
高槻の北方、京都府との境界近くが三島郡島本町である。阪急電車の駅でいうと、水無瀬駅を降りて淀川の方へ十分程度歩くと高濱砲台の跡に石碑が建っている。
この砲台は対岸の樟葉砲台とともに慶應二年(1866)に幕府により築かれたものである。当時は周囲180b、高さ2.5bの堅固なものだったというが、現在はほとんど水無瀬ゴルフ場の敷地になっている。高濱砲台は藤堂藩が守備し、対岸の樟葉砲台は酒井藩が守っていた。慶應四年(1868)一月鳥羽伏見の戦いに破れて引き上げてきた幕軍に対し、藤堂藩は突然砲撃を仕掛けた。藤堂藩の寝返りにより幕軍は総崩れとなり、鳥羽伏見戦争の勝敗を決定づけることになった。