本 町



(津村別院)
 地下鉄本町駅を降りて御堂筋通り沿いに津村別院(浄土真宗)と呼ばれる建物がある。この地に明治初年に大阪鎮台が置かれた。
津村別院
(難波別院)
難波別院
 津村別院が北御堂と呼ばれるのに対し、そこから五百bほど南側に南御堂難波別院がある。明治十年(1877)西南戦争が勃発すると、この地に征討総督本営が置かれた。

(マイドームおおさか)
西町奉行所跡
大阪府立貿易館跡

五代友厚銅像

才走った五代の特徴をよく捕らえた銅像である

 マイドームおおさかの南側が大阪商工会議所である。商工会議所の前に三体の銅像が建っている。左は五代友厚。中央は土居通夫。右が稲畑勝太郎。
五代友厚(左)、土居通夫(中央)、稲畑勝太郎(右)の銅像
 司馬遼太郎先生の短編に『花屋町の襲撃』(文春文庫「幕末」所収)という作品がある。天満屋事件を題材にしたものである。紀州藩用人三浦休太郎を襲うために海援隊残党は助太刀を雇う。一人はこの事件で落命することになる中井庄五郎、もう一人は宇和島脱藩後家鞘彦六(中村彦六または土肥真一郎)であったというのである。この奇妙な名を持つ浪人こそ、のちの大阪府小参事、大阪控訴裁判所重罪裁判長等を歴任し、明治二十六年(1893)には大阪商工会議所の第七代会頭となる土居通夫その人である。但し土居通夫が花屋町の襲撃に加わったというのは司馬先生のフィクションである可能性が高い。

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