岸和田



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(岸和田城
岸和田城

 岸和田というと「だんじり」を連想するせいか、いつもテンションの高い男たちが街を闊歩しているようなイメージがあるが、実際は落ち着いた雰囲気を持つ城下町である。岸和田藩は、譜代大名岡部氏五万三千石の領地。櫓門を入って左手に「岡部氏紀念碑」が建つ。

 岡部氏と聞いても何の印象もないかもしれない。幕末、国を二分して討幕か佐幕かで揺れていた時期に、岸和田藩では藩主の座を巡ってお家騒動が勃発していた。最後の藩主、岡部長職が襲封されたのは明治元年(1868)年末のことであった。

 岡部長職は、藩籍奉還に際して岸和田藩知事となり、廃藩置県で免官されると、明治八年(1875)アメリカに留学し、明治十五年(1882)からはイギリスに渡ってケンブリッジ大学に学んだ。帰国後は外務省に出仕して駐英大使。明治二十二年(1889)、外務省青木周蔵のもとで外務次官として条約改正交渉に参画したが、明治二十四年(1891)大津事件により辞官した。貴族院議員、東京府知事。桂太郎内閣で司法大臣、枢密院顧問官を歴任した。
岡部氏紀念碑

 岸和田城の天守閣は昭和二十九年(1954)に再建され、昭和四十四年(1969)には城門、櫓門も復興された。

 だんじりが宮入りすることで有名な岸城神社は、岸和田城の南に位置する。岡部氏歴代の崇敬が深く、岡部長職が寄進した日本刀を蔵する。私が訪れたときには本殿の新築中であった。