
かつて小学校時代を過ごした西宮であるが、当時は史跡など興味がなかったし、最近になるまで維新関係の史跡があるとは知らなかった。私が住んでいた頃の西宮は、蛙やザリガニ、蛇、ドジョウ、フナと遊び相手には事欠かなかったが、今やすっかり巨大なベットタウンと化した。
「えびすさん」で知られる西宮神社の境内中央には岩倉具視の私邸六英堂を移設している。但し公開はされていない。

西宮の沿岸は京都を警護する要害の地であり、文久三年(1863)から慶應四年(1867)に掛けて幕府は砲台を築いて防御を固めた。現在も西宮の他、今津、和田岬に砲台が残っている。
西宮砲台は松杭を千本も打ち込んだ堅牢な基礎の上に花崗岩の大岩を組み上げたものであったが、実際に使用に耐えるものではなかったらしい。遂に一発の実弾を撃つこともなく、明治を迎えた。
見た目は非常に新しい。昭和50年(1975)になって大掛かりな補修、補強工事が行われた。