肥後橋
常安橋
新撰組が発足当時、大坂での拠点は常安橋付近にあった町会所であった。新撰組を脱退しようとした家里次郎は探し出されて常安橋の町会所で切腹させられた。
此附近頼山陽生誕地
地下鉄肥後橋駅から徒歩五分ほどの場所。金光教玉水協会の前に石碑が建つ。山陽の父、頼春水が大坂の儒者飯岡義斎の二女静子と結婚して、この地で青山社という塾を開いていた。その折安永九年(1780)十二月二十七日、この地で山陽が生まれた。
先賢景仰碑
江戸堀町の西船場小学校門前に先賢景仰碑が建てられている。この附近には、頼山陽を始め、篠崎三島、篠崎小竹、後藤松陰、並河寒泉ら多くの文人、学者が生まれ、居住していた。その偉績を讃えこの地に碑が建てられたものである。
中天游邸跡
江戸堀中公園の一角に中天游邸跡の石碑が建てられている。中天游は、天明三年(1783)丹後に生まれた。父は儒医上田河陽。大槻玄沢、海上随鴎らから蘭方医学を学んだ。中天游が大阪に住んだのが文化十四年(1817)頃と言われる。適塾を開いた緒方洪庵は文政八年(1825)から天保二年(1831)の五年間、中天游の開いた思々斎塾に通った。