第 0 話
1・終演への第一歩

『ここは……どこ?』
 自分がいる場所を中心にして、壊れている建物。遠巻きに集まり始めた人々。
 聞こえてくるのは子供の泣き声と大人の悲鳴、そして沢山のざわめき。
『何が、起きたの……ねえ?』
 人垣をかきわけて険しい顔の男が数人やってきて――力任せに腕を掴まれ、そのまま引きずられるようにしてその場から離された。
 連れて行かれた先は――牢屋。
『どうして牢屋に入れられなきゃいけないの?』
 浮かんだ疑問をそのまま投げかける。幾度も、幾度も、繰り返して。けれど、一度として答えが返ってくることはなかった。
 代わりに聞こえてきたのは、看守と思われる男たちの会話。
 こんな辺鄙な町で召喚術の事故が起こるなんて。しかも本人は何も覚えていないとは。蒼の派閥へは? 連絡した。あとは任せればいい。さっさと連れて行ってもらいたいね、この厄介者を。
 いくつか出てきたよく知る単語が、現状を説明してくれた。……信じられない内容ではあったけれど。
 そして、もうひとつ。答えの代わりに向けられたもの。
 それは――冷たい、眼差し。
 恐れと羨望とが入り混じった、けれど軽蔑を強く含んだ……まるで怪物でも見るかのような……ひどく冷たく、鋭い視線。
(ああ、そうか……これが……マグナとトリスが、そしてネスティが受け続けてきたものなんだ……)
 初めて知った、その感覚……画面を通してでは決してわからなかったそれに、身動きが取れなくなった。
 何を言ってもまともな答えは返ってこない。何をしても反応もない。
 だから、何も言えなくなっていく。何をする気もなくなっていく。
 歪みたく、なってくる――……
(イヤなところだなぁ……リィンバウムって……)



 ――…………ん……
 ――ごめんな……
 ――ゴメンね……
 ――でも、どうか……
 ――お願い……



「起きるんだ! !!」

 聞き慣れた声が、大音量で耳元を直撃。その直前に聞こえた気がした微かな囁きを、見事にかき消してくれた。
 目の前には、眼鏡をかけた青年の顔。鉄格子などはなく、近くで覗き込んできている姿を見て――夢か、と。起き上がり、小さく溜息をつく。
「やっと起きたか……いくら君でも今日に限って寝坊はすまいと思っていたが、用心して見に来てみれば案の定とは……」
 眼鏡の青年・ネスティの口から出てくる呆れた呟きは、記憶にあるゲームの内容とほぼ同じ。違いがあるのは、が一言も返していないため会話とならないからだろう。
「君は今日がどんな日か忘れたのか? 君が一人前の召喚師になるための試験の日だろう! さっさと支度しないと間に合わなくなるぞ?」
 一方的に言葉を投げかけてくる彼へ何も返さず、は起き上がった時から頭を抱えたまま。
 何も答えないのは、別に見ていた夢の所為でも、言葉が話せないわけでもなくて。
「そもそも、君は派閥の一員であるという自覚が足りなさすぎだ。授業はさぼってばかりだし、たまに顔を見せたかと思えば、居眠りば――ッ!?」
 流れる水の如く続いていたネスティの言葉が、ようやく止まった。
 不自然な形になったのは――の投げつけた枕が、見事顔面を直撃したため。なので、『止まった』というより『止めた』のほうが正しいのだが……当然、これは一時凌ぎにしか過ぎない。
「な……っ、何をするんだ、いきなり!?」
「馬鹿につける薬はないから強行手段!」
「バカは君のほうだろう!?」
「やかましいわ、この鳥頭!! こちとら朝は低血圧だって何度言えばわかるのよ! 小姑みたいな小言聞いてなんかいられるか!!」
「誰が小姑だ!! そもそも君が小言言われるような生活をしていなければ――って、おい!?」
 再び出てきた言葉は――会話を通り越して、ただの怒鳴り合いに発展。けれど長く続くはずはなく、膝の上に頭を置いたを目の当たりにしたネスティが焦ったことで中断。
 ……この場合、先に白旗を揚げたのはのほう――とするべきか。
「大丈夫か!?」
「……枕を返して……」
「な、投げたのは君だろう!? そして、これ以上寝たら本当に間に合わ――」
「いいから! それとコップに水を持って来て! それが終ったらさっさと出て行け!」
「何だそれは!? 僕は君の兄弟子であって、召使じゃないぞ!?」
「時間がないって言った張本人が、体調整えて着替えをする時間すら奪うつもりなのかってことをさっさと理解してよね! 兄弟子の名が聞いて呆れるわ!!」
 蹲った姿勢のまま言い放つと、ようやくネスティの口が閉じられて。
 元の位置に枕が戻され、部屋にある簡易的な台所から水の入ったコップがサイドテーブルへと運ばれ、そして扉が開き、また閉じられた。
 無言のまま、の要求に全て応じたネスティの足音が遠ざかっていく。
 完全に聞こえなくなってから長く息を吐き出し、のろのろと身体を起こしてコップへと手を伸ばした――が、襲ってきた目眩のために方向感覚が完全に奪われてしまい……落ちる、と。
「……大丈夫ですか?」
 衝撃を覚悟していたの身体は、ふわっ、と。浮遊感によって支えられた。
 黒一色に染まっていた視界に、徐々に色と形が戻ってくる。その最中に、やわらかな光が新たに加わって――目眩と倦怠感が消えて、方向感覚が戻ってきた。
 やっと通常の感覚になった目に映るのは、可愛らしい小天使・ピコリット。
「聖斗(まさと)……」
 がつけた名前で呼ぶと、心配を刻んでいた彼の顔に笑みが浮かぶ。
「相変わらず、治っていませんね。朝の体調不良」
「まあ、そんなに深刻じゃないとはいえ、病気の一種だからねえ」
「でも……夜更かしをやめれば、多少は改善されるんじゃないですか?」
「かもしれないけど、そうも言ってられない状況なのは初めに話したでしょ?」
 こうして聖斗と親しくなれたのも、夜更かしの成果のひとつだ。
 着替えながら話していると、再び彼の表情は曇ってしまった。
「はい……それでも、心配なんですよ、僕は……さんには、ちゃんと幸せになってもらいたいのに、その前に倒れてしまいそうで……」
 ――と、聖斗は呼んだ。それがの本当の名前だからだ。
 現時点では彼だけが知っている本名。名も無き世界で生まれ、両親がつけてくれた、紛れもないの真名……
 彼がの真名を知り、今この場所にいて、そして心から心配してくれている理由――それは、と聖斗の間にあるのが誓約の鎖による主従関係ではないから。
 確かに対等でいれるこの関係を望んで実行したのだけれど、やはり誰かに想われるということは素直に嬉しいもので。
 ふっ、と。は笑った。
「だーいじょうぶよ。私は私が幸せになるために頑張ってるんだから。に戻るために、の役目を終らせるんだもの。犠牲になるつもりなんて毛頭ないわよ」
「……本当ですか?」
「ええ。それに、夜更かしももう、する必要なくなったし」
「――え?」
「今日、これから試験なのよ。合格したら任務で旅に出ることになるはずだから」
 己が知る、これから辿るはずの未来を教えると、聖斗の顔が明るく晴れた。
「それじゃあ、ようやくなんですか!?」
「そうよ。丸10年もかかっちゃった。でも、お陰でというか準備は充分整えられたけどね」
 ふふっと笑って、は改めて聖斗を見た。
 まだあどけなさを強く残す少年天使。けれど、この敵だらけの――居場所のないこの世界の中で、どれだけ彼の存在に救われてきただろう。
 ベッドの上にちょこんと立つ彼の小さな手を取って、視線を合わせる。
「いつもありがとう、聖斗。これから数ヶ月が正念場になるけど、力を貸してもらえる?」
 そうして告げた礼と協力依頼。
 聖斗は迷うことなく、笑みを以って返してきた。
「はい、もちろんです!」
「ありがとう。……とはいえ、結果はまだこれからなんだけどね。夜の報告を楽しみにしてて」
「はい! それじゃあ、夜に」
「ええ」
 ふわり、と。光と共に消えた彼を見送って、支度を整えたは自室を後にした。


 始まりが何だったかなんて、もう覚えていない。気がついたら、ゲームとして親しんでいた世界・リィンバウムにいたのだ。
 18歳だったはずの身体は小さく縮み、『召喚術の暴発』を起こした子供として蒼の派閥へと連れてこられた。
 それだけでも充分驚くべき信じられない事実だというのに、更にありえない現実を突きつけられた。
 それは――己が『クレスメントの末裔』とされていること。
 本来いるはずのマグナとトリスの姿はどこにもなく、彼らの立つべき位置に置かれていたのだ。ラウル・バスクの保護下で、ネスティ・バスクの妹弟子として。
 何故二人の代わりに自分がいるのか……それを考えてみて、ひとつの可能性に思い至った。
 もしかすると、暴発によってできた空間とかの歪みでマグナかトリスと入れ替わってしまったのでは、と。つまり、今、名も無き世界に二人はいるのではないか、と。
 そう考えついたのだけれど、すぐに『違う』とも思った。
 理由なんてわからないけれど、それは確信……そんな『単純』なモノではない、と。
 ……結局、いくら考えてみたところで、正しい答えなどわかるはずがない問題だった。だから、考えるべきは身の振り方。ゲームの内容をそのまま辿るのか、それとも全く違うことをしでかすのか。
 選んだのは――両方、と言っていいだろう。
 大まかな流れを変えるつもりはないけれど、結果を知っていてそのまま全てをただ見るなんて――やはりファンとしてはできない相談だろう。
 だから、そのための準備を10年かけて整えてきたのだ。考えつく限り、最大限に、最善のものを。
 あとはゲームと同じように『普通に』試験を合格すれば、運命の輪は回り始めるはずなのだ。
 そう……マグナとトリスの代わりを果たすこと。それが『・クレスメント』の役目――……


「蒼の派閥召喚師見習い・、只今参りました」
 試験会場となっている部屋の扉を開け放って姿勢を正し告げると、中にいた二人の男の視線が同時に向いた。
 師であるラウルは安堵を浮かべ、試験管であるフリップは蔑みに満ちた目を向けてきて。
「おお、待っておったぞ、よ」
「時間ぎりぎりか……てっきり試験を受けるのが怖くなって逃げたかと思ったぞ」
「あら、時間に余裕がないほうが、誰かさんの嫌みを聞くのも少なくて済むじゃありませんか」
 嫌みに対して嫌みで返してやる。どうせこれから始まる戦いが終れば『』もいなくなるのだから、もう我慢し続ける必要もないから。
 思わぬ反撃にフリップの顔は、怒りで紅潮する。
「き、貴様……っ、試験官に向かって」
「『君はバカか』が口癖の、我が兄弟子殿のことですが、何か?」
 用意しておいた逃げ口上を述べれば、フリップも黙らざるをえなくなったようだ。……勿論、本当はフリップに対して言ったのだけれど。
 それはきっと向こうも気付いているのだろう。代わりにまた嫌みを――ゲーム通りの台詞を返してきた。
「フン、大した自信ではないか。どこの馬の骨とも知れぬ『成り上がり』の分際で」
 それはそちらのほうでしょう――とは、流石に言わない。
 にしても、自分がされて嫌だったことを、よくもまあこれだけできるものだ。人間の持つ嫉妬心の恐ろしさを見事に体現しているといえるな。嫌な人間の見本だ。
「フリップ殿。今の発言は、試験監督として不謹慎ですぞ?」
 心の中で悪態をついていると、ラウルのフォローが入り、フリップは咳払いをひとつ。
「では、試験を開始する! 
「はい」
「目の前のサモナイト石を用い、おまえの助けとなる下僕を召喚してみせよ」
 やっと始まった試験。目の前には四色の小さな石。
 ――本当は、全く別の存在のほうが『』にとっては都合がいい。けれど『』として試験を合格するためには、それには制約が多すぎる。
 だから、決めていた。設定されている護衛獣の中で、最も負担にならないモノを。
 迷いなくその石を手にして魔力を込める。淡く光り始めたのを合図にして、呪文を紡ぎだす。
「古き英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん」
 一段階目だけで、かなりの魔力が石へと吸い込まれ、同時に光が強くなる。
「我が魔力に応えて異界より来たれ……新たなる誓約の名の下に、が命じる」
 派閥で教えている現代の召喚術では、術者側の真名は必要とされていない。なので、『』の名でも異界への門は開いた。
 試験としては順調だろう。けれどとしては――かなりつらい状態。
 それでも、やめるわけにはいかないから。
「呼びかけに応えよ、異界のものよ!!」
 最後の言葉を紡ぐと同時、光に代わって煙がその場に現われる。隠れていた人陰が、煙が晴れて露になる。それは――
「ロレイラルの機械兵士か。これなら確かに、護衛獣として文句なしじゃ」
 機械兵士・レオルド。
 真正面で向かい合う形で立つレオルドの頭が少し下を向き、こちらを認識したように目に当たる位置の光が幾度か点滅した。
「……貴女ガ、我ガ『あるじ』カ?」
 確認。はただ頷くことで答えを返す。すると、再び点滅する光。
「了解シマシタ。ソノヨウニ認識シマス。デハ、御命令ヲドウゾ。我ガ『あるじ』殿」
 ゲーム通りの反応。感情というものに欠如したそれは、にとって都合がいいもの――……
「ともあれ、おまえと共に試験を受けるべき護衛獣はここに召喚された。よ。おまえの召喚した下僕と共に、これより始まる戦いに勝利せよ!」
 妙に張り切ったフリップの声。彼は奥への扉を開け放ち、呪文を紡いで。
「おまえの戦うべき相手は、この者たちだ」
 部屋の中央に召喚された三匹のゼリー型魔獣を示した。
 とレオルドが中へ入ると、扉は閉められた。そして敵意を露にする魔獣たち。それを見たレオルドが、一歩前へと進み出て。
「優先命令ニ該当シマシタ。護衛獣ノ義務ハ召喚者ノ命ヲ守ルコト。オ守リシマス、あるじ殿……」
「……頼りにさせてもらうわ。けど、その前に……」
「ナンデショウカ?」
「あなたの名前、聞いてなかったわ。型番とかはいいから、固体名だけ教えてちょうだい」
 ゲームでは、召喚直後あたりにプレイヤーが名付けるのだが――実際に、名付けることができるのは誓約者だけであって、他の一般的な召喚師がするのは召喚獣の真名を探り当てる、若しくは名乗らせることだから。
 既に知っているから、うっかりしていた。けれど、『知っている』ことは、当然他の者に知られるわけにはいかない。
「れおるど、ト、オ呼ビクダサイ」
 レオルドが名乗り、誓約終了。
 ここまでは順調。だけど……やはり、魔力の消耗が激しかった。支給されている誓約済み無属性サモナイト石を使えるのは、残り一回がギリギリだ。
 は長く息を吐き出して。
「レオルド。私が召喚術を使えるのは、あと一回なの。それをあの黒いヤツに食らわせるから、止めと、残りの青いヤツ、任せてもいいかしら?」
 ゲーム通りなら、ダークジェルだけレベルが高い。他はレオルドだけで充分倒せるはず、と。そういう戦略を立てて『命令』ではない形で言ったが、やはりというかレオルドは何の疑いも見せずにただ受諾した。
「了解シマシタ。デハ、出撃シマス」
 律儀にも断りを入れてから動き始める彼を見送ってから、もまた移動を開始した。
 レオルドが敵の注意を引きつけてくれている間に、横手から召喚術の射程範囲内まで近づく。敵の動きから目を逸らさないまま、手にした召喚石へと魔力を注いだ。
 呪文は――必要ない。発動地点へと意識を集中させて。
「『ロックマテリアル』!!」
 隕石の欠片がひとつ出現し、見事ダークジェルの真上に落下。呼ぶだけの魔力しか残ってなかったため隕石はすぐに姿を消し――まだ戦意を持っているダークジェルは、ゼリー状の体質の故に飛び散ってしまった体を集めるように動いて、回復を図っていた。
 そこへ迫るレオルドのドリル。ダークジェルは光に包まれて消え、レオルドは残る二匹の止めへと向かう。
 しかし、状況は二対一。大した攻撃力ではないとはいえ囲まれた状態。レオルド一人に任せて、ただ待つ気になどなれるはずもなく――こっそり持って来ていたモノを、レオルドの背後へと迫っていたブルーゼリーへと投げつけてやった。
 レオルドの正面と背後、ほぼ同時に魔獣は送還され――試験終了。扉が開き、ラウルとフリップが入ってきた。
「よく頑張ったな、よ。それだけの力があれば、もう一人前じゃろう」
 満面の笑みで褒めてくれるラウルとは対照的に、フリップの顔は不満げ――というか、怪訝でどこか怒っているようにも見えて。
「貴様……最後に何を投げた?」
 案の定、というべきだろうか。ゲームとは違う行動に対するお咎めのようだ。
 は拾ったそれを二人に見えるように持ち上げる。
「これですか? 部屋に備え付けの果物包丁ですけど、それが何か?」
 攻撃力としては、きっと『1』とか『2』とか表示されそうな、極々普通の果物包丁。にも拘らず一撃で仕留められたのだから、瀕死の状態だったということなのだろう。
 余計な手出しだったかな、と。そう思いつつ、しれっとして返すと、フリップの額に青筋が浮かんだ。
「そんなものを所持していいとは許可しておらんぞ」
「あら? 所持品項目には、誓約済みサモナイト石ひとつと、使用可能武器と書かれてありましたけれど」
「それは武器ではなく備品だ!」
「ですが、『使用可能』であり、『武器』になるもの――ですよね? それに、召喚石も武器も支給品で、『備品』と言い換えることができなくもありませんよ。そもそも、本当の戦闘で、使うものを選り好みしていられるとは限りませんし、目的のためならば使えるものは何でも使うべきではありませんか?」
 屁理屈も含まれているが、最後は正論だろう。
 もし命の危険に晒されるような場面になったら、誰だってどんな手段を使ってでも生き延びようとするのではないだろうか。『死』を目の前にしたのなら、人の決めた禁止事項など些細なことだ。
 それ以前に、この試験は戦闘能力を見るためのものではなく、魔力制御と召喚術の習熟度を見るためのもののはず。さっさと派閥から追い出したいなら、小さなことでぐちぐち言うべきではないだろうに。
「ふむ、確かにその通りじゃ。用意周到じゃのう、
 またこっそり心の中で愚痴をこぼしているとラウルが同意を示してくれて、は「ありがとうございます」と営業スマイルを返す。
 フリップは、まだ何かを言いたそうにしていたが、少しは納得できる部分があったのか……あるいは、全く別の理由か。それ以上咎めてくることはなかった。
「……フン! 見習い召喚師・よ。試験の結果を以って今よりおまえを、正式な蒼の派閥の召喚師とみなす!!」
「おめでとう、
「尚、派閥の一員となったおまえには、相応の任務が命じられる。一旦自室へと戻り、呼び出しを待つがいい。……以上だ!」
 必要事項を聞き終えるとは一礼して、レオルドを伴って部屋を出た。扉をしっかりと閉めて――ずるずると、扉にもたれかかるようにしてその場に座り込んだ。
「……あるじ殿?」
「ねえ、レオルド……あなた、魔力って持ってるの?」
 怪訝そうな呼びかけに、唐突な質問で返す。
 ゲーム的には魔力を持たないユニットは存在せず、全てのキャラクターが召喚術を使うことができた。けれど今――レオルドから魔力の波動は一切伝わってこない。
 が座り込んでいる理由もわかっていなさそうだから聞いてみたのだが……
「イイエ。私ニハ魔力ニ関スル機能ハ一切搭載サレテオリマセン」
 案の定。
 は小さく息をこぼして。
「私をあなたの腕に乗せてくれないかしら?」
「ハイ、構イマセン」
 申し出に対してふたつ返事。その場に膝をつき、乗りやすいようにと水平に伸ばされた腕へと腰を下ろす。肩へ体重を預けるように状態を傾けて安定を図ると、レオルドはゆっくりと立ち上がって――視点が随分と高くなった。
「この廊下を真っ直ぐ進むと中庭に出るの。それも突っ切ってずうっと道形に行くと、扉が沢山並んでいる廊下へと通じてるから、テテ――ってわかる?」
「幻獣界『めいとるぱ』ニ住ム獣精デスネ。外見的特徴ハ、帽子ヲ着用シテイル――」
「そう、そのテテのレリーフが飾ってある扉の部屋まで運んで」
「了解シマシタ」
 行き先を指示すると、レオルドは歩き出した。
 一歩一歩、進む度に結構上下する視界。ガッション、ガッション、と。音も大分大きく、決して乗り心地がいいとはいえない。
 だが、それでも……自分で歩くよりはずっとマシだから。
 実は、もう限界だったのだ。思った以上に魔力の消耗が激しくて、立っているのもつらかった。悟られないようにと張り詰めていた気が、無事合格を告げられたことで緩んでしまったが最後。もう立ち上がる力はなかったのである。
 でも、本当に安心できるのは、まだあと。旅立ちを命じられてからだ。それでなければ、ここで10年もかけて整えてきたことがすべて無駄になってしまう――……

!?」
「――っ!?」

 思考の海に沈んでいたは、朝と同じ状況に一瞬息を詰まらせてしまった。反射的に身体がびくりっと跳ね、いつの間にか閉じていた目を開ける。
 やはり、目の前には己を覗き込んできているネスティの姿。ただ朝と違うのは、こちらのほうが高い位置にいるということだ。
 状況を把握し、長く息を吐き出しながらレオルドの肩へともたれかかる。
「おい、一体どうしたんだ? 何かヘマでもしたのか?」
 その姿にか珍しく心配を素直に表してきたネスティを、煩わしげに一瞥する
「ヘマなんかしてないわよ。我が護衛獣くんの乗り心地を確かめてるだけ」
「何度呼んでも反応しなかったぞ」
「考え事してたのよ。あなたのお陰で全部すっ飛んじゃったけど。今朝といい今といい、本当にあなたは私の邪魔ばかりするわね」
「邪魔とは何だ!? 起こさなければ遅刻していただろう!?」
「でも、もう少しで何かがわかりそうだったのに……」
 声を荒らげたネスティだったが、気にせずに呟いたの言葉で怒りもおさまったのか、訝しげに眉根を寄せた。
「……どういうことだ?」
「昔の夢を見ていたのよ。あの暴発事故の時の……何か大切な、とても重要なことがあと少しでわかりそうだったのよ」
 あれは、夢であって夢ではない。記憶の一部だけれど、完全な事実ではない。
 起こされる直前に聞こえたはずの声……あれは当時聞いたものではないと思う。ネスティの声の所為で夢で聞いた声は覚えていられなかったけれど、直感――の、ようなもの、だろうか。
 『』として生きなければならなくなった、その理由が――わかりそうだった……そう、思うのだ。
「君は……試験に合格することよりも、失くした過去を取り戻すほうが重要だと……そう言うのか?」
 急に下がった声のトーン。ネスティがこのような声を出す時――それは本気の時。怒りにしろ不安にしろ、本気で、本心を口にする時だ。
「思い出そうが出すまいが、過ぎてしまったものはどうしようもないだろう。今の君の人生に、何の影響もないはずだ!」
 閉ざしていた目を開き、彼を見る。
 鋼の瞳が真っ直ぐに向いている。その顔は真剣で、怒っているようにも、また怯えているようにも見えた。――けれど。
「過去に囚われるより、未来を見るべきじゃないのか!?」
「……あなたになんか、私の気持ちはわからないわよ」
「――ッ」
 は顔を背けて、拒絶の言葉を返す。
 ネスティの言ったことは正論だ。けれど、そんなことわざわざ言われなくてもわかっている。過去になど囚われてはいない。はじめっから、ずっと未来だけを見て生きてきたのだから。
 それでも……叶うならば、理由を知りたいと思うのは当然ではないだろうか。
「相変わらず、仲はよくないのじゃな」
「ラウル師範……」
 現われた第三者の名を、ネスティが呼ぶ。
 全く動く気配のないレオルドの代わりに、ラウルのほうがの視界に入るようにネスティの隣までやってきて。
よ。おまえはもう少し、ネスティの言うことに耳を傾けてもいいのではないのかな?」
「必要なことはちゃんと聞いてます。必要のないことをぐちぐち言うのが気に入らないだけです」
「必要ないことなんて言ってないぞ! そもそも君が真面目に学んでいれば、僕が注意する必要もないんだ!!」
「人の粗探しが趣味なだけでしょ」
「欠点だらけの生活態度の君が、どの口でそんなことを言える!?」
「これこれ、二人とも。ケンカはいかんぞ」
 あっという間に口論になった弟子を、ラウルはやんわりと窘めた。
 は適当にあしらっているだけなのでどうということもないが、ネスティのほうはやや消化不良気味。
 そんな息子を宥めるように、ラウルはネスティの頭をぽすぽすと軽く叩くように撫で、話題を変えた。
「ともあれ、合格したのはめでたいことじゃて。よく頑張ったな、よ」
「ありがとうございます」
「いいのですか、師範。本当にこんな不真面目なヤツを、一人前と認めてしまって?」
「試験官はフリップ殿だったんじゃぞ、ネスティ」
「え!?」
「誰よりも平民あがりの『成り上がり』召喚師を嫌う彼が、認めざるをえなかったんじゃ。は、それだけの結果を自分の力で出したのさ。立派なものじゃろう?」
「……はい」
 ラウルの言葉で、ネスティはようやく大人しくなった。
 はというと、レオルドの肩にもたれかかったまま、ゲーム通りの会話を聞くともなしに聞いていた。
「さて、と。よ、早く部屋に戻りなさい。呼び出しが来ているといかんからな」
「はい。レオルド、お願いね」
「了解シマシタ」
 ようやく解放され、レオルドに任せて二人に背を向けた。


「ネスティ、さっきは何を言い争っていたんじゃ?」
 機械兵士の腕に乗って去ったの姿が見えなくなった頃、ラウルがそう問い掛けてきた。
 ネスティは身体だけ向き直り――顔は俯き加減に別の場所へと向けて。
は……記憶を取り戻しかけているようです……」
 暴発事故の所為で、それ以前の記憶を失っている彼女。派閥へ連れてこられた時は、自分の名前すらわからない状態だった。
 しばらくして名前だけは思い出したが、他の記憶は戻らぬまま10年が過ぎた。
「今朝、事故当時の夢を見ていたのだと……僕が起こさなければ、何か重要なことを思い出せたかもしれない、と……」
 何故、今なのか――と。そう思わずにはいられない。
 ようやく一人前となって、これから沢山のことを経験していくというこの時に……やっと多少の自由を得られるだろうという今に、何故。
 思い出しても重荷にしかならないだろう記憶を求めるの気持ちも、ネスティには確かに理解できなかった。
 先祖の記憶を受け継いでいるネスティにとっては、忘れていられるほうが幸せだと思うから。
「そう、か……じゃが、それは本人の問題じゃ。どうすることもできぬよ」
「わかって、います……」
 自分の気持ちをわかっていてくれる養父の言葉に、ネスティは苦々しく頷いた。


 ――パタン、と。
 自室へと戻り、扉を閉めて、しばらく。レオルドの腕の中で、は長く息を吐き出した。
 室内に張られた結界のお陰で、魔力が回復したことに対する安堵の溜息だった。
「あるじ殿?」
「……ベッドの上に降ろして」
「ハイ」
 降ろされたベッドに横になり、更に回復を図る。そのままの姿勢で、傍らに立つレオルドを見上げた。
「レオルド、あなたに確認しておきたいことや、頼みたいこと、話したいことが沢山あるんだけど……もう少し待ってもらえる?」
「了解シマシタ」
 次の指示を待っているような彼にそう言うと、落ち着いたようだった。
 まるで置物のように佇むレオルドから、は己の魔力の流れへと意識を傾ける。
 イメージは、川。周囲に満ちるマナを雨に見立て、己の内に流れる魔力の川へと降り注ぐ様子を頭の中に描く。雨によりかさの増した川が、ぐるぐると体中を巡り、そして中心の湖へと満ちていくイメージ……
 乾ききっていた湖に、魔力の水が満ちる――そのイメージと、現実とが一致したのを感じて、ゆっくりと目を開いた。――その時、ノックが室内に響く。
「どうぞ」
「呼び出しが来たぞ、。僕と一緒に来るんだ」
 許可を得て、顔を出したのはネスティ。
 何とか呼び出しが来るまでに回復できたことに胸を撫で下ろしつつ、はベッドから下りた。


よ、おまえに最初の任務を与える。心して聞くがよい」
「はい」
 試験会場と同じ部屋。ネスティと並んで立ち、はフリップの言葉を待った。
 もったいぶるように間を空けてから告げられた、その内容は――
「おまえはこれより護衛獣と共に、修行を兼ねた見識を深めるための旅に出るのだ。尚、視察の旅の期限は定めぬものとする」
 待ちに待った、その言葉。
「蒼の派閥の一員として相応しき活躍を示すことができた時、それを以ってこの任務の完了とする」
「お待ちくだされ、フリップ殿!」
「どうかなされたか? ラウル殿」
「何を以って相応しき活躍とするのか説明すべきでは!?」
「それはが自分で考えることでしょう。いくら後見人とはいえ過保護は困りますな、ラウル殿?」
「じゃが……」
「それにこの任務は、幹部一同が協議した上で決定したことですぞ。不満があるなら、グラムス議長や総帥にお言いなさい」
「……っ」
「わかりました、フリップ様」
 安堵を表面に出さないよう気をつけながら、ラウルが言葉を失うのを待って口を開く。ゲームで、マグナかトリスが言う、その言葉を。
「その任務、お受けいたします」
「ふふふ。殊勝な心がけだな、
「君はバカか!? これは任務の名を借りた、君を追放するための命令だぞ!!」
 満足げなフリップとは対照的に、ネスティは小声でわかりきった事実を言ってきた。だが、は一言も彼に返さない。
 ネスティが更に何かを言うより先に、フリップが口を開く。
「任務を果たしたならば、おまえに『家名』が与えられるそうだ。『成り上がり』の身分から、正式な召喚師の家系を名乗れるのだ。奮起するがいい。……以上だ!」
 にとっては実にどうでもいいことを、それと知らずにフリップは並べ立てる。それを聞き流して、終ると同時に一礼して部屋を出た。
「待て、!」
 そのまま足早に自室へと戻るその手を、追いかけてきたネスティに掴まれた。
「何故、何も言わないんだ!? 本当にわかっているのか、自分が一体どんな状況に置かれたのかを!? 追放命令を出されたんだぞ!?」
 まくし立てるネスティの手に、力がこもる。
 意識的か、無意識か。どちらにせよ力で振り払えないそれに、溜息をついて振り返る。
「言ったでしょ。あなたには、私の気持ちはわかりっこないって」
「そうだ、わかるわけがない! 君が言ってくれなければ、誰も知ることも理解することもできないだろう!! だから聞いているんだ! 一体君は何を考えている!?」
 珍しく――というか、初めてかもしれない。ここまで食い下がってきたネスティは。
 真っ直ぐに見つめてくる瞳を見つめ返して――揺らぐモノを見つけ、は目を眇(すが)めた。
「……あなたには、関係のないことよ」
!!」
「放して、ネスティ。私は忙しいの」
 任務を受けたのだから、そのための準備を――旅支度をしなければいけない。ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
 それはネスティもわかっているだろうに、諦めきれないのか手に力はこもったままで。
 は深く息を吸い込み、意識を集中させる。そして――

「放せと言っているのがわからないの!?」
 ――バチッ!

 怒声と共に、魔力を手首に集めてネスティの手を弾いた。
 驚愕に固まるネスティの背後、ひとつの人影がこちらへとやって来るのが視界に入る。
「ネスティ・バスク。フリップ様がお呼びだ」
 人影の言葉を聞き、これ以上ネスティに捕まらない確証を得て、は踵を返した。そのまま早足で部屋へと戻る。
 自室へ入るや否や、後ろ手に扉を閉めて――また、ずるずるとその場に座り込んだ。
「……いた……」
 くっきりと手形のついてしまった手首を見て、呟く。手首が、熱い……その部分を押さえて、額に押し付ける。
 ……わかっていた、ことだ。今更気にしても仕方がない。自分で望み、決めたことなのだから……でも、それでも――
「あるじ殿? ドウナサレタノデスカ?」
 ――ガッションッ、と。大きな音と共に聞こえた声に顔を上げる。レオルドが膝をつき、こちらを窺っていた。
 は溜息をこぼす。
「なんでも、ないよ……」
 そう……気にしている場合ではない。ここからが本当の始まりなのだから。全てを終わらせるために、今まで頑張ってきたのだ――
 大きな流れへとつながる運命は、今やっと動き出した。
 第一歩を、ようやく踏み出せた――の、だけれど……
「あのね、レオルド。さっき言ったように色々頼みたいことがあるんだけど」
「ハイ、ナンデショウカ?」
 その先へ進む前に、やらなければならないことは、まだ山積みだった。
 先程とは別の意味で沈みかけた気持ちを溜息に変えて。

「とりあえず、留守番をお願い」