春 色 邂 逅

「おっちゃん、たこ焼き二舟な」
「毎度! ま~たサボりかい、ちゃんは」
「ははは、腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ?」
 必要な補給時間さ。
 そう言って出来上がったたこ焼きを受け取り、は馴染みの店を後にした。
 向かう方向は六番隊舎とは正反対。買ったたこ焼きをつまみつつ、その辺をぶらぶらする。
 休憩には程遠い時間でも、外にはそれなりに人通りがある。警備に就いている者、他隊舎へ書類を運ぶ者、あるいは非番の者など。
 その中にあっては特に目立つこともなく、誰も彼を特別注目することはなかった。
 まあ、たこ焼きを食べながらいることが他の者との違いではあるが、それ以外に違いを見つけることはできない。
 一番目立つ、他の者たちと違いのあるモノを置いてきているから。
 それは、隊長の証である白い羽織。
 六番隊隊長という肩書きを持つだが、流石にそれを背負ったままサボる気はないので、羽織は執務室の身代わり人形に着せてきたのだ。
 そんなわけで。
 何の気兼ねもなく散歩を満喫していたの目に、ひとひらの花弁が映った。
「桜、か……」
 風に乗って運ばれてきたそれに興味を惹かれ、くるりと方向転換。風上へと歩いていくと、次第に花弁が多くなっていく。
 整然とした街並みを離れ、緑豊かな林の中へ――そうして辿り着いた先には、一本の立派な桜の木。
 満開にはまだ少し足りないようだが、それでも花見には充分なほどに花を咲かせている。
 思わぬ穴場の発見に笑みを刻みつつ歩いていたは、不意に足を止めた。
「……先客か?」
 桜の根元に人影を見つけたのだ。
 緑の草の上に青黒い髪を流すようにして横たわっている、死覇装をまとった人物。
 足音を忍ばせて近付いてみても、起きる気配はない。倒れている――わけではないだろう。胸は規則正しく上下しているし、何よりも口には煙管が銜えられたままで。
「器用なやっちゃな~……」
「……誰……?」
 呟きに重なるようにして、寝ていた人物が目を開けた。
「起きたか。霊圧は消してたんだがな」
「……匂い……」
「ああ、コレか」
 上半身だけ起こした人物と目線を合わせるように屈んだ。その手にはまだ温かいたこ焼き。
「食うか?」
「食べる」
「ほれ」
 問えば短く答えが返り、楊枝に刺してたこ焼きを差し出せば、あっさりとそれを口に含んだ。
 寝惚けているようにも見えるその姿に、は思わず吹き出した。
「面白いやつだな、おまえ」
 くつくつと笑うその理由がわからないのか、相手は小首を傾げていて。
「あんまり無防備でいるなってことさ。女がこんな人気のないところで寝てるなよ」
 ぽんぽんと頭を撫でながら教えると、今度はなにやら怪訝そうな顔になる。
「何不思議そうにしてんだ?」
「女……わかった……男……間違われる……」
「あ~……まあ、起きてれば男に見えないこともないけどな……」
「……何故?」
 心底不思議がっているその様子に、はふっと目を細めて笑った。
「ま、自分じゃわからんわな」
 寝顔は自分で見られるものではない。だから気付くことはないのだろう。
 先程、桜の花弁に包まれて眠っていた姿が、酷く妖艶だったということに。
「ほれ、もう一個食うか?」
 答えを得られず疑問を抱えたままの彼女に、誤魔化すようにたこ焼きを差し出す。条件反射のように彼女がそれを食べた、まさにその時。

「隊長が二人も揃って職務怠慢とは、感心できることではないな」

 唐突にかけられた言葉と絶対零度を思わせる霊圧。
 は振り返ることもせずに、抑揚のない声で呟く。
「うわーい、見つかっちまったーい」
「朽木……」
 女性にとっては正面に立っている声の主を見上げ、彼女はその名を呼んだ。
 の背後に現れたのは彼の副官、六番隊副隊長・朽木白哉だ。サボりのを連れ戻しにきたのだろう。
「兄等には隊長としての自覚はあるのか?」
「息抜きぐらいしたっていいだろーが」
「勤務時間にすることではない。まで、ここで何をしている?」
「昼寝……非番……」
「そうか」
ってのか、おまえ。――ってか、待てよ? 『隊長二人』って言ったか、今? 何だ? この嬢ちゃんも隊長なのか?」
 白哉の言葉に引っ掛かりを覚えたの問いに、二人は一様に眉間に皺を寄せた。
「……嬢ちゃん……」
は兄より年上だぞ」
「嘘!? マジで!?」
「多分……山本……同じ……隊長?」
「山じいと同じ!? 信じらんねえ!」
も知らなかったのか? は私の上官だ」
「おう、ってんだ。よろしくな! って、それはいいとして。最近代替わりした隊なんてあったか?」
 散々騒がしくしておきながら、一変して自己紹介。そして自分の記憶を探り始めるに、白哉は溜息をひとつ。
。彼女は特番隊隊長だ」
 白哉の口から出た言葉に、は目を瞠った。
 特番隊――各隊200名以上の隊員によって構成されている護廷十三隊で唯一隊長しか存在しない部隊。隊長自身を含めて全てが謎に包まれているという、あの――
「……朽木……」
「隠したとていずれわかることだろう。むしろ兄等が今まで顔を合わせていなかったことのほうが奇跡に近い」

「は……はははははははははは――――――ッ!!!」

 湧き上がってくる笑いを堪えきれずに、は大爆笑する。
 二人はわけがわからないらしく、訝しげにこちらを見てきて。
「何故……笑う……?」
「いや、わりぃ……変な噂ばっかあるからよ、特番隊長って山じいみたいなゴツイおっさんだと思ってたもんだから……まさか、こんな可愛い女だとは思わなかったぜ!」
「可愛い……」
……その形容はどうかと思うぞ」
「あ? そうか? じゃあ、白哉にとってこいつはどう形容できる女なんだ?」
 問いかければ、白哉は口を噤んでじっとを見つめて。
「……美しく、凛々しい……か」
 しばし後、酷く真剣な面持ちで呟いた。
「ま、そうとも言えるか」
「おまえたち……からかうな……」
「別にからかっちゃいねえって。つーか、白哉は人をからかえるようなやつじゃねえだろ」
 そう言えば、不機嫌そうに顔を歪めて睨まれた。だがそれも、照れ隠しのようにしかの目には映らなくて。
「そう睨むなって。ほれ、もう一個食え」
 三度繰り返される遣り取り。
 の手から直接たこ焼きを頬張る姿は、まるで雛鳥のようで。
「やっぱ、おまえは可愛いやつだよ」
 喉を鳴らして笑う。その背後から大きな溜息ひとつ。
、仕事に戻れ……」
「おうよ」
 白哉に促されては立ち上がった。そのまま踵を返して彼の後に続きかけて――のほうへ振り返る。
、今度酒でも飲もうぜ」
 言って、手付かずのたこ焼き一舟を彼女へと放った。
 彼女が無事受け取ったのを確認してから、は今度こそ白哉の後に続いた。



 二人を見送った後、は受け取った包みを開けてたこ焼きをひとつ食べる。
 美味しいことは美味しいのだが……味よりも先程の遣り取りのほうに脳内が占められている気がしてならない。
「……妙な男だ……」
 よく笑い、よくわからないことを言う男。
 それがにとってのの第一印象だった。
 とにかく妙。初対面で、単語喋りの自分に臆することなく、またその意味を理解していたことも。無表情か眉根を寄せるかしておらず、よく男に間違われる自分を『可愛い』と言ったことも。何が気に入ったのか、酒に誘ったことも、すべて。
 ――けれど。
「酒、か……」
 上へと目を向ければ、既に見頃になっている桜の木。
 風によって舞い降りてきた花弁をひとひら手に取り、目を細めて見やる。
 花見酒というのも悪くはない。……彼が桜が散る前に来るとは限らないのに、何故かそう思った。
 今は酒の代わりにたこ焼きを口に運んで。
「それは、楽しみだな……」
 珍しく、微笑んで呟いた。

END