堺 U



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(堺事件の碑
土佐十一烈士記念碑
 南海本線の堺駅のそばを川沿いに旧堺港の方角に少しいくと、堺事件の発生した場所を表す石碑がある。現在の感覚でいうとかなり内陸であるが、当時はここが海岸線だったのであろう。同じ場所に天誅組上陸の地の石碑も並んで建っている。
明治初年佛人撃攘之處
天誅組上陸の地記念碑
 吉村寅太郎以下の天誅組が堺に上陸したのが文久三年(1863)八月。長州勤王派が天皇の大和行幸を画策したのと呼応して、討幕の軍を起こした。京都から淀川を下った天誅組は、大阪湾を経て堺に上陸、そこから大和へ向かって五条代官所等を襲撃した。しかし八一八の政変により長州藩勤王派は失脚し、大和行幸が中止となり孤立無援と化した天誅組も追討を受け壊滅した。
天誅組上陸繋船楡
 この傍にある楡の木に天誅組が船を繋いだということらしい。

(旧堺燈台)
旧堺燈台
 大浜公園の一角に木造洋式燈台が残されている。この燈台は、明治十年(1877)住民から集めた募金と堺県からの補助金により、港の改修とともに建設されたものである。以来、昭和四十三年(1968)廃灯となるまでほぼ一世紀に亘って活躍した。