
生野義挙志士
中條右京・長曽我部太七郎の墓神崎町猪篠の旧街道沿いに、生野義挙に破れ、姫路に落ちる途上この地で農兵に囲まれ討死にした中條右京・長曽我部太七郎の墓がある。中條右京は出石藩士でこの時二十一歳。長曽我部太七郎は阿波五条の出身で十八歳であった。
猪篠の集落を車で走り回ったが分からない。公民館のグラウンドでちょうどゲートボールを終えた老人の集団を発見したので尋ねたところ、親切にも軽トラックで墓の前まで誘導してくれた。旧街道は播但連絡道の側道と化しており入口が見つけにくい。この碑を探そうとしたら先ず地元の人を見つけるのが近道である。