円山公園



(円山公園)
八坂神社
坂本龍馬・中岡慎太郎像
 桜の季節になると花見の客で賑わう円山公園にも坂本龍馬と中岡慎太郎の像が建っている。

(長楽寺)
長楽寺
 八坂神社から円山公園にかけての一帯は、年中喧騒が絶えないが、長楽寺境内は静けさを保っている。
 訪れる人も少ないせいか、拝観料を払おうにも人がいない。近くに銅鑼がぶら下げてあって、「三回叩いて下さい」とある。十回くらい乱打したら、やっと人が駆けつけてくれて中に入れた。
原市之進の墓
 寺の宝物として一遍上人の木像や布袋尊像等が有名らしいが、それは省略して境内の奥深い処にある墓を訪ねる。ここには頼山陽、頼三樹三郎父子、水戸藩の原市之進、鵜飼幸吉父子らの墓がある。
 原市之進は、平岡正四郎が暗殺されたあと、一橋慶喜の片腕となって兵庫開港の尽力したが、尊攘派志士の反感を買い、最後は幕臣のために暗殺された。慶喜は原の死を悼み、ここ長楽寺に厚く葬った。
鵜飼父子の墓
 水戸藩の関係では、戊午の密勅が発せられた時、密勅を江戸の水戸藩邸まで運んだ鵜飼父子の墓もある。鵜飼父子は安政の大獄で捕らえられ死刑にされた。
頼山陽の墓
頼三樹三郎の墓
 頼三樹三郎も、池内大学、梅田雲浜、梁川星巌らとともに「反逆の四天王」と呼ばれ、やはり安政の大獄で捕らえられ落命している。

(祇園一力亭
祇園一力亭
 艶やかな舞妓さんが行き交う祇園の入口に、一際目を引く渋い朱色の建物がある。近藤勇も足繁く通ったと伝えられる茶屋一力亭である。文久三年(1863)十月十日には公武合体派の会議が一力亭で開かれ、近藤勇も出席して自論を披瀝している。
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長楽館
「たばこ王」村井吉兵衛が建てた別荘で、交友のあった伊藤博文が長楽館と名付けた。竣工は明治四十二年。ロココ様式の華麗な建物に加え、当時から伝わる家具も見応えがある。
料亭左阿彌は、「円山の六坊」の一つに数えられ、古くから文人墨客が集うところとして知られた。幕末でいえば、頼山陽や近藤勇も左阿彌を愛したと伝えられる。嘉永二年から料亭として営業しているが、維新後は有栖川熾仁親王や山県有朋も止宿した。なお昼食でも1食6千円は下らない。貧乏人には縁遠い存在である。
左阿彌