『ハヤト! アヤ!?』
降り注ぐ光の雫。その内のいくつかが、自分たちの体を包んでいく。
『結界は、元通り修復されている。今回のようにエルゴが欠けたりしない限りは、結界はリィンバウムを守り続けるよ』
誓約者の存在が、世界から消えても。
あえて言わなかった言葉は、けれどカシスも察したようで。
『なんで!? どうしてよ!?』
目尻に溜まった涙を拭いもせず、睨むように見つめてくる。
信じたくない。認めたくない。
そう言っている眼差しに、ハヤトは悲しげに笑んで腕の中で泣き続けているアヤへと視線を落とす。
『今のアヤにとって、この世界は悲しみしか与えてくれない。ここにいるだけで、アヤの傷は深くなっていくんだ……壊れていくアヤを俺は見たくないし、見せたくない。だから、帰るよ。俺たちの世界へ』
『やだっ! やだよ!』
帰ると口にした途端、強くなる光。
駄々っ子のように頭を振って駆け寄ろうとするカシスを手で制する。
『今生の別れみたいに言わないでくれよ』
『――え……?』
『戻ってくるよ、もう一度』
大きく見開かれた目に笑いかけた。
『アヤの傷が癒えて、一人でちゃんと立って歩けるようになったら。俺はここに帰ってくるから』
『ほんとうに……?』
『ああ』
『絶対の、絶対に?』
『ああ、約束するよ。俺の居場所はこの世界――カシスの隣だからさ』
光に霞む先、涙を拭ってカシスは笑ってくれた。
『絶対の約束だよ!?』
『ああ! だから、少しだけ待っててくれ』
それが、最後の会話。
全ては光に包まれ――そして、見覚えのある公園へと……
――ああ、そうだ。早く、帰らなきゃ……待っててくれている、彼女のもとへ……
「深崎さん!」
ざわめき満ちる病院のロビー。聞き覚えのある声に呼ばれて、トウヤは振り返った。
「カツヤ君、だったね」
「はい。深崎さんも、センパイのお見舞いですか?」
「ああ」
昨日会ったばかりのハヤトの後輩、カツヤの問いに頷いて二人一緒に廊下を進む。
「通り魔――なんですよね。びっくりしました。まさかセンパイが刺されるなんて……」
「僕と別れた直後だった上に目撃者もいなくてね、僕が容疑者扱いだよ。ハヤトの意識が戻って証言してくれたらしく、疑いは晴れたけれど」
「深崎さんも、犯人は見ていないんですか?」
「ああ……僕が振り返った時には、ハヤト以外の人影はなかったよ」
ハヤトが倒れた直後だった。犯人が隠れられるような場所も、またその時間もなかったはずなのに、周辺には誰もいなかったのだ。
だからこそ、トウヤが疑われた。ハヤトの自殺でないなら、犯行が可能だったのはトウヤだけだから。
しかし、凶器も見つかってはいない。犯人が持ち去ったと見ていいだろう。
物証がないことと、被害者当人の証言で疑いは晴れたというわけだ。
とはいえ、一時でも疑われるというのは、決して気分のいいことではないのだが……
溜息をこぼしたトウヤは、見覚えのある姿を見つけて首を傾げた。
「あれは……沙織さん……」
長く美しい漆黒の髪を無造作に後で括った女性が一人、トウヤたちの少し前を歩いていた。
いつも身形(みなり)をきちんとしていた彼女にしては珍しく、かなりラフな格好でどこか焦っているように見える。
「知り合い――ですか?」
「ああ、アヤの母親だよ」
「え゛!?」
わ、若いっスねぇ……というカツヤの呟きを耳に入れながら、トウヤは沙織を目で追う。
歩きながらなので後をつける形になってしまったが、トウヤたちの目的地と同方向なので仕方がない。
然して間もなく、沙織はある部屋へノックもせずに入っていった。
その部屋の主は――ハヤト。
「勇久さん! あの子を……アヤを返してください!」
疑問を抱いたトウヤの耳に、切羽詰った沙織の叫びにも似た声が届いて、カツヤと顔を見合わせたあと病室へと向かった。しかし、そのまま入るのは躊躇われて、そっと中を窺う。
「一体何のことだ?」
訝しげな男性の声。
衝立(ついたて)によって直接見ることはできないが、この声には覚えがあった。
勇久――ハヤトの父親のものだ。
「アヤが夕べから帰って来てないんです! 貴方が連れて行ったんじゃないんですか!?」
「私は君との約束を破ったことなど、一度たりともない」
「それじゃあ、あの子はどこへ行ったんです!?」
「何であなたの不良娘の行方を私たちが知ってなくちゃいけないのよ。いい加減にしてよね。怪我人がいる病室で騒ぐなんて、非常識だとは思わないの?」
もう一人、沙織以外の女性の声。
こちらもトウヤは知っていたけれど、己の記憶にある優しげなものとは全く違う悪意――というか、むしろ敵意剥き出しの声音に驚きを隠せない。
トウヤの知っている彼女――ハヤトの母親は、ただ優しく穏やかな女性だったから。
「大方、男の所にでも泊まり込んでるんじゃないの? 親が親だもの」
「そんな……っ」
「おい、よさないか」
「だって、本当のことじゃない。この、泥棒猫!」
――何の、話をしているのか。
トウヤにも、そして恐らくカツヤにもわかってはいないだろう。
何となく思い浮かんだ予想はあるけれど、正直認めたくはなかったし。
――けれど。
「……沙織さん?」
弱々しく発せられた新たな声が、事実を告げ知らせることになる。
「ハヤト、起こしてしまったか?」
「アヤに……何か、あったんですか?」
「あ……ハヤト君……ハヤト君は」
「ハヤトには関係のないことよ。あなたは、その怪我を治すことだけを考えなさい」
「母さんは黙っててくれ」
「な――ッ!?」
救いを求めかけた沙織の言葉を遮った母親を、ハヤトの冷徹な声が打った。言葉をなくした彼女に構うことなく、ハヤトは再度訊ねる。
「アヤに何があったんです?」
「あ、昨日、学校へ行ったきり、帰ってこなかったの……ハヤト君、同じクラスよね。何か、知らない?」
「……授業は最後まで受けてました。放課後は、俺は部活、アイツは委員会があったので帰るところは見てません」
「そ、そう……」
「大丈夫ですよ」
明らかに落胆した沙織に、ハヤトははっきりと言った。
「アイツは貴女を一人残してどこかへ行くようなヤツじゃない。今日中にはちゃんと帰ってきますから、アイツの好物でも作って、家で待っててやってくれませんか?」
妙に自信に満ちた物言い。それは、ただの慰め以上の何かがある気がしてならない。
強いていうなら――確信? ハヤトは何かを知っている?
それとも――……
然して間もなく、ギシッとベッドが軋んだ音がして。
「ハヤト、どこへ行く気だ?」
「アヤを……迎えに行く」
「バカを言うな。その怪我では無理だ」
「そうよ、そんなのは警察にでも任せておけばいいの。どうしてあなたが、そんなことをする必要があるの? 何の関係もないでしょう」
己の怪我も顧みない息子を、両親は引き止めた。
当然の反応だろう。けれど――
「父さんたちがどう思ってるのかは知らないけどな! 俺にとってアイツは……アヤは! たった一人の大切な妹なんだよ!!」
ハヤトの叫び。それは、認めたくなかったただの予想が、事実だと告げ知らせるものだった。
だが、それでもまだ信じたくない想いはあって。
「ハヤト……おまえ、知って――」
「今のは、どういうことだ? ハヤト」
トウヤは、問いかけた。引き戸を開け放ち、衝立の先へと姿を見せて。
突然の来客に、室内にいた誰もが驚愕の表情を向けてきた。ハヤトもまた、大きく目を瞠ったままトウヤを見つめている。
「トウヤ……カツヤ……」
「どういうことなんだ」
呆然としている彼へ、再度問いを投げ掛ける。
それによって我に返ったハヤトは、トウヤから目を逸らし――
「ハヤト、待て!?」
「センパイ!?」
上着を手にすると、怪我人とは思えない素早さで身を翻し、窓から飛び出していってしまった。
慌ててトウヤもその後を追って、窓から外へ出た。ハヤトの親たちに一礼することは忘れずに。
一階だったのが幸いしたとはいえ、ハヤトに追いつくのは困難だった。
その動きが……怪我を負っている者のものではない以上に、あまりに素早くて。
元々運動神経は良かったが、ここまで動けるものなのだろうか――?
抱いた疑問は解決する間もなく、通りに出たハヤトの前に一台のタクシーが止まって、開いたドアの内へとその姿はおさまろうとしていて。
「ハヤトッ!!」
――追いつけない、と。最後の頼みとばかりに声を張り上げた――が。
「センパイ、オレ……昨日の帰り、アヤ先輩を見たんスよ!!」
トウヤの後ろから出た思いもよらない言葉が、ハヤトを引き止めた。
「――乗れっ!!」
車内から、一言。鋭い声が掛かって。
顔を見合わせた後、トウヤはハヤトのいる後部座席、カツヤは助手席へと乗り込んで。そしてタクシーは走り出した。
「ハヤト……」
俯いたまま沈黙する彼に、トウヤは呼びかけた。
ややあって、重い溜息が車内に出て。
「俺とアヤは異母兄弟。俺が本妻の、アヤが愛人の子供だよ」
「……君が、彼女を恋愛対象外だと言った本当の理由は、それか」
「はじめっから知っていたからな、俺たちは。父さんたちは隠していたつもりだったようだけど」
「そんな……」
「知りたかったことはこれだけだろう。カツヤ、話せ。おまえが見たものを」
他の、質問を許さない響き。余裕がないという以外の何かを感じさせる。
――いつから、ハヤトはこのような物言いをするようになったのだろう……
驚き訝しむトウヤの前で、カツヤが口を開いた。
「あ、はい……昨日、センパイたちと別れた後アヤ先輩が丁度前を歩いているのを見つけて……アヤ先輩、急に立ち止まってきょろきょろしだしたんで気になって。そしたら近くの路地へ入っていって、それで……」
「何が――いや、誰がいたんだ?」
言いにくそうにしたカツヤの先を読んだのか、ハヤトが問う。――問い、というよりも、ただの確認のようにも聞こえた。
カツヤは更に迷った後、俯いたまま意を決したように答えを口にした。
「異様なほど白い肌に、赤い目をした男の人っス」
「その男が、アヤを連れていったのかい?」
「いえ、その……」
トウヤの疑問に、カツヤは言葉を濁した。
逡巡。その理由に、何となく察しがつく自分が、少し嫌になる。
やがて、ようやく決心が着いたらしい彼の口から発せられたものは――
「アヤ先輩、その人と抱き合ってて――キス、してたんス」
案の定、予想通りのものだった。
「それで、オレ……その場から逃げちゃったんで……」
その先はわかりません。
そう締め括られた情報。ハヤトは厳しい表情で「そういうことか……」とだけ呟いた。
「センパイ……あの人が、アヤ先輩が好きだった人なんスか?」
「それはおかしいだろう。だって、その男は死んでいるはずだろう?」
「……ああ、そうだ。ヤツは確かに死んだよ。俺たちが、看取ったんだ。アヤも、それはちゃんとわかっている」
目を閉じ顔を隠すように俯くハヤトの姿は、どこか悲しげで――そして、怒りのようなものを内に秘めている風に見える。
「偽者だとわかっていても……もう一度、会いたかったんだろうな……」
その、怒りは――アヤの心を弄んだ者に対するもの、か……
「偽者って……なんで、そんな……」
「お客さん、着きましたよ」
カツヤの言葉の途中、停められたタクシーの運転席から声が掛かった。
外へと目を向けると、そこは賑やかな駅前だった。
「カツヤ、降りろ」
「――え?」
「さっき、聞いていたんだろ。アヤは今日中には家に帰る。だから騒ぎを大きくするな」
「で、でも……」
「おまえもアヤのことが好きなら、アイツが学校に来づらくなるようなことはするな」
ハヤトの口から、淡々と語られたことの意味――それは、今日聞いたことは一切口外するなということ。
それが、アヤを守ることになる――と。
「――はい!」
正しく受け取ったカツヤは、強い意志を持って頷いた。
そして、素直に降りた彼を置いて、再びタクシーは走り出す。
「ハヤト?」
その、車内で。重い吐息が聞こえて目を向けた先、ぐったりと座席にもたれかかる親友がいて。
「傷口が開いたのか!?」
「もともと閉じてない……」
「な――ッ!?」
ハヤトの口から出た衝撃発言に、彼の上着を強引にめくる。
確かに本人の言葉通り、包帯に滲む血の量は今さっき出てきたというようなものではない。
――こんな状態であれだけの動きをしたというのか。
「こんな身体で病院を抜け出すなんて……死ぬ気か、ハヤト?」
「違う……逆だ……」
「……逆?」
「あのまま病院にいるほうが、確実に、死に繋がってるんだよ……」
何を――言っているのか。
この二日、彼の身の回りで起こったことも彼自身のことも、わからないことが多すぎる。
「どういうことなんだ?」
「……腐って、きてるんだ……ゆっくりと、傷口が……」
「な――ッ!?」
「患部を切除したとしても、腐蝕は止まらない……病院じゃ……これは治せないんだ……」
「何故だ!? どうして、そんな状況になっている!? ただの通り魔じゃなかったのか!?」
トウヤは声を荒らげた。親友が死に直面していると知って、冷静でいられるような神経は持ち合わせていなかったから。
矢継ぎ早に事情を問い質した。――けれど。
「……本当は、アヤが自分で立ち直るのを、待つつもりだったんだけどなぁ……」
帰ってきたのは、質問に対する答えではなく――独白。
しかも、笑ってさえいる。
「そんな、時間……なくなっちまったか……」
トウヤの脳裏に、警笛が鳴る。
――まさか、もう既に、意識レベルが際どいところまできているのでは……?
そうだ。普通に考えたら、動ける状態ではないのだ。意識を失っていてもおかしくはない。
「おい、ハヤト! しっかりするんだ!!」
何とか、意識だけでも保たせよう、と。
強く呼びかけたトウヤの前に、制するように片手があげられた。
「大丈夫だ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかないから」
「ハヤト……」
「約束した。必ず帰ると。俺は、もうこれ以上、カシスを泣かせはしない」
強い瞳。強い意志。それは確かに、守るべきものを持つ者の瞳だった。
その瞳が、トウヤの姿を映す。
「そのためにも、アヤは取り返さなきゃならないんだ」
「……ハヤト、君は何が起こっているのか全て知っているのかい?」
「知っている。カツヤが教えてくれたからな。けど、今のおまえに話すことはできない」
「何故だ?」
「アイツの――アヤの一生に関わる問題だからだ」
「それは――」
つまり、自分は信用されていないということか、と。
問い掛けるより先、再び運転手が「着きましたよ」と声を掛けてきた。
車外へと意識を向けると、見覚えのある建物の前だった。
ここは――ハヤトの家。
「すみません、もう一ヶ所行ってもらいたいので、少し待っていてもらえますか?」
運転手の了承を確認してから降りようとする彼に手を貸し、共に一度外へ出た。
もう、歩くことすらままならないかもしれない。そう考え、肩を貸す気でいたトウヤの手を、ハヤトはやんわりと拒んだ。
「ハヤト……」
「おまえを、信用していないわけじゃない。ただ、信頼できるか見極めるだけの時間が、俺にはもうないんだ」
先程、言いかけた疑問の答え。それも、新たな疑問を呼ぶだけの内容。
ただ、今回は疑問を口にすることすら許されなかった。
ハヤトが、ひどく厳しい顔で――瞳で、射抜くように見てきたから。
「アヤは、バノッサを殺した」
何も、言えなくなったトウヤに、ハヤトはそう告げてきた。
「アイツは、自分が想いを寄せていた男を、自分の手で殺したんだ」
「なん、の……冗談だ、それは……」
予想だにしなかった、あまりにも突拍子もない内容に、そう言うのがやっとだった。
――けれど。
「昨日も言ったが、俺は嘘はついていない。だから、信じられないなら……受け入れられないなら、今すぐ帰れ。そして、今日見聞きしたことは全て忘れるんだ。いいな?」
追い打ちをかけるように言い放って、ハヤトは家の中へと姿を消した。
残されたトウヤはただ呆然と立ち尽くし……タクシーにもたれかかる。
――ハヤトは、何を、言った……?
アヤが、人を殺した? それも、好いていた男を?
それ、なのに……自分で殺しておきながら、まだその男を求めている……?
何故? ハヤトは知っていた? 知っていて、黙っていた?
何故――ハヤトは、死に掛けている状態でも、アヤを取り戻そうとしている?
まさか、ハヤトの怪我とアヤの失踪は繋がっているのか――?
際限なく疑問だけが溢れてきて、何ひとつ答えには結びつかない。
それも当然だ。答えを――真実を知っているのは、ハヤトだけなのだから。
だが、今のトウヤは、そんな簡単なことに気付くこともできなかった。
答えのない無限の疑問の渦。それは、意外なもので、あっけなく終止符を打たれた。
――ドォンッ!
突然、この当たり一帯に轟いた轟音。それは、確かに目の前の建物から発生したものだ。
ガス爆発でも起こしたのか、煙がもうもうと立ち上っている。しかも、その位置は――ハヤトの部屋がある辺り。
「ハヤト……ッ」
――受け入れられないなら、今すぐ帰れ――
反射的に走り出しかけた足は、脳裏に蘇った親友の言葉によって止められた。
彼の鋭い眼差しが、踏み込むことを拒んでいる。
――だが。
「こんな……ッ、中途半端なまま終わらせることなんてできるかっ!」
ようやく辿り着いた答え。
全ての謎を解明するため、真実を知るため、トウヤはハヤトの家へと駆け込んだ。
爆風の中、ハヤトは飛ばされないようにするので精一杯だった。視界も煙で覆われていたが、それでも全神経を集中させ、己に向かってきた刃をかわす。
外壁が破壊されていたおかげで、煙はすぐに引き、敵の姿がはっきりとわかった。
――悪魔。己に傷を負わせ、その傷を治せないようにしていった者。
「ヤはり、ソの程度デハ、おマえは止メラれヌか」
「……おまえたちの好きになど、なってたまるか」
悪魔を睨みつけて返す。――精一杯の虚勢。
動けば動いただけ出血は増え、腐食は進む。だからといって、何もしないままでは事態は悪化するだけだ。己の死だけでは済まない。
――だから。
「それを、返せ……」
「わザワざ、逆らウ術を与エルと思うカ?」
「力づくでも取り返す!!」
言うと同時に踏み込んだ。
「ほざケ、ニンゲン!! 誓約者とイエどモ、武器モ召喚石もナケレば無力ナノだといウコとを思イ知れ!!」
横手から繰り出された槍。不意打ちに近い状況だが、何とか紙一重でかわして素早く周囲に目を走らせた。
敵が、増えていた。全部で、三体。
一体でさえキツイというのに……それでも、やるしかなかった。
時間を、かけるわけにはいかない。
再び槍を繰り出してきた一体。攻撃をかわすと同時に踏み込み、得物を持つ手を掴んで足払い。床に叩きつけて、緩んだ手から槍を奪った。
その槍を使ってもう一体の武器を弾き飛ばし、そして――剣と召喚石の入った袋を持つ悪魔へと投げつけた。
あまり威力があったとは思えないそれに、悪魔はせせら笑った。――しかし。
「シまっ――」
ハヤトの狙いは、悪魔を倒すことではなく、奪われたものを取り戻すこと。
投げる一瞬にまといつかせた魔力が、槍が弾かれると同時に小さく破裂して袋を破れさせた。
こぼれ出た召喚石を素早く手にした。
「く――ッ」
「逃がすかよッ!!」
――シャインセイバー!!
剣だけでも持ち去ろうと身を翻した悪魔。けれど、ハヤトの召喚術のほうが早く、行く手を阻むようにして光り輝く五本の剣が勢いよく降り注いだ。
いかな悪魔といえども、狭い室内では全てをかわすことはできなかったようだ。
シャインセイバーによって弾かれ、宙を舞った剣。それを掴み取り、鞘を捨て去る。
「死ネえェ、誓約者!!」
最後の悪あがきとばかりに向かってきた悪魔の懐に、ハヤトは飛び込んだ。
――ドシュ。
確かな、手応え。
ハヤトの剣は、悪魔の体を貫いていた。
「おまえの世界に還れ。サプレスならば、この傷もすぐに癒えるだろう」
「お、ノレ……っ」
手にした剣――サモナイトソードに魔力を込め、悪魔を送還する。
「我ヲ、倒しタとて、手遅レダ……モう一人の誓約者ハ、既ニ……ノ、内……に……」
光に包まれた悪魔が、最後に残した言葉。それは、カツヤから得た情報を裏付けるものに過ぎず、驚きなど抱かぬままただ決意を新たにした。
「させるかよ……アヤは絶対に無傷で取り戻す……」
そう、それは決意。
だが、ハヤトの想いとは裏腹に、身体は悲鳴を上げていた。
「く、そ……っ」
ぐにゃ、と。歪む視界に耐え切れず膝をつく。剣を支えにしていても、自分の体を支えられている感覚がなかった。
自分は座っているのか、横になっているのか。
それすらはっきりしない視界に、影が落ちる。
「ドウやラ、既に限界ノよウダな」
嘲り笑うような色の声は――まだ送還していない二体の内の片方だろう。
その悪魔は、ハヤトの手からサモナイトソードを奪い取った。
「大人シク、そコで腐蝕ニ呑まれルガいイ」
「ま、待て……っ」
追いたくても、身体がいうことをきかない。
動け――何とか、動け、と。強く念じても、やはり身体は動かなかった。
――しかし。
――ザシュッ。
「ぎヤあアァッ!!」
肉を切り裂いた嫌な音と、耳障りな悲鳴。
歪む視界の中でも認められた、悪魔の足に落ちたサモナイトソードが刺さった姿。
ハヤトは、魔力を放つ。
「サプレスへ……還れッ!!」
――バシュウッ、と。先程とは違い、強制的に……強引に送り返した、波動。確かに、二体とも、還せた。
安堵など感じる間もなく、上がった呼吸を整えつつ悪魔を攻撃したものの姿を探す。
「ハヤト……」
その、視線を。誘導するように呼ばれた名。それは――よく知る声。
そこに、いたのは。
シャインセイバーの一本を手にして、心配そうに――けれど決意を持って己を見下ろしている親友・トウヤ。
「一体、何が起きてるんだ? 話せ、全てを」
はっきりとした声。迷いなど微塵もない――覚悟を決めた者の声だ。
「はっ……はは、あははは……っ」
「ハヤト……?」
笑わずには、いられなかった。ただ、嬉しくて。
トウヤが、期待していた以上に応えてくれたことが、ただ嬉しくて。
怪訝に呼びかけるトウヤに、笑みをもってハヤトは答えた。
「いいぜ、話してやるよ。俺たちが体験してきたことの全てを――」