はらはらと落ち葉の舞う庭を、男が一人横切っていく。
歩くことで流れる風に遊ばれる木の葉。黒い着物に黄色、白い羽織に赤がよく映え、まるで一枚の絵画のようにすら見えるその風景。
しかし、当人には全く興味のないことなのか、ただ目的地を目指して歩いていた。
そうして辿り着いた建物の、一ヶ所だけ開いている窓辺へとさらに足を進めて。室内に目的の人物を認めて、男は深く笑んだ。
「よぉーす、! 元気してっか?」
外から窓枠に肘を掛けて明るく声を掛ければ、こちらに背を向ける形で仕事をしていたは珍しくビクリッと肩を震わせて、勢いよく振り向いた。
普段無表情でいることが多い彼女だが、今は普通に驚いた顔をしている。
わざわざ庭を横切って来た甲斐はあったようだ。
「……」
「久し振りだな、。相変わらずか?」
「ああ……おまえは、傷はもういいのか?」
「いや?」
彼女からは死角となる位置においてあった手を、見える場所へと持ってくる。その手には、一本の煙管。
それを見たは、大きく目を瞠った。
「、まさかそれは……」
「中身はおまえのとは別物だぜ」
言って、煙管を口に運ぶ。
深く吸い込めば、苦味のある煙が入ってくる。だがそれは、徐々に体に染み込んで、全身の鈍い痛みを和らげていった。
「俺のは鎮痛効果と、霊力遮断だからな」
「それで霊圧を全く感じないのか」
「そういうことだ」
苦々しく呟く彼女に笑みを向けて、ちょいちょいと手招きをする。
一瞬怪訝そうにしたものの、横へと避ければ意図を察して素直に外へと出てきてくれた。
そのまま壁に背を預け、二人揃って煙管をしばらくふかしていたが、不意にが口を開いた。
「これからどうするつもりだ?」
「そんなもん、わかりきってるだろ?」
煙管を使わねばならない状態になってしまっているのだ。取る道は既にひとつしかない。
誰が何と言おうと、本人がどう望もうと、もう他に方法はないのだ。
「それを、誰かに言ってきたのか?」
「山じいには話してきたところだ。あとは――まあ、最後だし。甘えさせてもらおうかと思ってな」
「六番隊はどうするんだ?」
「隊長は白哉に任せる。あいつは既に卍解を修得してるし、人望もある。俺以上に上手くまとめてくれるだろうさ」
それを見れないのが残念ではあるが。
「死覇装もこの羽織も、今日で着納めってことだな」
わざと明るく声を立てて笑うが、からの反応はなし。笑い声が酷く空しく響いた。
ふぅ、と息をつき彼女へと目を向ければ、は高く空を仰いでいて。
手を伸ばして彼女の口から煙管を奪う。
「、何を――」
こちらを向き非難の言葉を出そうとしていた唇を、己のそれでそっと封じた。――刹那。
――バシッ。
「いやあ、見事な右ストレート」
「いきなり何をする!?」
「だからさっき言ったろ? 甘えさせてもらおうと思ってきたんだよ」
自分に向かってきた拳を手の平で受け止めたまま、にこやかに言い放つ。
の顔は見事に真っ赤で――うん。面白いものが見れた。
足技が来る前に先手を打って、逆に足払いをかけてその場に組み敷く。
「、放せ!」
「そんな毛並み逆立てて怒らなくても、大したことはしないって」
「この状態で何を言うか!」
「……おまえの顔が見たいだけだぜ。今まで見たことのなかった顔をな」
最後に、見ておきたいだけ。
だから色々と試した。そして、見ることが出来た。
きっと、どれも素顔の。
「――んッ」
最後、だからこそ言えない言葉がある。言ってしまえば、この先彼女を縛り続けることになるから。そして、それを解くことが、二度と自分にはできないから。
だから、言わない。
彼女の心を縛る必要はない。ただ、覚えていられればいい。覚えていてくれたら、それでいい。
このぬくもりを、忘れずにいられれば――それでいいから。
「――はッ、……っ、……」
唇を離せば、上がった息のもとで小さく名前を呼ばれた。
初めて呼ばれた名前。これは、最高のプレゼントではないだろうか。
湧き上がる喜びをそのまま笑顔に代え、今度は額に口付けを落とす。
「あいつらのこと頼むぜ、」
最後にそう囁いて――庭を、後にした。
が去った後も、はしばらく動けなかった。
組み敷かれた体勢のまま庭に寝転び、空を眺めていた。
「……莫迦者……」
ぽつり、と。言葉が出たのは、もう随分と経ったあとのこと。
「人の気も知らないで……ッ」
あんな熱烈な口付けをされて、その想いに気付けないほど鈍感ではない。
あえて彼が口にしなかった言葉も、わかる。それが、彼の優しさであり、我侭であることも。
「莫迦者がッ!」
でも、だからこそ思う。
一人ですべて解決していくな――と。
だってそれは、置き去りにされたのと同義なのだから。
「おまえまで私を置いて逝くな……っ!」
届かない声。叶わぬ願い。
高く晴れ渡った青空を背に、ただ落ち葉が舞い降りる。
彼らの代わりに落とす、涙のように――……
END