河内長野


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(観心寺

観心寺 金堂

秘仏である如意輪観音を蔵する
後村上天皇陵(檜尾陵)
 後村上天皇は第九十七代の天皇で、後醍醐天皇の皇子である。後村上天皇が亡くなったのは住吉大社であるが、生前約十ヶ月観心寺を安在所と定め国政を執ったため、当地に御陵が作られることになった。
楠木正成首塚
楠木正成首塚前の天誅組碑

文久三年(1863)八月十六日夜半、水郡家を出立した天誅組約八十名は、翌十七日三日市の油屋旅館で朝食を取ったあと、観心寺に向かった。観心寺では、後村上天皇陵、楠公首塚に詣で決起の成功を祈った。そのことを記念して楠公首塚の前に記念碑が建てられている。なお天誅組三総裁の一人藤本鉄石は京都方広寺の集合に遅れ、十七日午前中にようやく観心寺にて追い付いた。

 天誅組は一気に千早峠を越えて五條代官所を襲い、代官鈴木源内を血祭りに上げた。
(油屋旅館跡
油屋旅館跡
 近鉄長野線三日市駅の近くを旧街道が走っているが、その街道沿いに旧油屋旅館がある。油屋旅館は三日市宿場で最も大きい宿屋だった。既に旅館は営業を止めており、現在は教会になっている。庭は荒れ放題になっているが江戸時代のままらしく、微かに昔の風情を伝えている。天誅組の一団は八月十七日の朝、ここで緊張した朝食を取った。
油屋旅館の庭
 庭の片隅には、接客に使われたという茶室も残されている。