東山南部 U


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(東福寺)

 東福寺は臨済宗東福寺派大本山。寺域五万坪という広大な敷地にたくさんの塔頭(たっちゅう)が建ち並んでいる。三門(国宝)は、応永十二年(1405)の建立で禅宗の三門では現存する最古のもの。高さ33メートル、幅25.5メートルという驚くばかりの大きさである。
東福寺 仏殿と三門
通天橋

 東福寺の通天橋は、紅葉の名所として有名である。シーズンとなると身動きできないほどの混雑となるらしい。私の訪れたのは初夏で、モミジは青々としていた。一面のモミジが紅葉するところを一度見てみたいものである。


防長忠魂碑
 鳥羽伏見の戦争前夜、長州藩兵は東福寺に本陣を置いた。国宝三門の横に防長忠魂碑が建てられている。石碑は、長州出身の寺内正毅、田中義一、山県有朋の寄付により建立された。
崇忠之碑
 東福寺の南側に仲恭天皇陵(九条陵)がある。それに隣接して長州藩墓地がある。戊辰戦役で戦士した長州藩士を葬っている。同じ敷地に勤王のために戦死した彼らを讃える崇忠の碑がある。

長州藩士の墓

 長州墓地には、ざっと見た限りでは著名な人の墓はないようである。鳥羽伏見の戦いは官軍の圧勝であったが、勝者である長州側にも相当な戦死者がいたことが実感できる。
鹿児島藩招魂碑
 鳥羽伏見の戦いにおいて、長州が東福寺に本陣を布いたのに対し、薩摩藩は東寺に布陣した。ではどうして薩摩藩士が東福寺に葬られているがというと、東福寺塔頭の一つ、即宗院が六代薩摩藩主島津氏久の建立によるものだからである。即宗院への参道には鹿児島藩招魂碑の案内碑が建っている。
即宗院
 即宗院は一般に公開していないため、西郷隆盛筆東征戦亡の碑は撮影できなかった。即宗院の門に掛けられている幕には丸に十字の島津家の家紋が見える。
退耕庵
 やはり東福寺の塔頭の一つである退耕庵は、長州藩の屯所の一つとなっていた関係で長州藩の菩提所となっている。門前に戊辰役殉難士菩提所の石碑が建っている。現在でも供養が行われているという。

退耕庵門前

戊辰役殉難士菩提所