三条西洞院



(長尾郁三郎旧邸跡
正五位長尾郁三郎武雄旧邸

 長尾郁三郎は、商人の子でありながら、復古思想をいだいて勤王の志士たちと交わった。等持院の足利将軍木像の梟首事件には主犯格として参加した。京都守護職松平容保は幕府の威信を掛けて、犯人逮捕に精力を傾けた。その結果、長尾郁三郎以下十名が事件発生から五日後には逮捕された。犯人の捕縛がかくも簡単に進んだのは、容保が密偵大庭恭平を使ったからと言われている。長尾郁三郎は翌元治元年(1864)六角獄舎にて殺害された。享年二十八歳。

 旧邸跡の石碑は三条西洞院南側にひっそりと建っている。
HOME  戻る