
彦根城から南東、石田三成が城を構えていた佐和山の麓に、清涼寺、龍潭寺、井伊神社、大洞弁財天が点在する。
清涼寺は、井伊家歴代の菩提寺であり、井伊直弼が参禅修行した寺でもある。井伊家が、石田三成と戦死者の供養のために、石田三成の重臣島左近の邸宅跡に建設したと言われる。

龍潭寺(りょうたんじ)は、遠州井伊谷から移築した井伊家先祖の菩提寺。寺には井伊家代々の位牌が保管されている。

龍潭寺の庭は「ふだらくの庭」と名付けられた石庭である。
境内には石田三成の像がある。徳川家を倒そうとした石田三成と、徳川家を守ることを使命とした井伊家が同居しているという、ちょっと不思議な寺である。


名神高速道路彦根IC近くに五百羅漢で有名な天寧寺がある。井伊直弼の父、直中が自分の過失で手打ちにした腰元と初孫の菩提を弔うために建立したものである。完成したのは文政十一年(1828)。京都の仏師駒井朝運に命じて五百羅漢を彫らせて安置した。


長野主膳は、「影の大老」と尊攘派から恐れられたが出自は不詳。史上初めて名を見せるのは、天保十年(1839)伊勢川俣郷宮前の郷士で国学者である滝野知雄に入門したときのことで、当時二十五歳と言われる。その後、知雄の妹を娶り、近江志賀谷に私塾を開く。当時、埋木舎にいた井伊直弼がその教養の深さに感じ入り、師弟の約を結んだ。
安政の大獄後も彦根藩の藩政に関わったが、藩内で尊攘派の岡本黄石が実権を握ると、失脚し斬首された。
辞世
飛鳥川 昨日の淵は今日の瀬と 変わる習いを我が身にぞ見る
