新京極


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(誠心院
誠心院
 京都新京極は、賑やかな京都の市街地の中でも取り分け喧騒な通りである。若者向けの土産物屋が軒を連ね、食べ物屋や映画館など雑多な店が窮屈なくらい密集している。その新京極通りを一本入ると、寺院が静かに待ち受けている。これまた京都的な風景と言えよう。そんな寺の一つに誠心院がある。誠心院の正門は新京極通りに面しているが、気を付けていないと見過ごしてしまうほど控えめである。門を通って境内に至ると、先ほどまでの喧騒とは別世界である。
 誠心院の墓地には長州藩出身者の無縁墓の墓石が、一箇所に集められている。墓石の持ち主のそれぞれの経歴などは分からないが、京都に駐屯中に何らかの事情により命を落とした藩士たちであろう。
長州藩士無縁墓
(常楽寺
常楽寺
 常楽寺も同じく新京極通りにほど近い界隈にある。ここには池田屋事件後の元治元年(1864)六月、産寧坂明保野亭で酒を飲んでいたところ、乱入した会津藩士に槍で突かれて傷を負った土佐藩士麻田時太郎の墓がある。襲った会津藩士柴司は、不逞浪士の残党と思い込んでいたが、相手は土佐藩士であった。土佐藩との関係悪化を恐れた会津藩では、柴司に切腹を命じた。同じ頃、不覚の傷を負った麻田時太郎も藩邸で自刃していた。思い違いから端を発した悲劇であった。
麻田時太郎墓