橋 本





(西遊寺)
西遊寺
 京阪電車橋本駅を下りた目の前に西遊寺がある。鳥羽伏見の戦争当時、この南方にある久修園院が幕軍の本営であったが、そこにあった砲台弾薬庫が移築されている。残念ながら寺は非公開で門は閉ざされていた。
(久修園院)
久修園院

 厳密にいうと、京阪橋本駅から久修園院へ移動する間で京都と大阪の府境を跨いでおり、久修園院とこの次に紹介する樟葉砲台址は大阪の史跡になるが、最寄の駅が京都府下の橋本ということで京都の史跡に含めることとした。

 久修園院は、幕軍が本陣を構えた場所である。対岸の高浜砲台を守る藤堂藩の寝返りにより多くの死傷者を出すことになった。
(樟葉砲台跡
戊辰役橋本砲臺場跡
 元治元年(1864)京都に侵入しようという外国人に備えて幕府はこの地と対岸の高濱に砲台を築いた。鳥羽伏見の戦争では官軍に寝返った藤堂藩の守衛する高濱砲台と小浜藩酒井家が守る橋本砲台とが激しく砲弾を交わすことになった。樟葉砲台は伏見、淀方面から敗走してくる幕府軍で混乱し、台場の守備兵も砲弾を打ち尽くしたあと、砲を破壊して退去した。久修園院の南西に砲台跡である土塁が残されていたが、京阪電鉄の敷設にともない土砂は撤去された。
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