ってこないようだ。しばし、逡巡するように獣を凝視していた王は、あからさまに溜息をつくと引き出しから何かを取り出して。
「これを着けて行け」
「それは……首輪?」
「ウォルフのやつが、おまえの身分証明になるようなものぐらいあったほうがいいだろって言ってよ」
言葉通りその首輪には、王が身に着けている物の各所にあしらわれているのと同じカトルディーナの紋章が刻まれたプレートがついており、カトルディーナに属する者、また王に近しい者を証するには充分な物であった。
……まあ、これはこれで一部の者からいらぬ嫉妬を受けそうな気もするが、それはこの際置いておこう。
「補佐官には、お世話になりっぱなしね」
「あいつの仕事兼性分だからな。気にすんな」
首輪を受け取るために机の傍まで行くと、王自ら着けてくれた。触手の動きにも支障がないように気を遣ってくれるその手は、ひどく優しい。
天邪鬼な性格のため、荒っぽい言動に本心を隠してしまう。全てを一人で背負おうとする彼を、護り、支えてくれる者はやはり必要だ。
「ほらよ」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行ってくるわ。夜までには戻るつもりよ」
「おう、行ってこい」
開けてくれた窓から外へ出ると、獣はそのまま城下を目指した。
城下とはいっても、流石に人通りの多い大通りを堂々と歩くわけにはいかない。そもそも、目的のひとつは思い切り『走る』ことなのだから。
とりあえずは、目立つ行動は避けて、森の中を全力疾走することにした。
今まで本当の意味で走ったことはなかった。走るとすれば、敵に向かって行くぐらい。基本的には王の側で、彼の歩調に合わせて歩くことしかなかったから。
今回、初めて制限のない状態で走ってみて実感したのは、本当に己はもう『化け犬』なのだということだった。馬車で半日以上かかるという国境付近の峠まで、一時間かかるかどうかという程度で着いてしまったのだから。
――でも。
「落ち込むどころか、気分は爽快なのよね……やっぱり運動不足は心にもよくないということかしら」
峠の頂上付近。眼下に望む広大な土地と、遥か遠くに見える王城を眺めて、獣は深呼吸をする。
目的のひとつは達せた。運動不足は解消できたし、化け犬としての身体能力もある程度把握することが出来たから。
次は、もうひとつの目的のために動く。……とはいえ、帰りの時間を差し引くと、夜までそんなに余裕はなかったりするのだが……まあ、悩んでいても仕方がないので、とりあえずは城下町へと戻ろう――と、一歩踏み出しかけた、その時。
――ガラガラガラ……
何かが崩れ落ちる音と悲鳴のようなものが耳に届いた。
あまり大きくは聞こえないことから、ここから距離はありそうだ。だが耳を済ませると、いくつもの荒々しい声や悲鳴、そして金属音を拾うことが出来た。
どうやら、何か起きているらしい。獣は、音のするほうへと向かった。
獣の足では然してかからず辿り着いた峠道。行く手を丸太で塞がれた馬車の周囲に、明らかに盗賊と思われる男たちがいた。――ただし、その半数は既に地に伏していたが。
傾きかけた陽を受けてきらめく刃が踊る――次々と盗賊を倒していく青年の姿は、無駄が全くなく美しさすら覚えるものだった。
たった一人、盗賊から馬車を護り戦う青年。その見事な戦いぶりに、しばし獣は見とれていた。――と、不意に視界に捉えた光景に、反射的に駆け出す。
「きゃあっ!?」
馬車の裏手、丁度青年からは死角となる位置で、盗賊の一人が乗客であろう小さな少女の髪を掴んだ。恐らくは、人質にでもするつもりだったのだろうが、その前に獣が少女の髪を掴んでいる腕へと牙を立てた。
「ぐあっ!?」
痛みで手を放した盗賊をそのまま押し倒した後、触手で少女の体を引き寄せて背に乗せ、跳び退って距離をとる。他の乗客の大人たちの側で少女を降ろすと、向かってきた盗賊へと再び飛び掛った。
利き腕に爪を立てて武器を落とさせた後、勢いをつけて正面から押し倒す。すると受身も取れなかった盗賊は、背と後頭部を地面に強かに打ち付けて失神した。
次いで、落ちていた剣を触手で拾い上げると、逃げようとしていた盗賊の足目掛けて投げてやった。
見事その足に剣が突き刺さり転倒した盗賊は、青年の手によって完全に地に伏させられた。
それが、最後の一人。騒ぎが収まった峠道で、青年は剣を手にしたままこちらを鋭い眼差しで見つめてくる。害はあるのか、ないのか……それを見極めるように。
獣もまた、青年を見つめた。
黒髪に紅い瞳をした青年。年は若そうだが、戦闘能力はかなり高い。慣れているし、状況を見る限り馬車の護衛を引き受けた傭兵だろう。
ただ、真っ直ぐに見つめてくるその瞳に、獣は警戒心以外の色が見えた気がした。それは、どこか己と似た匂いがする色――
「ああ、あんた! その獣は敵じゃないよ!」
ふと、そんな声が掛かって、長く感じた見つめ合いの時は終わりを告げた。
ようやく襲撃の混乱から落ち着けたらしい男が一人、先程獣が助けた少女を抱いてこちらへ近づいてきて。
「……知っているのか?」
「カトルディーナの新王が飼っておられる番犬だよ」
青年の問いに答えた男は、その場に膝をついて獣と真っ直ぐに向き合い、告げる。
「娘を助けていただき、本当にありがとうございました。陛下にも感謝をお伝えください」
恐れも嫌悪も映さぬ瞳で深く頭を下げた男を、獣は見開いた目で見つめる。まさか、化け犬に対してここまで敬意を払う者がいるとは思わなかったのだ。
それだけ王に、また王の証である銀公に対する信頼が高いということなのだろう。
少女のほうもまた恐れなく近づくと、ぽすっと獣の首に小さな手を回して抱きついてきて。
「わんちゃん、ありがとぉー」
屈託のない笑顔で礼を言った少女に感化され、獣はふっと笑みを浮かべると少女の頬をひと舐めした。そして、丸太をどかしている人を手伝って崖下へ落とし、道が開けたところで、先程己が失神させた盗賊の肩を銜えて持ち、城下町を目指して最短距離を疾走した。
「ただいま戻りました」
ひょいっ、と。行きに使った窓に顔を出した獣の姿を見て、王は思い切り眉根を寄せた。
「おまえ……どこで何したらそんなに汚れて来れんだ?」
草や小枝がついているのは森を移動したからだろうから、それはまあいい。問題は、血と泥だ。いくら体躯が黒いとはいえ、わからないはずはない。
獣も自覚しているのか室内には入ってこずに、窓の外で尾を揺らした。
「国境付近の峠で馬車が盗賊に襲われていたのよ」
「盗賊退治してきたのかよ」
「つーか、なんで国境付近まで行ってきたんだ?」
「全力疾走の結果、一時間程度で着いてしまっただけ。そうしたら盗賊がいたのだけれど、退治したのは、傭兵と思われる青年よ。一人で十人近くいた盗賊のほとんどを倒していたわ」
獣の報告を聞き、王は新しい煙草に火をつける。
「そいつぁ、いい腕してんな」
「ええ。ただ、やっぱり一人だと死角が出来てしまうみたいで……乗客、というかあれは御者の娘さんかしら? 子供を人質にしようとした愚か者がいたので」
「そいつを倒したってワケか。にしたって、そこまで汚れるか?」
「これは盗賊を一人、城下まで運ぶ際についたのよ。町の警備兵に簡単な事情説明と共に引き渡してきたから……私の説明を信じなくても、あの馬車が着けば否が応でも動くんじゃないかしら」
引っかかる物言いに眉を顰めると、王はゆっくりと紫煙を吐き出して。
「信じねえヤツがいたのか?」
「この首輪のお陰で邪険に扱われることはなかったけれど、実際に動くとなるとどうかしらねってことよ」
半ば確信を持った問い掛けに、獣は顔を上げることで首輪を示してそう言った。
普通に笑っているその顔も、あっさりと告げた言葉も。警備兵の対応など微塵も気にしていないと示していて……むしろ、当然の対応を首輪が打破してくれたのだ――と。
王は安堵を覚えると同時、このありのままを受け入れる強さと前向きさはどこから来るのだろうか、と。獣を思わず凝視していると、顔を戻した獣は首を傾げて……そして、思い出したようにまた口を開いた。
「そういえば、お礼を言われたわ。助けた子供とその父親に。キングにも感謝を伝えてほしいとも」
「俺に? 何でだ?」
「王の命令で見回りしていたとでも思ったのではないかしら」
「それも首輪の効果か」
「いいえ、違うと思うわ。私が『王の番犬』だと初めから知っていたようだし、それに……恐れも嫌悪もなく、化け犬相手に敬意を払ってくれたから……」
その時のことを思い出しているのだろう。静かに語る獣の顔は穏やかで、本当に嬉しそうだった。
化け犬であるが故、邪険に扱われるのは当然だとしているからこそ、対等に扱ってくれる存在が嬉しい――そういうことか。
今までの観察結果に、新たにそう加えた王の考えなど知る由もなく、顔を上げた獣は笑みをこちらへ向けてきて。
「キングと毛皮ちゃんの、国民からの信頼が高い証拠ね」
予想外の言葉。
まるで王の気持ちを表したかのようにポロッと落ちた灰を適当に払い、最後の紫煙を吐き出して灰皿に煙草を押し付けた。
「……そっちかよ……」
「そっちってどっち?」
「随分と嬉しそうな面してただろーがよ。手前の個人的なもんじゃねえのか」
「あら、嬉しいわよ? 化け犬に敬意を払える程に国民に慕われている国王を護る役目にあるんですもの。それは、とても遣り甲斐のあることじゃないかしら」
誇りを持ってさえいるような色を、その青い瞳に映し出す獣。……本当に、この獣の言動は一筋縄では理解できない。
そこが面白くて気に入ってはいるのだが……王は溜息をひとつこぼして。
「そんじゃ、まずはその汚ねーの落として来いや。そのままじゃ部屋入(い)れねえからな」
「了解」
片手を振って追い払う仕草をすると、獣はくすっと笑って窓辺を離れていった。
王は背もたれに寄りかかると、新しい煙草を取り出して火をつけた。昇っていく細長い紫煙を眺めていると、その視界に銀公がぬっと入ってきた。
「どした? アイツの相手に疲れたか」
「否定はしねーよ。面白えことは面白えんだがな」
「確かに……アイツは存在自体が突拍子ねえもんな」
「手前に言われちゃお仕舞いだな」
ケケケと笑う銀公を見上げたまま、長く煙を吐き出す。
銀公の言う通り、獣はその存在自体が珍しいと言える。だからこそ面白くて、反面理解できない部分がある種の疲労を誘うのかもしれない。
だが、それら全て含めて気に入っているから、手放す気は毛頭なかった。
それよりも、ひとつ気になったことがある。
「……傭兵、か……」
現在、王の側に護衛騎士はいない。王自ら拒否しているからだ。だが周囲の者は皆、口を揃えて護衛をつけるように進言してくる。『番犬』を側に置いてみても、それは変わっていない。
けれど、護衛は……もう、騎士の中から取る気はないのだ。でも傭兵ならば、お飾りとしては効くだろう。
「気になるのか?」
ニヤリ、と。どこか挑発的な笑みで投げかけられた問いに、王は同じように笑みを返した。
「ああ、明日の夕方にでも、町に行ってみっか」
翌日夕刻。王の執務室には、頭を抱えた補佐官の姿があった。
「なんで……どうして止めてくれなかったんだ、!?」
わなわなと肩を震わせて問われた言葉に、獣は机の前に座ったまま、ふわりと尾を揺らす。
「どうしてと訊かれても、キングが留守番を命じたのだもの。主人の命令に従うのは当然でしょう」
「主人を危険から護るのが『番犬』の役目じゃないのか!?」
「ええ、そうね。けれど、命令に背いて主人に不利益をもたらしては、それこそ無意味じゃないかしら」
「キングの身に何かあるほうが不利益だろう!?」
「あの人、そこまで弱くないわよ」
「万が一の話だ!!」
執務を粗方片付けてから執務室を抜け出し、銀公を引き連れて城下町へと向かった王。それを黙って見送った獣の行動に対して、大分経ってからやってきた補佐官にお叱りを受けている現在。
残って補佐官の相手でもしててくれというのが王の命令なのだけれども……いい加減、心配になってきた。
「あんまり気にしすぎると、また胃が痛くなるんじゃないの?」
「誰のせいだと……っ」
注意の意味でかけた言葉は逆効果。まあ、怒鳴り声がなくなっただけ良しとしよう。
獣は小首を傾げると、視線を上のほうへと向けて考える。どこまで言うべきか……少しの間を置き、口を開いて。
「今回はね、特別なの。利益がある可能性が高いと踏んだからこそ、見送ったのよ」
「利益って、何なんだ?」
「それは……キング次第だから。帰ってきてからのお楽しみ、ということで」
「そういうわけにはいかないだろう。知ってるなら教えてくれ」
「だから、『可能性』だって言ったでしょう。キング次第だから、どうなるかは私にもわからないもの。けれど……そうね、私は待っているの。キングが、大きなお土産を連れて帰ってきてくれるのを、ね」
「……お土産……を、『連れて』……?」
胡乱な眼差しを向けてくる補佐官へ、獣はにっこりと笑みを返す。これ以上は、本当にもう話す気はないからだ。
それを補佐官も察したのか、諦めたように大きな溜息をひとつついた。――と。
――ガチャ。
ノックもなく開いた扉の向こうから、話題の人物であるこの部屋の主が顔をのぞかせた。
「おかえりなさい、キング、毛皮ちゃん」
「おう。……って、いたのか、ウォルフ」
扉を閉めてしれっと洩らした言葉で、補佐官の額に一度は消えていたはずの青筋が復活した。
「ああ、いたよ。いるともさ。一体おまえはどこで何してきたんだ?」
「町で俺の護衛に傭兵を一人拾ってきた」
さらっと王が告げた言葉に、補佐官は動きを止め、獣は耳を立てて顔を上げた。
「それって、ひょっとして昨日の?」
「おうよ。黒髪紅眼の若え奴」
「イセル好みの好青年ってヤツだな、ありゃあ」
王と銀公の答えで、期待が叶ったことに獣は内心安堵した。まあ、まだ第一歩に過ぎないのだけれど、それでも大きく前進したことは確かだから。
そんな獣とは対照的に、やっと王の言葉を理解できたらしい補佐官が、金縛りから解放されたように声を荒らげた。
「何でおまえはもっと王らしい行動が出来ないんだ!? 『拾ってきた』じゃないだろう! 一体どこの人間なのかちゃんと聞いたのか!?」
「いんや。名前も聞いてねーよ」
「刺客だったらどうする気だ!?」
「そりゃねえよ。あいつ、この国の事情、何ひとつ知らねえからな」
「オレが喋ったの見て、目ぇひん剥いて驚いてたぜ♪」
その時のことを思い出しているのだろう。実に愉快そうに言った銀公には、補佐官も一瞬言葉を失くしたようだ。代わりに獣が間に入った。
「あら、まあ。そんなに新鮮な反応だったの?」
「おうよ。あの顔は見物だったぜ」
「それじゃあ、私もちょっと驚かせてこようかしら」
「「おう、行ってこい、行ってこい」」
王と銀公の見事に揃った声に笑い声をこぼして、獣は執務室を後にした。
――さて、この状況はどうしたものか。
町の盛り場で偶然争いに巻き込まれた。結果として護った、賊に襲われていた毛皮を背負った男は、唐突に「護衛になれ」と言ってきた。
わけのわからないこちらを他所に毛皮は喋り出すし、その毛皮曰く、男は国王だと言うし……本当に連れて行かれた先は王城で、一室あてがわれる始末。
この国の王の護衛に傭(やと)われた――それが確かに現実だと、ようやく認められた頃、ノックが室内に響いた。
入ってきたのは、人ではなく獣。昨日峠で見た、あの黒い獣だった。
『王の番犬』だと御者が言っていたが、それもまた事実だったのか、と。そう思ったのも束の間のこと。
やってきた獣は特に何をするでもなく、ベッドに腰掛ける青年と向かい合って床に座ったまま、じっと見上げてくるだけ。
まるで観察するようなその眼差しに、どう反応していいのかもわからずに、ただ時間だけが過ぎて――現在に至るのだ。
とはいえ、いい加減に現状は打破したい、と。
青年は溜息をつくと、意を決して口を開いた。
「『王の番犬』というのは、本当だったんだな……」
それは、独り言のつもりだった。答えを返さぬ動物相手に問い掛けるほど愚かではないから。
なのに。
「ええ、そうよ。物好きな王様に飼ってもらっているわ」
やわらかな女性の声が、青年の呟きに答えた。
声の出所は、当然獣しかいない。閉じていた口を開き、王の証だという毛皮と同じように淀みなく――ある意味不自然に、喋ったのだ。
思わず目を見開いて獣を凝視していた青年は、無理矢理冷静になろうと、瞑目して長く息を吐き出し震えそうになる手を叱咤して額を押さえて。
「この国では、毛皮だけじゃなく獣まで人語を操るの――かッ!?」
嫌みとも取れる言葉は、途中で声が裏返って不自然になった。いきなり首筋を撫でられたからだ。反射的に振り返った先にあったのは、細長い物体。その根元を辿れば、それは獣の首筋から生えている触手で。獣は笑った。
「ご覧の通り、普通の獣じゃないものですから」
からかわれている――そう感じるのは、きっと気のせいではない。
青年は大きく深呼吸すると、今度こそ平静を取り戻す。
「……メスだったんだな」
「女よ?」
小首を傾げるその仕草は確かに女に見えなくもない……が、やはりどこか違和感がある。
初めに人語を操ってみせた毛皮が男だった所為か、それとも獣の姿故か。
どちらにせよ、慣れるしかない――と。早々に諦め、本題を訊くことにした。
「何か用か?」
「ここに来た目的なら、ひとつは既に済んでいるわ」
「……何を……?」
「あなたの驚いた顔を見ること♪」
――やはり、気のせいではなかった。
「毛皮ちゃんが、あなたの驚いた顔は見物だって言うものだから、これは是非見ておきたいと思ったのよ。毛皮ちゃんとキングが行ってこいって言ってくれた甲斐のあるものだったわ♪」
がっくりと肩を落とした青年に構うことなく、嬉々として獣は感想を語った。その内容は、ひとつの疑念を起こさせるには充分なもので。
「もしや、おれが雇われた本当の目的は、おまえの遊び相手だったのか?」
「さあ? どうかしらね」
訊かずに入られなかった疑念には、明確な答えは返ってこなかった。
獣からの答えは、どちらとも受け取れる言葉。からかわれているような内容とは裏腹に、その声音は真剣な響きで、青年は顔を上げる。
獣は笑みを消し、声音の示すまま真摯な眼差しをしてそこにいて。
「キングの考えはキングにしかわからないわ。私は何も聞いてはいないもの。だから、名実共に護衛となれるかということは、あなた次第じゃないかしらね」
真っ直ぐに見上げてくるその眼差しは、先程の観察するようなものではなく、まるで価値を見極める選定者のよう。
厳しいその視線の中、何か引っかかる色もある気がして……結果、何の言動も返せなくなった青年をどう判断したのか、獣はすっと立ち上がる。
「まあ、あなたにその気があるのなら――だけれど」
そうして、挑発的な笑みを残して、獣は去っていってしまった。
青年は身動きの取れないまま、しばらく呆然としていたのだった。
……案の定、とでもいうべきだろうか……
件の青年は王の奔放さに振り回されるだけ振り回され、一日目は護衛としてまともに傍にいることすらほとんどできなかった。
二日目の朝。昨日の経験から、早い時間に王の寝室へとやってきたのだが。
「王? とっくに『朝のお勤め』に出たぞ」
時既に遅し。ベッドの上でくつろぐ銀公の言葉で、青年はがっくりと首と肩を落とした。
王のベッド脇にある自分専用の寝床で、銀公と同じようにくつろぎながら、獣は二人の遣り取りを見守る。
「ひとつ訊いても?」
「何だ」
「これでは、何のために護衛(おれ)を雇ったのか――」
「察しが悪いな。『お飾り』だよ」
獣との会話でも出てきた話題。訊かずにはいられなかったのだろうそれに、銀公はあっさりと告げ、青年は怪訝な顔をばっと上げた。
「王は護衛は要らんと言ったが、周りが承知しなくてよ。だが――王(アイツ)になにかあったら、責任を問われるのは護衛(オマエ)だろうな。せーぜー頑張れよ」
真偽を問う瞳に淡々と事実を伝えた銀公は、最後に追い打ちをかけて締め括る。青年は瞬時に顔色を変え、それでも律儀に一礼してから部屋から出ていった。
青年の姿が扉の向こうへと消えてから、ようやく獣は動き出す。
「意地悪ね、毛皮ちゃん」
かけた言葉に、銀公はふんっと鼻を鳴らして。
「オマエだって同じなんだろ、どーせよ」
「あら、わかる?」
「でなきゃ、驚かすためだけにアイツんトコ行くか、オマエが」
「ふふっ、そうね。でも、あれは確かに見物だったわよ。とても可愛らしかったわ」
笑顔で感想を告げると、銀公は半眼になって見つめてきた。
「……オマエも、イセルと似た感性かよ……」
呆れきった呟きに、獣はただ笑うだけ。
否定も肯定もせずにいると、銀公は諦めたように盛大な溜息をついてこの問題を流したようだ。
「まあ……アイツが本当に護衛になれっかは、アイツ次第だよな。キングに認めさせることができるだけのヤツであってほしいところだな」
「ええ、キングのためにも……そして、あの子自身のためにも……」
「……あ? 何であの傭兵もなんだ?」
怪訝な眼差しに、獣は笑顔を返す。
「何となく、よ?」
「あァ?」
「何となく……私と似ている気がするから、あの子……」
峠で見(まみ)えた時から気付いていた、鋭い瞳の奥に宿る己と近しい色。全く同じということはありえないけれど、どこかしら似ているのは確かだろう。
ならば、王と過ごす時間は必ず何かをもたらしてくれるはずだ。――獣自身が、そうであるように。
それが、青年を選んだ理由。王と青年、双方にとって益となると思ったからこそ、二人が出会うように仕向け、また銀公が先程したように青年を焚き付けたりしたのだ。
「でも、私たちができることはここまでよね」
「あとは当人たち次第だ」
「私たちは期待して、見守りましょうか」
「だな」
獣と銀公は笑い合う。同じ期待を抱く、同志として。
望む未来が来ることを待ち望みながら、二人の帰りを待った。
獣の企てに便乗する形でかけたかなり遠回しでわかりにくい発破は、果たして功を奏した。流されるままだった青年から、初めて明確な意志が返ってきたのだ。
当分居座らせてもらうという青年の言葉に、王は勝手にしろと返した。
どこか諦めたような響きの返答。けれど良い傾向だと銀公は思っていた。どんな思惑であれ、側に護衛を置くことを認めたのだから。
青年もまた、宣言通りとでも言うべきか、王に振り回されることはなくなっていって。
「キング、出かけるのか」
「おう、あとは任せた。――げっ」
窓を開け抜け出そうとしていた王から、妙な声が出た。
室内からは死角となる窓のすぐ横に、黒い髪が少し見えている。青年が待ち伏せしていたらしい。
片手で顔を覆って項垂れていた王は、諦めを溜息に変えるとそのまま出て行った。そのあとを、青年は追う。――最近、よく見られる光景だ。
「護衛ちゃん、先回りが上手くなったわね」
二人を見送っていた獣が、窓を閉めながら呟いた。
背もたれの上から獣を見下ろし、銀公ははたっと尾を振る。
「『護衛』って呼べるだけの働きには、大分なってきたってことだろ。あとはキングがアイツのことを認めりゃ万々歳なんだがな」
「そうね……」
気に入りかけているような気はするのだが、今一歩、決定打に欠けるというか……まあ、今まで頑なに護衛を拒んでいたのだし、根深いモノもあるのだろうけれど。
折角、形だけとはいえ護衛を再び側に置く気になったのだ。青年にはなんとしても王に認めさせてもらわねば――と。
決して相手には届かぬだろう、念とでもいうべきエールをこっそり送ってみたりしているのは、銀公自身、彼を気に入っているからだ。
「……毛皮ちゃん、何を笑っているの?」
獣の怪訝な問いかけで、現実へと意識を戻す。思考の海の中、うっかり表情に出てしまったらしいと気付いたが、戻すこともなく却って鼻歌を歌ってみた。
「べーつにィ、何でもねえよ♪」
「ものすご――く、不気味なんだけれど?」
「気にすんな♪」
ケケケと笑って苦情を一蹴。半眼の胡乱げな眼差しは、響いたノックで消え失せた。
許可を得て顔をのぞかせた補佐官は、入ってくるなり眉間に皺を刻む。
「キングはどこに行ったんだ?」
「護衛ちゃんとお散歩よ」
いつも通り、予測済みの答えに、補佐官は盛大な溜息をこぼして。
「だから、どうして見送ってしまうんだ、二人共……」
「ヒトの言うことを素直に聞く人ではないでしょう?」
「いーじゃねェかよ、今は護衛がついてんだから」
「そういう問題じゃ――どうした、二人共?」
続きかけた反論は、疑問へと取って代わられた。同じような動きで立った白黒ふたつの耳に気付いたからだろう。
つまるところ、獣の聴覚でしか捉えられない音を拾ったのだ。それは――
「銃声だわ」
「また侵入者か。こりねえなァ……」
発砲音。それの意味するものを知り、補佐官の顔色が変わる。
「そんな呑気にしてる場合じゃないだろ!?」
「だから、今は護衛がいんだから平気だろーがよ」
「腕の確かな護衛だものね?」
「な?」
笑みをもって見上げてきた獣へと、同じく笑みをもって同意を返す。その様子に緊迫感を削がれた補佐官は、心底不思議そうな視線を投げかけてきた。
「……二人は、そんなにあの護衛を信用しているのか?」
その問い掛けに、銀公は獣と視線を交わす。――思うところが同じであるのを確認して、口を開いた。
「信用っつーか……」
「正しくは、『期待』かしらね」
腕がいいのは確かなのだから、問題は王に真の護衛として認めさせること。王が護衛を拒み続ける理由――壁を乗り越えてくれること。
それに対する期待を、あの青年に懸けているのだ。
たったひとつの単語をどう受け取ったのか、補佐官は頭をくしゃくしゃと掻きながら溜息をこぼして。
「そりゃ、俺だって護衛は必要だと思うがな……」
彼が言葉を発したのとほぼ同時だろうか。ばたばたと慌しい足音が聞こえ、近づいてきた。
それはあっという間にすぐ近くまで来て――
「補佐官! 補佐官はこちらにおられますか!?」
勢いよく扉が開き、近衛騎士が一人、息を切らして現われた。
尋常じゃない様子は一目瞭然。瞬時に場の空気が張り詰めたものになる。
「何だ、どうした?」
「陛下が右目を負傷されました!」
「何だって!?」
その報せには、銀公も顔色を変えた。獣と顔を見合わせる。
「何故だ! 護衛がついていただろう!?」
「それが……」
期待は、叶わなかったのか……言い淀む近衛の言葉を待つ耳に、予想外の事実が飛び込んできた。
「詳しいことはわかりませんが、陛下がその護衛を庇われたようで……」
「あの、バカ……っ」
王を護るはずの護衛を、何故王が庇ったのか。それは、まだ期待を持ち続けていいことなのか。
浮かぶ疑問はあれど、それより優先すべきことがある。
「おい、ウォルフ! 詮索は後回しだ!!」
「ええ、そうね」
同意を示した獣は、言うが早いか銀公をべりっと背もたれから引き剥がして補佐官の肩へと移動させた。
「キングの手当てが最優先よ。乗って!」
「あ、ああ、――ッ!?」
獣の剣幕にも似た様に押され、補佐官がその背に乗るや否や。獣は全力で駆け出した。
馬車で半日以上の距離を一時間、という速度を、銀公と補佐官は体感することとなった。
状況は、かなり酷いものだった。
矢で射られた右目は、眼球が完全に潰されていた。治るような傷では、なかった。むしろ、それで済んだことが幸いだといえる。一歩間違えば命はなかった――それほどの、状況だったのだ。
「まったく……何でこんな馬鹿な真似をしたんだ」
「るせーな。身体が勝手に動いちまったんだからしょーがねえだろ」
手当てと共に補佐官の小言を受ける王の態度には、全くもって気にした様子はない。このことで気に病んでいるのは、怪我をした王自身よりもむしろ――
「《……私の、せい……?》」
手当てをする者たちの邪魔にならない位置に、心持ち小さくなって座っている獣のほうだろう。ぽつりとこぼれた沈んだ呟きは、今はもう帰ることのできない故郷の言葉になっていた。
小さな小さなその呟きを聞いたのは、最も近くにいた銀公だけ。
「《何かを、間違ってしまったの?》」
「おい、?」
「《キングの意思を確かめもしないで護衛を望んだこと自体が間違いだったの? こんな……こんなことになるなんて……っ》」
「……そんなん、オレだって同じだ。オマエが一人で背負うことじゃねェだろ」
「《でも……》」
「おい、そこのケダモノ二匹。何密談してやがる」
不意にかけられた主の声で、獣はビクッと体を跳ねさせた。いつもはピンと立っている耳も、今は下を向いてしまっている。
そんな獣に代わってか、銀公が振り返り答える。
「密談でも何でもねえっつーの」
「って、おぉい! 何泣いてやがる、!?」
急に焦った声を出した王。彼の言葉通り、俯いた獣の目からは止め処なく雫がこぼれ落ち、床にいくつもの水跡を作っていた。
この事態には銀公も咄嗟に対応することが出来ずにいる。
獣自身も――泣くつもりなどなかったので、自分自身に驚いていた。それでも何とか思考を働かせ、理由を見つけ出して口を開いた。
「《自分の、せいで……護るべき人が消えてしまっていたかもしれない、なんて考えたら……怖くなったのよ……っ》」
「……」
「だから言葉を戻せっての! でなきゃ通訳しろ!」
王の言葉で、獣の発していた言葉が以前のものだとようやく気付いた銀公は、けれど伝えるべきか迷った。
その判断を彼が下すより先に、獣が王にも通じる言葉へと戻して先程の続きを口にした。
「無事で、よかった……っ」
失うことへの怖れ。それを自覚してしまったからこそ、無事だったことに心底安堵して涙が溢れたのだ。
言葉にすることで余計に胸が一杯になり、ぼたぼたと涙が落ち続ける。
そんな獣の姿と、「……だってよ?」と意地悪く言った銀公に対し、王はがしがしと頭を掻きたくなったが、生憎と現在進行形で包帯が巻かれていてはそれも出来ない。
仕方なく、盛大な溜息をつくだけに留めて。
「そう簡単にくたばりゃしねえよ。だから、とっとと泣き止め」
「……っ、はい……っ」
王の言葉も手伝って、何とか涙が止まりかけた頃、扉が開いて青年が入ってきた。その顔は――獣以上に沈んでいる。
包帯を巻き終えた女中が退室していくのと、ほぼ同時。
「……おれの」
「あ?」
「おれの目を代わりに」
「んな色違いの目いらねーよ」
決意にも似た覚悟を持っていった青年に、けれど王はあっさり切り捨てた。
だが、これで引き下がれるわけもなく。
「しかし、おれのせいで……」
「だったら――おまえが俺の右目になれ」
王の口から出たその意外な言葉に、目を丸くしたのは青年だけではなかった。獣など、それで完全に涙が止まるくらいに驚いた。
そんな周囲の様子など構わず、むしろ楽しむかのように王は笑う。
「責任。感じてんだろ。補えよ。俺の右目として、おまえが俺を護れ。いいな? 『右目』」
そして、青年の顔には先程とは違う決意が宿り。
「……御意」
はっきりと、答えた。
王と護衛。ようやく二人の意思がひとつになった瞬間だった。それは同時に、獣と銀公が待ち望んでいた時であり、獣の企みが無事に成功したことでもあった。
銀公が王の肩の上から振り返り、獣へと笑って囁く。
「結果オーライでいーんじゃね?」
失ったものは、確かに大きい。けれど代わりに得たものは、決して小さくはない――と。
「ええ……そうね」
そう信じて同意を返すと、目の前で銀公の尾が揺れた。
見上げれば、悪戯っぽく笑う姿。意図を察して、獣も笑った。
そして、ハイタッチをするようにして、漆黒と白銀、ふたつの尾を触れ合わせた。